たべもののある風景

本の中で食事するひとびとのメモ帳2代目

ソバ粉のコロッケ、新大久保やみちの駅 林真理子『綺麗な生活』

そこにそら豆のリゾットが運ばれてきた。薄茶色の中に、ところどころ緑が顔をのぞかせているのが、いかにもおいしそうだ。
「やぁ、これってお袋の得意料理だ」
「へぇー、お母さまの。すごいじゃない。うちでこんな凝ったものをつくるなんて」
「親父がイタリア好きでしょっちゅう行ってたから、イタリアンも大好きなんですよ。あんまり家で飯を食わない親父のために、お袋は一生懸命だったんじゃないかなぁ。イタリア料理の教室に通って、いろいろつくってましたよ」

由里は日本酒を2杯飲み、つまみの板わさと、ソバ粉のコロッケをいっきにたいらげた。CAを辞めてから3キロ体重が増えたというのもわかる気がする。

「新大久保のどこへ行くの」
「めちゃくちゃおいしい韓国料理食べに行きましょうよ。新大久保のコリアンタウンに、学校の仲間とよく行く店があるんですよ。そこの家庭料理、安くてうまくて最古ですよ」
「あら、いいわね」
(中略)
「勝手に注文しちゃったけど、港子さんも生ビールでいい?」
「ええ」
「えーと、何にしようか。港子さんは辛いもの苦手かな? それとも結構いける方かな」
「私、辛いものとっても強いの。みんなが悲鳴をあげる青トウガラシも平気なくらいだから」
「それなら話は早いや。まかしといて」
やがて次々と料理が運ばれてきた。真赤なトウガラシが浮き上がっているキムチ、牛のモツに甘味噌をからめたもの、春雨の炒めもの、豚足の煮込みなど、泰生はさもうまそうに、時々は手を使って食べる。
「韓国料理好きなのね」
「ええ、うちの教授が1ケ月間、コンペのためにソウルにいた時は、ずっと一緒でしたから」

「ベーグルがあるけど食べる」
「サンキュー」
コーヒーは嫌だというので、紅茶を淹れてやった。

「私、離婚なんて、ひと言も聞いてないわ。それで、パパの方もいいって言ったの」
「そうよ。そうでなきゃ離婚出来るわけないでしょ。今朝ニューオータニのコーヒーハウスで会って、一緒にパンケーキ食べながらハンコ押してもらったわ」

途中、サービスステーションに寄った。冷たいドリンクを買うついでに、冷蔵庫のケースの中を見る。海が近くなったせいか、干物や練り物が並んでいる。
「僕さ、わりとチクワとかカマボコが好きなんだ。これでビール飲むとさ、みんながジジくさいって言うけどさァ」
「おつまみに何か買ってく? きっと旅館でもいっぱい出ると思うけど」

 林真理子著『綺麗な生活』より

綺麗な生活

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