たべもののある風景

本の中で食事するひとびとのメモ帳2代目

富士日記(41)「カフエーのようですね」

写真に残っている武田荘の色硝子は本当に素敵だ。「戸祭さん」の「カフエーのようですね」というコメントも実にイメージがふくらむではないか。作業に来た大工さんと家の中で夕食をともにしているのもいいですね(そうするしかないとはいえ)。

11月7日(金)くもり
朝 パン、牛乳、ハム、キャベツ塩もみ。
昼 ごはん、オムレツ。
夜 ごはん、あじ干物、コンビーフキャベツ。
(中略)
出がけ、垣根越しに隣りのおじいさんに招ばれ、庭先でお団子とお茶を御馳走になる。
午後、管理所に、あじの干物をもって行く。

石川で天ぷらそば2つ140円。天ぷらそばを食べながら折詰めの弁当を食べている4、5人の男たちがいた。
(中略)
スポーツカーで来た外国人、男1人女2人の組が、芝生に布を拡げてその上に脚を投げ出し、紙の皿をくばり、コンビーフ、ポークビーンズ、パンを素早くとり分けて、大声で笑ったり、外国語でしゃべったり、写真を撮り合ったりしている。その人たちの飲んだり食ったりする速度は猛々しくて素晴らしい食欲だ。
西陽がゆったりとあたっているわが家へ着く。
早めの夜ごはん、パン、チーズ、牛乳、スープ、りんご。

紅茶をのんでからすぐ、作ってきた木枠をはめて寸法をみながら仕事をはじめる。昼ごろまで木枠の寸法直し。
昼 ハンバーグステーキ、大根味噌汁、サラダ、りんご(大工さんたちは赤飯のおにぎりを持ってきた)。
(中略)
全部、色硝子をはめ終ったとき、西の空が晴れてきて、落ちる寸前の陽が急に射しはじめた。食堂には、赤、緑、黄、コバルトなどの光が、壁や暖炉や食卓や人の顔や手足にさしてくる。主人は喜ぶ。主人が子供のように喜ぶので、高橋さんも喜ぶ。戸祭さん(大工さんの一人)は、にこにこしながら「カフエーのようですね」と言う。大工さんは建てつけのわるくなった食堂の硝子戸の戸車も入れ直してくれる。
夜 ごはん、かにたま、とろろ昆布とみつばの清し汁、あじの干物、きんぴらごぼう。
大工さんたちと一緒に食べる。
内金3万円を渡す。
(中略)
気のせいかしら。天窓が二重硝子になったせいか、夜になっても寒くない。
いつまでも主人は起きていて、何度も庭に出ていっては、食堂の色硝子から洩れる灯りを眺めている。
「大岡に早く見せたい。大岡が見たら『俺んとこもいれたい。いくらした?』ってきくぞ」

隣りからバナナとにんじんと大根をもらう。
昼 パン、スープ、ハンバーグステーキ、サラダ。
(中略)
夜 塩鮭茶漬(主人)、牛乳とのりまき餅(百合子)。
御飯が終ったころ、隣りのおばあさんがシメサバを持ってきてくれる。それをまた別に食べる。おいしい。隣りのおじいさんとおばあさんは、自分が作ったものを自分が勝手に持ってくることになっているらしい。おじいさんは畑の大根とかにんじんとか、自分の作ってみた佃煮風の食べものを。おばあさんは自分の作ったシメサバとかおすしを。それは勝手にやっているらしいから、1日に3度位たて続けに色々と貰ってしまうこともある。

夜 卵入りおじや、だてまき、煮豆、トンカツ(主人だけ)。
夕飯を終えたころ、薬の眠気さめる。

11月21日(金)晴
私が眠っているうちに、隣りのおじいさんが、ひじきの煮たのと、パセリと、あかめいも2個と、菊の花一束を持ってきてくれた。ひじきは「これは私がいたずらしたもの。ばあちゃんが作ったのではない」と、主人にわざわざ説明していったとのこと。
(中略)
おかみさんは白菜漬と鳴沢菜の漬物を少しずつくれる。主人がはんぺんをくれといって厚味焼を指すと「はんぺんならここにある」といって、さつまあげを掴んでみせる。このへんでは、はんぺんとは、さつまあげのことをいうらしい。
昼 トースト、スープ、ハンバーグステーキ。
夜 ごはん、しらす、大根おろし、ひらめのでんぶ、あかめいもふくめ煮、白菜漬物、味噌汁。
今日本栖湖で、1台のライトバンが勢いよく浜に乗り入れてきて停った。「ここがいいや」と叫んで、若い衆が助手席からとび降りて岩に駈け上った。湖に向って腰を下ろし、風呂敷包をもどかしげに手早くひらいて平たい四角い弁当箱の蓋をあけた。漆喰のようにぺったりぎっしり詰まった白い御飯の上に、細切り昆布の佃煮がのっている。魚の缶詰らしいのをくるくるとあけて岩の上に置き、それをつついては昆布のかかった弁当の御飯を食べていた。弁当箱を本を読むような角度に斜めにかしげて食べているので、私からよく見えるのである。首を振るって噛みしめながら、湖水の遠くを眺めている。そのおいそうなこと!!

11月22日(土)くもり時々霧雨
朝 ごはん、玉ねぎと納豆と卵入りの味噌汁、ひらめのでんぶ、のり、大根おろし、白菜漬物。
南アルプスには、また新しい雪が積った。
(中略)
昼 お好み焼、スープ、のりまき餅。
(中略)
夜 味噌入り雑炊、白菜漬と桜海老の炒めもの。

談合坂で、カレーライス(主人)150円、チキンライス(百合子)150円、みかん1袋200円。
(中略)
隣りにざるを返しがてら、ちくわ、塩鮭、にしん粕漬をお土産にあげる。
(中略)
夜 味噌入り雑炊、卵焼、しらす、大根おろし、佃煮。

武田百合子著『富士日記』より