たべもののある風景

本の中で食事するひとびとのメモ帳2代目

林真理子著『李王家の縁談』

これ小説け? 情報の羅列にすぎなかったよ。大慌ての抜き書き帳みたい。

母が帰ってから、伊都子は女中に命じて熱い紅茶を持ってこさせた。ふと2人とも手をつけなかった苺を口にふくむ。そしてそれが久邇宮家からの届け物だということを思いだした。この屋敷から近い渋谷宮益坂に、何人かの宮たちは果樹園を持っているのだ。苺は甘く、あまりにも立派でこれはまさか女王の婚約を伝えるものではないかと疑ってしまうほどであった。

紅茶と丸ボーロでもてなす。

紅茶を飲み西洋菓子を食べた。王世子からの土産は、桐の箱に入った見事なみかんである。鳥居坂の邸は全くの男世帯と聞いている。誰がこのような心くばりをしたのかと、伊都子はふと温かい気持ちになった。

心を込めて伊都子は夫を看た。きちんと消毒をし、いちばん心地よい姿勢にするため、枕や布団を工夫する。滋養のあるスープを鶏からとる。

その後いったん帰ったものの、方子と赤ん坊が気になって仕方ない。重箱に方子の好物を詰め、アイスクリームや西洋菓子と一緒に届けさせた。製氷会社にも、氷柱の追加を頼んでおく。

「ブリ半尾・キャラメル五・チョコレート板十二・罐詰数個来る。一同にわけてやる」

帝劇の帰りに、木村屋に寄ってあんぱんを買うこともある。新しもの好きで凝り性の伊都子は、ひとつのものに入れ揚げる癖があった。すぐに夢中になる。
あんぱんを最初に食べた時は驚いた。パンという西洋の食べものの中に、和菓子と同じ餡が入っているのである。
「なんという発明であろうか」
最初は使用人たちの土産にしたが、大好評だったため鍋島の実家にも持っていった。最近は皇居に仕える女官たちのために、250個届けさせた。

村上開進堂特製のケーキやアイスクリーム、寿司が出て、手品の余興に子どもたちは大喜びである。

大食堂のテーブルには、李王家のコックがつくるフランス料理が運ばれてくる。パリで修行してきた彼は、節句の日にちなんで、ハマグリを使ったブイヤベース仕立てのスープを出した。

話題はいつしか華族にもおよんでいく。途中で中食(ちゅうじき)として、こぶりの鮨と口取りが出て、伊都子はすっかり恐縮してしまった。

おかげですっかり気が重くなってしまった。が、村上開進堂に使いをやり、何本かの魔法瓶にアイスクリームを詰めさせた。伊都子の土産は新しくて気がきいていて、女官たちもいつも大喜びする。
大宮御所に出向き、いつものように長い挨拶をした。
「こんにちは、ご機嫌よう。今日はお暑いことでございます。大宮さんには何のお障りもなく......」
今日の大宮はこのあいだにも増して機嫌よく、アイスクリームを召し上がった。

晩年は少々呆けていたため、食料品の窮状はまるで理解出来ない。日々貧しくなる膳の干物を見て、
「なぜこのように貧しいものを食べさせるのか」
と騒ぎ出した。
「母上、今は戦時中でございます。米も魚も思うように手に入りません。どうかご辛棒ください」

皇族親睦会といっても、親戚たちの気安い集まりである。簡単な日本料理の仕出しをとり、最近貴重なものとなった酒は、朝香宮が調達してきた日本酒の他に、年代ものの葡萄酒もある。伊都子は“とらや”に無理を言ってつくらせた生菓子を持参し、賀陽宮は干した鮭を肴にと持ってきた。
思いがけない馳走に皆喜んで、なごやかに食事が終わった。その後はボールルームに移り、東伏見宮がレコードをかけた。芸者が歌って流行っているみずほ踊りである。

林真理子著『李王家の縁談』から