たべもののある風景

本の中で食事するひとびとのメモ帳2代目

周防監督、『Shall we ダンス?』リメイク撮影地でロケめしを食す

スマホやSNSが出てくるはるか以前から、毎食を写真撮影している記録魔の周防監督。
2003年、『Shall we ダンス?』リメイクの撮影見学の旅から。カナダのウィニペグだ。

午後9時45分。ホテルへの帰り道にあった「earls」というレストランに入った。オープンテラスのある店で、その佇まいはケネディには怒られるかもしれないが、ロスにあってもおかしくない。僕たちはオープンテラスに座った。アメリカに来るたびに思うのだが、不自然な感じがしてあまり好きではない妙に陽気なウエイトレスが笑顔を振りまき話しかけてくる。サンペレグリノ、メキシコ風トマトスープ、ガーデンサラダ、7オンスのビーフステーキにベイクドポテトといんげんの炒め物、そしてコーヒー。味もまあまあ。値段もまあまあ。店内を徘徊するウエイターやウエイトレスは、みなニコニコとしてテンションも高いが、ふと目をやった店の裏では、さっきまで陽気だった彼らが、仲間同士で結構陰鬱な顔をして、つまらなそうに話している姿が印象に残った。

夕食は、スタジオのケイタリング・サービスだ。
僕らもご相伴にあずかることにした。アジアン・グリルド・ポーク・テンダーロイン、温野菜(人参、ポテト、ズッキーニ、ブロッコリー)、ライス、プチシュークリーム、アメリカンコーヒー。

最近、映画を撮っていないので、今の日本での食事事情はよく知らないが、すくなくとも10年前の日本の撮影中の食事と比べれば、アメリカのほうが断然いいのではないだろうか。大体、少しお腹が空いたり、手に空きができれば、簡単な食事はいつでも自由にできるし、休憩スペースもちゃんと確保されている。日本だとバレ飯といって、スタッフ・キャストともどこかに食べに行くか、食べるところが近くになかったり時間を節約したいときは、映画の規模によって違うが、たいがい安い弁当になる。ただ、日本では撮影所での撮影が深夜にまで及ぶとき、製作部のスタッフが豚汁やらカレーやら、ときにはトムヤムクンなどといった凝った料理を作ってくれたりして、それはそれでとても美味しくて、大変な撮影のなかにあって心和むものだ。日本の深夜食は、アメリカにはない捨てがたい魅力だと思う。

これはもう20年以上前の話になるわけだけど、日本の映画クルーの労働時間が守られるようになったって話は聞かない。
深夜のまつりを「心和む」とか言ってる人がいる限り、日本の映画業界のブラック環境は変わらないよね。
この夜中に煮炊きをしてるスタッフさんにもろくな手当出てないでしょ、多分。

歩き疲れて、ホテルの地下から繋がるショッピングセンターにある数十種類のポップコーンを売る「KERNELS」という店で、バーベキュー味やらキャラメル味やらチーズ味やらスモーキー味などには目もくれず、もっともオーソドックスなソルト&バターを買って、コーラ片手に休憩した。

夕食は、ケイタリングの食事を食堂で食べる。スタッフのほとんどが集った食堂は大盛況だが、役者の姿はない。どこで、何を食べているのだろうか。ちなみに僕は、ステーキサンドにグリーンピースと温野菜の付合せ。食後に紅茶とケーキだ。

さて映画は完成、ニューヨークの夜。

取り残された僕と草刈と馬場さんはホテルに戻ると、ギャガのスタッフと小形に例の「ハリー・ウィンストン」の3000万円相当の宝石の返却をお任せして、夜の街に出た。とにかく、何でもいいから食べたかったのだ。ところがホテルの近くに気の利いた店もなく、かといって今更遠出をするエネルギーもない。仕方ないので、まだ明りのついていた「BENASH DELICATESSEN」といういかにも安手の定食屋さんに入った。

僕はオニオンスープとスパニッシュオムレツ、フレンチフライを頼んだが、スープはあまりにしょっぱくて飲めず、スパニッシュオムレツは、なにがスパニッシュだか理解もできず一口食べてリタイアした。何とか食べられたのはフレンチフライだけだ。しかし、ワールド・プレミアの夜に、オリジナル映画の監督と主演女優が、こんなところで空腹を満たそうとしてまったく満たせなかったなんて、ちょっと寂しくないか?

周防正行著『アメリカ人が作った「Shall we ダンス?」』から

本文中2箇所、脱字を見つけてしまった。

同じ日米文化比較としては、本編の全米プロモーションの顛末を事細かに記した先行ルポのほうが圧倒的に面白いです。