たべもののある風景

本の中で食事するひとびとのメモ帳2代目

富士日記(43)駅弁

「駅弁の魚のフライというのは。しんみりとした味がする」とのこと。昔、まだ500mlペットボトルがなく(あの規制は続けるべきでしたね)、お茶がコップ・持ち手付き容器で販売されていた頃の駅弁は泣きたくなるほどまずかった。俵型ご飯がべったりくっいていてさ...。SNSで最近のを見ると、食べてみたいのがたくさんあります。

夜の下りの新幹線は、問題も多かったけどやっぱり楽しかったものですが、もう「出張帰りウィ~」みたいなのは戻ってこないかもしれませんね。

4月30日 晴時々曇、午後俄か雨
朝 ごはん、かにたま、味噌汁。
朝食が終ってから「今日は眠い」といって主人、仕事部屋のふとんの中に入って眠ってしまう。
昼 お好み焼、とりのスープ、野菜五目炒め。
(中略)
隣りのおばあさんが「T先生が東京から鯛を持ってきたので作った」といって、お刺身を一人前もってきてくれる。
夜 湯豆腐、鯛の刺身、ひじきの煮たの。

パンと牛乳で私は遅い昼食。

夜 ごはん、東坡肉、白菜とアスパラガスとカリフラワーとにんじんなどのスープ煮。
主人の下痢とまり、すっかり元気になる。一日中眠ってタバコ、ビールを飲まないでいた。東坡肉はおいしいという。スープ煮もおいしいという。

5月14日(木)うすぐもり
前8時半、東京を出る。朝食(主人だけ) ごはん、豚汁、大根おろし、生鮭照り焼ですませてから。私は牛乳を飲んでから。
若葉の中央道。大月から先のれんげの咲き続く田。ちらちらするほどの眠気のまま山へ着く。
昼 シューマイ弁当(私)、ふかしパン(主人)、野菜スープ。
庭の桜はほとんど散って、赤い萼だけが残っている。
夜 おでん、桜めし(主人)。

夜 鰻蒲焼(主人。東京から買ってきた)、ごはん、たらの芽のごま和え(隣りのおじいさんに頂く)、豆腐のおつゆ。

談合坂で。へそまん200円、幕の内弁当200円、シューマイ200円。
土砂降りの談合坂駐車場には人影もない。とめた車の中で、私は幕の内を食べてしまう。おいしい、駅弁の魚のフライというのは。しんみりとした味がする。主人は作ってきたサンドイッチで罐ビールを飲む。
(中略)
昼 ごはん、小鯛煮付(にんにくとしょうがを入れて甘辛く、しこしこに煮たら、これが中華料理のようでおいしい)、海苔、たけのことわかめの味噌汁。
隣りの植木屋が、根つきの山椒をひきずって下りて来る。「葉を摘まないか」と言う。隣りの庭に植えこむので(そういうときは葉をとってしまって植えるらしい)勿体ないから、摘みたければ摘んでいいという。もう一人の植木屋が垣根の向うから「手袋して摘むように言わにゃ」と、うちへきている植木屋に指図している。手袋をしてザルに2杯摘む。しばらくすると又やってきて「もっと欲しいかね」と言う。もう欲しくないので「これだけあれば2人だから十分だ」と言うと「煮ればぐっと少しになるだ。もっといるならとってきてやる」と言う。黙っていると「明日、山椒のあるところに案内してやる。一緒に摘みに行くかね」と言う。「そうする」と言うと、また垣根の向うにもう一人の植木屋は待っていて「行くといってるかね」と、うちにきている植木屋にきいている。
3時まで昼寝。
夜 シューマイ、ごはん、山椒佃煮、キャベツ炒め。

朝 ごはん、新じゃがと玉ねぎ入りオムレツ、のり、山椒佃煮、豆腐味噌汁。
(中略)
昼 パン、ウインナーソーセージ、コーンスープ、キャベツとにんじん酢油漬。
夜 ごはん、麻婆豆腐、小鯛煮付ののこり。
麻婆豆腐の唐辛子が少しいれすぎで、主人ひどく汗を出す。

5月28日(木)晴、風なし
朝 ごはん、中華風オムレツ、大根味噌汁、大根おろし、しらす。
昼 パン、牛乳、ソーセージ(百合子)、ごはん、はんぺん、清し汁、大根おろし(主人)。
夜 お雑煮(とり団子とみつば、粟餅)。

談合坂食堂で。カレーライス(主人)150円、三色弁当(私)350円。
この三色弁当のまずさ!! 卵の部分は無味、ひき肉の部分は味はあるが、その味がまずい!! 犬の肉ではないかしら。これをとって食べるものはバカである。三色弁当というのは、デパートの食堂で食べても、デパートの食堂の中にまた区切ってある特別お好み食堂で食べても、私が作ったのを食べても、大体のところ味はちがわないおいしいものなのに。長い間三色弁当にもっていたイメージは狂った。
「百合子は食堂に入ると、あれだこれだとながいことメニューをにらんで考えたり、見本をみて悩んだりする。それがいけないんだな。出てきたものがまずいとソンしたソンしたと嘆く。俺なんぞ見ろ。カレーライスはどこのだって大体同じ味だぞ。何度も同じ失敗してこりないんだからな。そのたんびに騒いでいる。悪い癖だぞ」。私は叱られる。私は想像力が豊かではないんだ。
(中略)
昼 ごはん、ハンバーグステーキ、サラダ、スープ。
夜 ラーメン(ラーメンの上には野沢菜と豚肉の千切りをいためて醤油味にしたのをのせる)。

6月5日(金)くもり
四十雀、あかはら、かっこう、うぐいす、いりまじって朝暗いうちから啼く。
朝 ごはん、じゃがいもとわかめ味噌汁、オムレツ。
昼 黒パン、カレースープ、チーズ。
(中略)
待っている間に、おかみさんはりんご何とかというジュースのようなものをコップについでくれた。
河口湖駅で新聞を買う。
S農園で山芋を買う。おかみさんは「菜っ葉もっていって漬物にするかね。ちっと抜いてやるか」と、裏へ行って菜っ葉をぬいてきて新聞紙にくるんでくれる。
(中略)
夜 おかゆ、塩鮭、バター、かつぶし、あみ佃煮、さつまいもをから揚げする。
夜になると寒くなった。電気ストーブをつける。

武田百合子著『富士日記』より