たべもののある風景

本の中で食事するひとびとのメモ帳2代目

三丁目の夕日時代めし 奥田英朗『オリンピックの身代金』

五輪て、ほんとに都市ハカイダーだよね...。

2020もこのときと同じように「人柱」になってしまった方がたくさん。

いらん工事に手をとられたせいで復興が遅れている地域も含めればその被害はさらに拡大する。

去年の今頃は世界の感染者数を発表してるWHOに献金しまくってたよね...泣

それでダイプリの人数も含めるとか含めないとかでもめてたんだよね...牧歌的な時代だった...。

1日も早く賢明な(いやもはや何をもっても賢明とは言えないけど)判断をしてくれることを願っています。

「もうすぐだから待ってよ。プールサイドでクリームソーダでもコカコーラでも、なんでも飲ませてあげるから」忠がご機嫌を取る。

 

日本青年館まで戻り、隣接する公園の屋台でラムネとホットドッグを買い求めた。魚肉ソーセージのくせに50円もした。食べながらその場で花火見物をした。この先は人が多過ぎて、進む気が失せたのだ。公園にはゴザを敷いて座り込む家族連れが大勢いた。

 

「おなか空いたね。何食べようか」

「なんでもいいけど」

「不二家? 資生堂パーラー?」

「えー、お金がもったいない」

「じゃあここの食堂でカレー」良子が三越のビルを顎でしゃくる。

「うん。賛成」

駆け足で店内に入った。デパートの大食堂は、子供の頃から馴染んでいる。

エレベーターで最上階に上がり、カレーライスの食券を買ってテーブルについた。

(中略)

カレーが出てきたのでウスターソースをかけて食べた。家で母が作るのとちがって、デパートのカレーはあまり黄色くないので、本当はソースを必要としないのかもしれないが、圭子がかけるので良子もそうしていた。

 

一旦北口に出て、アーケード街の入り口で今川焼きを買って食べた。中野に来るときのいつものコースだ。ベンチに腰掛けてお茶を飲んでいると、短髪の、やけに体格のいい若者グループが隣にいて、ちらちらと良子たちに視線を送ってきた。

 

松戸駅前で朝鮮焼肉の店を見かけたのを思い出し、昌夫が提案すると、岩村が一も二もなく賛成した。

「じゃあ、ぼくがご馳走しよう。岩村さん、好きなだけ食べてくれ」と上機嫌の義父。

「お義父さん。こいつ、皿まで食べますよ」昌夫が言い、全員で笑う。

(中略)

朝鮮焼肉の店で昌夫たちは奥の座敷に案内された。卓には2つの七輪が用意され、仲居が窓を開けた。

「ちぇっ。クーラーなしか」岩村が小声で言い、鼻に皺を寄せる。

「贅沢言うな。銀座のレストランじゃないぞ」昌夫がたしなめた。見上げると、蝿取り紙がぶら下げてあった。

男衆だけビールを飲んだ。

(中略)

ローストホルモンを注文し、熱くなった網に敷き詰めた。ジュッという肉の焼ける音が弾け、たちまち煙が立ち昇る。昌夫と岩村は競うように食べ始めた。御飯をとり、タレをたっぷりつけた肉を白飯の上に載せ、道路工事のように豪快に口の中にかき込む。「さすが若いね」義父母が目を細めた。

「これ、何の漬物ですか?」岩村が箸で差して聞いた。

「キムチだよ。知らないのか」と昌夫。

「初めて見ました」

辛い辛いと言いながら、うれしそうに食べている。2人揃って御飯の大盛りをお代わりした。

(中略)

「おい、まだ食えるか?」肉をあらかた食べ終えた岩村に聞いた。すぐに返事をしないので、昌夫は苦笑して安いホルモンを追加してやった。

網を換えてもらい、肉を載せる。脂が滴って炎が派手に上がった。

「おっと。火事だ、火事だ。肉を脇にどけてくれ」

 

朝食はトーストだった。新品のダイニングテーブルの上に、目玉焼きとコンソメスープと紅茶が並んでいる。結婚して初めての西洋式朝食だ。何か言うべきなのだろうが、言葉が見つからなかった。焼きたてのトーストにバターを塗ってかじる。バリッと乾いたいい音がして、香ばしい匂いが鼻をくすぐった。

「もう1枚、焼く?」晴美が聞いてきた。

「うん、焼いて」簡潔に答え、またたく間に1枚を食べ終えてしまう。

 

「これ、食うだか」行商の男に干し餅を勧められた。食欲はなかったが、好意を無にするのも悪いと思い、ひとつ手に取った。秋田の昔からの保存食で、懐かしい味が口の中に広がる。

「行商さ出るときはいつも持って行ぐだよ。食費の節約になるしね」男がネズミのような前歯でぽりぽりと食べた。

 

長男以外は白米を食べさえてもらえず、家を出るまで当然のように麦飯を食べていた。

 

課長が役場の車で送ってくれるというので、言葉に甘えることにした。その前に、並びの万屋でアンパンと牛乳を買い、その場で胃袋に流し込んだ。

(中略)

「腹減ってねえだか」

「バス停でアンパン食った」

「そうか。鍋に芋が煮であるがら、よがったら食え」

「うん、わかった」

 

村の主婦が集まり、大釜で煮物を大量に作った。この地方の庄屋にあたる戦前の肝煎家からは酒の差し入れがあり、祭壇に供えられた。挨拶もなく、食事が始まる。座敷で飲み食いするのは男衆だけで、女衆は台所だ。未亡人である義姉だけが顔に白粉を塗って酌をさせられていた。

 

いつか、国男が帰省した際に上野駅で買ったサンドウィッチを土産にしたことがあった。子供たちより義姉が目を輝かせた。マヨネーズの味をそれまで知らなかったのだ。

 

国男は料理に箸をつけた。煮物ほとんどが根菜類で、肉はかしわが少し混ざっているだけだ。懐かしい味付けだが、東京の食事に慣れた目にはお世辞にもご馳走とは映らなかった。全体に彩りがなく、醤油の匂いしかしない。考えてみれば、この村にいた頃、国男はトンカツも餃子も食べたことがなかった。この村には食事を楽しむ余裕がないのだ。

 

トーストをかじりながら朝刊を読んだ。

(中略)

「冗談ばっかり」晴美が白い歯を見せ、皿にポタージュスープを注ぎ足した。

 

「(中略)そうそう、干し餅を土産にもらったの。正直言って、あたしは硬過ぎて食べられないんですけどね」

 

いつの間にか縁側にお茶を供され、饅頭まで勧められた。

 

島崎国男は、さっき自分で作って食べた稲庭うどんのことを思い、あれは水不足の折にふさわしい食べ物ではなかったなと、都民の1人して反省した。茹でた麺を大量の水で洗い、大家からもらった氷をボウルに浮かべ、2階の物干し台に上り、風鈴の音を聞きながら、近所の猫と一緒にランチと洒落込んだ。大半の学生が帰省中なので、本郷西片はやけに静かである。曇り空の下、久し振りに味わった涼と贅沢だった。

 

洗濯物が軒下に並び、路地では主婦が七輪で煮物を作っていた。

 

恐る恐る食堂さ入って、ケチャップライスを食べたら、うまくてたまげた。

 

だども、背広さ着て、差し向かいですき焼きを食べたら、どうでもよぐなった。

 

「おい、そこの段ボール箱の中におにぎりさあるから、今のうちに食え」と山田。

言われてのぞくと、新聞紙に包まれた弁当らしきものが詰まっていた。

「台帳に山の字とおめの名前さ記入しろ。それで週末ごとに請求がくる」

「ちなみにいくらなんですか」

「ふん。おめも抜け目がねえべ。おにぎり2個で50円だ」

国男は高いと思った。50円出せば食堂でカレーライスが食べられる。

「いやなら食わなぐでいい。この辺は店もねえべ」

「いただきます」

国男は急いでおにぎりを頬張った。海苔の巻いていない、梅干だけの塩飯だ。やけに黄色い沢庵が2切れあった。ほかの人夫たちもどやどやテントにやってきて、台帳に記入し、立ったままおにぎりにかぶりついた。会話はなく、咀嚼する音だけが聞こえてくる。お茶の入った大きな薬缶が台に3つ並んでいて、人夫たちは代わる代わるそれを口から直接飲んだ。

 

「なぜって、あそこに埋め立て地が出来ちまったからねえ」老人が顎で品川埠頭をしゃくる。「漁場がなくなっちゃあ、おれたちもお手上げだ」

「つまり、廃業ですか」

「そう。東京都から少しは補償金も出たけどね」指で輪を作り、口の端を持ち上げた。「穴子もカンパチも、江戸前はもうすぐ食べられなくなるよ。それから海苔も。いちばん参ったのは海苔の養殖をやってた連中じゃないかねえ。江戸から続いた品川の海苔は、ハイ、これでお仕舞い」

 

老婦人がお茶と饅頭を盆に載せてやってきた。遠慮なくいただくことにした。忙中閑ありだ。

 

「はあ。でも、酒はあんまり飲めないんですけど」国男が答える。

「付き合えって。たまには肉でも食うべ」今度は尻をたたかれた。いきなり仲間として受け入れられた気がした。

午前7時になり、みなで飯場の食堂に入り、朝食をとった。丼1杯の白飯に、揚げとワカメの入った味噌汁と、めざしが1尾付いている。御飯をお代わりするときは、帳面に名前を記入し、賄い婦からもらうことになっている。金額はすべて事細かに決められていた。夕食時には冷えたビールも用意されているが、大瓶1本が150円もする。夏場の仕事を終え、駅前の立ち飲み屋に行くのももどかしい人夫たちが、「原価で売れよ」と愚痴をこぼしながらも、食前に栓を抜いていた。

 

"ホルモン"という文字の看板を掲げた店に入った。

「やっぱり肉だべ。めざしで力は出ね」

5坪ほどの店内の、コンロの置かれたテーブルに陣取り、米村が慣れた様子であれこれ注文する。まずはビールで喉を潤し、並べられた皿の肉を次々と焼いていく。ちゃんと肉を食べるのは久し振りだった。飯場で供される動物性脂肪は青魚か鯨肉ばかりで、たまに豚肉のしょうが焼きが出ても、脂身だらけで量も少ない。

焼けたホルモンをタレにつけて頬張ると、口の中が痛いほどに味がしみた。

「うめえ。頬っぺたが落ちそうだべ」人夫たちが顔をほころばせる。国男もこんなにおいしく肉を食べたのは初めてだった。体が欲しているのもわかる。

「秋田でホルモン焼屋でも始めっか」と米村。

 

「何を奢ってくれるんだ。社員食堂のカレーなんてのは御免だぞ」

「おまえの食いたいものでいいさ」

「じゃあ、赤坂の津つ井でビフテキ丼だ。冷房も効いてるし」

「制作は華やかでいいねえ。こっちは毎日蕎麦屋の出前だ。食い物屋の名前も知らないよ」

(中略)

津つ井では2人ともビフテキ丼を注文した。ビフテキ丼とは、ステーキ肉を醤油とバターでつないで御飯に載せたものだ。芸能プロの社長に連れてこられ、やみつきになった。

「おまえ、いつもこんないいもん食ってるのか」

 

母はお櫃をテーブルに置くと、頼んでもいないのにおむすびを握りだした。

「おかあさん、飯(シーメ)なら済ませたって」

「じゃあ持って帰りなさい。若いんだから、いくらでも食べられるでしょ」

母は小さく吐息をつき、黙々と三角のおむすびをこしらえた。そしてぽつりと言った。

「シーメだなんて、おかあさん、いや。御飯って言えばいいじゃない」

忠は黙って口をすぼめた。

「業界言葉だかなんだか知りませんけど、家で使うのは許しませんよ」

「......わかった。じゃあ使わない」

目の前で握られたら食べたくなった。手を伸ばし、佃煮入りのおむすびを頬張る。塩加減がよくて頰が痛くなるほどおいしかった。それを見て母が味噌汁を温め直す。

(中略)

揚げと豆腐の味噌汁を飲む。久し振りに家の味を思い出して、家はいいな、と年寄りのような感慨に耽った。

 

うつむいて部屋を出た。果物を盆に載せた母と階段で擦れ違う。

「何よ、食べていってよ。梨、むいたんだから」

「いい。帰る」

 

見かねた山田がご飯にお茶をかけて、「これだけでも食え」と持ってきてくれた。沢庵をおかずに茶漬けを少量流し込んだ。

 

「ほう。塩瀬総本家の饅頭ですか。さすがにいい家の子息は老舗を知ってますね。どれ、お茶でもいれましょう」

浜野は若い女の助手にお茶をいれるよう頼み、自分で包みを解いた。「これ、これ。この色合い」白い饅頭を取り出し、目を細めている。

 

蕎麦好きの先生が軽井沢でこの夏を過ごされているのは幸運です。東京の蕎麦屋は冷水が使えないため、丼物だけという有様です。信州蕎麦に舌鼓を打ち、森を抜ける微風に心を休め、かねてより取り組んでおられた市民社会論の論文ご執筆も、さぞや捗っていらっしゃるのではないかと推察しております。

 

「下のスタンドでラムネを買ったんだけど、飲む?」島崎の手にはラムネのビンが2本あった。

(中略)

ラムネに口をつける。炭酸が口の中でシワシワと弾けた。涼しい風が吹いてきた。全身がとても心地よい。

 

「さて、晩御飯を食べに行こう。トンカツでいい?」

「はい」良子は唄うように返事をした。

(中略)

鈴本演芸場の裏手にある洋食屋でテーブルに向き合った。仏頂面の主人が、カウンターの向こうの厨房で揚げ物をしている。カウンターにいた和服姿の若い客が、「持ち帰りの海老コロッケ、まだ?」と聞いたら、「待てねえんなら帰ってくれ」と叱りつけられていた。どうやら気難しい主人の店らしい。島崎は。「たぶん噺家の卵。師匠のお遣いだろうね」と小声で言い、苦笑している。

2人ともトンカツを頼んだ。テーブルに肘をついてお茶をすすり、顔を見合わせ、うふふと笑う。

(中略)

ずいぶん待たされてトンカツ定食が出てきた。ソースをかけて箸で一切れつまむと、肉が分厚いのでびっくりした。「ここのはおいしいよ」島崎がささやく。口に運ぶと、本当にその通りだった。

「うちの弟に食べさせたい」と良子。

 

最上階にある食堂の入り口で、ショーウインドウの前に立つ。

「山田社長からお金をもらっています。何でも注文してください」

国男がそう言うと、女は蝋細工の食品サンプルを食い入るように見つめ、カツ丼を選んだ。食欲などないだろうと高をくくっていたので、少し意外な気がした。国男も倣ってカツ丼の食券を2枚買った。

(中略)

カツ丼が到着し、ふたを取って箸をつける。女ははじめにカツの切れ端を持ち上げ、断面をのぞいて、「こんな分厚い肉は初めて」と言った。

「そうですか。普通だと思いますが」

「ううん。やっぱ東京はちがうべ。おらの村は食堂がなぐで、大館まで出かけなければならねえだども、そこの食堂のトンカツは紙みてえな肉だべさ」

女がやっと会話らしい会話をした。表情に少しだけ柔らかさが浮かび上がる。

「それは熊沢村も似たようなものです。ぼくは東京に出てきて初めてトンカツを食べました」

(中略)

女はカツ丼をむしゃむしゃと食べながら、なおも口を開く。なにやら、久しぶりに愚痴をこぼせる相手に巡り会えたとでもいった感じだった。

(中略)

そして再びカツ丼に向かい、米粒ひとつたりとも残さないぞという集中振りで咀嚼する。最後は沢庵をぽりぽりと食べ、舌で歯を舐め、「チッチッ」と音を立てた。品がないと言うより、マナーの概念がないのだろう。

 

「あのう、奥さん。ソフトクリームを食べませんか。なんか、子供たちが食べてるのを見たら、ぼくも食べたくなって......。お金なら、山田社長からもらってるので遠慮なく」

話題を変えたくて、国男が顎で近くの売店を差す。

「んだば、おらもひとつ......」

女は着物の帯の位置を直し、恐縮するように、腰をかがめて言った。

売店で2つ買い求め、ベンチに並んで腰掛け、ソフトクリームをなめる。

 

ビールを注文し、「んだば、再会を祝して」と乾杯する。よく冷えたそれが内臓全体に沁みわたった。

「大将。片っ端から適当に握って」

「よっ。景気がいいね」

「競馬でちょこっと当ててね」

村田はそう言ったあと、国男に顔を近づけ、「ここでは行商人ってこどになっでるからね」とささやいた。

ヒラメとコハダが出てきた。手でつまんで食べる。わさびがつんと鼻にきて、こういう品のいい刺激はいつ以来だろうと、奇妙な懐かしさを覚えた。

(中略)

「すいません。トロというのを食べてみたいのですが」国男が言った。

「なんだ。食ったこどねえだか」

「ありません」

「じゃあ食っでくれ。よお、大将。ここ、トロを2人前ね」

会話が途切れ、黙って寿司をつまんだ。酒もお代わりした。酔いが回り、脳味噌の一部が痺れたような感じを覚える。ピンク色のトロが出てきた。口に運ぶ。とろけるようなおいしさにびっくりした。兄はこれを食べたことがあったのだろうか。母や義姉はきっとない。熊沢村の村民は全員ない。

 

「フルーツ牛乳でも飲むか。売店で買ってきてやるぞ」と昌夫。

 

「市民を脅しちゃいけないね。ほら、磯辺焼きでいいから。そこの角の屋台で売ってる。1個20円」

 

トンカツをかじり、白飯を頬張ったところで目を剥いた。

 

島崎が番台で牛乳を買い求めた。扇風機の前に立ち、おいしそうに飲んでいる。

 

同じ経済学部の後輩が、共同の炊事場でインスタントラーメンを作っていた。

 

正午を回っていたので、その前に腹ごしらえをすることにした。赤門前の東大生御用達の食堂に入る。店内は閑散としていて、4人がけのテーブルを独り占めすることができた。壁のメニューを眺める。毎日のドカベンに慣れてしまったせいか、ここでも量を求めたくなった。国男はカレーライスと支那そばを注文した。「お兄さん、1人?」女将が国男を見つめて言う。

「そう。食べすぎ?」愉快な気持ちになり、聞き返した。

「ううん。若いんだからたくさん食べて」女将は白い歯を見せ、厨房に向かって注文の品を告げた。

(中略)

「はい、先にカレーね」

女将がカレーライスを運んできた。いい匂いが鼻をくすぐる。新聞を開いたまま脇によけ、スプーンをコップの水でゆすぎ、一口ぱくついた。

(中略)

支那そばが運ばれた。胡椒を山ほどふりかけ、割り箸で勢いよくすする。鼻につんときて、あわてて水を流し込んだ。

(中略)

支那そばは3分で食べ終えた。手の甲で口を拭い、大きく息をつく。

 

飯場で水を浴び、汗を流し、いつもの半袖シャツと学生ズボンに着替えた。蒲田駅前でカツ丼を食べ、精をつけた。

 

どちらに行こうかと考え、せっかくだから少し花火を見ることにした。喉が渇いたので冷えたラムネでも飲みたい。そういえば腹も減った。屋台が出ているだろうから、焼きそばを買って食べよう。

(中略)

日本青年館横の広場でラムネと焼きそばを買い、新設なった(ママ)隣の国立競技場の敷地へ行った。

(中略)

観客に混じって焼きそばを食べた。

 

昼飯には冷麦を作って食べた。いくらでも胃袋に入りそうな雰囲気があり、2人前を1人で食べた。

 

国男は社長とは目を合わせないで答え、弁当を食べ終えた。弁当箱にお茶を注ぎ、喉に流し込む。

 

「朝飯、食うたか。下に行けば御飯と漬物ぐらいあるだろうがら、お茶でもかけでサラサラっと――」

「いえ。今はいいです。あとでパンでも買って食べます」

 

アガリが多いときは上機嫌でカツ丼をご馳走してくれる。そんな日常だ――。

 

何食わぬ顔で夜には上野に戻り、寿司を奢る約束だったので、一緒に付け台で食べた。村田はことのほか上機嫌で、銚子を3本ほど空けていた。ついさっき人を殺してきたばかりだと知ったら、このスリ師はどんな顔をするのだろう。国男はそんなことを思いながら寿司をつまんだ。食欲に影響はなかった。自分でも不思議だった。

 

「ねえ、おにいちゃん。ラムネ」

「ああ、わかった。1本10円だっけ」

「うん。そうだよ」

心ここにあらずで、国男は財布を取り出し、50円玉を代表に手渡した。

「5円のウエハウスも買っていい?」

「ああ、いいよ」面倒なのでお釣りは放棄した。

「やったーっ」

 

丸の内口の売店で文明堂のカステラを買った。甥や姪のよろこぶ顔が眼に浮かんだ。奮発したくなり、2箱買った。

午後3時過ぎ、国男は上野に戻った。小腹が空いたので、広小路の蕎麦屋に入り、ざるそばを食べた。

 

そして八重洲の地下街でカレーライスを食べ、用意された駅職員用控え室で待機しているとき、宮下が鉄道公安の係官から呼ばれた。

 

出前の夕食がチャーハンと餃子だったのは、ヒロポンで気が大きくなった村田が要求したからだ。若い衆に金を渡し、ビールも買ってこさせた。

 

「おはよう。おなかすいた? わたし、おにぎり作ってきたの。食べて」ユミと呼ばれる髪の長い女が言った。

 

国男と村田はベッドから起き出して、おにぎりを頬張った。まだ温かい塩飯が頬に沁みる。

(中略)

国男はおにぎりを2個食べ終え、番茶をすすった。

 

確かインスタントラーメンを鍋から2人で食べたが、何時間前のことだったか記憶も定かではない。

 

「何か作るね。御飯を炊いて……。そうだ、ジャガイモとコンビーフがあるからカレーにするね」

 

手には岡持ちを提げている。テーブルにおいて蓋を開けると、朝鮮風冷麺が4人前入っていた。

「なんも企んでねえべ」

「別に聞いてるわけではねえ」キンが冷麺を並べる。「昼飯だ。ただじゃねえぞ」口癖のようにつぶやく。

国男たちは支度を休止し、麻雀卓を囲んで昼食をとった。朝鮮の冷麺を食べるのは初めてだ。見よう見真似で酢をかけ、音を立ててすする。おいしいのでびっくりした。

 

夕食は、冷めた天ぷらと魚の刺身が盛られたものだった。下の座敷は団体客に占拠されているので、国男たちは部屋に運んできてもらった。村田が我慢できず、仲居にビールを注文した。国男とは目を合わせず、口をへの字に結んでいた。

もそもそと料理を食べる。港近くの旅館のくせに、マグロがどす黒かった。皿はふちが欠けている。

「もうちっと高い旅館にしでもよがったな」村田が言った。

「虚無僧が贅沢しては怪しまれます」

 

腹は減ったが、インスタントラーメンを作るのすら面倒臭い。ビールのつまみに買ったスルメがあったので、それをかじって空腹をごまかしていた。

 

「夕方、上野で会いました。トンカツをご馳走になりました」

 

「新幹線も見える。うちのおとうさん、この前新幹線で大阪まで行ったんだぜ」

「またその話かよ。ビュッフェでカレー食ったらまずかったんだろう」

 

夜、キンの子分が運んできた出前のチャーハンを食べた。村田は食欲がないのか半分残し、ザーサイをつまみに焼酎を飲んでいた。

 

昌夫は、食堂で寮母の作ってくれたおにぎりを頬張った。刑事たちの食欲が落ちていることを察知して、食べやすいおにぎりにしてくれたのだ。「今食べられなきゃ持ってって」とアルミ箔も用意してくれた。手製のべったら漬けがおいしくて、昌夫は3個平らげた。若い岩村は4個だ。

 

「よし。終わったら、おれがすき焼きを振る舞ってやる」宮下が言った。

「あ、みなさん、聞きましたね、聞きましたね」と沢野。

 

「んだら、昼飯でも食いに行がねか。すっかり腹さ減った」

「いいですね。ぼくもぺこぺこです」

「ぶらぶら歩いで行くか。橋さ渡ると造船所だがら、食堂くらいあるべ。おら、深川丼が食いて」

「それ、食べたことありません」

「じゃあものは試しだ」

 

テーブルにはおにぎりが並んでいるが、手を伸ばすものは誰もいない。緊張で喉が渇くのか、飲料メーカーが差し入れてくれたコーラとジュースだけは飛ぶように売れている。

 

ついでに牛乳と揚げパンを買い、日曜日で誰もいない小学校の校庭のベンチで、パンをかじりながら新聞を広げた。

(中略)

そしてパンを牛乳で流し込むと、新聞を閉じ、足を投げ出した。

 

昼はおふくろの手料理が食べたい。カレーライスがいいな。そう思ったら、いても立ってもいられなくなり、忠はバッグに着替えを詰め込んだ。

奥田英朗著『オリンピックの身代金』より

ひたすらカレーが登場。

ウスターソースをかけたり、スプーンをコップの水でゆすいだりする「ライスカレーしぐさ」。今もそういう人もいるのかな。