たべもののある風景

本の中で食事するひとびとのメモ帳2代目

ムラカミのライ麦畑

実は初通読。予想どおり、not for me, for now. 

やっぱり、今はなき「学研マイコーチ国語」の抜群に優れた中学生向け書評に心を動かされた時点で読むべきだった。わかってたんだけどさ〜。

巻末に原作者の意向であとがきは載せられなくなった、とあって驚いた。刊行時はまだサリンジャーが存命だったのだ。

ペンシーでは土曜日の夕食はいつも同じ献立で、いちおう「ご馳走」ということになっている。ステーキが出てくるからだよ。千ドル賭けてもいいけどさ、それは日曜日に生徒の親がたくさん学校を訪ねてくるからなんだ。サーマー校長はこう考えたに違いない。母親たるもの、きっと最愛の息子に「ねえ、昨夜はご飯に何が出たの?」って尋ねるはずだってね。すると子どもは答えるわけだ。「ステーキだよ」ってさ。そういうのってまったく詐欺みたいなもんだ。君はそのステーキを一目見るべきだ。なにしろこれがちっぽけで、固くて、ひからびていて、切るのも一苦労という代物なんだ。そのステーキ夕食にはいつも、ところどころだまになったマッシュポテトが添えられている。それからデザートにはブラウン・ベティーってのが出るんだけどさ、こいつに手をつけるようなやつはいない。何もわかってない低学年のちびか、あるいはアックリーみたいな、とにかく出てくるものはなんだって腹に詰め込んでやろうっていうやつらは別だけどさ。
でも一歩食堂を出ると、あたりの眺めは素晴らしかった。地面には3インチくらい雪が積もっていたからだ。そして雪はまだ気がふれたみたいにどさどさ降り続けていた。そりゃ美しい風景だったし、僕らはすぐに雪合戦とか、とにかくそういう他愛のない遊びを始めた。子どもっぽいといえば子どもっぽいんだけどさ、でもすごく愉しかったね。
僕にはデートの相手みたいなのはいなかったから、マル・ブロッサードっていうレスリング部に入ってる友だちと一緒に、バスに乗ってエイジャーズタウンに行って、ハンバーガーを食べて、それからまあしょうもない映画でも見ようか、ということになった。
(中略)
ブロッサードとアックリーはそのときかかっていた映画をもう前に見ていた。だから僕らハンバーガーをふたつばかり食べ、ピンボール・マシーンでちょいと遊んで、それからまたバスでペンシーに戻ってきた。

いつもなら僕は列車に乗るのが好きなんだ。とくに夜行がいい。照明がともって、窓は真っ暗で、売り子がコーヒーやらサンドイッチやら雑誌やらを持って通路をやってくる。普段はハム・サンドイッチをひとつと、雑誌を4冊くらい買う。夜行列車に乗っているとさ、雑誌に載っている愚かしい小説でも、まあなんとか食べたものをもどしたりせずに読めるんだ。

鞄を駅のロッカーに預けたあと、僕は小さなサンドイッチ・バーに行って朝ご飯を食べた。僕にしてはたっぷりとした朝食だったね。オレンジ・ジュース、ベーコン・エッグズ、トーストとコーヒー。普段だと朝はオレンジ・ジュースを飲むくらいなんだ。僕はなにしろ少食だから。ほんとにそうなんだよ。だからほら、こんなにやせてるってわけ。澱粉とかそういうものをしっかりと食べて、体重をつけろって言われてるんだけど、ぜんぜんやってないんだ。外で何か食べるときには、だいたいスイス・チーズのサンドイッチを食べて、麦芽乳を飲む。量的にはたいした食事じゃないけど、麦芽乳にはたくさんのビタミンが含まれている。H・V・コールフィールド。つまりホールデン・ビタミン・コールフィールドってえわけさ。
僕が卵を食べていると、スーツケースを提げた2人の尼さんが店に入ってきて、カウンターのとなりの席に座った。
(中略)
2人は朝食にトーストとコーヒーしかとっていなかった。おかげで比較的落ち込んじゃったね。自分がベーコン・エッグズなんかを食べているときに、ほかの誰かがトーストとコーヒーだけだったりすると、なんかいやな気がするんだよ。

スケート場を出ると、お腹がいくらか減ってきたので、ドラッグストアに入ってスイス・チーズのサンドイッチと麦芽乳を注文した。

「いいわ。もうお休みなさい。夕ご飯はどうだった?」
「さいてー」とフィービーは言った。
「そういう言葉は使わないようにってお父さんに言われたはずよ。いったい何が最低だったのかしら? おいしいラムチョップだったはずよ。なにしろレキシントン・アベニューじゅう歩きまわって―――」
「ラムチョップはよかったの。ただシャーリーンったら、何かをお給仕するたびにわたしに息を吐きかけるんだよ。お料理すべてに息を吐きかけるの。なにしろもう、何もかもに息を吐きかけちゃうわけ」

「コーヒーができましたよ。やっとね」とミセス・アントリーニが言った。コーヒーとケーキみたいなものを載っけたトレイを持ってきて彼女はやってきた。
(中略)
僕はコーヒーをちょっと飲んで、何かのケーキを半分ばかり食べたんだけど、これがまた石みたいに固いんだよ。でもミスタ・アントリーニが口にしたのはハイボールのおかわりだった。この人はまた、ハイボールをとびっきり濃くつくるんだよ。見るからに。気をつけないと、そのうちにアルコール中毒になっちまうんじゃないかな。

だから目についたいかにも安そうな食堂に入り、ドーナッツとコーヒーを注文した。でもドーナッツには手をつけなかった。とても喉を通りそうになかったからだ。つまりね、何かでも気持ちがくよくよしているときには、ものをうまく呑みこんだりできないものなんだよ。でもウェイターは優しい人だった。ドーナッツをひっこめて、勘定にはつけないでおいてくれた。僕はコーヒーだけを飲み、それから店を出てフィフス・アベニューに向かって歩き始めた。

J. D. サリンジャー 村上春樹訳『キャッチャー・イン・ザ・ライ』より