朝、歩いてトレジョに買い物に行った。申し訳ないくらい空が青く平和だ。理不尽の偏りの上に成り立っている偽りの平和だ。
私は大阪のことがとにかく心配なのだ。ウクライナやシリアやアフガニスタンと同じくらい。来月から帰国者の隔離が緩和されるが、大阪の医療ひっ迫が解消され(今の首長たちの逸脱ぶりを見るにそんな日が来ると思えない)、まともに検査を回せるようになるまで(いまだにPCR検査抑制にのっかる著名人が増えているのを見るにつけそんな日が来るとは思えない)まだ帰れないなあと思う。
ビールとチーズを出す。外川さんのうちの手打そばが欲しいと主人が言うと「明日持ってきてやる」と言う。上機嫌でそばについての話をする。
(中略)
◯そばには夏そばと秋そばがある。この辺は夏そばは5月半ばに蒔く。そばは芽ぶきが早いから、あまり早くに蒔くと霜にあってあられる。八十八夜の別れ霜といって、五月二日八十八夜過ぎて蒔くが、この辺はうっかりすると5月半ばにも霜があったりするから、大体は半ばごろに蒔く。50日位でとれる。そばの隣りに長人参を作るのは、人参がそばのせいで甘味が出て、うんといいからだ。そばをとって、そこに次にすぐ、そばを蒔かないのは、人参のとれる時期が10月位まで畑においておかなくてはならないからだ。秋そばは、又別の土に作る。秋そばは8月半ばか末頃に蒔いて10月にとる。鳴沢や山中は、そばのうまいところだ。うちでは、そばを毎日食べる。食べない日はないが、それは機械で打ったのを買ってきて食べる。
(中略)
夜 ごはん、オムレツ、サラダ、味噌汁、果物ゼリー。夜 手打そば。
種なしぶどうが出はじめて、毎日ぶどうを食べている。食卓に置き放しのぶどうに蜂がきて、穴をあけてもぐりこみ、汁を吸っている。ときどきどこかへとび去っては、またくる。ジャムの蓋を開けておくと、蓋についてるジャムにきてとまっている。蜂蜜の蓋をとったら大喜びだ。最も即席で楽なんだな。嬉々としてとまっている蜂が気の毒で「それはもとはといえばお前が作ったものだよ」と教えたい。この蜂は昨日のと同じかしら。赤マジックで体に印をつけてみたら、ぶどうにとりついていたのも、ジャムのも、蜂蜜にくるのも、全部、この赤い印のついた1匹の蜂だった。ほかの蜂はとんできても絶対一緒にたからない。怖るべき大食の蜂である。この私の研究発見の結果を、主人に発表したら「百合子にそっくりだな」と言った。8月11日(金)くもり時々晴
朝 ごはん、のり、いわし大和煮、小松菜辛子和え、うに。
(中略)
2時半、暑い盛りに、「別冊文春」の高橋さん来る。鳴沢のバス停から歩いてこられた。主人も私も驚く。別にくたびれたとも何とも言わない。ビール、コンビーフ、おにぎりを作って出す。
(中略)
おかみさんは冬瓜の細長いのを1個くれる。この辺では、そうめん瓜という。そうめん瓜は5センチ輪切りにして熱湯の中で2分茹でて、芯に手を入れてひっかくと、そうめんのようにずるずるととれてくる。それを三杯酢で食べるのだそうである。レタスとキャベツは畑からとってきてくれる。レタスの切りたては、切口から乳がぽたぽた滴るので、厚く新聞紙にくるんでくれる。
昨日、深沢七郎さんより、ぶどう狩の途中に寄って誘ってゆく、と葉書がきたので、15日より17日まで東京に帰る、と速達を出す。
夜 ごはん、納豆、鱒を焼く、すまし汁。
西瓜を食べる。西瓜は帰りの車の中で半分に割れてしまった。8月12日(土)晴、夕方俄か雨あり
朝 ごはん、のり、まぐろ油漬、大根おろし、じゃがいも味噌汁。
昼 ベーコン入りふかしパン、紅茶、トマト。
オムレツを作って、工事の人のおかずに出す。
(中略)
3時は大学芋を作り、西瓜を切って出す。
(中略)
夜 花子の注文で、三色ごはん(卵、のり、ひき肉)、刻みみょうがにかつぶしをかけたの、レタスマヨネーズかけ。主人、歯が少なくなったので「こういう御飯が面倒くさくなくていい」と言う。外川さんは子供をつれてきている。アイスクリームを1個あげる。
(中略)
夕方、大岡夫人みえて「池島信平さんと一緒にごはんを。6時に迎えにくる」とのこと。ヒレ肉を焼豚にして、みょうがと、持ってゆくようにする。
(中略)
夜 パン、焼豚、木くらげ酢漬、花子と私。主人、大岡さんへ。昼 釜あげうどん、ハム。
テラスの下に、赤い半袖シャツにモンペの女相撲の如き体格の赤ら顔のおばさん、急に現れて「もろこしを買わないか」と言う。背負い篭一杯のもろこしを持ってきている。そのうしろに、もう1人おとなしそうなおばさんも、背負い篭にもろこしを一杯入れて来ている。今もいできたばかりだという。10本買う。300円。2本出来損ねをおまけにくれる。行商が来たのは、ここに家を建ててはじめてである。
(中略)
夜 ごはん、肉団子あんかけ、やき茄子、かき玉汁(花子に教えて作らせた)。桃を食べた。Sランドへ連れて行き、夕食をとらせる。2人の夕食は、虹鱒塩焼、魚切身フライ、山菜ごま和え、おつゆ、であった。
昼 ごはん、精進揚げ。
夕方、2人を富士五湖焼の窯場に連れてゆく。
(中略)
夜 パン、コンビーフ、マッシュポテト、アスパラガス、サラダ、牛乳、紅茶。8月19日(土)晴
朝 ごはん、かに玉、さつまいも味噌汁、のり、佃煮、果物ゼリー。
花子たち2人におにぎりを作らせて、ドライブに下る。
(中略)
花子たちが出てきて、熱いもろこし3本買って食べる。おじさんのうしろには、もろこしのむき皮が背の高さほど、山になっている。
(中略)
紅葉台を下りて茶店で休む。コカコーラ2本、グレープファンタ1本、180円。お茶とタクワン1皿サービスしてくれる。コーラを飲んでタクワンを食べたら、どっちの味も相殺されて、無意味のような味となってしまった。
(中略)
迎えに行き、大岡家でビールを御馳走になる。近藤さんは足にヤケドをしているので、今年の夏は山に登れない由。
大岡家の御馳走、さしみ、タン、みょうがとわかめ和え、そのほか沢山。
武田百合子著『富士日記』より