たべもののある風景

本の中で食事するひとびとのメモ帳2代目

富士日記(19)弁当をつかう

「弁当をつかう」という用法は向田邦子の随筆にも見られたが、自分の実生活では聞いたことがない。今なら校正の赤が入る恐れがあるのが面倒で使えない感じ。

夜 ハンバーグステーキ、ごはん、いかときゅうり三杯酢、豆腐味噌汁、水蜜桃。
花子にハタオリを教える。花子、手提鞄の布を織りたいと言う。

7月25日(火)快晴
快晴の日は、昨日買ってきたセキスイタライに水を一杯張って庭に出し、水浴の水をつくることにきめた。
朝 ごはん、納豆、のり、煮豆、佃煮。
昼 トースト、コーヒー。
(中略)
買っていると、車がとまり、男降りてきて「仁丹あるかね」と訊いている。乗っている人が気持わるくなったらしい。タバコ、山芋、野菜のほかに、冷蔵庫の中には牛乳、コーラ、その向うに机を置いて、やきもろこしも食べさせるようにだんだん手を拡げていった。小母さんは「仁丹を置くのを忘れていたなあ」と、男が去ると残念そうだった。
夜 串カツ、チシャ、いんげん、キャベツ、サラダ。

7月26日(水)快晴
今日は風がある。富士山は雲の中に入った。
朝 トースト、チーズ、ベーコンエッグ、紅茶。焼飯(主人だけ)。主人焼飯のあと、パンも2枚食べた。
昼 釜あげうどん。
(中略)
農婦、石の工事場から買いにきたらしく、牛乳、白3本、レモン色5本、コーヒー色3本など、色とりどりに買い、レモンパン、ジャムパンも買い、抱えて帰って行く。(中略)西瓜をあれこれと選んで、一番大きいのを一つ買い、ジャムパンを2つ買った。二人はすぐ食べた。
今日もながい夕焼。
夜 カレーライス。
花子とあん入り揚げまんじゅうを作る。一つずつ大きさがちがってしまった。

7月27日(木)快晴 風なし
朝 ごはん、納豆、のり、さんま味噌煮。
(中略)
昼 そばがき、ロースハム、アスパラガス、いんげんバター炒め。高橋さんに出した残り。
(中略)
夜 カレーライス。
隣りの工事は、陽がかたむきだすと、急に勢よくやりだす。

大箱根で昼食 花子ひやむぎと氷レモン、私チキンライス、主人カツ丼。のし梅250円、わさび漬100円。
(中略)
夜 ごはん、鮭、のり、わさび漬、大根おろし、佃煮。(鮭茶漬にした。)

7月31日(月)くもり 時々薄陽
朝 ごはん、大根味噌汁、目玉焼、牛肉大和煮、佃煮。
うすぐもりで涼しい。ハタ織りの糸まきを折箱をこわして作る。
昼 パン、バター、ジャム、紅茶。
(中略)
夜 ごはん(のりまきを作る)、クサヤ干物、わさび漬、かき玉汁。

S農園で、とうもろこし6本200円。1本おまけしてくれる。花子、絵葉書を買う。絵葉書100円(15枚入り、高山植物)。
家に戻り、とうもろこしを焼いて食べ、次にぶどうを食べる。ぶどうを食べていると、大岡さん御夫婦みえる。ビール、ロースハム、すきみ鱈。
(中略)
夜 ごはん、茄子しぎ焼、いわし大和煮、大根おろし、のり佃煮、すきみ鱈。
(中略)
テレビを見ながら、西瓜を半分食べる。たねは真黒くなっていないが甘い。
河口湖の駅前通りには、ぶどう売りのよしず張の店が並んだ。篭詰めのたねなしぶどう。篭に貼りつけたぶどうの絵の赤い紙。赤い旗をたて、赤い幕を張っている。もう、どんどん、秋に近づいてきた。

8月2日(水)うすぐもり雷鳴、一時、雨
朝 ごはん、のり、うに、卵入り味噌汁。
午前中、むし暑し。ききょうの花が開いた。
昼 ふかしパン、スープ、紅茶、ゼリー。

3階のグリルに入って行くと、ここのボーイらしい男が3人、隅のテーブルで食事中だ。スパゲッティにごっそりとソースをかけて食べている男に「花火の席の予約にきた」と言うと「予約はすると思う」と言う。
(中略)
家に戻ってすぐ、外川さん来る。近くの沢の石工事をやっているという。ビール、チーズを出す。

ビール、小あじの干物、枝豆の数の子和え、キャベツの酢漬など出して下さる。
予約席の食事の相談。この辺の洋食は怖ろしいから、和食の方が安心だということになり、大岡さんが電話で注文する。
(中略)
とびうおのくさやとあじの干物を頂く。大岡さんのところは、くさやは誰も食べないのだという。うちではくさやが大好きだから喜ぶ。
夜 ごはん、ソーセージ、あじの干物(大岡さんより)。
残りの西瓜を食べる。冷えきってシャーベットのようだった。
夜、霧で何も見えない。

夜 ごはん、肉しょうが焼、納豆、茄子すぎ焼。晩ごはん、おいしい。肉はまずかった。納豆がおいしいと、皆言った。

8月4日(金)うすぐもり、時々晴、俄か雨
朝 ごはん、かに玉、さつまいも味噌汁、サラダ。
昨日食べたぶどうの残りの一房に、ハチが1匹きていて離れない。汁を吸ってはとび去り、またきて、自分の食べかけの穴をあけた粒に頭をつっこむ。
昼 ごはん、油揚げのつけ焼、すまし汁、佃煮。
(中略)
とうもろこし、おいしい。今日のぶどうは赤紫色のつぶが光って丸々としていて、おいしい。
夜 釜あげうどん、肉団子あんかけ(ピーナッツを刻んで入れたら、おいしかった)、トマト、キャベツ酢漬。

昼(2時ごろ食べる) ひき肉そぼろ煮、いり卵、のりの三色弁当。スープ、果物ゼリー、きゅうりとキャベツ塩もみ、とりのもも肉をむし焼にして置く(スタンドに駐車させてもらうので御礼に)。
(中略)
とりもも肉蒸し焼、魚姿やき、めかじき(?)切身、枝豆、サラダ(トマト、キャベツ、レモン)、わかさぎ飴煮、ちまき(笹にくるんだ中は餅、みそあんが入っている)。これが一つの皿に盛ってある。豆腐(冷奴)の上にわさびがのり、甘酢あんがかけてあるのが一鉢。鯉のアライ(す味噌付)。飯一碗、味噌汁。
以上が和食定食の献立である。定食が運ばれてきたとき、ビール3本を追加した。おわりの味噌汁がきたとき、女給仕は私の右うでと洋服の右膝に一碗こぼした。それがとても熱かった。
和食定食はおいしかった。大岡さんも「案外いけるね。心配することはなかったな」とおっしゃった。
(中略)
おじさんとおばさんは罐ビールを1本ずつ、十六豆の甘く煮たの、いなりずしとのりまき、西瓜を御馳走してくれる。

8月6日(日)うすぐもり、夜豪雨
朝 ごはん、なす味噌汁、卵やき、のり、うに。
昼 トースト(主人)、焼きいも(花子、百合子)、スープ。
夜 ごはん、かます天ぷら、いんげんとピーナッツ和え、トマトと玉ねぎサラダ。
昼食のとき、大岡夫人「大磯の魚です」と袋を置いてゆかれる。
(中略)
管理所で、わかめ30円、きゅうり50円。いんげんをおまけにくれる。夜、食卓で天ぷらをして食べた。かますの天ぷらはとてもおいしかった。

昼 ベーコン入りふかしパン、玉ねぎとトマトのスープ、キャベツ塩もみ。
気がつくと、少年は、食堂や勝手口からみえない、下のゴミ捨て場近くの灌木の茂みに入って弁当をつかっている。お茶はいらない、水でいいと言う。冷えたトマトとぶどう一房を持ってゆく。もっと涼しい上の方の松の木の下がいいのに、と言っても、弁当箱に大急ぎで蓋をして「ここがいい」と言う。
3時にはテラスによんで果物を入れたゼリーを出す。
(中略)
夜 ごはん、揚げ肉団子、茄子丸焼、いんげんバター炒め。

武田百合子著『富士日記』より