たべもののある風景

本の中で食事するひとびとのメモ帳2代目

富士日記(5)パンで夕食を

家族3人で違うものを食べているときがままあって大変そう。余計なお世話だが。

あと、わりと夜にもパンを食べているのが昭和40年代にしてはハイカラだと思う。うちなんか、令和になっても夜にパンは出てこないな〜。

それから、「山梨県でできる効率のいいバイト」が時給1200〜1500円として出てきて、50年後の今と変わらない相場で震える。「そば 70円」と比べるとその特異度が際立つ。日本の賃金、やばいです。

12月27日 晴
9時半赤坂出発。
雪で下れなくなると困るので、白菜、大根、にんじん、ねぎ、青野菜、おでん材料、ベーコン、菓子など、いつもより余分に積む。鯛の粕漬、さわらの味噌漬の桶も持ってくる。私は昨夜、持ってくるビーフシチューやハンバーグを作ったので午前2時ごろまで起きていた。眠たい。
大月のドライブインで月見うどん2杯、花子は牛乳を飲む。170円。おもちゃ屋には正月の凧が沢山出ている。
(中略)
鯛ずしとお茶で一休み。
(中略)
夜 パン、ポタージュスープ、サラミ、ハンバーグ、サラダ。花子だけ湯麺。
10時半ごろ主人眠る。

朝 味噌汁、ごはん、鯛粕漬。
昼 パン、シチュー、サラダ。
夜 ごはん、(白菜、ベーコン、竹輪、さつまあげ、ねぎ、豆腐)の鍋。
スキーを持ってきた花子は滑りに行くが、ワックスがかけてないので滑れず、門の石垣に上って雪団子を作ったり、雪の中にみかんを埋めて凍らせたりしている。

朝 主人、ごはん、粕漬鮭、味噌汁、海苔。百合子、花、のりまき餅、味噌汁。
(中略)
昼 ごはん、粕漬鯛(百合子、花)、コンビーフのオムレツ(主人)、野菜塩もみ、みょうがの味噌漬。コーヒーを飲む。
夜 白菜、ベーコンの鍋の中に粕漬の魚を入れ、うどんを入れて食べる。
汁がおいしい。これは主人の発案。主人沢山食べる。
食後、羊かん(中村屋の田舎羊かん)を切って、抹茶を飲む。丁度そのとき、ラジオで北京放送をやっていた。私は羊かんと抹茶が想像したよりおいしかったのではしゃぎ「河口湖でワカサギ釣をしたら面白かろう」と、まるでしたくもないのに言うと「可哀だからやりたくない」と、花子は抑揚のない小さな声で言う。「今日きた兎撃ちの人もイヤだ。あんなことはイヤだ」。ずーっと、そのことを思い続けていたらしく、浮かない顔をして言う。クリスマス用のオレンジ色の太いろうそくを出して試しにつけると、明るくて字も読める。停電用とする。
ラジオで、山田耕筰が死んだ、といった。

昼 のりまき餅、松前漬が出来上ったので試しに食べてみる。コーヒー。
(中略)
燃料もビールもきたので、ゆったりした気分になった。
Wさんが戻ってきたら、鍋ものでも用意してねぎらおうと思っていたが、食事などしていれば真暗になってしまう。冷えてきて道が凍らないうちに下った方がいい。さわらの味噌漬5枚と千円の御礼を渡す。
(中略)
夜 味噌おじや(卵、白菜、ねぎ)、コンビーフ、白菜の漬物(スタンドのおじさんにもらった)、桃のかんづめのゼリー。
足が痛むのでトクホンを貼る。
(中略)
食べのこりの材料のおでんを煮ておく。ラジオは1年の回顧とか、暮の掃除とか、正月用の煮物とか、のべつやっている。

めでたくトランクは開いた。チェーンも巻けた。食堂でビールと焼酎を出す。遠慮がちにしていたが、だんだん元気になって、焼酎一升、ビール一打をあける。急のことなので、ビーフシチューの罐詰を鍋にあけ、白菜、ベーコン、さわらの切り身を入れ、鍋料理にする。私は酔払って楽しくなった。
「さっき、トランクの蓋がポッカリ開いたとき、おじさんとノブさんが神様にみえたよ」。主人もはしゃいで「そうだ、そうだ」と言った。8時半まで忘年会をした。
(中略)
片づけ終って9時半ごろ、餅を焼いて、花子と遅い晩飯を食べる。紅白歌合戦をラジオでききながら、明日のお雑煮の支度。ラジオの除夜の鐘をきいていると、主人「おかゆがたべたい」と起きてくる。おかゆとバターと梅干、いり卵を食べてしまうと、また寝る。
冷えこみきびし。止水栓を閉めに出ると、息がとまりそうだ。

昭和41年
1月1日 快晴
8時半起きる。
南アルプス全部見える。はっきり見える。富士山も全部見える。いいお天気だ。
朝 お雑煮(豚肉、かき玉、ねぎ)、黒豆、だてまき、昆布まき、かまぼこ、酢ダコ。
花子はカルピス、主人と私はビールで、新年の挨拶をする。
(中略)
昼 ごはん、さわら味噌漬、豆腐味噌汁。
夜 ふかしパン、串カツ、きゅうりとキャベツ酢漬、果物のゼリー。
夜、寄席中継をきく。

朝 お雑煮(今日は卵とねぎ、のり。主人の注文にて肉を入れない)、黒豆、だてまき、かまぼこ、酢だこ、昆布まき、白菜漬けもの、梅酒(甘すぎて失敗)。
南アルプスの雪は元日よりも更に白い。
(中略)
昼 チャーハン(かに、卵、ねぎ、グリンピース)、とりスープ、アスパラガス缶詰。コーヒーを飲む。
(中略)
夜 きつねうどん、粕漬肉を焼く。うどんは太くておいしかったが、ゆでる時間が短すぎて少し硬かった。
明日のカレーを作り、米をとぐ。水が出ないから、料理は簡単なものとなり、片づけるのも簡単になる。

1月3日 快晴
花子3度起しても、眠りこけている。そのままねかせておく。
朝 カレーライス(主人)、のりまき餅と正月料理の残り(私と花子)。
11時、下る。初詣でに。主人嬉しがる。
(中略)
店の中へ入って中華マンジュウを食べる。今度はおでんでなく「フタバの肉マン」と広告のついた蒸し器を置いて、肉マンとあんマンを売っている。みかんも食べろとすすめられる。
(中略)
八百屋、菓子屋とも、2、3人ずつの客がいて、年始にもってゆく干柿やカステラの包にのし紙をつけさせ、名前を書いてもらっている。八百屋には、大根、トマト、もやしなど、凍ってダメになったのが沢山転がしてある。
白糸の滝へ向う。
(中略)
スタンドでガソリンを入れる。またチェーンを巻く。
その間、主人は正月の新聞を読ませてもらう。娘さんがまた、肉まんをくれようとする。さっき食べたばかりなので謝絶する。
(中略)
夜 主人、ごはん、鯖塩焼、大根おろし。花、百合子、カレーライス。里芋と鳥肉甘煮(これは皆が食べた)。

管理所の人が3人来た。よその客の車が動けなくなり、それを手伝っていたのだ。冷え切っているらしく、暖炉の火をつよくしてあげると大いによろこぶ。電気ナベにてラーメンと東坡肉とを入れて御馳走する。

皆、靴が濡れて寒そうにしている。代りのサンダルを出し、暖炉に火を沢山焚く。ビールを抜く。白菜鍋の中に罐詰の東坡肉と家鴨肉を入れ、ラーメンも入れて食べながら「明日なら下れる。明日を逃すと、また豪雪となって閉じこめられる恐れがある」と、皆の意見が一致する。

残りのパンと、けんちん汁で昼飯。
(中略)
おばさんは、羊かん3本、板チョコ3枚を花子の手に持たせてくれる。
(中略)
7時半、無事赤坂に着く。主人、長椅子に寝ころび「皆でうなぎ食べよう」という。うな丼をとる。

武田百合子著『富士日記』より