たべもののある風景

本の中で食事するひとびとのメモ帳2代目

誰も1人で過ごさせてはいけない日、感謝祭。『ニューヨークの魔法は続く』

『ニューヨークの魔法』シリーズ、最初の3冊くらいは紙で買い、途中からKindleで買ったままになっているのが3冊もあった。とりあえず、二重買いの失敗がないのはKindleの良いところである。今更遡って読んでいる。

持病のため働けないが、毎月、受け取る生活扶助はわずかだ。そのうえ、訴訟をふたつ、起こしているという。その日のランチは、ツナと半月前に賞味期限が切れたパン、それに飲みかけのジュースをほんの少し。残りは夕食に取っておく。

私も一緒にごちそうを食べることになった。ホールにはレストランのようにテーブルが置かれていた。赤いテーブルクロスが掛けられ、花が添えられている。
ネクタイ姿の中年のウエイターが水を注いで回る。七面鳥にクランベリーソース、ピラフ、と山盛りのごちそうが運ばれてくる。厨房で働く人もウエイターも、教会員だ。
男も女も子どもも、てきぱきとホームレスの人たちなどに給仕する。この日はだれにとっても、“特別な日”であってほしいのだ。教会員の手で70羽以上の七面鳥が焼かれた。
私の前では、中年の男の人がひとり静かにごちそうを食べている。
「おいしいですか」
と私が声をかけた。
「うん、すごくおいしいよ」
彼は顔を挙げて笑った。
プエルトリコに家族を残して、ひとりでニューヨークにやってきた。でも、思うように仕事が見つからなくて、まだ家族を呼べない。この日もひとりでここに来た。
「今年はいいサンクスギビングだ。一緒に話せて楽しかったよ」
そう言って、彼は席を立っていった。
そのあと、コーヒーに手作りのケーキを楽しみながら、教会員の自作自演による音楽を聴いた。彼はプロのミュージシャンとして十分やっていけるが、ここに留まり、傷ついた人々のために歌いたいという。

ウエイターがワインボトルとグラスとパンを持ってきて、ワインを注いだ。
「今、アンティパスト(前菜)を持ってくる」
彼はそう言って、消えていった。
やがて、アーティチョークやマッシュルームなどを盛った大きな皿を運んできた。
「食べられるだけ、食べろ」
と言って、彼は去っていった。
しばらくすると、また、そのウエイターがやってきて、
「食べ終わったのか」
と無表情な顔で聞く。
(中略)
彼が再び戻ってきて、今度はパスタを持ってくる、という。
私たちが不思議そうな顔をしていると、パスタだよ、パスタ、といらいらした様子で答える。
(中略)
持ってきてもらったメニューを眺めていると、
「私に任せておけ」
と、取り上げようとする。
お前ら素人に何がわかる、とでも言いたげだ。
「自分で決めます!」
私はむきになって、持っていかれないように、両手でしっかりメニューの端を握りしめる。
(中略)
決めました、と私が言うと、つまらなそうに注文を待った。
カルボナーラとボンゴレ、と私が言った。
つまらない注文だ、と我ながら思った。

私はめったにスーパーまで行けないおばあさんのために、好物のエビと野菜のマヨネーズ和えを買って届けたことがあった。でも、何よりも、彼女を一度、スーパーに連れていってあげればよかった、と後悔している。

「デートじゃないのかい、金曜の夜だよ。なんなら、うちにディナーに来ないかい。おいしい、おいしいミートボールのスパゲッティを食べさせてあげるよ」
また、一斉に笑いが起こる。

 岡田光世著『ニューヨークの魔法は続く』より