たべもののある風景

本の中で食事するひとびとのメモ帳2代目

富士日記(10)「大岡はカナッペが好きらしいぞ」

カナッペって「食べ物何が好き?」というときに思いつく料理ではないよね。

中学の家庭科の「班ごとに計画して好きなものを作る」授業で、カナッペ作ろうとした班は案を提出した段階で先生に却下されていたぞ。ちなみに私たちの班はお好み焼きにした。

登山での「奥さんたしか月餅が入っていましたね」も面白い。サンタバーバラに日帰り旅に行ったとき、しきりに私が持ってきたレモネードパックを催促してきたおじさんを思いだしたので(降車するたびに「レモネードあったよね?」と聞いてくる)。

朝 ごはん、味噌汁、ハンバーグステーキ、佃煮、サラダ、さんまのかんづめ。
(中略)
2時ごろから料理をはじめ、全部揃えてから5時ごろから管理所へ牛乳をとりに行くと、丁度、「群像」の徳島さんから電話がかかってきた。これから東京を出て、そちらへ伺うから夜9時近くになるだろう、とのこと。
5時過ぎ、花子とカナッペを作り、食卓に並べる。
今日の献立。
キクラゲとねぎの酢漬、チーズ、燻製(タラ)、ピータン、チーズクラッカー。
とり肉から揚げ、味噌漬牛肉、玉ねぎと鮭燻製油漬。
カナッペ(いくら、ソーセージ、レバーペースト、まぐろ、卵、玉ねぎ)。
「大岡はカナッペが好きらしいぞ。作れ」と主人がいったから、カナッペも作った。ほかのものはどうだろう。お好きかな。少しくどすぎたかな。6時丁度お2人みえる。ビールと食事。9時半、徳島さん来て、一緒に飲む。
(中略)
うちの中で酔払っていて、一人で表に出ると、あまりの暗さにドキッとする。酔って夜遅くスピードをあげて山の中を運転する素晴らしさ。お巡りさんも白バイもいない。
(中略)
大岡夫人はキクラゲの酢油漬が好き。

朝 昨夜の残りのカナッペ、スープ、トマトなど。
(中略)
一くぎり終ったところで、昼飯をおにぎりにして出す。また、はじめる。
(中略)
夜 ごはん(かにとグリンピースのたきこみ御飯)、いくら、佃煮、野菜サラダ、すまし汁。

朝 残りのかに御飯、いくらもまだ残っているので食べる。さつまいもの味噌汁、大根おろし、卵。
昼 そうめん、サラダ。
午前中、大岡さんが、新潮社の坂本さんとみえる。坂本さんにふぐの干物を頂く(この干物、とてもおいしかった。肉が厚くて、ひごひごしていて)。
(中略)
スタンドのおじさんは、アイスクリームを3個くれる。2人だから2個でいいというと「先生に持ってゆけ。ビールを飲む人にはこのクリームは、うんとええだぞ」と言う。いつものハチミツアイスクリームである。
(中略)
夜 おにぎり、野菜の煮たの。

8月20日(土)晴
朝 ごはん、じゃがいもの油炒め、ピーマン、漬物、豆腐味噌汁。
昼 かけうどん。
夜 ごはん、納豆、卵、のり、大根おろし。
11時、「群像」あて原稿を出しに下る。徳島さんに電報を打つ。今日は河口湖の町は全店一斉休業。吉田に買出しに行く。月江寺の駐車場に車を入れ、野菜、うどん玉を買う。上肉をひいてもらおうと肉屋に寄ったが、ひき肉機械を掃除してないと断られる。ボツリヌス菌がいそうな気もするので無理に頼まぬ。
(中略)
帰るとすぐ、主人が言う。買ってきたうどん玉、本当の手打ちうどんだから、お腹にいいかもしれないので、それを一つ持って行くと、グレープフルーツ2個下さった。トクした。

昼 主人は、ごはんをたべ、カナディアンベーコン、ピーマン、玉ねぎ。花子と私は牛乳。
(中略)
夜 ごはん、卵焼、大根おろし、なすのしぎ焼、清し汁。

スタンドは、もう石油ストーブをたき、とうもろこしをむいて焼いている。1本御馳走になる。5本おみやげにくれる。
昨日はじめて、畑のもろこしをもいでみたら、おいしくなっていたから、これからは、ちょくちょく呉れてやる、とおじさんは言う。
がらんとしたスタンドの駐車場や、その向うの道路に、ぶちまけたように降りやまぬ豪雨をガラス越しに眺めながら、石油ストーブのそばで、とうもろこしを丁寧にかじっていると、今年の夏は終りだ、とつくづく思った。
(中略)
朝 ごはん、さんまかづめ。
昼 ギョーザ、スープ。
夜 ごはん、ハンバーグステーキ、じゃがいも、サラダ(花子、私)、おかゆ、くさやの干物、かつぶしのかいたの、佃煮、梅干(主人)。

夜食はハンバーグステーキだった。昼は私の好きなギョーザだった。
父は少食で心配だ。

8月23日 雨風つよし
午前11時ごろ、雨の中を東京新聞の人、2人来る。「土曜訪問」のインタービュー。
ビール、ベーコン、とり肉、いか、漬物を出す。
(中略)
にぎりめし(梅干入りのりまき)9個、ふかし芋、月餅、ようかん、レモン3個、水筒3個。

8合5勺の御来迎館で、おしるこを食べる。1杯70円。近藤さんが御馳走して下さった。
(中略)
1人は牛乳店につとめているらしく、その牛乳店がいかにケチであるかを力説していた。その店で売っているアイスクリームを、1回もくれたことがないのだそうだ。私たちが水筒から水を飲むと、自然に話が止んで、飲みたそうに見ていたが、私はやらなかった。
(中略)
噴火口(?)のそばで食事をした。近藤さんは「奥さんたしか月餅が入っていましたね」と、よく覚えていて、私は「そうそう」とそれをナップサックから出して、みんなで食べた。私は近藤さんの見ていないときに、頂上の熔岩(人の顔より少し大きいほどの)をカラになったナップサックに入れて背負う。

武田百合子著『富士日記』より