たべもののある風景

本の中で食事するひとびとのメモ帳2代目

『十五の夏』その7:旧ソ連

下巻の最後に同志社の受験の記述がある。なつかしの今出川。あそこで学生生活が送れたら確かに素敵でしょうね。山の中(京田辺)に飛ばされる人との落差が大きすぎる...。

この本を買う随分前に『同志社大学神学部』を買ったのだが、途中になっている。
順序としてはちょうどよくなった。

夕方に直径10センチくらいの大きなクッキーを食べて、夕食の代わりにした。

さっき訪ねたボリショイ劇場がよく見える席だ。
「お勧めは何ですか」と僕が尋ねると、「今日はとても良質のサーモンとアセトリーナ(チョウザメ)が入っています。前菜にお勧めします」と言った。
「インツーリストの食券でも注文できますか」
「もちろんです。ウオトカ、ワイン、キャビアを取ることもできます」
「酒は飲みません。その代わりにキャビアを注文します」
「わかりました。いま、ウエイターを呼んできます」
(中略)
「ソフトドリンクは何がありますか」
「ボルジョミとペプシがあります」
ボルジョミは、グルジア産の炭酸入りミネラルウォーターだ。キエフからモスクワに移動する寝台列車の中で飲んだが、少し塩辛い。温泉水のような味がする。
「ボルジョミとペプシを両方ください」
「キャビアはいかがですか」
「取ります」
「イクラもいかがですか」
「取ります」
「ブリンで食べることをお勧めします」
「ブリンとは、ロシア風パンケーキのことだ。ショーロホフの小説『人間の運命』に出てきた。
「よろしくお願いします」
「6枚でいいでしょうか」
「お任せします」
パンケーキを6枚も食べると、お腹が一杯になってしまうのではないかと心配になったが、そのときは残せばいい。
「冷たい前菜は、肉の盛り合わせにしますか、それとも魚の盛り合わせにしますか」
「先程、フロアマネージャーから今日は魚がおいしいという話を聞きました」
「それでは、サーモンとスモークしたアセトリーナを持ってきます。蟹はいかがですか」
「そんなにお腹に入るでしょうか」
「大丈夫だと思います。もっとも温かい前菜で、蟹のジュリアンもできます。そちらにすることをお勧めします」
「そうしてください」
「サラダ・スタリチュナヤはいかがですか」
「ポテトサラダは少し重いです。もう少し軽いサラダはないでしょうか」
「新鮮な野菜があります」
「それにしてください」
「スープはどうしますか」
「飛ばしてください」
「メインは?」
「何がありますか」
「キエフ風カツレツ、フィレステーキ、グルジア風焼き鳥、シャシリク(串焼き)、ビーフストロガノフがあります」
「どれがお勧めですか」
「今日は、ラムのいい肉が入っています。シャシリクをお勧めします。コーヒーとアイスクリームはいかがですか。ケーキもあります」
「これだけ食べて、デザートまで行きつくかどうかわからないので、メインを食べたところで注文します」と僕は答えた。
注文をしながら、僕は「日ソ友の会」の篠原利明会長から、「ロシア人は実によく飲み、よく食べるよ。飲み食いすることを何よりも楽しんでいるよ」と言われたことを思いだした。

5分くらいして、トレーに紅茶ポットとカップを載せて、オフシャニコフさんが戻ってきた。
「どうぞ」と言って小皿に載ったカップを僕の前に置いた。角砂糖を2つ入れて、スプーンでかきまぜた。オフシャニコフさんは、砂糖を入れずに紅茶を飲んでいる。日本の紅茶と比べ、香りがほとんどない。
「どうですか」とオフシャニコフさんが尋ねた。
「この紅茶は香りがしない」とは言えないので、「おいしいです」と答えた。
「家内はもっと上手に紅茶を淹れることができるのですが、私は不器用なのできっとおいしくないと思います」
「そんなことはありません。ソ連ではよく紅茶を飲むのですか」
「一日に数回は飲みます。中央アジアでは、緑茶を飲みます。こういう紅茶カップではなく日本の茶碗のようなカップで飲みます」

僕は「父からです」と言って、ジョニ黒とジョニ赤を篠原さんに渡した。
「これは恐縮です。お父さんによろしくお伝えください。せっかくだから飲みましょう。ジョニ黒は佐藤君が浦和高校に合格したときの祝いにとっておき、ジョニ赤にしましょう」と言って、篠原さんは栓を開けた。事務員が冷蔵庫を開けて、チーズ、ピーナツ、さきいかなどのつまみを出してきた。篠原さんたちは、ここでときどき飲み会をしているようだ。篠原さんは、僕にもウイスキーを注いできた。

午後6時過ぎに篠原さんの奥さんが鮨の折詰めを持って訪ねてきた。おいしい鮨を御馳走になって、僕はマンションを出た。

朝の食事はパンが550(グラム)とスープが小さいこのくらいの薄い食器ですが、入れてある、昼はスープといっても殆ど、日本流にソップソップと言いますが、その程度。夜も同様であります。

その道路工事において昼にこちらから穀物45グラム貰って、乾燥馬鈴薯58グラム、油が4グラムというぐらいの糧秣を貰って現地で炊さんいたしました。その際にそれだけの物を食べていたんではとても身体が保ちませんし、足がふらついて持っている円匙も十分に振えない。若しもそこで十分に振えない場合には、パーセンテージに従ってそれだけの食事が尚且つ減らされるというようなわけで、どうしても食わなければならんというので、丁度5月中馬鈴薯の種蒔が終った時ですから、道の下に落ちている馬鈴薯を拾ってスープに入れるというような状態を繰返しておりました。又附近にある「あかざ」或いは「たんぽぽ」というようなものを食べておりました。

さて、前回、佐藤君のお父さんからいただいたジョニ黒を開けることにしよう。もう少し経ったら、家内が食べ物を持ってやってくる。それまでは、柿の種とさきいかで我慢してくれ」と篠原さんは言って、事務員に準備するように指示した。
事務員はグラスと氷、水、スライスしたレモン、ガラスの皿に柿の種とさきいかとチョコレート菓子を載せてきた。見たことのないチョコレート菓子だ。
「ソ連製のお菓子ですか」
「そうです。モスクワで買ってきました」と日下さんが言った。

「お鮨を買ってきたわ。佐藤さん、高校合格、おめでとうございます」と奥さんは言った。
「どうもありがとうございます」と言って僕は頭を下げた。
3人前くらい入った鮨折りが2つある。
「皿に取り分けないでもいいわよね」と奥さんが言った。
(中略)
鮨は、特上のようで、蒸し海老、ウニ、イクラ、トロの他にアワビも入っている。
「おいしいですね」と僕は言った。
「評判のいいお鮨屋さんなんです」と奥さんは答えた。
(中略)
「あなた、そんな難しい話ばかりしていないで、食事がもう終わったなら、ケーキを食べましょう」と篠原さんの奥さんが声をかけた。
「おお、そうだな。コーヒーも淹れてくれ」と篠原さんが言った。
「ロシア人はコーヒーも飲むのですか」と僕が尋ねた。
「飲むよ。しかし、紅茶の方をずっとよく飲む。ロシアのコーヒーはとても濃い」
「ブラックで飲むんですか」
「ブラックで飲む人もいるが、大抵の場合、砂糖をたっぷり入れる。そうだよね」と篠原さんが日下さんに尋ねた。
「大抵の場合、砂糖をたくさん入れます。トルココーヒーのような感じですね」と日下さんが答えた。
「トルココーヒー?」と僕は尋ねた。
「コーヒーの粉と水を沸かして上ずみを飲むタイプのコーヒーです。ヨーロッパではときどき見かけます。ソ連には、日本のさらさらしたドリップコーヒーはありません。コーヒーに合わせて、ここにあるようなチョコレート菓子が出てきます」と日下さんが説明した。
奥さんが僕たちにイチゴのショートケーキを配った。
「ソ連でもケーキを食べますか」と僕が尋ねた。
「食べます。しかし、アイスクリームの方が好まれます。ソ連のケーキは、チョコレートケーキかメレンゲのケーキがほとんどです。このケーキのような軟らかくて、生クリームがのっているものはありません。いずれにせよ、ロシア人は甘い物をよく食べます」と日下さんが言った。

佐藤優『十五の夏』より