たべもののある風景

本の中で食事するひとびとのメモ帳2代目

御巣鷹山の夏

確認作業が後半に入り、いくぶん心にも余裕が出てきてからのことであるが、
「何か欲しい物があったらいって……」といわれると、
「サラダが食べたい」とか、
「煮物が食べたい」とか、
つい本音が口をついて出る。
毎日のように、大鍋にいっぱいのサラダをつくってきてくれた人、ケンチン汁をつくってきてくれた人。
生のままみそをつけて食べた新鮮なキュウリや葉しょうが、冷えた麦茶等々、「地獄に仏」の心境であった。


巡査の家は鮎川を見下ろす山裾にあった。家のすぐ裏手まで山がせまってきていた。周囲には山の斜面を利用した小さな段々畑が数枚つくられている。
M巡査の母親はT・Rさんに対して、慰めのことばも見つからず、ただ何度も何度も頭を下げるばかりであった。
M巡査の母親は早速、手打ちうどんを打ち、野菜と椎茸の天ぷらをあげてもてなした。
「山育ちのおふくろは話すことは苦手で、T・Rさんとは2時間もの間ほとんどことばを交わさなかったように思う。ただ、どうしたら慰められるのか、心の疲れを癒してやれるのか、一生懸命になっているのがわかった。
でも、ほぼ同年配の母親同士、何も話さなくても十分過ぎるほど心が通じ合っているようである。
『……』
おふくろはうどんなどを出すたびに、何かことばにならないことばをつぶやいている。T・Rさんも『……』と礼をいっている。
二人の母親は向かいあって座り、何も語らず、泣きながらうどんをすすっていた」

飯塚訓著『墜落遺体 御巣鷹山の日航機123便』