たべもののある風景

本の中で食事するひとびとのメモ帳2代目

喫茶店のナポリタンと被災地のおにぎり『絶唱』

ハアタフビーチに着くと、「そろそろお昼にしようか」と言われた。トンガダブ島、西の端の海岸は真っ白い砂浜に青い海、青い空といいかんじにわたしの理想に近づいてきた。
白人夫婦の経営するオープンスタイルのカフェで、尚美さんはわたしのと二人分、ハンバーガーを注文した。プレートの上には、バカでかいハンバーガーに溢れんばかりのフライドポテトが添えられていた。これが一人分かと驚いたけれど、この国の人たちの体型を思い浮かべると納得できる。顔より大きなハンバーガーに思い切りかぶりついた。

タロイモの蒸し焼き、タロイモの葉とコンビーフのココナッツミルク煮、パパイア。物珍しさ込みでおいしいと思ったけれど、これが毎日だと少しきつい。

小屋の中にいるトンガ人のおばさんに、「マロエレレイ」と挨拶をして、厚手のクラッカーのようなものを指さした。「マーパクパク」とおばさんは言った。ビニール袋に20枚入って、60セント。セント? どうやら、いちいちパアンガと言わなくても、ドルで通用するみたいだ。缶コーラも指さした。日本で売っているのと同じだ。これは1パアンガ。おばさんは奥の冷蔵庫から冷たいのを出してくれた。

誰もいない砂浜に座って、コーラを飲み、マーパクパクを3枚食べた。意外とおいしい。ジャム、いや、ピーナッツバターを載せるともっとおいしいはずだ。

教会から帰ったあとは、朝から仕込んでいたごちそうを食べるらしい。
庭に出ると、こんもりと盛った土の上で乾燥した椰子の葉が燃えていた。たき火の匂いにココナッツミルクの匂いが混ざり、南の島の匂いが漂いはじめる。
普段着に着替えた男の子たちがスコップで火を消して、土を掘り起こすと、花恋の背丈より大きなバナナの葉が現れた。それをめくると、大きなイモとアルミホイルに包まれた料理が並べられていた。トンガの伝統料理「ウム」だ。イモはタロイモ、アルミホイルに包まれた料理はループル、尚美さんの部屋で食べたのと同じものだった。

できたてのループルは甘くて、しょっぱくて、南の島の味がした。裕太はココナッツミルクが苦手だけど、これなら、いや、ここで食べたらいけるかもしれない。花恋はおかわりをして食べている。

夕方からのパーティーにビーフカレーを100人分作ってほしいと頼まれたことがある。他のごちそうもあっての100人分だから、1人で作れない量ではない。

トンガ人たちだって、この牛を使ってもっと手のかかる料理を作らなければならないし、メインの豚の丸焼きだって準備しなければならない。が、勝負はここからなのだ。

メインに大きなロブスターがついてくるコースとニュージーランド産のワインを注文して、街中を散策したことを話した。

コンビニのおにぎりは好きじゃない。
米も海苔もほとんどの種類の具もおいしいけれど、その存在が好きとは言えない。だけど、世話にはなっている。多分、そこら辺の人の3倍くらいは、世話になっている。
テーブルに2個、おにぎりを置く。今日はシーチキンマヨネーズとおかかだ。
「花恋、おにぎり置いとくから、6時になったら食べるんやで。このあいだ、梅干しほじくりだして残しとったけど、今日は魚やから、絶対にやったらあかんで。子どもにはカルシウムが必要なんやからな」
5歳の子どもの夕飯に、おにぎり1つは少ないが、2つになると少し多いようだ。

「なんんか、コンビニ行くの面倒やし、1個はおやつにして、もう1個を晩ごはんにしてもええな。ポテチも残ってるし、今日の晩ごはんは、シュークリームとポテチに決定や。豪華やな」
「ヤッター」
花恋が両手をグーにして振り上げた。ガッツポーズとバンザイが合わさった、最強の喜びのポーズだ。
「シュークリームには卵と牛乳が入ってるから、カルシウムが十分にとれるし、ポテチはじゃがいもやから、野菜やし、栄養満点やな。そうや、一緒に牛乳も飲んどき。カルシウム祭や」

椰子の実にストローが刺さった飲み物を買う。ぬるくて、まずい。バナナケーキとミートパイを買う。まあまあ、おいしい。ボンゴというスナック菓子を買う。バーベキュー味。花恋はこれがお気に入りのようだ。

クジラは見られなかったが、シュノーケリングをして熱帯魚をたくさん見た。
おなかいっぱい、ロブスターを食べた。スイカとパイナップルも食べた。

セミシさんの写真が並ぶ部屋で、あたしは、セミシさんの奥さん、ナオミさんにセミシさんとの思い出を記憶の限り語った。
セミシさんの作ってくれる料理の中で、一番好きなのはやきそばだったこと。普通のソースやきそばのはずなのに、再現しようとすると、なかなかその味に辿りつけないこと。10歳だったあたしは子どもの中では年長のような気がして、おかわりはなるべくしないでおこうと遠慮していたのに、やきそばがおいしすぎて、つい、おかわりをしてしまったこと。どうぞ、と差し出されたおかわりのやきそばは、温かく、麺が少しこげておせんべいのようになっているところがあって、とてもおいしかったこと。
「あれはね、だしの素を入れていたのよ。かつおと昆布の合わせだし」
ナオミさんが種明かしをしてくれる。
「でも、スーパーに行ったけど、だしの素なんかありませんでしたよ」
「トンガにそんなもの、ないない。だしとか、うま味っていう概念はないはずよ。だからこそ、セミシはだしの味が大好きで、何にでも混ぜていたの」

パレードの最中に貧血を起こして倒れてしまったわたしを、尚美さんは背負って自宅に連れ帰り、洗い立てのシーツを敷いたベッドで寝かせてくれたあと、フレンチトーストとパイナップルジュースを作ってくれましたね。分厚く切った柔らかい食パンの中まで甘い卵牛乳がしみ込んで、おいしくてたまらなかったのに、わたしはフォークを置き、ごめんなさい、とだけ言って逃げ帰ってしまいました。

夕方、泰代が急に喫茶店のナポリタンを食べたいと言い出し、西宮駅前から商店街にかけてさんざん彷徨った末、商店街から自転車がぎりぎり通れるほどの路地に入り、なんとなく海側に向かってあみだくじのように歩き続けていると、営業しているかのかどうかもわからない、元は白だったと思われるグレーの壁に蔦のからまった喫茶店を見つけ、ダメ元でドアを開けて訊ねたところ、ナポリタンやってるよ、と仙人のようなおじいさんに言われ、作ってもらったのです。
おまえの職業は何なのだと、ボキャブラリーの貧弱さを笑われてしまうかもしれないけれど、美味しかった。すごく、美味しかった。

翌朝、3人でトーストとカップスープと魚肉ソーセージの朝食を取りました。テレビをつけると、死亡者の数が桁違いに増えていました。

背中に背負った大きなリュックにはまだ温かいおにぎりが数えきれないほど入っていて、アパートの他の部屋の子たちにも配りました。朝食は取っていたのに、しょうゆ味のよくきいたおかかのおにぎりは、胃袋にしみこむようなおいしさだった。
おいしいね、と涙を拭う人たちに、菊田さんは心から労るような目を向けたあと、わたしに言いました。

翌日は、夕方近くまで寝て過ごしました。何もしていないのにお腹はすき、すき焼きとちらし寿司をたらふく食べさせてもらいました。

 湊かなえ著『絶唱』