仕事をがんばる気力がわく小説と聞き、電子書籍版がないなかやっと手に入れて感謝祭に楽しみにとっておいて読んだのだが、期待値を上げ過ぎた。
寺社町の火曜の夜のカフェは暇で、ヨシカは明日の早朝に出す分のスコーンを成形して、冷蔵庫にしまった後は、ずっとパソコンに向かって顧客向けのメールマガジンの草稿を書いていた。
「ライチティーが」
「うん」
「そろそろ古くなってきたから、早く使いきりたいんで淹れようと思うんやけど、あんたいる?」
「うん」
考え事をしつつ、振り返らずにうなずき続けると、リーフをジップロックに分けるから、半分持って帰って、とヨシカは続けて、伸びをしながら立ち上がった。冷蔵庫を開けると、作りおきしている麦茶がなくなっていたので、紅茶を淹れることにした。
紅茶と砂糖と牛乳のパックをちゃぶ台の上に置き、なんと言おうか考えあぐね、欲しかったらどうぞ、とそっけない勧め方になってしまうのを歯がゆく思った。恵奈は、図鑑から顔を上げて、ナガセとちゃぶ台の上のカップを見比べ、開いた図鑑を持ったままちゃぶ台のところにやってきた。
「これなに?」
「紅茶」
「のんだことない」
恵奈の告白に、ナガセは少なからず驚くが、そういえば自分が子供のころは、紅茶なんか飲まなかったことを思い出す。まあまあおいしいで、と及び腰なセールストークをすると、牛乳まぜるの? と訊かれる。ああうん、まぜる、とナガセが牛乳パックに手を伸ばすと、じぶんでやる、と恵奈は両手でしっかりパックを持って傾けた。ナガセはその隙に、恵奈のカップに少し砂糖を入れた。家に帰ると、ありあわせのものでキムチ鍋をした。鍋の真ん中で豆腐が温まっていくのをわくわくと待ちながら、突然自分が一言観音に願うべきだったことを思い出し、ナガセは、
うあああ、と苦しげな声を上げた。
「そうや、工場の給料や、2千円でいいから!」
ちゃぶ台をばたばた叩きながら悔しがるナガセを、大人3人は笑い、恵奈は不思議そうな顔で見上げていた。
その日は恵奈の誕生日でもあり、食後にはヨシカが持ってきたケーキを皆で食べた。ろうそくを立てたケーキを前に、「ハッピーバースデイトゥーユー」を歌った。恵奈は、笑顔を見せつつも、ときどき居心地が悪そうにしていた。コンビニ弁当の夕食の後は、ヨシカが朝に届けてくれたレアチーズケーキを食べた。りつ子が、新品の急須で紅茶を淹れた。恵奈は、砂糖もミルクも入れずに、熱い紅茶を飲んでいた。
軽い作業をするとひさしぶりに空腹を感じて、インスタントラーメンとスイカを食べた。そのまま寝たら太る、という理性の制止もきかず、ナガセはその足で歯も磨かずに布団に入った。
テレビを見ながら、卵の雑炊をぼそぼそと食べた。
恵奈はイチゴを育ててくれとうるさく言いますが、わたしはとりあえず、ペパーミントを買ってきました。葉っぱをざく切りにして紅茶に入れて飲むといい感じです。仕事から戻ってきて飲むと生き返ります。
津村記久子著『ポトスライムの舟』