すでに会食の場面がなつかしいなあ...。こんなにみっちり座って一緒に食事できたのだ。今年の初めまで。
次にハワイに旅行に行けるのはいつのことになるのだろう。
せめて、今週はOno Hawaiianにチキン+ご飯+マカロニサラダ(申し訳程度のレタス付き)のランチボックスを買いに行こうと思った。
マラサダとは揚げパンらしいのだが、形が四角で、中にクリームが注入されているものもあるそうで、その名前の響きも異国情緒があって、ぜひ食べてみたいもののひとつであった。
そのドライブインは、テラス席がほどんとで、窓口で注文して、注文の品を受け取って席に着く。注文する窓口は、なんだか、昔の駅の切符売り場のようだった。窓口には、賑やかに軽く列がでてきている。そして我々には窓口上方にビッチリと掲げられた英字のメニューを判読する集中力はもはやなかった。ここはロコであるクミコさんにおまかせすることにした。
「そうだねぇ。マラサダはプレーンとチョコと苺ジャムとババリアンクリームがあるね」
ババリアンクリーム? なんだそれ。ここはぜひ全種類頼んで、みんなで味見する方向でお願いした。
「それから、地元のメニューだと、サイミンと、チリライス、ロコモコあたりだよねぇ」
地元のクミコさんは、ロコらしいフレンドリーな口調でそう言って、テラス席で、ぼんやりしながらも、日差しの強さに目をシバシバさせている我々のために、それらをすべて注文してくれた。(中略)
受け取られた食べ物がテーブルに並ぶと、その豪快な光景に一瞬絶句。ああ、ここはまぎれもなくハワイ、そしてアメリカなのだなぁ、と背筋の伸びる思いであった。なんなのこの量! この食べ物! マラサダはともかく、なんなのこのハンバーグ丼。なんなのこの麺。そしてチリライスに山盛りのフレンチフライに、いちおう保険で、普通のBLTサンドイッチ。ハワイによく来るヒトでなくとも、ロコモコとかサイミンとかいう名は知られているようだが、ワタシは、たぶん、聞くのも見るのも食べるのも、初めてであった。そしてロコモコと呼ばれるハンバーグ丼目玉焼きのっけは、見るからにものすごいカロリーであることが想像される。味もなんとなく見当がつくが、この形状は、日本人にはなかなか思いつかないであろう。グレイビーだか醤油あんかけだかが、まったりとかかっている。サイミンと呼ばれる汁そばは、食べてみると、リアルなカップヌードル、といった味だった。チリライスは、アメリカ人の大好きな豆とひき肉の辛いトマトソース煮がごはんにかかっているもの。そして、マラサダである。四角い揚げパンの周りにはグラニュー糖がまんべんなくかかっており、それだけでも香ばしくて甘くて美味しいのだが、中にクリームが注入されているものを齧ってみると、それもまた、そこはかとなく、ハワイな感じであった。ご丁寧すぎるほどに甘いのだ。気になっていたババリアンクリームというものは、ワタシにはカスタードクリームと認識された。もしかしたら、本当はもっと繊細なババリアンクリームのレシピというものがあるのかもしれないが、ワタシの味覚では、クリーム揚げパンと識別されました。アジア人はいろんなものをみんなでつつくのが好きだが、大騒ぎしながら、ロコモコやサイミンをみんなで回し食いするアジア人たちを、さすがのおおらかな地元のヒトビトも奇異なものを見るようであった。すみません。食い散らかして。(中略)
「あら、もういいですが。まだこんなに残ってるね。ワタシいただいちゃいまーす」
とサイミンをシュパパパッとたいらげ、サンドイッチをサクサク頬張り、コークをチュルチュルと飲みほした。晩ごはんは「MIYO’S」という和食屋さんであった。(中略)
クミコさんもよく利用するというその店は、天井が高く、ちょっと民芸風(和とハワイ)の和食屋さんだった。お酒は置いていなくて、お客さんが持ち込むシステムである。地元のビールを持ち込んだ我々は、ひとまず乾杯して、メニューに書かれた馴染みのある料理を注文した。お店はとても繁盛していた。クミコさんはポキという料理を我々に勧めた。それは、マグロの刺身に、スライスした玉ねぎとキュウリ、ゴマを、ゴマ油で和えて醤油を垂らしたものであった。全然アリである。普通にアリである。
「ポキの刺身はなんでもいいね。タコとかイカとか、いろいろあります」ヒロの朝ごはん
次の日の朝ごはんはパンケーキであった。
ワタシは朝ごはんのパンケーキが大好きだ。といって、パンケーキなるものは自分でわざわざ焼いたりしない。西洋人にとってはパンケーキなんて、目玉焼きを作るのと同じくらい簡単なものかもしれないが、米の国で育ったワタシは、ボウルの中に小麦粉と卵と牛乳、砂糖とベーキングパウダーを、どんな比率で入れたらいいのかわからないし、適当に、というのは、失敗したときのことを考えると、ツラすぎてできない。(中略)
そんなワタシを無条件で喜ばせるような店の名前、『KEN’S House of Pancakes』のメニューには、目がハートマークになりそうなパンケーキのバリエーションが盛りだくさんであった。その店は、パンケーキ屋といっても、ファミレスのような店構えで、ヒロでは珍しく24時間営業。店内は南国風のインテリアで、あちこちにポトスがぶら下がっている。天井にはもちろんいくつもの扇風機が回っていて、甘い香りを店中にぶんぶん拡散していた。店員さんたちは年齢層が高い。日本のように、若いお姉さんはいない。50代以上の店員さんもぞろぞろいる。みんな、ユニフォームの、可愛らしいアロハやムームーを着て、気持ちのいい笑顔であちこちのテーブルを行ったり来たりしている。そして、それぞれのテーブルの上には、まるでお醤油やソースを置くように、可愛らしいガラスのポットに入ったメープルシロップ、はちみつ、おそらくマンゴーソースであろう黄色いもの、蓋をしていてもいい香りが漂ってくるココナツソースがすでにスタンバイされているではないか! パンケーキに向き合う姿勢に感動である。そんなに早い時間ではなかったが、朝ごはんを食べにやってきたヒトたちで、南国ファミレス風のパンケーキ屋さんはとても賑わっていた。(中略)
メニューにはパンケーキはもちろんのこと、オムレツ、ハンバーガー、サンドイッチにフレンチフライ、ボリュームたっぷりのステーキまであった。(中略)
ワタシはもちろんパンケーキを死守。いろいろなパンケーキがあったが、ワタシが選んだのは「ココナツパンケーキ」であった。きっと、生地の中にココナツのフレークなんか入ってて、もわぁ~んと南国の香りがお口の中に広がるんだわー、と期待に胸が膨らんだ。
テーブルに運ばれてきたのは、大きなパンケーキの上にワシャッとココナツフレークがふりかかったものだった。そして、野菜がたくさん入ったこれまた大きなオムレツ。プレーンのパンケーキにフレンチトースト、BLT。6人のテーブルだったが、5品で十分のボリュームであった。卵好きのエンドウ氏は、オムレツがあることで納得していたが、大きなパンケーキや、フレンチトーストがひしめくテーブルを見て、
「あらあら、粉もんばっか頼んじゃって……」
と、なんでもいい、という割には文句が多いのであった。
ココナツのワシャッとふりかかったパンケーキは、ナイフを入れてみたら、中身はプレーンであった。それでも文句はないのである。ちょっと欲張った妄想をしてしまった。そして、ココナツが中に入っていないからといって、更に、かけ放題だからといって、ここで、テーブルに置かれたココナツソースはかけないのである。パンケーキには、メープルシロップである。まあ、はちみつまではいいだろう。(中略)どら焼きはあんこが一番なように、パンケーキにはメープルシロップなのです。なぜかと聞かれてもわからない。ただ、どう考えても、それが一番美味しい、とワタシは思うわけです。
と、ココロの叫びを誰に熱く語るわけでもなく、ココナツのかかったパンケーキの上に、添えられたバターを塗りたくり、それを切り分け、上から静かにメープルシロップを垂らし、一切れを口の中へ。ほわぁ~んと幸せな甘い香りが鼻から抜けて、懐かしさに似た気持ちが胸にこみ上げる。特別、凝ったレシピでもないようだし、洒落た盛り付けでもないけれど、この、大ざっぱなパンケーキこそ、飽きなくて、また食べたくなる、この店のとっておきなのではないだろうか。「カバはねぇ、フルーツだね。ジュースね。ポリネシアの飲み物だよね」
クミコさんがしごくザックリ説明してくれた。
「ワタシ、フィジー行ったとき、飲んだんですけど、なんか、お酒じゃないんですけど、すっごく口がしびれるんです。で、みんな昼間から飲んで、ヘロヘロしているんです」注文し、運ばれてきたのは、洗面器大の木製の足つきの器に入った白濁した液体であった。それに、小さなヤシの実で作ったカップが3つついてきた。なるほど、このカップで洗面器からカバをすくってみんなで飲み交わすのだな。(中略)
想像するに、台湾などで見かけた「ビンロウ」に似たものなのか。「ビンロウ」は、その当時、台湾のタクシーの運転手さんが眠気覚ましに齧っていた、ピーナツくらいの何かの木の実に何かの植物が挟んであるもの(全然よく知らない。すみません)で、それを、口の中に放り込み、ガジッと噛むのである。すると、口の中で唾液とそのビンロウの汁が混じり合い、そうしておもむろにそれを木の実もろとも、「ぺっ!」と吐き出す。ほどなく、後頭部がジンジンと熱くなり、くああああああっ。きたあぁぁぁぁぁっ! ということになるわけだ。ビンロウを吐き出したあとのベロは真っ黒である。もちろん吐き出された唾液も真っ黒。非常にグロテスクな状況である。あら。カバとビンロウはまったく正反対のものだったかしら? カバはヘロヘロとリラックス、ビンロウはきたあぁぁぁぁぁっ! と覚醒させる。ま、とにかく、ヤシの実でひとすくい。
「カバは、果物だけど、あまり飲みすぎると、腎臓が悪くなるらしいね」(中略)
おそるおそる白濁のカバを口に含む。
「んー……」
非常にはっきりしない味である。
「ん? んんん?」
なんだか、口の中がしびれてきた。
「んっ。んがっ。がががががっ」
なるほど、サオリちゃんの言うとおり、山椒や胡椒の香りこそしないが、刺激的にはそんな感じだ。でも、甘くもないし、風味もないし、これをヤシの実一杯飲むのは至難の業である。どのくらい飲むのがクミコさんの言う飲みすぎなのかわからないが、病みつきになる心配はなさそうである。みんなも味見どまりだ。誰ひとり、
「うっわぁ。これ、うんめぇ」
と喜ぶものはいなかった。聞くと、1シェル(ヤシの実のカップはこう数えるらしい)、5ドルという。だいたい500円。安いか高いかよくわからないが、なんとなく、高いかもなぁ、と思った。ヘロヘロになるには、どれくらい飲むのだろうか。昼ごはんはブリトーであった。
ブリトー! 何年ぶりか! 10年以上食べていないのは確かである。ブリトーといえば、メキシコ料理、という気がするが、こちらのブリトーは、すっかりアメリカ仕様である。もう、皿にのっている時点でオープン。ブリトーに敷かれた細切りレタスの上にアツアツのチリビーンズとチーズが山ほどのっている。どう見ても、これ、2人前である。ブリトーを3種類と、チキンシーザーサラダ、マヒマヒシーザーサラダを注文。もちろんサラダも山盛りだ。シーザーサラダを2修理も頼んで、相当シーザーサラダ好きと思われそうだが、こっちこそ、店のヒトに聞きたい。なぜ、シーザーサラダしか置いてないのか。もう、そこもかしこもチーズだらけである。しかし、ここはアメリカなので、そういう文句は無駄なことなのもわかっているのでわざわざ言わない。店の裏のテラス席で、冷製熱帯雨林茶(アイスレインフォレストティー)とともにいただく。隣の敷地は広くて舗装されていない駐車場で、なんとなく、裏の空き地な感じが楽しい。(中略)
ワタシはしかし、そこでは腹七分目にとどめるよう努めた。なぜなら、このあと、日系人のかたが経営しているという大福屋さんに行くからである。
大福はワタシの中で三大おやつのひとつである。(中略)
その店は、非常に小ぢんまりした店構えであったが、ダウンタウンから少し離れているにもかかわらず、お客さんがひっきりなしだった。表のドアにいは、
「はい!今日は苺があります。どうぞ中へお入りにはって、ご注文ください!(英文で)」
と張り紙があった。
「ほらっ、苺大福ねー」
とクミコさんは張り紙を指さしてうれしそうである。
ドアを開けて中に入ると、レジ脇の壁に、なぜか振袖姿のゆうこりんのカレンダーがかかっていた。そして小さな店内のショウケースには、すでにパックに詰められたカラフルな大福がいくつか並べられていた。
「んー。これはもはや大福といえるのか……」
とそのパステルカラーの大福を見て一瞬思ったが、パッケージには、
「MOCHI・MANJU」と書いてある。なるほど。大福というジャンルでなく、まんじゅう。日本でポピュラーな、豆大福あたりを期待していたワタシには、ちょっと肩すかしであったが、それでも、異国の時で見る和菓子は魅力的であった。
あらかじめ取材をお願いしていたので、レジに立っていた荒川静香似の女性店員さんは、
「こんにちは。ようこそいらっしゃいました。どうぞ、中に入って見ていってください」
と、丁寧な日本語で我々を作業場に招き入れてくださった。冷房の効いた涼しい店先とは打って変わって、作業場は熱気ムンムンであった。そう広くもない作業場には、あんこや粉、パッケージ用の箱が所狭しと広げられていて、6名ほどの従業員のヒトたちが作業をしていた。まさに家内制手工業である。おじさんはあんこを練り、おばあさんは箱詰めをしていた。若くてハンサムな白人男性は粉のあたりでなにやら作業している。皆さん手を止めずに、
「こんにちは!」
と笑顔で迎えてくださった。やや年配の女性のかたが作業の手を休めて、我々に、いろいろ説明してくださった。
「ハワイ島のマンジュウはみんなここで作っています。今日は苺大福があります。日本に苺大福ありますか?」
「あります!」
「ああ、そうですか」
とその女性は楽しそうな笑顔である。若い女性は大きな木の箱に、仕上げたマンジュウを詰めていた。パステルカラーの綺麗なマンジュウが箱にびっしり並んでいる。
「これはブラウニーマンジュウ、これはホワイトチョコマンジュウ、これはリリコイマンジュウですね」
リリコイ、というのはパッションフルーツのことである。仕上がったばかりのそれらのマンジュウを、その年配女性は片っぱしから切り刻み、我々みんあに味見をさせてくださった。どれも、皮の上新粉がポニョポニョと柔らかく、あんこも温かく、ホッとする美味しさだった。ブラウニーやホワイトチョコ、リリコイといったハイカラなあんは、ハワイならではのアイディアだと思う。味見にいちいち感動の声を上げている我々を、粉係りの白人青年はさわやかな笑顔で見ていた。日系人にまじって働く彼は、オレゴンからやってきたという。説明をしてくださっている女性、箱詰めしているおばあさん、あんこ係りのおじさん、苺大福を製作中の娘さんたち、そして荒川静香似の女性店員さん。ここで働いている皆さんは家族なのか、それとも、たまたま集まったヒトたちなのかわからないが、雰囲気がとても似ている。「さっ。皆さんのお好きなもの、選んでください」
といつもの決まり文句で、エンドウ氏がメニュー選びをまたもや放棄。我々は、またしても、それぞれ興味のあるものをピックアップした。
「えーと、刺身の盛り合わせ」
「あ、いいですねぇ」
「これ。納豆カクテル」
「カクテルぅ?」
「納豆とろろ芋と、マグロの和えもの……って買いてますね」
「アタシ、ポキ食べたい」
「あ、ポキ、ポキ」
「カリフォルニアロールはどうですか」
「それいきましょう」
「ん?」
「どうしました?」
「なんですかこれ、スパイダーロールって……」
「……蜘蛛?」
「……」
「頼もう、頼もう」
カリフォルニアロールを初めて食べたのは、今から25年くらい前。そのときも、アボカドを寿司にぃ? と驚いたわけだが、一体このスパイダーロールとは……?
「わからないねぇ。ワタシも注文したことありません」
クミコさんもノーアイディアである。
注文したものが、次々とテーブルに運ばれてくる。海辺の町だけあって、刺身などはとても新鮮だ。納豆も、ホッとする。ハワイ料理のポキは昨日すでに経験済みだが、やはり、日本人好みの味で美味しい。そしてカリフォルニアロールが運ばれてきたと思ったら、いよいよスパイダーロールのお出ましである。
「……」
「……」
テーブルに置かれた巻き寿司の耳からは、確かにタランチュラの足のようなものが大きくはみ出していた。(中略)
それはどうして、香ばしくて美味しかった。その実体はおそらく、ソフトシェルの蟹の足をフライにして寿司に巻き込んだものであった。ちょっと名古屋の天むすに原理が似ているかもしれない。みんなも手を伸ばし、
「本当だ、美味しいですねぇ」
とスパイダーロールを頬張った。
すると、
「ねえ、頼んだのこれだけ?」
とスパイダーロールには手をつけないエンドウ氏が不満げである。
「なんか、刺身とか寿司とか、冷たいもんばっかじゃん」
ワタシはエンドウ氏の好物とんかつがメニューにあるのを知っていた。本当は、とんかつ、とは言わずに、カツレツ、と言うほうが、スマートで、エンドウ氏はお好みであるが。
「じゃ、とんかつ頼もうか」
「とんかつぅ? や、別に。皆さんが食べたいなら」
(中略)
食が細いくせに意外と肉が好きなおとうさんは、とんかつが来ることによって、少しモチベーションがあがった。
「じゃ、この牛肉と豆腐の煮たやつも頼もうか(おとうさんのために!)」
「えー、なんか肉肉じゃない?」
(中略)
揚げたてのとんかつが運ばれてきて、クレソンのたっぷり入った牛肉と豆腐の鍋もテーブルにのって、ごはんと味噌汁もみんなにまわった。
「ちょっと厚いんだよなぁ」
と言いながら、おとうさんはとんかつにソースをかける。そんなおとうさんを見ながら、みんなもホクホクとごはんを口に運ぶ。クミコさんは味噌汁をすすりながら、
「やっぱり温まるよねぇ」
とうっとりしている。
なんとなく丸くおさまって、平和な夕餉なのであった。次の日の朝ごはんはワッフルであった。
昨日のパンケーキに続き、今日も朝ごはんにワッフル食べていいんですかっ。あの小さく並んだ四角いくぼみに、柔らかくなったバターを埋め込んで、その上からメープルシロップをたらーり……。(中略)
ダウンタウンのコーヒーショップ「ベアーズコーヒー」。朝っぱらから、いい大人がみな、普通にマフィンやワッフルを食べている。(中略)
ワタシはワッフルに決まっていたが、さまざまなトッピングなどという邪念をはらい、プレーンをひとつ、注文した。結局、パンケーキだって、ワッフルだって、プレーンが一番美味しいのだ。だが、お姉さんがキラキラした笑顔で、
「オッケー。ホイップクリームつけますか?」
と軽快に聞くので、思わず、
「お願いします」
と言ってしまった。ま、それでも、ホイップクリームだから。ココナツとか、チョコレートソースとか言ってるわけじゃないから。プレーンなワッフルに、ホイップクリームがついてくるだけだから。アジアンテーブルの他のみんなは、シリアルだの、ベーグルだの、オムレツだのを頼んでいた。先に運ばれてきたコーヒーを飲んでいると、まず、1本分と思われるバナナのスライスと、苺、ブルーベリー、パパイヤ、レモンがみっちりとのったシリアルが運ばれてきた。続いてクリームチーズを挟んだベーグル、そして、なぜかココット皿でプリンのように焼かれたオムレツ。一緒にタバスコとパンとバターが付いてきた。
「えー。これオムレツぅ?」
と、オムレツ好きなおとうさんは、フワフワのやつを想像していたようで、どうやら不本意のようである。そしてワタシの目の前に置かれたワッフルは、どういうわけか、絞り金から絞り出されたような白いホイップクリームが丸いワッフルの周りをぐるりと縁取っていた。
「えぇぇぇぇぇぇ」
なぜ縁に。なぜ脇に添えてくれなかったのか。なんか、ホイップクリームで縁取られてしまったせいで、竹下通りっぽい安っぽさである。あるいはパイ投げのパイみたいだ。そして、ワッフルはわりかし、耳がカリッとして美味しかったりするので、そこにクリームがのっているのは、かなり残念だ。フォークですくって舐めてみると、マーガリンと生クリームの間くらいのクリームで結構甘い。これまた残念。あ! もしかしたら、「フレッシュクリーム」というのが、いわゆる生クリームで、「ホイップクリーム」というのは、また別のジャンルなのではないか。きっとそうだなぁ。(中略)
凹みに入ったクリームまではさすがにほじくり出さなかったが、それ以外は丁寧によけて、メープルシロップでクリームを洗い流すような気持ちでいつもよりたくさんかけた。ホイップクリーム以外では、素晴らしく美味しいワッフルをいただいた後、トイレを借りに席を立ったら、通りかかった厨房のカウンターに、スプレー缶のホイップクリームが置いてあった。……ああ、なるほど。便利ですね……。たこ焼きの隣にも、どこぞの国のお惣菜が並んでいた。
「このへんは、フィリピンだね」
クミコさんは説明した。
「美味しいよー。ワタシもよく買うよねぇ。フィリピンは人気」
なにやら、紫色した液体(紫芋のようなもの?)にタピオカが入っているものや、オレンジ色した餃子のようなもの。そして、ひとつずつラップに包まれた、一口大、いや二口大のお寿司のようなもの。それは握り寿司のような形のごはんの上に、アボカドとカニカマがのっかっていて、それを海苔の帯でくるっと留めたものであった。その握り形ごはんには他にも何か(イカ?)を揚げたのをのっけてくるっと留めたもの、ピンク色したスパムをのっけてくるっと留めたものなど何種類もあった。そろそろパーカー牧場が終わったあたりだろうか、ちょっとした住宅街にさしかかった。すると、急にあたり一面にモクモクと白い煙が立ち込め、いい匂いがしてきた。
「あっ! わっ! フリフリチキンですよっ! ほらっ」
と運転していたクミコさんのテンションが突然上がった。ほら、と言われても。
「フリフリチキン?」
「そうです、ほらっ、あそこ!」
クミコさんの指さす前方には、路上に停めた可動式の荷台からモクモクと煙が出ていた。
「あれ、最高に美味しいねー。ぜひ皆さんに食べてもらいたいですー」
クミコさんがぜひ、というフリフリチキンとは一体どんなものなのか。我々は、壮絶に煙を上げるその荷台のそばに車を停めた。車を降りたクミコさんの足どりは明らかに浮いていた。よっぽどフリフリチキンが好きと見える。
煙を上げている荷台に近寄ると、その煙の実態がまざまざと明らかにされたのであった。年季の入った屋根つきの荷台には、赤々と焼けた炭が敷き詰められ、そして、その炭の上には、何十羽という、大きくて立派なまるハダカの鶏が、みっちりと整列して、串刺しにされていい色に焼かれていた。よく見ると、彼らは半身だ。どいつもこいつもこんがりである。焼かれながら脂が炭に落ちて、モクモクと煙が出ているのであった。その数、軽く数えても60体はある。こんな静かな住宅街で、こんな数がはけるのか。しかし、これだけ激しい煙が上がれば、なんのアナウンスもなしに、フリフリチキンが来たということを住民に知らせるのは簡単に違いない。激しい煙を上げながら香ばしい匂いを漂わせるその荷台の隣には、これまた簡易テーブルが置かれて、ちょっとした屋台風であった。それにしてもフリフリチキンの名前の由来はなんなのだろう。(中略)
ラインダンスのように整列してこんがり焼かれた大きな鶏に見とれていると、その荷台の前にぽつぽつとヒトが並び始めた。ちょうどお昼どきである。見ると、大きなランチボックスに、ごはん、マカロニサラダ、フリフリチキンの三点が盛られていて、みんなそれを受け取ってお金を払っている。その三点セットが決まりのようだ。なんだか、すごく栄養的にバランスがとれていない気がするが、いいのか。マカロニにごはん。炭水化物に炭水化物。で、肉。そんなことを心配しつつ、我々も列に並んだ。6人にひとつで十分に思えた。結局ひとつだけ買って、みんなで味見することにした。ランチボックスはずっしりしていた。やはり、フリフリチキンはでかい。ごはんとマカロニサラダの上に覆いかぶさるようだ。
「それをほぐして、ごはんと食べるんですよー」
もう、クミコさんは、おれにまかせろ的に前のめりである。それでも、ワタシが代表してフリフリチキンをプラスチックのナイフとフォークでほぐした。ああ……なんと柔らかく、ジューシーなのか。肉はいとも簡単にホロホロと骨からほぐれ、ランチボックス全体に広がり、もはやごはんもマカロニサラダも見えない。日本の焼き鳥のタレに似たフリフリチキンの味付けはふっくらごはんと合うし、マカロニサラダも実にフリフリチキンと相性がよい。数あるおかずの中からマカロニサラダが選ばれたのも納得である。またしてもアジア人は寄ってたかってひとつの皿をつつき、それでも小食のアジア人は十分にフリフリチキンを堪能したのであった。おそらくクミコさんだけは、絶対に足りなかったであろう。ヒロの最後に、どうしても、あの、ホイップクリームにまみれたワッフルのリベンジがしたくて、「ベアーズコーヒー」でお昼ごはんを食べたい、とみんなにリクエストした。再び訪れたお店の中でいそいそと立ち働いているのはおかまのおじさんだった。ワタシは落ち着いて、ホイップクリームなしのワッフルを注文し、やっと思い描いていたワッフルにありつくことができたのであった。
我々はマッサージ後のぼんやりした体で、スパのフロントに戻り、日の傾いた池のキラキラした水面を眺めながら、緑茶とドライフルーツとマカデミアナッツをいただいた。
おもむろに、3人の男性は素手で煙の上がるあたりを掘り始めた。煙はどんどん大きくなって、あたりになんともいえない原始的な香りが立ち始めた。どうやら、それは、ハワイの伝統的なルアウの料理、豚の蒸し焼きのようだ。おばさんは『この豚は今朝8時半に土に埋められました。お腹には焼けた石を詰めてバナナの葉でつつみ、布で巻いて土に埋めます』みたいな説明をしていた。その豚は数十時間土の中で蒸し焼きにされていたことになる。豚の姿は見えないが、土が掘り起こされるほどに煙も大量になってゆく。(中略)
そして、いよいよ土の中から豚が掘り起こされ、葉っぱが1枚1枚はがされると、こんがり焼けている大きな豚がまるまる1匹姿を現した。(中略)
蒸し焼きの豚はこまごまと刻まれ、大きな器に丸ごと盛られて他の料理と並んだ。並んでいるのは伝統的なハワイ料理ということだが、まるっきりそれだけだと食べられないヒトもいるだろうと考えられているようで、フレンチフライやチキンといった、一般的なものも並んでいた。ブッフェのお皿も、気をくりぬいて作られたもので、ちゃんと仕切りまで彫られていて、汁の多い料理の味が混ざらないように工夫されていた。ちょっとずつお皿に盛ってもあっというまに山盛りになってしまうのがブッフェの難しいところである。それでも、食べてみたかった『ポイ』という、古代ハワイアンが好んだというタロイモで作ったペーストも味見ができた。思ったよりトロトロでびっくりした。見かけはこしあんのお汁粉みたいであったが、味は、タロイモ風味のぼんやりしたものであった。コナの高級リゾートホテル最後の朝ごはんもワッフルで決めてみた。もう、半分意地であった。ハワイ島で食べたさまざまな素敵な朝ごはんを思い出しながら、感無量のワッフルであった。
小林聡美著『アロハ魂』から