たべもののある風景

本の中で食事するひとびとのメモ帳2代目

富士日記(39)からみもち

人前で妻を怒鳴りつける男、サイテー。今でもたまに見るけど黙って見なかったふりをしてた前と違って介入するようになった。

9月11日(木)晴
陽があたれば暑い。
ハエナックスという薬は猛毒らしいが、あまり蝿がとまってくれない。
朝 ごはん、牛肉すきやき。
昼 ごはん、おから、しらす、大根おろし、いんげんとじゃがいも味噌汁。
3時ごろ、「群像」の中島さんみえる。えびすめのお土産を頂く。
木須肉、ひだら、ウインナーソーセージなどでビール。
(中略)
帰ってきて、しらす入りの海苔にぎり、熱いほうじ茶を入れて食べる。

お茶を入れてきた若嫁さんは、菓子鉢のウエハースを箸で2枚ずつとって掌にのせてくれる。大岡さんは胃がもたれるから結構だと断わる。私は食べてしまった。全部の客の掌にのせ終ってから、当主であるおとうさんの掌に2枚のせ、自分の旦那さんにも箸で2枚とって渡そうとすると、織り方の説明を手ぶりで説明していた息子は、ジロリと若嫁さんを見やって、「おい。いまのこのとき、俺が何してるか判ってるんか」と、厳かにいってウエハースをうけとろうとしない。若嫁さんは私たちの手前、恥ずかしそうにノロノロとウエハースを菓子鉢に戻して、自分は食べないでウエハースの方を見てうつむいていた。
当主の奥さんが、ラッキョウを小鉢に入れてフォークを3本つけて出してくれる。何となくラッキョウが丁度食べたかったので、私はすぐ食べる。大岡さんもラッキョウはお好きならしくて、食べる。
(中略)
帰り、サニーデという湖畔のドライブインに寄った。ビールを飲み、カレーライス(主人)、サンドイッチ(私)、わかさぎフライ(大岡さん)、コーヒー(大岡夫人)をとった。
(中略)
大岡さんはメニューをよくよく見て、一番長くかかって選び、わかさぎのフライを注文した。皆の注文したものがきたあとも、大岡さんのはなかなかこなかった。やっとわかさぎフライが出てきて口にいれると、「まずいなあ」と、憤慨された。
A家でもらった、きゅうり、みょうが、とうもろこしを、サニーデの駐車場で分けた。

昼 ごはん、すきやき(昨夜、東京でした残りをもってきた)。
夜 からみもちを作る(隣りにあじの干物をあげたら、大根の掘りたてをくれた)。その大根で大根おろしを盛大につくる。にんじんの葉とにんじんのごま和え。
昼前、一時、また断水。管理所に卵とお茶とマヨネーズを買いにきていた2人の工事人夫風の男。
(中略)
隣りのおじいさんは、キャベツ、大根、にんじん、いんげんを持ってきてくれる。キャベツは2個。こっちのキャベツを先に食べて、こっちは新聞紙にくるんでおいて、と教えてくれる。夕方、また来る。雨が降り出した中を小丼に入れたお惣菜をもってきてくれる。グレープフルーツの包紙をちゃんととっておいたらしく、うす黄色い薄紙が小丼にかぶせてある。小丼の中には、にんじんの葉とにんじんを細かく刻んで、ごま和えにしたもの。畑のものばかりで考えて作ってみたが、食べてみたら案外いけるから、という。ここの畑は火山灰が多いから、にんじんも大きいのは出来ないが、小さいから却って味が甘くコクがある、と言う。にんじんは体にいいから先生にも食べさせろ、と言う。
夜、大切に食べた。にんじんの葉の料理ははじめてだ。料理屋で出してもおかしくない味だった。
河口終点ゲート700円。談合坂食堂で、カレーライス150円、ミックスサンド250円。

9月23日(火)くもりのち雨
朝 ごはん、炒り卵、えぼだい煮付、佃煮。
昼 青豆スープ、パン、紅茶、果物ゼリー。
今日は彼岸のお中日。テレビでは中尊寺の彼岸法会を中継した。今東光さんがお経を読んだ。
午前中、青豆を煮こんでスープを作ったら、あまりおいしくなかった。
(中略)
夜 ごはん、木須肉、ふろふき大根、佃煮。
(中略)
車を運転してきた村松さんの友人も一緒にビール、木須肉、鴨肉などで、10時少し過ぎまで歓談。
(中略)
村松さんの友人はアメリカから帰ってきたばかりの人で、グレープフルーツというのはどんな風にして生っているのかを話した。グレープフルーツは向うでは大へん安いもので、学生などでもむしゃむしゃ食べられるのだそうである。

9月24日(水)一日中小雨
朝 青豆スープ、鴨肉煮込、ごはん。
昼 ホットケーキ、お好み焼をそれぞれ1枚ずつ食べる。野菜スープ。
夜 コンビーフ茶漬、しらあえ。
(中略)
隣りのおじいさんに、団子とどらやきを半分分ける。

大岡さんに、ブリ、鮭、タラコなど届ける。ヒデちゃんとデデが出てくる。
朝 パン、クリームスープ、ハンバーグステーキ。
昼 ごはん、ぶり照り焼、大根おろし、とろろこぶのおつゆ。
(中略)
管理所で。牛乳3本90円、卵100円、タバコ1250円。あけびが沢山おいてあるので貰ってくる。
◯今年は、山のものの生り年で、どうしてだかキノコもあけびもどっさり出来ている。あけびはゴルフ場の向うのヤブに入ると、いくらでもある–––と管理所の人の話。

9月29日(月)晴のち曇、夜に小雨
朝 ごはん、オイルサーデン、スープ、わさび漬、玉ねぎサラダ。
(中略)
昼 桜めし、あじ干物、茄子中華炒め。
夜 お好み焼、スープ(とり)、でびらがれい、ぶどうサラダ。

9月30日(火)くもり
朝 ごはん、中華風オムレツ、スープ、佃煮、ひじきの煮たの。
(中略)
昼 ラーメン(主人)、牛乳(私)。
午後、マフラーを仕上げていると、大岡夫人、一昨日の魚の代金とさつまあげとなまりとべったら漬を持ってこられる。
(中略)
ゴルフ場のわきのヤブ(管理所の人に教わった)にあけびを採りに行く。主人も一緒に出かける。地面に食べたあとの皮が落ちている。藤色の実。熟れすぎて赤紫色になってパックリと口を開け、中味の肉を落してしまっている実。3個ばかり食べる。冷たくて甘い。主人は首を振って食べない。私を気味わるそうに見ている。
大岡家に寄り、あけびを半分分ける。ヒデちゃんは、「どの辺に生ってますか」としきりに訊く。教える。
夜 からみもちを作る。大根おろし、黄な粉。私はそのあと、さつまあげ大2枚を食べ、干だらを食べ、りんごを食べる。主人は牛乳に蜂蜜を沢山入れて温めて飲む。
2日に毎日出版文化賞の銓衡委員会があるので、明朝帰京する。
夜8時ごろより、音をたてて雨が降ってくる。
干だらを食べたので水ばかり飲む。

武田百合子著『富士日記』より