たべもののある風景

本の中で食事するひとびとのメモ帳2代目

シンプルごはん 渡辺葉『おさかなマンハッタンをゆく』

日経WOMAN連載時からの読者。大切な1冊である。

料理は苦手だからと、ミレナはオーストラリアとニュージーランド名物のデザート「パブロヴァ」をつくることになった。これは固く泡立てたメレンゲを大きなリング型に焼いて、その上に苺やラズベリー、ブルーベリーなどの果物をかける、目にもきれいでふんわり軽いデザートだ。それじゃあ料理は私が、と引き受けて、さっそくメニューづくり。パーティーだから簡単につまめるものがいい。野菜のクルディテに、3種類のディップ。グリュイエール・チーズ入りのシュー「グージェール」も楽しいかもしれない。ほかには…サーモンのキーシュ? 中近東風ミートボール? ワインやシャンペンも買わなくっちゃ!
私たちのはじめてのパーティーは大成功だった。次から次へと20人ほどの友人たちが集まってくれ、みんなでしゃべり、笑い、踊った。

鼻の頭がキュン、と冷たくなるのを手袋をはめた手で抑えながら、アスター広場を横切った。
カフェに入りコーヒーとベーグルを注文する。胡麻のついたのを、トーストしてバターを塗ってもらう。オーディションで待ち時間が長いのは嫌ではない。こうしていったん外に出て一息いれたり、会場でウォームアップする時間があるほうがリラックスして臨めるから。朝ごはんを終えて会場に戻ると、リストにはさらに人が増えていた。

セント・マドンナ山の公園内にはところどころに木のテーブルとベンチがあり、石でつくったかまどがあった。火をおこし、とうもろこしを焼く。山の上は空気もひんやりして、杉の木立から降り注ぐ日射しが気持ちいい。そばの水道に水を汲みにいく。家族で山に行くなんて、子供のころ以来だ。火のところに戻ると、弟がクーラー・ボックスから取り出したチョリソ・ソーセージを焼こうとしていた。ところがこのソーセージ、焼くと溶けてきてしまう。しかたがないので鍋でトマトと一緒に煮ることにした。
さて、こういうときにはやはり冷たいビールだ。筋金入りのビール呑みの父を喜ばせるのは結構大変なのだが、弟が持ってきたサンフランシスコの「アンカー・スチーム」という銘柄のビールは気に入ったらしい。これは琥珀色の苦みのきいたビールで、黄金色で軽い日本のビールとギネスのように強い黒ビールの中間くらいのコクがある。鍋のなかのチョリソ・シチューは怪しいオレンジ色にぐつぐつ煮えてきた。見た目はものすごいけれど、トルティーヤチップスにつけて食べると、熱くてスパイシーでなかなかおいしい。

渡辺葉著『おさかなマンハッタンをゆく』