たべもののある風景

本の中で食事するひとびとのメモ帳2代目

パイナップルとリンゴ 冨永愛『Ai 愛なんて大っ嫌い』

彼女の小さいころの両親との数少ない思い出はどちらも果汁の水気と甘さとともにあった。
「お熱」とウサギやスリスリリンゴ、リンゴジュースを食べさせてもらった記憶がセットになってる人、少なくとも日本には多いよね。

「ねえ、お父さん」
「うん?」
「あれ買って」
「あれって…… ああ、アイスパイナップルか。食べたいの?」
「うん」
「よし、じゃ行こう」

わたしの背丈よりも高いアイスケースの中身をのぞこうとしたら、父の腕がひょいとわたしを抱き上げた。
ケースの中には、透明なビニール袋に入った輪切りのパイナップルがぎっしりあった。父の手がスライドドアを開け、袋をひとつ取って、わたしに渡してくれた。
「ありがとう」
売り場のお姉さんがほほえんでくれた。
口の中に広がるシャリシャリした食感と甘酸っぱい味。
「おいしいか?」
「うん!」
ギラギラ太陽が照りつけて、ものすごく暑かった。その暑さの中で、父から買ってもらった凍ったパイナップルが感動的においしいかった。

「お母さんこそ、身体、だいじょうぶ?」
「ああ、朝4時起きでね、バリバリがんばってるよ…… はい、食べな!」
母は、ベッドの横にドンと座り、わたしの口に小さく切ったリンゴを入れた。
リンゴの汁が乾ききった唇からのど元、そして、おなかの中へとしみ通っていく。
おいしかった。
そして、なつかしかった。
前にもこんなことがあった気がした。
そうだ、たしかにあった。子どものころ、こうして母にリンゴを食べさせてもらったことが……。

ショッピングモールの中にあるお寿司屋さんに入った。
テーブル席に向かい合わせで座った。
夕方前の中途半端な時間。店は空いていた。
父は、ランチセットを2つ注文した。

「いただきます」
父は目の前の寿司に向かって律儀に手を合わせた。
わたしもそれを真似した。
父が寿司をつまんで、ひょいと一口ほおばった。
「うん… おいしい」

白い手ぬぐいをねじって頭に巻いたテキ屋の威勢のいいお兄さんが声をあげた。
ざらめを器械に放り込み、手際よく割り箸にくるくるっと、霧のような白いものを巻き付けていく。わたしは、父と2人で、じいっとそれを見た。
「はいよっ! できあがりっ!! 綿あめひとつね。おまけしといたよ!」
「ありがとう」
父は、300円の小銭をポケットから出した。
「愛!」
「うん」
「ほらっ、食べな」
「…ありがとう」
ペロッとなめてみた。父の顔を見ながら。口の中になんとも言えない甘さが広がった。

冨永愛著『Ai 愛なんて 大っ嫌い』

面接官が、特にまだ具体的に語る成果のない学生の求職者と話すとき、「一緒に働きたいか」はもちろん、言っていること、書かれていることとその人の雰囲気の間に違和感はないかを意識せずとも見ているという。たとえば、「エントリーシート」はウェイなのに、目の前の人物は物静かだったりすると、面接官は気持ち悪さがつのるらしい。逆に出しているものすべてに筋が通っていれば、好き嫌いは別としても、判断するのに余計なストレスは感じない。

その意味で言えば、この本は雑誌や映像で見る彼女のイメージのまんまで非常にいい。プロデューサーが長渕剛というのも、まさにそのまま!分かる!
「負けるもんか、負けるもんか」って本当に思ってそうでしょ。
コロナで、ファッション業界にとってはまた各段に厳しい時代になったと思うけど、頭ひとつ個性のとびぬけている彼女にはなんてこともないだろう。

Ai 愛なんて 大っ嫌い

Ai 愛なんて 大っ嫌い

  • 作者:冨永愛
  • ディスカヴァー・トゥエンティワン
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