たべもののある風景

本の中で食事するひとびとのメモ帳2代目

ひなあられとクリストフ 山本文緒『そして私は一人になった』

山本氏はうつに苦しみ、「楽しい」と心から思えるようになるまでの日々を日記として発表している。本書は時系列としてはその前の時期の記録である。
一般向けパソコンの黎明期。まだ彼女もワープロを利用。飲み会である人に「編集者に原稿を取りに来させるような作家は、原稿料を安くすべき」と言われて「(原稿の送信は)誰でもがすべきだとは思わない」とプンスカしている。時代は回る。

おなかが空いたので、お歳暮でもらった魚久の粕漬を焼いて食べる。

ご飯を作る気力が湧かず、テイクアウトのお寿司を買って帰る。

野菜と肉をごっそり買い込み、お肉は小分けにして冷凍し、野菜も冷凍できるものは茹でてから冷凍庫へ。キャベツときゅうりは長持ちさせるために塩揉みした。
すごく楽しい。私は今、家事が大好きだ。

ここ何年か、実家でご飯を食べる時は炊きたてのご飯でなく、タッパーウェアの中に余っている昨日のご飯を食べるようにしている。それは、母親がずっとそうしてきたことにこの歳になってやっと気がついたからだ。
一人で暮らすようになってからは、私は私の食べたいものしか作らなくなった。余ってもそれは好きなものだから翌日食べても虚しくはない。料理する気がない時は外食すればいい。

魚はそろそろ飽きてきたが、賞味期限も近づいているので、今日も魚久の粕漬を焼いて食べた。

夕飯はケイさんと二人でタイスキを食べる。
さりげなくお鍋のアクを取ってくれるケイさんは優しい。

夕飯に、試しに買ってきた”チャーハンの素”を使ってチャーハンを作ってみたら何かまずくて、半分食べて挫折した。自分のせいなのに不機嫌になる。
夜中におなかが空いて、桃太郎という名のトマトを食べる。トマトはおいしかった。

白菜と豚肉のスープを作ろうと、帰りに商店街で買い物をして帰る。

ずっと自炊をしていると、突如ジャンクなものが食べたくなる。
お昼はセブンイレブンの焼肉弁当を買って食べ、夜はデリバリーのピザを取って食べた。
前は宅配のピザは大きいサイズしかなかったのに、今は一人用の小さいのもあって助かる。ピザだけにしておけばいいのに、わざわざたった1枚のピザ、それもSサイズのためにこの寒い中アルバイトの若者が来るのかと思うと申し訳なくて、ポテトフライとサラダも頼んでしまう。

魚久の粕漬も、やっと全部食べきった。

角川書店H君に井伏鱒二が通ったというお鍋の店に連れて行ってもらい、井伏鱒二が座ったという畏れ多い席に座って牡蠣鍋を食べた。
もっとお酒を飲みたかったけれど、明日から香港なのでさすがに自重して帰る。

お高いふかひれのディナーも食べて、それはもちろんおいしかったけれど、怪しい路地の奥にある屋台で食べた、麺や点心がすごくおいしかった。屋台のおじさんは広東語しか分からないし、私達は全然メニューなんか読めないのに、何となくわーわー注文して食べられてしまうところがすごい。そして、値段がびっくりするほど安くてすごい。

留守にアパートの大家さんが来て、ポストにひなあられを入れていってくれた。ああ今日は雛祭りだたっと気がついた。なんか嬉しい。
ひなあられを食べながらアゴタ・クリストフ『第三の嘘』を読む。あまりの面白さに一気に最後まで読んでしまった。

成田から自宅に帰る途中、ずっと食べたかったお寿司を買って帰る。私は本当に情けないほどご飯党で、たった1週間のパン&麺生活にも耐えられないのだ。

アラスカの温泉もいいけれど、日本の温泉はやっぱり素晴らしい。
ちょっとだけど釣り竿も持った。ケイさんは小さな魚を1匹釣った。私は焚き火で焼いたサツマイモを食べた。

神奈川県のパスポート申請所は港の目の前にあって、夏のような青空の下、汗をかきながら港まで歩いて行くとものすごく気持ちがよくなって、つい勢いでホットドッグとビールを買い、山下公園の芝生に座って食べた。

ゴールデンウィークに遊びに行く、幼なじみのゆんちゃんに電話する。手巻き寿司をやるから泊まって行ってね、とゆんちゃんは言った。

帰りに”汚いけれど超美味しい中華料理屋”に連れて行ってもらう。料理もおいしかったが、ワンショット1500円もする紹興酒がとろとろっと甘くて、びっくりするほどおいしかった。

彼女が次々と出してくれるご飯やお菓子をガンガン食べ、ビールをガンガン飲み、お客さま用羽布団でガーガー眠った。

夜、友人とご飯を食べる約束がキャンセルになってとぼとぼ家に帰る。
気が抜けてしまってホットミルクだけ飲んで眠る。51キロ。

新しく出た文庫の打ち上げで、解説を書いて下さった書評家の方と角川H君と3人で天ぷらを食べる。
政治家とか会社の重役とかが悪巧みをしそうな高級な店で、有り難いやら落ちつかないやらで、それを誤魔化そうと食べまくって飲みまくってしまった。

夜遅くになって牛乳が切れていることに気がつき、またファミリーマートに行く。牛乳だけにしようと思っていたのに、「Hanako」とフライドポテトも買ってしまった。

渋谷から三軒茶屋に行き、ケイさんと会ってお寿司を食べた。
世間では今O-157という病原性大腸菌による食中毒があちこちで発生していて、亡くなった方が何人もいる。
そのせいで、なま物を扱っている寿司屋や焼肉屋にお客が入らなくなっていると聞いて、それならお寿司を食べに行こうということになったのだ。

ここのところファミリーマートは続けて行ったので、徒歩3分の所にあるセブンイレブンに行き、焼肉弁当を買って来る。

コンビニにはお米は売ってないだろうと思ったら、1キロの小さな袋を売っていた。
冷凍食品とハーゲンダッツのクッキー&クリームと「an・an」も買った。

自炊意欲は失せたままだ。体もなんかだるい。ビタミン入りのジュースを買う。

アイスクリームが食べたかったが、コンビニまで行く気になれず、牛乳を飲んで我慢する。食欲がなくて、買ってあったレトルトのシチューだけ食べてまた眠った。

元気も出てきたことだし、部屋に閉じこもってばかりいないでもっと外出しようと、とりあえず駅の近くにあるそば屋にお昼を食べに行った。
そこのお店は、引っ越してきた時、人から「おいしい」と聞いて食べに行ったら、本当にすごくすごくおいしかった。それから時々散歩がてら食べに行っている。
今日はかき揚げせいろ。
太った小エビが4つごろんごろんと入っていた。

中一日おいて、またそば屋へ。
なめこおろしそば。
私がその店に行くのはお昼時を外した2時か3時頃なのに、結構お客さんが入れかわり立ちかわり入っている。ちょっと分かりにくい場所にあるのに、客足が途切れることはない。やっぱりはやっているのだ。
でも、平日の昼間のせいか、それともそば屋なんてそんなものなのか、一人で食べに来ているお客が多い。

中年のおじさんはもちろん、女の人も一人で食事をしている人は大勢いた。40過ぎぐらいに見える、品のいいスーツを着た女の人が一人でビールを飲みながら天ざるなんかを食べている姿はすごく恰好がよく、のんびりとしあわせそうに見えた。

カガワちゃんが作ってくれたタコのサラダとすき焼きと、柏ちゃんが持って来てくれた八海山という新潟のおいしい日本酒を頂きながら、一人でそんなことを考えていた。

くたくたに疲れ、また例のそば屋に寄る。田舎そば大盛り。

帰りにまたそば屋へ。鴨南蛮。

そば屋に行く元気なし。冷蔵庫の中の物を食べてしまおうと、冷凍してあったカレーを食べる。

いいかげんに疲れて、引っ越しそばを食べに商店街の中の適当なそば屋へ入る。柏ちゃんは納豆おろしそば。私は野菜揚げそば。
ビールを1杯飲んだら睡魔が襲い、柏ちゃんが帰った後、段ボールとその他荷物の溢れかえった部屋で気を失った。

夕方前に嫌になって、何か食べようと近所をふらふら歩いていたら、渋そうなそば屋を見つけた。商店街のそば屋もおいしかったけれど、そこはちょっと変わったそばで、すごくおいしかった。
通い甲斐のありそうなそば屋が見つかって嬉しい。

はりきって昼間のうちに仕事を済ませたのは、夕飯にミタカさんが打合せをかねてフグを御馳走してくれるそうだからだ。
なんとなく驚くべきことに、私は今日生まれて初めてフグを食べるのであった。

厳密に言うとまったく初めてというわけではなくて、まだ会社に勤めていた時に忘年会か何かでフグちりがあったのだが、私は残業で遅れて行って、店に着いた時にはもうおじやができあがっていたのだ。そのおじやがめちゃくちゃおいしかったので、フグ本体もきっとおいしいに違いないとは思っていた。
そしてやっぱりフグはおいしかった。値段が高いだけはある。

開店の10時からゆっくり店内を見て、11時半頃に評判になっている台湾点心の店で早めのお昼を食べるという計画をたてて行ったのに、11時になる前に既に台湾点心の店は長蛇の列だった。
地下のお惣菜売り場で、すごすごとお弁当を買って来る。7795歩。

思ったより英語の話せる日本人というのは少なくて、それぞれ適当なことを日米で言いあって(もちろん通じていない)持ち寄ったおにぎりやサンドイッチやケーキを食べた。ホストファミリーが作った料理もたくさんあり、上級ホームパーティーという感じだった。

引っ越し祝いにケイさんが“電気グリル鍋”をプレゼントしてくれたので、その鍋を使って、柏ちゃんとカガワちゃんを呼んでしゃぶしゃぶパーテイーをする。

二人が来る頃には酔っぱらってしまって、お肉を食べつつ盛り上がる。彼女達が持って来てくれたデザートを、しゃぶしゃぶでおなかいっぱいにもかかわらずもりもり食べた。

今日はビールを飲んで、杏のお酒を飲んで、赤ワインも飲んだ。
嫌いなお酒はあまりないのだけれど、中華料理の時に頼みながちな紹興酒はあまり好きじゃない。でも前に、壜ではなくて甕に入っていて杓ですくって飲む紹興酒を飲ませてもらったことがあって(もちろんすごく高い)、それはとてもおいしかった。

友人が誕生日祝いだと言って焼肉を御馳走してくれた。

久しぶりのライブは期待以上に面白かった。その上、お芝居の中に客席へ何本かビールを配るというシーンがあって、飲みたいな飲みたいなと思っていたらもらえてしまったのだ。まわりの人に悪いなと思いながらもビールを飲みつつライブを見た。
終わった後、カガワちゃんは下戸なのでいっしょにケーキを食べた。
実はライブが始まる前に、私達はしっかりイタメシを食べていたのだ。

サナエちゃんはビールぐらいは付き合うと言ったが、やめておいた方がいいよと私が止めた。
地味にパスタ屋でスパゲティーを食べ、お茶を飲んだ。まるで女の子みたいだね、と笑った。まあ、女の子なんですけど。

感動したままテルコ推薦のお汁粉屋さんに連れて行ってもらい、おぜんざいを食べる。ものすごくおいしくてまた感動する。
そのあとはお約束の清水寺や祇園へ行き、先斗町で夕飯を食べた。おつまみとお酒でまたまた盛り上がる。

でも普段歩いていないので、お昼頃には足がくたくたになり、テルコが絶対ここでお昼を食べるべし、と言ったうどん屋さんでうどんを食べ(超うまい)、タクシーでホテルに帰って、少し昼寝をした。

ミタカさんに、ケイさんと二人でまたもやフグを御馳走になる。
銀座の路地にある、めちゃめちゃ高そうな店だった(実際高いに違いない)。
あまりのおいしさに、何だか罪悪感まで湧いてくる。貧乏性だなあ。

何だか急にマクドナルドのフィレオフィッシュが食べたくなって、徒歩5分の所にあるマックへ行った。うるさい小学生達にむっとしながらフィレオフィッシュを食べていたら、今日はクリスマスイブだということに気がついた。

駅を出て、家のそばのコンビニで肉まんと牛乳と明日の朝のパンを買って帰った。

私が高熱を出したカトマンズのホテルでは、手作り梅干しを食べさせてもらって感激し思わず人生相談までしてしまった。

その旅の3カ月後、旭川のクミコからある日突然どさっとアスパラガスが段ボール一箱送られてきた。私は山口さんを家に招んで、二人でそのアスパラを茹でたり炒めたりしてアスパラパーティーをしたのだが、半分も食べないうちにお腹がいっぱいになってしまった。大量に残った緑鮮やかなアスパラの束に私はげんなりした。

夕飯は近所の椿山荘で薬膳中華。一番少ないコースを頼んだのに、みんなおなかいっぱいで苦しくなる。

8時に起き、ゴミ出し。卵雑炊を作って食べ、文庫ゲラを読み、部屋の掃除をしてから、いよいよ新しいパソっちの箱を開ける。

父親が突然「俺が会社を辞める前にみんなでフグを食べよう」と家族を招集。しかし母はフグがあまり好きではないので欠席。父、兄、兄嫁、私の4人で日本橋でフグを食べた。父はめずらしく、若い頃母と登山したことなどをのろけていた。そういえば初めてフグを食べたのは、この本の親本を書いた1996年だった。それから何度か出版社の人に食べさせてもらってきたが、家族で食べるのは初めて。緊張感なく、フグに集中できた。

近所の喫茶店へ行ってカレーを食べる。二人でインドに行った時のことを懐かしく語り合った。またクミコに会いたいねと言い合う。
夕方ボーイフレンドが遊びに来て、近所のおでん屋にゆく。フグといい、おでんといい、季節感無視の食生活だ。

山本文緒著『そして私は一人になった』より