たべもののある風景

本の中で食事するひとびとのメモ帳2代目

富士日記(57)ついに完結

中断を経た終盤はやや毛色が変わって夫氏のセリフの書き取りが増え、初めから読んできた読者にとっては『エースをねらえ』11巻以降のような寂しさがある。

この「おいしいと言う」の連打が「あめゆじゅとてちてけんじゃ」っぽい。

9月14日
裏の氷川様の祭礼。今日と明日。今年は陰まつりだからお神輿は出ず、盆踊りと夜店が出るだけ。主人「お祭りだから、皆でうなぎとって食べよう。花子も百合子も食べろ」と提案し、異議を申し立てられないように、先に怖い眼をして私をみる。どさくさに紛れてうなぎを食べてしまおうとしている。「とうちゃんのお父さんも伯父さんも、うなぎを食べたあと、ころっと死んじゃったんでしょう。毒のものはおいしいねえ。白米も毒だからおいしいねえ」と言いながら、主人の分も少しとって食べる。やっぱりうなぎはおいしい。東京のうなぎはおいしい。花子はゆかたを着て、盆踊りに行く。

9月15日
今日も一日中、階下にいて、テレビをみたり、天どんを食べたいといったりしている。

昼 柔かい御飯一ぜん、牛肉うす切り一切れバター焼、トマトときゅうりといんげん少しずつ。
夕 りんご半分、バナナ半分、ぶどう5粒、ベルのケーキ1個。とてもおいしいという。

9月18日 快晴 夏のよう
裏の林でセミがまだ鳴く。夜は虫の声で一杯。
朝10時頃 白米ごはん軽く一ぜん、牛肉うす切り1枚、しらたき、やき豆腐、白菜、ねぎ、それぞれ少しずつのすきやきをする。トマトときゅうり少々。
おいしいと言う。すきやきが一番食べ易いと言う。ずーっとすきやきがいいと言う。
麦茶を冷やして水呑みでのむ。麦茶がおいしいと言う。
(中略)
夜 冷たいすいみつ桃1個、カステラ。
何をしていても胸が一杯だ。

紀ノ国屋へ行って、かます4枚、かれい1枚、牛肉少々買う。
朝食昼食兼ねて かます1枚、おかゆ1杯、糠漬、大根ときゅうりと大根の葉の刻んだの。
床の上に起きて食べると言う。糠漬がおいしいと言う。
(中略)
夜、そばがきが食べたいと言って、つくると少し食べる。
よく眠る。

朝食 おかゆ、かれい煮付、糠漬の刻んだの、かつおぶし、はんぺんのおすまし。
ねたまま食べる。はんぺんがおいしいといいお代りする。
(中略)
夕方 白桃のかんづめ半分切り1個。
食べてから「桃ばかりでなく、いろんな果物の入っているのがいい」と言う。花子すぐ明治屋に買いに行く。
(中略)
病院にはおいしい食堂もついてて、チーズトーストなんかおいしいから、私はそれを食べて遊んで暮すよ」などと言うと、黙ってきいている。臼井吉見先生から毎年頂く「すや」の栗のお菓子が昨日着いたので、見せる。「食べる?」ときくと、「いまはいい。二人で食べろ」と言う。花子と私と一杯食べる。隣りにもおわけした。

9月21日(火) くもり
朝9時半 おかゆ一ぜん、かます干物一枚、キャベツ糠漬、かつぶし、清し汁はかつおだし、半ぺん半分の実。
今日も清し汁の半ぺんをおいしがって食べる。今日はねたきりで口の中へ養う。食べ方がうまくなった。
(中略)
おすしをとって隣りの部屋に行って三人で食べていると、すしが食べたいという。自分たちばかり食べていて、と怒る。大急ぎで一人前またとって見せると納得して、そのうちから、かっぱ巻き一つといかを醤油をたっぷりつけて、口に入れてなめる。ついに二つ食べてしまう。すると大へん御機嫌となり、また四人で話す。そのうち、かんビールくれというので皆唖然とする。「今日は誰も飲んでいないよ。よくなったら飲もう」と竹内さんがいうと、湯呑みにビールいれて三人だけ飲んでいるという。「かんビールをポンとぬいてスッとのむ」と、手つきをして繰り返してねだる。「かんビールをポンとぬいてスッとのむ。簡単なことでしょう。かんビールくれ」と言う。私が「ダメ」と言うと、「いつのまにか権力者のような顔しやがって」とにらみつけ、埴谷さんたちに向って「この女は危険ということを知らないんだから。前へ前へ暴走するんだ。俺はずーっと心配で」などと言う。

武田百合子著『富士日記』より