たべもののある風景

本の中で食事するひとびとのメモ帳2代目

カレーとコンビニサンドウィッチ 奥田英朗『沈黙の町で』

この小説にはいくつものシチュエーションでカレーライス、コンビニのサンドウィッチが登場する。どちらも日本の庶民生活に欠かせないことがわかる(天皇の好物もカレーらしいが)。
コンビニのサンドウィッチは悪くないけど、いったん薬品の匂いに気づいたら最後、食べられなくなるんだよね...。
そもそも食事に興味がなく、母のおにぎりが美味しいかどうかも考えたことがなかった子どものころに、コンビニのおにぎりも初めて食べたときは、「なんてうまいんだ!」とビックリしたけど、工場ドキュメンタリーで薬液で米を研いでいるのを見てから食べるのをやめた。あれだけいろいろ入っていれば「うまい」わけである。

非番だったのでアパートで久し振りに自炊し、キッシュを焼いて食べた。ワインの小瓶を開け、1人で飲んだ。あとは風呂にゆっくりと浸かり、好きな海外ミステリーでも読んで1日を終えようと思っていた。

これから会社を出るという携帯メールが届いたので、蒸籠で野菜と豚肉を蒸し始めた。ポン酢で食べれば余分な油をとらなくて済む。アサリの味噌汁を温め、もう一品、ポテトサラダを用意した。台所にいい匂いが立ち込める。

いつも工場でシャワーを浴びてくるので、この夜もすぐに食卓についた。缶ビールを開け、ポテトサラダをつまみにしておいしそうに飲む。

飯島は食卓に移動し、焼き魚と味噌汁の朝食をとった。

茂之がもう起きるというので、食事の支度をするため、キッチンへ行った。朝作った味噌汁を温め直し、塩鮭を焼くことにした。

時間が早かったが、顔を洗い、支度をして官舎を出た。地検までは歩いて行ける距離だ。途中のコンビニでサンドウィッチとサラダと牛乳を買った。毎朝の日課だ。検事になってから、自炊したことはない。

心配した妻がお粥を作ってくれ、朝はそれを食べて登校した。

何も手に着かないので、夕食は冷凍のチキンライスを温め、卵にくるみ、オムライスにして友紀に食べさせた。恵子自身は牛乳すら喉を通らなかった。

署長が手配するのだから、料理屋の豪華な弁当かと少し期待したが、出てきたのはありふれた仕出し弁当で、しかも冷めていた。いかに食中毒が怖いとはいえ、ハンバーグなど焼き過ぎである。

「ダイエット中。炭水化物を控えてるんです」
「おまえにそう言われると、おれの立場はどうなる」
駒田は自分の突き出た腹を一瞥すると、冗談とも思えない声色で凄み、エビフライを口に放り込んだ。

古田が書類の山を前にして、コンビニのサンドウィッチを食べながら言う。家で朝食を食べてこなかったのか、それとも泊まり込んだのか。

部屋の外からカレーの匂いが漂ってきた。今日の給食はカレーらしい。廊下でチャイムが鳴った。隅の椅子に腰かけているケースワーカーを見たら、口の端だけで微笑んだ。

坂井百合は自宅で、息子のための弁当を作っていた。弁護士の堀田を通じて警察に頼んだら、弁当の差し入れがいとも簡単に認められたからだ。やはり弁護士の力は凄いと思った。自分だけなら何を言っても相手にしてもらえない。
奮発してトンカツとエビフライを揚げた。ポテトサラダとフルーツを添え、大きなおにぎりを4個握った。瑛介は家では毎晩2合のご飯を食べる。母子2人暮らしなのに、10キロの米がすぐになくなるのだ。
瑛介の逮捕以来、食欲はまったくなかった。口に入れたのは、コンビニで買ったサンドウィッチとヨーグルトぐらいだ。

豊川康平は、近所の蕎麦屋からカツ丼の出前を取り、後輩の石井と2人で遅い昼食をとっていた。

手のこんだ料理を作れる心境ではないので、ご飯を炊き、豆腐と揚げの味噌汁を作り、レトルトのハンバーグを温めることにした。あと1品、ポテトサラダを作りたかったが、気力が湧かないのであきらめた。友紀にはゴメンと心の中で詫びた。
(中略)
下りてきた娘は、当然ながら元気がなかった。テーブルの料理を見て、母親の手抜きをすぐに見破り、余計に口数が少なくなった。

 子どものとき、母親の料理の「手抜きをすぐに見破」ったことなどない。一度だけ、「人が来て時間がなかった」と言いながら出してくれた冷凍ミックスベジタブルのみのカレーのまずさに閉口したのを覚えているが、母のことなので絶対にサラダもついていたはず。ましてやカップ麺を放り投げられたわけでもない。そもそも上記みたいな献立だったら全然手抜きではないではないか...。この子は大変な育ち方をしているなぁ。

3年生たちもその努力を認めてくれ、特別にお好み焼きを奢ってくれた。

「晩飯、食った?」
「ううん。まだだけど」
「裏の喫茶店、食事もやってるところなんだけど、カツカレーが旨いんだ。行かない? 警察官だらけだけど。今節電で暑いから、みんなそこに避難するんだ」
(中略)
飯島はカツカレーを半分ほど食べたところで、手を休めていた。「無理するな。残していいぞ」豊川が言うと、微苦笑し、スプーンを置いた。
残りは豊川が食べることにした。

県警の記者クラブでデータ整理をしていたら、一国新聞の長谷部が衝立からぬっと顔を出し、「高村君、昼飯食った?」と聞いた。
「いえ、まだですけど」高村真央が答える。
「長寿庵から出前を取ったんだけど、取った人間が急用でデスクに呼び出されて、余っちゃったのよ。カツ丼だけど。ダイエット中じゃなきゃただであげる」
「あ、払います。おなか空いてたし」
「いいよ、うちで奢るよ。カツ丼ぐらい」
(中略)
昼食の場は共有スペースのテーブルである。ここにはテレビもあり、記者たちが社を超えて集う場所だ。行くと、長谷部はざる蕎麦を食べていた。
「長谷部さんがざる蕎麦で、女のわたしがカツ丼ですか。人が見たら何か言われそう」
「おれは明日、健康診断があるの。前日に脂っこいものを食べたり、酒を飲んだりすると、中性脂肪とコレステロール値にてきめんに出ちゃうんだよね。おれももう若くねえな」
30代半ばの長谷部が鼻に皺を寄せて言う。24歳の高村にはまだ実感できない分野の話だ。今はどれだけ食べても1グラムも増えない。早速カツにかぶりつく。
(中略)
「高村君、いい食べっぷりだねえ」
5分でカツ丼を食べ終えたら、長谷部にからかわれた。記者になって早食いが習慣になってしまった。

橋本が冷えたスポーツドリンクを差し出すと、健太はお礼を言って受け取り、喉が渇いていたのか500ミリを一気に飲み干した。
「おう、凄いな。もう1本いるか」
「いえ、いいです」手の甲で口を拭っている。

濡れた髪のまま台所に立ち、炊飯器のスイッチを入れようとしたところで気が変わり、食パンを焼くことにした。味噌汁を作る気力がないのだ。

牛乳とトーストと目玉焼き、リンゴを剝いてテーブルに並べた。

坂井百合は、特大のおにぎりを4つ持たせた。米2合分である。息子の弁当を作っているときは、なんだか心が癒された。

テントを設営すると、昼食の時間になった。班で輪になって弁当を広げる。瑛介は拳大のおにぎりが4つもあった。

各班、再び本部に呼ばれ、今度は夕食の食材と、火を焚く薪が配給された。いよいよ晩御飯だ。献立はカレーライスと野菜サラダ。作り方の指導があると思っていたら、簡単な手順を書いたプリントを渡されただけだった。
「うっそー。生徒だけで作るの?」朋美は言った。家庭科の実習で調理の基本は習ったが、計量カップやガスコンロがあっての話だ。自分たちは火の起こし方も知らない。

出来上がったカレーは少し水っぽかったが、逆に御飯が堅かったので、混ぜると丁度よかった。御飯を担当した健太が、「こうなると思って堅めに炊いたんだよ」と威張るので、女子でブーイングを浴びせた。普通の市販のカレールーなのに、びっくりするほどおいしい。きっと自分たちで作ったからだ。

「冷たいこと言うなよ。あ、そうだ。おまえ、朝飯まだ食ってないだろう。コンビニでサンドウィッチでも買って来させようか。おにぎりでもいいぞ」

父はダイニングテーブルでお茶漬けを食べていた。怒っている様子はない。

「それ何よ」愛子が聞いた。
「冷やしたポカリスエット。水道の水ってまずくね? ぬるいし」

検事の橋本英樹は、出前で取ったアイスコーヒーにミルクだけ入れ、ストローでかき回しながら聞いた。机を挟んで対するは、二中の生徒・市川健太だ。
「だって、あとをついてくるし……」
健太は曖昧な返事をし、自分のアイスコーヒーを静かにすすった。

「そうです。学校帰りに瑛介や藤田たちとコンビニの前を通ったら、名倉君が1人でスポーツドリンクを飲んでたから、藤田が『てめえ、学校帰りに買い食いしていいと思ってんのか』って文句をつけたら、『よかったら奢るけど』って言うから、奢ってもらいました」
「ずいぶん意志の弱いシカトだな」橋本は苦笑した。
「だって、喉が渇いてたし……」
「それで毎日奢らせることにしたと」

気になったので、おやつを理由にして声をかけることにした。丁度近所からケーキをいただいたばかりだ。夕食前だが、少しくらいならいい。
恵子は階段の下に行き、2階に向かって声を上げた。
「健太、友紀、ケーキあるけど食べない?」
「食べる、食べる」
(中略)
恵子は仕方がないので友紀だけにショートケーキを与え、自分はアイスティーを飲んだ。
(中略)
ケーキと飲み物を用意し、「取りに来て」と言うと、健太はだるそうに歩いて来た。
(中略)
健太は三口でケーキを食べ、ジュースを一気に飲んだ。テレビを消し、立ち上がり、皿とコップを流しに運び、自分の部屋へと引き上げて行く。

口を滑らかにしてやるために、自腹でジュースとスナック菓子を買って与えたら、あっと言う間にポテトチップスを1袋食べてしまった。
「おまえ、朝飯は食ってねえのか」
「食パン1枚食ったけど」

焼き鳥とサラダが運ばれてきて、しばらくそれを食べた。飯島は食欲が戻っているようで、つくねに卵黄をからませ、かぶり付いていた。
(中略)
豊川は、午後9時に小料理屋を出て飯島と別れ、一度署に戻った。店の女将が「当直のみなさんに」と差し入れのおにぎりを持たせてくれたからだ。

昼時に呼んで、昼食をふるまうことにした。ここのところ、昼は1人で素麺をすするだけなので、少しぐらい変化をつけたかったのだ。馴染みの寿司屋に自分で電話をし、上握りを2人前注文した。出前は女将が直々に来て、「早く元気になってくださいね」と、恐縮しながら励ましてくれた。寛子はうれしくて涙が出そうになった。
(中略)
応接間に通し、寿司を勧めると、こちらも大袈裟に恐縮しつつ、箸をつけた。若いから女でも食べっぷりがいい。寛子が3貫食べるうちに全部片付けてしまい、はたと自分の早食いに気づいたのか、可愛らしく赤面していた。

奥田英朗著『沈黙の町で』より