たべもののある風景

本の中で食事するひとびとのメモ帳2代目

富士日記(17)大岡さんち通い

山小屋ご近所の大岡昇平さん宅の在宅を確認してはちょいちょい通ってしまうのすごくわかる。

学生寮に住んでいた2年間、2階下の友人は帰ったかな?と灯りを確認するのが習慣になっていた。

大箱根の「味噌汁定食」に興味がわく。味噌汁ってメインじゃなくて、むしろ定食の付随品だよね? どんな味噌汁なんだろう。内容は味噌汁と御飯と漬物だろうか。

6月1日(木)快晴 風つよし
朝 ごはん、じゃがいも味噌汁、納豆、卵、のり、トマト。
風がつよいので、犬は外に出たがらない。
昼 ふかしパン、ロースハム、きゅうりとキャベツとパイナップルのサラダ、玉ねぎスープ。
夕方、犬を連れて遠くまで散歩。ナルコユリ、くまいちごの花が、どこも満開である。よく匂う。夕方は、ことさら匂う。
夜 釜あげうどん、薬味(油揚げ、ねぎ、辛子、しょうが、のり、紫蘇葉)。
(中略)
夜、片づけを終り、1人で起きている間、イーストを入れた食パンをゆっくり焼いてみる。−−−失敗。

6月6日 快晴
前10時出る。厚木まわり。
松田にて昼食。ハヤシライス200円(主人)、チキンライス180円(百合子)。
(中略)
夜 ごはん、大根味噌汁、サラダ、いわし味付かんづめ、シバ漬、夏みかん、わかめと玉ねぎにかつぶしをかけたの。
今朝、アラブとイスラエルの戦争はじまる。

6月7日 快晴 東よりの風、1日吹く
朝 ごはん、かぶ味噌汁、さんまかんづめ、卵焼、大根おろし、のり。
昼 ふかしパン(さつまいも入り)、きゅうりとキャベツとまぐろオイル漬のサラダ、とりのスープ、ババロア。
夜 ごはん、かにコロッケ、キャベツ酢漬、にんじんと大根サラダ。
イスラエルとアラブの戦争終りそう。

いつもやすむ松田の食堂より手前に新しく出来た「大箱根」というドライブインに入って昼食。雨が激しくなる。丁度、観光バス2台が発車するところで、土産ものを買ったり、便所に入ったりしたおばさんたちが、あたふたと乗りこんでいる。おばさんたちは、大ていグレイ、茶、モスグリーンなどのスーツを着ている。「大箱根」は、松田の食堂よりはるかに広く、一大銭湯のようなところだ。あんちゃん風の連中が、ラーメンを食べている。こういう組がいく組か、みんなラーメンを食べていて、あとは便所をつかいに入ったり出たりしている。
(中略)
私 チキンライス150円。
主人 かつ丼200円。まあまあの味。
(中略)
夜 お赤飯、めざし干物、漬物、すまし汁。

7月3日(月)雨時々くもり、風つよし
朝 ごはん、うなぎ蒲焼、コンフリーごま和え、味噌漬、かき玉汁。
(中略)
昼 パン、チーズ、とりスープ、オイルサーデン、いんげんバター炒め、夏みかん。
(中略)
夜 ごはん、大根味噌汁、大根おろし、コンビーフ、プリンスメロン。
主人、プリンスメロンのこと「これ、何だ? おいしいな」という。「プリンスメロン」と答えると、ふきだして「また百合子の口から出まかせだろ」と言う。本当にそうなのであるというと、もっと笑う。

朝 ごはん、めかじき煮付、わかめ味噌汁。
昼 釜あげうどん、さつまあげ、夏みかんゼリー。

朝 ごはん、鮭かん、大根おろし、しょうがおろし、卵を入れた味噌汁。
昼 手製クッキー(今日は、バターと卵を沢山入れて軟らかく焼いてみた。まずし。作っているとき想像していたのとちがうし)。スープ(トマトと玉ねぎ)、ベーコン。
ポコはこのクッキーが大気に入りである。食欲旺盛なこと。めかじきの煮汁にごはんをまぜて食べ、めざしを食べ、魚のソーセージを食べ、羊かんを食べ、クッキーを食べた。
(中略)
夜 そばがき、さつまあげ(主人)、めざし(私)、みかんゼリー。

大箱根で休む。
カレーライス(泰淳)150円、ポタージュスープ(百合子)150円。私は持参のにぎりめし1個ととりのささみバター焼を出して食べる。
羊かん、石菓子220円。主人はカレーライスを3分の1食べて残す。昨日の酒の飲みすぎ。便所に行くので広い食堂を横切ってゆくと、便所近くの席に、年とった黒染めの坊様とおじいさん2人、おばあさん1人が、そばをとって、ひっそり食べていた。あとは、ほとんど若い男女である。私たちの隣りのテーブルの若夫婦は、年子のような子供を2人、1人はまるで生れたばかりの赤ん坊を1人ずつ抱き、味噌汁定食をとって食べていた。
(中略)
夜 ごはん、じゃがいも味噌汁(卵入り)、アスパラガス塩ゆで、トマト、さつまあげ、大根おろし、わさび漬、いんげんバター炒め。
ごはんが硬いといって、主人は一膳だけでやめる。私には丁度いいのだけれど、歯が少ないのだから気の毒なことをした。
ごはんの前、大岡さんにくんせいとキャビアを持って伺うと、車もなく、雨戸も閉まっている。

武田百合子著『富士日記』より