たべもののある風景

本の中で食事するひとびとのメモ帳2代目

富士日記(9)サントリー角瓶

コンビニなき時代の山暮らしには缶詰が大活躍だ。

8月2日(火)くもり時々晴
朝のうち涼し。西湖へ行く。西湖荘で昼飯。天どん(主人)、オムライス(私と花子)。天どんの中味は、にじますの天ぷらと菊の葉であった。
西湖荘の売店で、キノコの形をした盃5個買う。漬物も買う。キノコの形の盃を「大岡にやりたい」と主人はいうのだ。私は「この盃は大岡さんはキライだろうと思う」と反対したが「キライなことはない」といって買う。漬物も買って一緒に持ってゆくのだという。その漬物も私は「大岡さんはこの漬物食べないと思う」と反対したが、買った。この漬物は前に買ったことがあって、まずいのを私は知ってるのだから。
(中略)
西湖荘で。天どん(いくらだったか忘れた)、オムライス180円、大岡さんのキノコの盃5個250円、漬物200円。
夜 ごはん、湯豆腐、塩鱒、サラダ。

夜 ギョーザ。久しぶりにギョーザを作ったので、みんな珍しがって食べる。
(中略)
ペンキを積んだ車には、夏休みのアルバイト学生が3人も乗ってきた。果物のかんづめを出す。

朝 ごはん、豚のしょうが焼、ささみバター焼、野菜つけ合せ、味噌汁。
10時ごろ、外川さんが生そばを新聞紙にくるんで持ってきてくれる。今日のは、下で買ったのだという。
(中略)
はじめ憂鬱そうだったが、話しているうちに、いつのまにか馬肉の話になると、だんだん元気が出てくる。バーベキューにするのが、何といっても一番だ。盛岡肉の120円のなら、とてもいい、といってバーベキューのやり方を手真似でしているうちに、もっとニコニコニコニコしてくる。
(中略)
ひる 外川さんのくれたそばを、ざるそばにして食べる。
1時半、マウント富士プールへ泳ぎに行く。スタンドに寄り、サントリー角瓶をお礼に置く。また、ハチミツアイスクリームを2個くれる。前より車の調子はよく、マウント富士の丘へセコンドで上れる。
(中略)
かじきまぐろの大きいのがあったので切り身を頼んだら、刺身用だから切れないという。うなぎの白焼きもあった。昨日河口湖の魚屋に入ったら、いかの丸ごとが、ごっそりと腐って転がっていて、その隣りにアジが赤黄色になって、ごろごろ転がっていて、その隣りにたらこが一箱かびていて、平気で店の中に置いてあるので、何にも買わないで出てきてしまったが、ここの魚屋は普通の魚を売っていた。
スタンドに寄り、ソファーを注文する。そしたら、また、ハチミツアイスを2つ、手にのせられる。車に乗ったら、ピーナツとするめの袋を窓からいれてくれる。ハチミツアイスを今日は4つもらってしまった。
道端で。きゅうり3本30円、大根1本30円、トマト小8ツばかりで30円、いんげん30円。百姓のおかみさんは「今年は寒くて、もろこしの穂がまだ出ない。トマトも出来がわるい。皆寒さのために作物がよくない。今日も涼しい。夏の峠は越したから、もう夏も終りだ」と、心細そうに言う。
「作物など売らねえで、熔岩菓子の袋入りでも売った方がいい。あれは案外売れるでねえ」と言う。
(中略)
大岡さんが、白い上着と白いズボンで(とてもよく似合って映画俳優のようだ)大根とじゃがいもとキャベツを持ってきて下さる。
大岡さんと主人、ビールを飲む。私も隣りに坐って飲む。
(中略)
どじょうとうなぎの話をしては、自分で嬉しそうになってしまう。<うなぎはパタパタとうちわであおいで焼くときが難しい。うなぎは自分の体の4倍もの目方の鯵を食べて大きくなる。だから高い>という話だ。どじょうとうなぎの比較の意見を述べたりしていると、ますます遅くなって、フォーンが鳴り放しに鳴りだしたので外川さんは立上る。
女衆2人にパイナップルの大罐を1つずつ子供へおみやげに車の窓から渡すと、若い方の人は「いらねえ」と言う。
「悪いからいらねえ。こんなもん、いらねえ」と怒気を含んだ声で言いながら、車のドアを半分あけて、かんづめを地面に転がして返してよこした。
(中略)
暗くなった地面に転がし返されたかんづめが、いつまでも目のなかに残って、墨を呑んだような気持になる。
夜 ごはん、ハムのかんづめ、のり、おひたし、味噌汁。
(中略)
8時半近く、勝手口の窓を白いものが横切ったので戸を開けると、さっき、ふくれていた女衆が仕事着のまま佇っている。「どうしたの」と訊くと「さっきは、今日はどうしても早く帰りたいと思っていたで、気が急いて見境いなくふくれっちまって、頂いたものまで置いたりして。外川さんにうんと叱られただ。常識のねえことしただ。奥さんにわるいと思って謝りにきただ」と一気に言って、しょんぼりしている。「そんなことで、わざわざ、また山に上ってきてくれたの。私が気がつかなくて。私の車で送ってあげればよかったのに。私がわるかったね」と言うと「いいや。おらがわるかっただ。外川さんにいわれただ。『お前ら、何のために婦人会で花や茶なんど習っているだ。華道や茶道ちゅうもんは、そういうことをしねえ人間になるためにやるだぞ』そう外川さんにいれただ」と言う。

ウイスキー、ビール、朝作ったトンカツ、チキンカツ、漬物、鮭のかんづめ、ハムなど、ありったけ、ごちゃごちゃと出す。
(中略)
行くと、すぐ外川さんは「鯛のアライを自分で料理してくれる」といった。沢山いる子供の中の一人が、生鮭を大切そうに両手で胸にかかえてもってきた。どれとどれが外川さんの子なのか、わからないが、子供が大勢なので、私はもう一度駅前通りの八百屋まで行って、西瓜(550円)を買ってくる。
さしみ、ハム、ビール、ジュース、そうめん油炒め、鯛のアライ、枝豆、の御馳走であった。
(中略)
奥さんが、ゆっくりした調子で「◯◯ちゃんが、ジュースを飲みたいといってるでねえ」と外川さんのところに近寄ってくる。外川さんはにこりともしないで「それッ」と、ふところからお札をひきぬいて渡し「みんなに飲ませろ。釣りは持ってくるだぞ」という。子供がジュースを何本か買ってくる。
(中略)
湖一面と、仕掛花火が正面に見えるグリルのテーブルにつくと、外川さんは食券売場に行って、また何か御馳走をとってくれようとするので、「ここは私たちが払うから」と私がいいにゆくと、私の胸のところを、すごい力でついて押しのけて、食券売場の前に立ちふさがる。仕方なくテーブルに戻ってきてしまった。
ビールジョッキ2杯、トンカツ3皿、オレンジジュース2杯を券にして置いてから、外川さんは敬礼をして帰って行った。食べきれなかったから、トンカツ2枚は紙に包んで持ってK園を出、K園の下の岬にしゃがんで、しばらく花火を見た。
(中略)
ござを敷いてビールを飲ませている急造食堂もある。もろこしを焼いて、おでんを煮て、ビールを氷水のバケツに浸けて、ござに坐った客に出している。そのビールはとてもうまそうだ。
(中略)
椅子に腰を下ろしていると、自家製のおすしを一皿とかんビールとコーヒー牛乳を出してくれる。ピースを1本くれて火もつけてくれる。「花火の日じゃん。うちのもあがっておくんなって」。何と言われても、もう大満腹で食べられない。無理をして花子と2人で1個ずつ、大のり巻を頂く。酸っぱくておいしい。冷やっこも出してくれた。

朝 主人カツ丼(昨日もって帰ったグリルのトンカツで)、花子と私納豆、のり、漬物。
昼 トーストパン、スープ、オイルサーデン、ソーセージ、トマトときゅうりサラダ。
夜 ギョーザ、野菜付け合せ(いんげん、トマト、アスパラガス)。
快晴なので洗濯を沢山する。

朝 ごはん、らっきょう、オイルサーデン、味噌汁、わかめ酢のもの、大根おろし。
昼 自家製クッキー、スープ、トマト、きゅうり。
夜 ごはん、塩ます(主人と私)、ごはん、やき肉(花子)、キャベツといんげんと玉ねぎバター炒め。

12時近く、おにぎりを作って本栖湖へ行く。
(中略)
入江の熔岩の上で、おにぎりを食べて、お茶をのんだ。トマトも食べた。
(中略)
ポコは何も食べないで、エビオスばかり食べる。暑さに弱いのだ。

朝 じゃがいもバター炒め、キャベツバター炒め、コーヒー、トマト。
昼 おにぎり。
夜 ごはん、コンビーフ、佃煮、玉ネギとわかめサラダ。

フルーツポンチのかんづめを切って出し、運賃の代りの御礼として500円あげる。

武田百合子著『富士日記』より