たべもののある風景

本の中で食事するひとびとのメモ帳2代目

富士日記(33)アポロが月に行った日

「アポロが月の15粁近くまで行っているといって、テレビでは大騒ぎしていた」

朝 ごはん、さつま汁、卵焼、大根おろし、しらす。
昼 ふかしじゃがいも、スープ、きゅうりといかの三杯酢、紅茶。
(中略)
私の背より少し高い山椒の木には、ニスをかけたようにツヤツヤした臙脂色の芽が出たばかりで、摘むとあたりに匂いが漂いはじめた。少し摘んでから、2、3枚口に入れて噛む。管理所の人は、摘まないで見ていた。
摘んだばかりの芽を味噌に入れて、きゅうりにつけて、大急ぎで食べた。主人は「おいしい。口がさっぱりする。頭がはっきりする」と言った。
(中略)
夜 ごはん、鯛の潮汁(冷凍の鯛でやってみたら生ま臭くて失敗)、油揚げのつけ焼、ひじきと大豆の煮たの、しらすと大根おろし、木の芽の佃煮(とってきた山椒)。
木の芽の佃煮を沢山食べすぎて、舌がしびれて厚ぼったくなった。食後にフルーツみつ豆を食べても、何にも味がない。

S農園で。月見そば(私)100円、とろろめし(泰淳)150円。
(中略)
帰りがけ、タバコの袋に椎茸を5、6個入れ「今夜の分だけ」と車の窓ごしに、おじさんはくれた。
そばを食べているとき、店の隅に椎茸のついた木がたてかけてあった。くっついている椎茸は日に当って乾いて硬くなっている。
(中略)
わらび採りらしい。S農園のおばさんも、「山はもうわらびが出たでしょう」と訊いていた。
そらまめを茹でて食べる。私と主人の話声を聞きつけて、リスがやって来る。
(中略)
夜 ごはん、むろあじ干物、大根おろし、がんもどきの煮たの、わかめの茶碗蒸。

佃煮類、やきのり、シューマイ、ぶどう酒(頂きもの)、夏みかん(文春の高橋さんが下さった。郷里から送ってきたからといって)、新聞、富士山の資料(高瀬さんが毎日新聞記事をコピーして下さったもの)、パンの古いの(リスにやる)などを積む。
(中略)
昼 ごはん、金目鯛煮付、しらす、大根おろし、小松菜油炒め、夏みかん。
(中略)
夜 新じゃがをふかす。シューマイ、野菜スープ、夏みかんゼリー。
高橋さんが届けて下さった夏みかんは、爪をたてると香りが食堂に一杯になる。もぎたてのようなおいしさだ。

棚の上から、箱に入っているウイスキーの封をきって出して下さる。私に、もなかも出して下さる。
(中略)
おつまみのさきいかやのしいかの袋が、きちんと真直ぐに重ねられて入っていた。

夜 ごはん、牛肉すきやき風、佃煮。
今日は、アポロが月の15粁近くまで行っているといって、テレビでは大騒ぎしていた。

5月24日(土)晴ときどき曇
朝 チーズトースト、野菜スープ、トマトと玉ねぎとわかめのサラダ。
(中略)
昼 おかゆ、のり佃煮、梅ぼし、おかか、卵(半熟)、バター。
(中略)
夜 桜めし、オムレツ、わかめとねぎのぬた、豆腐汁。

昼 チーズトースト、クリームスープ(とり)、夏みかん。
6時過ぎても、陽は西からたっぷりと射しこむ。テラスや食堂に向って手を差しのべ、おおいかぶさるような木の枝や草の、西陽に染った黄緑の色。私たちは緑の箱の中で食べたり飲んだりしている。

武田百合子著『富士日記』より