たべもののある風景

本の中で食事するひとびとのメモ帳2代目

「ニューヨークの魔法」シリーズ最終章

初めて最寄り駅のBook 1stで第1巻を手に取ってはや10年以上。

前にも書いたけれど、このシリーズが成功したのは装丁に負うところが大きいと思います。

シリーズ最終巻、さみしいですね。

これからも岡田氏の取材記事に期待します。

その前年に、従弟が家族でニューヨークに遊びに来た。セントラルパークの屋台で、ホットドッグ3つとスプライト1つで20ドル近く払わされ、驚いた覚えがある。あのときも、値段は書かれていなかった。

串刺しのシシカバブ3本とソフトドリンク3つを頼んだ。いくらもらったか知らないが、おじさんはお釣りを14ドル、渡していた。前に来たときはニューヨーカー価格だったのに、次に来たときは観光客価格を請求して、トラブルにならないのだろうか。

市内観光でチャイナタウンに立ち寄ったときに見かけたロールケーキが、昔懐かしくて食べたい、と言った。スーパーのお菓子のコーナーでは、チョコレートやらクッキーやら、あれこれ手に取っていた。やがて、このあめ買って、とねだった。遠足に行く前日の子どものようだった。

滞在も終わりの頃、母とロブスターを食べに行った。母はそれまで、ロブスターを食べたことがなかった。ゆで上がった真っ赤なロブスターが、どんと目の前に置かれると、驚きの声を上げた。
美味しい、美味しい、と言って食べながら、突然、目頭を押さえた。
下を向いて、泣いていた。
こんなご馳走をひとりで食べて、パパに申し訳ない。ぽつりと言った。

あのシャンデリアとシャガールの絵。さらにリンカーンセンターの広場を眺めながら、食事するなんて。最高の席だね。いつもなら、あの上からうらやましそうに見てるだけだもんな。何よりの誕生日プレゼントだよ。ありがとう。
前菜はふたりともパテ・ド・カンパーニュ、主菜は鴨の胸肉とステーキを頼んだ。
いよいよオペラが始まった。一幕が終わり、最初の幕間で再びレストランに足を運ぶと、テーブルの上にすでにデザートが用意されていた。デザートにキャンドルがのっていなかった、と気づいたのは、オペラの二幕目が始まってからだった。(中略)
次の幕間でまたレストランに戻ると、予定どおりチーズの盛り合わせとワインが置かれている。夫に聞こえないように、キャンドルのことを話しにいくと、今からデザートに立ててお持ちしますよと言い、持ってきた。
食事を終えて三幕目を観始めたとたん、私は激しい腹痛に襲われた。この日は、夫が日本にいったん帰り、数日でまた戻ってきた翌日だった。夫がいない間は小食だったのに、突然のフルコース、しかもデザートに加え、チーズの盛り合わせまで頼んだものだから、胃がびっくりしたのだろう。ワインもふたりで1本、空けた。

ふたりは健康志向で有機野菜や自然食品を買い、肉も食べなくなった。前に私が屋台のチキンとラムのオーバーライスを満足げに食べていたら、マイロンが顔をしかめた。
ネイサンズのホットドッグは特別なんだ、とジェリーは真っ先に店に入っていく。ジェリーもマイロンもユダヤ人。ユダヤ教の戒律によれば豚は食べられないが、ふたりは戒律にそった生活をしていない。

ホットドッグはパンにもソーセージにも焼き目がつき、パリっとしている。ジューシーなソーセージに、私たちは大満足。かぶりついているところを、隣のテーブルの青年たちに写真に収めてもらう。

ベーカリーに入ると、焼きたてのパイやパンの香りが充満している。それぞれ違うパイを買い、歩きながら食べ始める。どれもまだ、温かい。お互いのパイも味見してみるが、マイロンのとろけるチーズパイが飛びぬけて美味しいと、意見が一致する。
その少し先に、ウズベキスタン料理のこぢんまりとしたレストランがあった。3人そろってガラス戸から中をのぞいてみる。所狭しと並んだテーブルで、口ひげをはやした男ばかりが食事している。
入ろうとジェリーが提案したが、これ以上食べられないよ、とマイロンに却下された。
また3人で一緒に来て、次は絶対、あそこに入ろう。きっと美味しいに違いないよ。
ジェリーは帰りの地下鉄で、ずっとそう言い続けていた。

初めてのアメリカのクリスマスディナー。私はうれしくて、2日続けて、たらふく食べた。マムは大きなハムの塊を焼いてくれた。隣に住むクラスメートのマリー・ジョーのダイニングテーブルには、巨大なターキーの丸焼きがどんと置かれていた。

日本人はイカを食べると、前に知ったのが、かなりの衝撃だったようだ。モンドヴィでは、食卓や学校のスクールランチで、魚さえ見た記憶がない。
シェリーは、ローストポークにマッシュポテト、手作りのパイとクッキーも用意してくれた。家族に農場で働いていた男の人も加わり、にぎやかにおしゃべりしながら食べた。何もかもが美味しかった。

ヴァイオラだけが明るくふるまい、夕食に野菜のたくさん入ったシチューとパンとミルクを用意してくれた。

岡田光代著『ニューヨークの魔法は終わらない』より