たべもののある風景

本の中で食事するひとびとのメモ帳2代目

『めくらやなぎと、眠る女』の病院食堂食

久しぶりに紙の本を読んだ。地元の図書館のアジア語セクションで見つけた村上春樹の短編集である。

彼女は青いパジャマを着て、薄い膝までのガウンのようなものを羽織っていた。僕らは三人で食堂のテーブルに座り、ショートホープを吸い、コーラを飲み、アイスクリームを食べた。彼女はとてもお腹をすかせており、砂糖をまぶしたドーナツを二つ食べ、クリームがたっぷりと入ったココアを飲んだ。それでもまだ不満そうだった。
「退院するころには豚になるね」と友だちはあきれたように言った。
「いいのよ、回復期なんだから」、彼女はドーナツの油のついた指先を紙ナプキンで拭きながら言った。

「腹は減った?」と僕は尋ねた。
「ここで食べようか。それともバスで町に出て何か食べようか。どちらがいい?」
いとこは疑ぐり深そうに部屋の中をぐるりと見回し、ここでいいと言った。僕は食券を買って、ランチを二人ぶん注文した。料理が運ばれて来るまで、いとこは窓の外の風景を - 海やら、けやきの並木やら、スプリンクラーやら、さっきまで僕が見ていたのと同じ風景を、黙って眺めていた。
(中略)
ランチはハンバーグ・ステーキと白身魚のフライだった。それにサラダとロールパンがついてくる。僕らは向かい合って黙々とそれを食べた。そのあいだ隣の夫婦は、癌というものの成り立ちについて熱心に話しつづけていた。何故癌が最近になって増えてきたか、何故特効薬が出来ないか、というようなことについて。

村上春樹『めくらやなぎと、眠る女』

『レキシントンの幽霊』所収。
装丁の趣味が80年代後半っぽい。(実際は1996年刊、現在はもっとイマ風デザインの文庫版、電書もあり)