たべもののある風景

本の中で食事するひとびとのメモ帳2代目

ネコとの食事 山本文緒『眠れるラプンツェル』

そういえば、気温が下がってからアパートの住人が餌をやっていた野良猫を見なくなった。どこかのおうちに引き取られたのだったらいいのだけど。
この小説を最初に読んだのはたぶん20年以上前。何も覚えていなかったので初読と同じ。
団地しんどいな。
同じ空間で誰かが昼寝しているのは豊かな気持ちになるよね。ネコでもいいけど、人間だったらなおさら。
アップルチーズケーキ食べたい...そんなイケてる種はチーズケーキファクトリーにはない(同じ名前のがあっても「おもてたのとちがう!」と思う)。

散らかった新聞紙と漫画雑誌を拾って押入れに突っこみ、冷蔵庫を開けてみた。お肉よし、魚よし、卵よし。あ、ご飯を炊かなくては、と慌ててお米を研いで炊飯器のスイッチを入れる。

「いや、もう仕事に戻らないと」
「え? お夕飯も食べないの?」
「無理言って抜け出して来たんだ。このままじゃまた何週間も汐美の顔が見られないと思ってさ」
ご飯炊いたのに。3合も炊いたのに。夕飯と明日の朝ご飯の分。そう口にしたかったけれど、私は黙っていた。

開店の10時から店に入り、私はお昼前に大当たりをした。その台が3連チャンをして、この前の若い店員がサービスにヤクルトを1本くれた。その台は無制限台だったし、元ヤンキー君が「まだこの台は出ますよ」とこっそり教えてくれたので、私は食事中の札を出してもらいハンバーガーでも食べることにした。

「知らない。おなか空いちゃった。何か食べる?」
「知らないって、何だよそれ」
「知らないんだもん。しょうがないじゃない。スパでも食べる?」
「何スパ?」
「タラコとアサリ」
「俺、貝は嫌い」
「じゃあイカは?」
「イカは好き」
私は肩をすくめて、キッチンへお湯を沸かしに行った。
(中略)
冷蔵庫から出したタラコをほぐしながら、そうか彼はまだ12年ぐらいしか生きていないのだなと改めて思った。

私は猫にもキャットフードの入ったお皿を与えた。
「タビもここで食べよう」
床に置いた猫の食器をルフィオはテーブルの上に置き直し、猫をひょいとつまんでテーブルの上に乗せた。
私は一瞬、注意しようかどうしようか迷った。けれど叱ろうとしたとたん、どうして動物を食卓の上に乗せたらいけないのか自分でも分からなくなって、そのままにしておいた。
私もルフィオも猫も、しばらく黙々と食事をした。
「おばさん、これ、うまいよ」
「そう」
「どうやって作るのか教えて。俺もうちで作るから」
「お母さんに教えてもらいな」
「うちのババア、料理なんかしねえもん」

私は差し出されたタッパーを仕方なく受け取った。中身はひじきの煮物のようだ。これで柳田さんの作るおかずがおいしければ、少しは許してやろうかという気にもなるのだが、これがまたお世辞にも料理上手とは言えない味なのだ。
「入れ物、洗ってお返ししますから。すぐだから、ちょっと待ってて下さい」

私はコーヒーを淹れて、リビングに持って行く。ルフィオは借りてきたビデオを勝手にデッキに入れているところだった。
「お砂糖とミルクいる?」
「あ、俺、ブラックでいい」
「生意気だねえ」
「母ちゃんもそう言うよ」

桜沢では、ルフィオが食べたいと言うので、駅ビルのレストラン街でカレーライスを食べた。
(中略)
「もう少し先に、去年まで行ってた塾があんの。そこの先生がたまに連れて来てくれたんだよ。アップルチーズケーキっていうのがすごくおいしいんだ。食べようよ」

「あー、腹減った」
ビデオが終わったとたん、ルフィオは伸びをしながら言った。
「何か食おうよ」
「食えば?」
私は絨毯の上にだらっと寝そべったままだ。
「作ってくんないの」
「私まだ、おなか空いてないもん」
ルフィオは唇を尖らせたまま立ち上がり、すたすたと歩いて行って冷蔵庫を開けた。
「焼きそば、食いたい。食っていい?」
「いいけど、作れるの?」
「作れない」
私は仕方なく起き上がった。ルフィオは冷蔵庫から勝手にヨーグルトを取り出し、蓋を開けている。
「汐美ちゃんちの冷蔵庫って、何でも入ってるよなあ」
私が冷蔵庫から焼きそばとキャベツと豚肉を取り出していると、ヨーグルトのスプーンをくわえたままルフィオが言った。私は返事をせずキャベツを洗う。
(中略)
私は焼きそばの袋を開けながら息を吐いた。
「他人事みたいに言うじゃない」
彼は答えずヨーグルトをせっせと口に入れている。
(中略)
おなかいっぱい焼きそばを食べて、私達はファミコンに向かう。そのうち、ルフィオがこっくりと首を垂れる。私も彼の発するネムイネムイ光線にやられて瞼が重くなる。

試食会、というのがあるのだ。生協の共同購入をやっていると。
(中略)
「このお粥、あんまりおいしくないわねえ」
「お粥なんてこんなものじゃない」
「井上さん、適当に書いておいてくれる?」
「はーい」
(中略)
何とかするのはパパなのにねえ、と私はお茶請けの甘納豆に手を出しながら思った。

私達は午後の3時という半端な時間に、駅裏の商店街にある焼き肉屋に入った。
私は朝ご飯を食べたきりだったのでおなかが空いていた。ダニーもそんな様子で、私達は4人前ぐらいの肉と野菜をビールとともにがんがん食べた。
(中略)
私がどんどんコップのビールを空けるので、彼はどんどんビールを注ぎ足してくる。注がれるとまた飲んでしまい、またキリンのコップは黄色い発砲水で満たされる。
(中略)
そこで話が途切れた。ダニーは焦げたタマネギを鉄板から拾い上げてぼそぼそと食べている。その姿が妙に可愛らしい。ぬいぐるみが焼き肉を食べているみたいだ。
(中略)
右手に割り箸、左手にビビンバのどんぶりを持って、ダニーはぽかんと私を見た。

久しぶりに目標ができた私は、朝もちゃんと起きるように努力した。夫がいない時はポテトチップスとケーキなんていう夕飯を食べていたのに、ちゃんと煮物やおひたしなんかも作って規則正しい生活を心がけてみた。

缶詰を開けて食器に移し、私はタビの鼻先にそれを置いてやった。ふんふんと匂いを嗅いだかと思うとタビはふっと横を向く。最近同じ缶詰が続くと、こうやって食べないことがあるのだ。
私は冷蔵庫を開けて、しらすを取り出しそれを混ぜてやった。ついでに鰹節もかけてやる。今度はしぶしぶながらもそれを食べはじめた。

冷蔵庫を開けながら私は言った。買ってあったうどんの賞味期限を確かめると、もう4日も前に切れていた。私は冷凍庫の方を開ける。小海老が冷凍してあったはずだから、それでチャーハンでも作ろうか。
私がタマネギを刻んでいると、テレビの音が聞こえてきた。
(中略)
冷凍してあったご飯を電子レンジで戻している時、そうだ、ロケで箕輪さんと娘がいないのなら、ルフィオはひとりで家にいることになると気がついた。
もう夕飯は食べただろうか。呼んであげたい。いっしょにご飯を食べたい。
(中略)
私はルフィオのことを頭から追い出すように、中華鍋でがしがしとご飯を炒めた。チャーハンといっしょに手早く猫のご飯も用意する。
「できましたよ」
(中略)
「豪勢だなあ」
テーブルの前に座ると、彼はそう言った。
「ただのチャーハンですけど」
「いや、猫のメシ」
彼は手にしたスプーンで、猫のお皿を指した。
「ああ、なんかこの子贅沢で」
最近私は猫用の缶詰に、イカやエビやどうかすると牛肉まで混ぜてあげる時があるのだ。どうせ冷蔵庫にいっぱい入っていて、余らせて捨ててしまうことが多いのだから。
(中略)
そんな話をしながら、私とダニーはチャーハンを食べた。先日のパチンコ屋でのことがまるで1年も前の出来事のように遠く感じられた。とても気持ちが落ちついて、くつろいだ気分だった。
目の前でチャーハンをぱくついている中年男を、私はほとんど知らない。

「おそーい」
私が玄関の扉を開けたとたん、中からルフィオの声がした。
「肉まん買うのに、どこまで行ってんだよ」
私はダウンジャケットを脱いで、肉まんの袋をルフィオに手渡した。
(中略)
「知らね。何だよ、冷めちゃってんじゃん」
ルフィオはぶつぶつ文句を言いながら、肉まんを電子レンジに入れている。
(中略)
私が中華饅頭を買いに出たのは、実は3人でやっていた“水道管ゲーム”に負けた罰ゲームだったのだ。
(中略)
「もう1回、水道管ゲームやろうよ」
電子レンジで温めなおした肉まんを食べながら、ダニーが嬉しそうに言った。

「汐美ちゃん、俺、ココアが飲みたいな。この前作ってくれたインスタントじゃないやつ」
(中略)
私はキッチンでやかんを火にかけた。時計を見上げると、夕方の4時になるところだった。
「ところで、君達は夕ご飯を食べて行く気なの?」
テレビの前のルフィオと、絨毯の上で新聞をめくっていたダニーの背中が、それぞれぎくりと震えた。
「……ん-」
「……まあ、どっちでも」
ふたりはもごもごと口ごもる。私は笑いを堪えた。
「じゃあ食べてってよ。鶏肉、今日中に食べないとあぶないから」
「汐美ちゃんはさあ、賞味期限ぎりぎりのもんばっか食べさせてくれるよね」
ルフィオが憎たらしくもそう言った。けれど、私にご飯を食べて行けと言ってもらえて2人ともほっとした様子だった。

「お帰り。かぼちゃのプリンが来たのよ。帰って食べましょう」

まずファミコンのソフトを買って、それからデパートですき焼き用の牛肉を買って、予約してあったケーキを受け取って帰ろう。
(中略)
真っ昼間からものすごい量のすき焼きと巨大なバースデーケーキを食べた私は、食べすぎで苦しくて床に寝ころがっていた。
(中略)
お肉もケーキも、ルフィオが一番量を食べた。なのに彼はけろんとしている。あの細いからだのどこに、あの大量の食料が入っていったのだろうと私は不思議に思った。

冷蔵庫を開け、蒲鉾とソーセージとしらすを出して細かく切った。それを缶詰の中身と混ぜて、鰹節をたっぷりトッピングしてあげた。私は擦り寄ってくるタビを抱き上げ、キッチンテーブルの上に乗せた。タビはもらったお皿に顔を突っこむようにして、それを食べはじめた。
猫が食事をしている様子を見ていたら、何だか私もむらむらと食欲が湧いてきた。昨日の晩、何か食べたかどうかも思い出せなかった。
私はスプーンを取って来て、タビの首を捕まえ食事を中断させた。私は猫のお皿からそれを食べてみた。見た目よりずっとおいしくて、私は不満気なタビをテーブルから追い払って、無心に口を動かした。
全部食べて息をつくと、足元でタビがうらめしそうに私を見上げていた。
「牛乳、飲む?」
慌ててご機嫌を取るように言うと、タビはふいと横を向き、いつもの食器棚の上に上がってしまった。

冷凍してあったご飯で作ったチャーハンは、私が作るのとまた違う味がした。レタスとコンビーフが入っているのが新鮮だった。
食後のコーヒーを飲みながら、私達はテレビのクイズ番組を見て笑った。

『お弁当作ったから食べて下さい。タッパーは返しに来てね。柳田』
(中略)
彼女がいつも持って来る薄ピンクのタッパーの中身は、鶏そぼろと卵とでんぶの三色弁当だった。添えられたソーセージはカニの形に切り込みが入り、プチトマトがいかにも少女趣味だった。
「ナイス。柳田さん」
私はご機嫌でお弁当をテーブルの上に置いた。お風呂に入ってさっぱりしたら、お茶を淹れてこれを食べよう。

私はルームサービスで取ったフルーツ盛り合わせを食べながら適当に頷いた。

「ルフィオ、何か飲む?」
「何があるの?」
「缶コーヒーかトマトジュースかビール」
「じゃあ、ビール」
私は冷蔵庫に突っこんでいた顔を上げた。
「あんた、お酒飲めるの?」
「俺、甘いコーヒーは死ぬほど嫌いだし、トマトジュースもゲロしちゃうぐらい嫌い」
私は「あ、そう」と呟いて、缶ビールとピクルスを取りだした。
(中略)
「そっすね。汐美ちゃんさあ、食いもんピクルスしかねえの? 俺、昼食ってないから腹ぺこ」
私は笑って立ち上がった。確か戸棚にコンビーフとコーンの缶詰があった。それを開けて、ありったけのビールを飲もう。
山本文緒著『眠れるラプンツェル』から

 ネコの缶詰、ほんとに味見したくなるようないい匂いなんだよね~。それが必要なのかどうかは分からないけどカレー味とかもあったし。
ただ、缶詰は高価。
人間が食べるのと同じご飯をやると良くない、と言うけど、親戚宅でまさに人間の食べ残しで作成したネコまんま(ご飯に一部おかずと「愛犬の友」を数粒混ぜる)を与えていた犬は普通に長生きした。