たべもののある風景

本の中で食事するひとびとのメモ帳2代目

『燕は戻ってこない』から

『東京島』(何も覚えてない)以来、10年ぶりに手に取った桐野夏生。最近の作品は、冒頭の5ページで無理になったりしたのだが、今回本作を読むことができて、ずっと書き続けてくださってありがとう、という気持ち。面白かった。終わりもすごくよかった。
私も「りりこ」と同じ理由で代理母システム反対。リキがもらった手当ての金額を見るたび、エルトン・ジョンカップルは代理母に3万ユーロ以下しか払わなかったらしいという話を思い出していた。
庶民の食べ物の書き込みも細かくてナイス。『OUT』のコンビニ弁当の描写を思いだした。コンビニに行ったら「おにぎり1個にカップ麺」てまさに私の学生時代のディナー。桐野さんよくご存じで。
ところどころ、コンビニの「握り飯」となっているのが面白い。うちの父親の言い方。「握り飯」ってコンビニっぽくないというか竹の皮に包まれてそうではないですか。
日本のコンビニ、もう3年以上行ってないけど、進化してるんだろうな。シュークリームとみかん入りの牛乳寒天買いたーい。

リキは、小皿に垂らした醤油に茹で卵を浸した。子供の頃から、茹で卵は塩ではなく、醤油を付けて食べるのが好きだ。だから、遠足の時は塩しか持たされないので、ちょっと嫌だった。そんな話をしたら、東京に来て初めて付き合った男が、すごく馬鹿にしたような顔をした。
「田舎の人だねえ。醤油が好きなんだ」

同じ派遣でも、東京に実家がある女はスタバでコーヒーを買えるけど、リキはセブン-イレブンのコーヒーも買えない。しかも、来年は雇い止めになるはずだから、また仕事を探さなくてはならない。腹の底から、金と安心が欲しい。
リキはコンビニの袋から、仕事帰りに買ったタラコおにぎりを取り出した。コンビニは高いから買わないことにしているのに、「おにぎり百円セール」とあったので、空腹に負けて、明日の朝の分まで、つい買ってしまった。
タラコの小さな粒を前歯でぷちぷちと噛む。

茹で卵とタラコおにぎり、キャベツの味噌汁を食べ終わったリキは、ブックマークしてあったエッグドナー募集サイトを開いた。

昼休みは、それぞれ自作の弁当を休憩室で食べる。弁当と言ったって、おにぎりと茹で卵(リキはほとんど毎日茹で卵を持ってきて、休憩室に備え付けの醤油をかけて食べる)や、白飯とウィンナー炒めとか、そんな程度の簡単な代物だ。だが、テルの弁当はすごい。キャベツだの竹輪だのトンカツの残りだの、残り物をすべてフライパンに入れて炒めた、わけのわからないおかずを持ってきたりする。リキは最初、粗末な弁当の蓋を開けるのが恥ずかしかったけど、テルの弁当があまりにすごいので、平気になった。
病院の隣にはセブン-イレブンがあるが、セブンで毎日買っていたら金が続かない。だけど、この日はかねてから、セブンで何か買ってイートインで食べようよ、とテルと約束していたから、財布を持って外に出た。こんな楽しみもたまにないと、心が折れてしまう。
リキはレタスサラダが食べたかったが、高いので我慢した。だから、いつも、おにぎり1個にカップ麺とか、サンドイッチと菓子パンとか、炭水化物祭りになる。それでも300円はかかるので勿体なく感じる。甘党のテルはシュークリームを奮発して、乱杭歯を剥き出しにして、へへへと喜んでいる。

帰りに、受付で「お車代」と書いた封筒をもらったのだが、開けてみたら千円札が2枚入っていたのだ。それで、カルビ弁当とカップ味噌汁、デザートにみかん入りの牛乳寒天まで買ってしまった。

「早かったじゃん」
カップに湯を注いでいたテルが振り向いて手を振った。スプーンで手早くかき回しているのを見ると、インスタントスープらしい。
「うん、何とか間に合ったよ」
リキは電子レンジに弁当を入れて目盛りを合わせた。

テルの昼食は、コンビニのおにぎり2個と、ポタージュスープだ。

千味子は、部屋の隅にある小さなキッチンに行き、ガスに火を点けた。紅茶を淹れてくれるつもりらしい。
「基、今日、お昼どうする?」
キッチンシンクにもたれて、こちらを振り向いた。
「たまには、蕎麦でも取ろうか」
「そうしようか」
2人はほとんど毎日、一緒に昼食を食べる。店屋物を取ることもあるが、3階の千味子の住まいで、何か食べさせてもらったりすることがほとんどだった。

「これ、開けていい?」
菓子の箱を持ち上げて見せると、りりこが頷いた。
箱を開けると、大きなシュークリームがふたつ入っていた。銀座ウエストのだという。
「この世で、このシュークリームが一番美味しいと思うんだ」
「銀座まで行ったの?」
「うん、行った」
「たった2個のために?」
「当たり前」
(中略)
だが、悠子は「うん、元気だよ」と答えて、シナモンティーのティーバッグをポットにふたつ入れた。少し糖分があるので、手がべたついた。

基は、ニースのバレエ団に2年以上いたことがある。その時は、アパートで自炊していたらしい。だから、フレンチが得意だ。結局、今夜も基が料理を作って、白ワインの栓を開けることになった。基は糖質制限をしているから、作る料理は野菜と動物性蛋白質がメインで、炭水化物の類は一切ない。
「たまには、パスタとか食べたいね」
悠子がワインに口を付けて言うと、基が太い首の上に載った小さな顔を横に振った。
「白い食べ物は、百害あって一利なしだ。そんなに食べたきゃ、俺のいない昼飯の時に食えばいいんだよ」
血糖値が急上昇するのを防ぐために、基は最初に野菜サラダから食べる。基は自分の作った、アボカドとグレープフルーツ、タコやエビなどが入った彩り豊かなサラダを、サーバーでかき混ぜてから、グレープフルーツをまず口に放り込んだ。酸味に顔を歪めている。その基の顔を、おこぼれを期待するマチューが、真剣な表情で見上げている。
「今日、お昼に何を食べたの?」
「長寿庵の蕎麦だよ」
「お蕎麦は糖質だよ」
「でも、茶色いから、白よりいいと思ってさ」と、気休めを言う。
基は父親を早くに喪ったせいか母親の千味子と、とても仲睦まじい。ほとんど毎日、稽古場で顔を合わせて、昼食も一緒に食べる。
(中略)
「長寿庵まで、わざわざ出かけたの?」
「いや、出前だよ」
「茶色だって白だって、糖質は糖質じゃない」
糖質を摂取したことに文句を言っているのではないと、悠子自身は気が付いている。2人して、昼食の相談をしている図が目に浮かぶのだ。
「そうだけど、俺も現役じゃないから、これくらいはいいかと思って。あんまり糖質を取らないのも偏り過ぎだろうから」
「そうね。私も今日、りりこが持ってきたシュークリーム食べたよ。こんな大きいの。甘くて美味しかった。あの子、シュークリームが好きなのよ」
基が顔を上げる。
「へえ、どこのシュークリーム?」
「銀座ウエストだって」
「昭和だね。シュークリームだったら、恵比寿のウェスティンデリが一番美味しいんだそうだ。予約しないとなかなか手に入らないんだって。今度、りりこさんに教えてあげたら?」

テルがプラ容器の蓋を不器用な手付きで開けた。今日は自作の弁当らしいが、大量の赤いケチャップのようなものが見える。
「それ何?」
「茹で卵や野菜」
小ぶりの茹で卵がふたつと、冷凍ものらしいインゲンが数本、ケチャップの海に埋もれていた。
「ケチャップ多くない?」
「ケチャップ好きなんだ。私の唯一の贅沢だよ」
「それは知ってるけど、それにしても多くない?」
「中身が足りないから仕方ないよ。オニ貧乏だもん」
(中略)
テルは、見たことのないラベルのカップ麺にポットの湯を注ぎながら、困った顔をした。
(中略)
リキは、昨夜の残り物を詰めた弁当の蓋を開けた。豚コマとキャベツの炒め物と飯だ。飯の上でふやけた、のりたまふりかけを見たテルが、一瞬羨ましそうな顔をした。
(中略)
テルが、ケチャップに染まった茹で卵を齧りながら呟いた。つるりと転がりそうな卵を器用に割り箸で押さえ、黄身の部分に注意深くケチャップをなすり付けている。卵とインゲンを食べてしまうと、大事そうにプラ容器に蓋をした。残ったケチャップを、また使うのだろう。

休憩室に行こうとして、弁当の入った紙袋を駐輪場の前に置き忘れてきたことに気が付いた。銀チャリを取り除く時に、紙袋を下に置いたことを思い出す。
中身は握り飯ふたつと茹で卵、もやしとキュウリの和え物、という貧相な内容だけれど、今朝は奮発して握り飯の中に鮭を入れたので、ショックは大きかった。プラ容器に入れてあるが、今頃は野良猫の餌になっているに違いない。
やむを得ず、リキは病院の隣にあるセブン-イレブンで、握り飯とカップ麺を買った。

夕方、ミヨシマートに寄って、総菜売り場で半額になったトンカツとマカロニサラダを買い、おそるおそるアパートに帰った。

「このところ、調子がよくなくてね。だけど、つい2週間前はすごく元気だったんだよ。ウナギ食べたい、なんて言ってたくらいだったからね。結局、スーパーでパック買って、チンして持ってったんだ。パックだって高いんだよ」
母親は沈んだ調子ながらも、ぺらぺらとよく喋る。放っておくと、いくらでも喋りそうで、気味が悪かった。

佳子叔母をうんと垢抜けさせて、知的な眼差しにしたその人は、デザートのジェラートをひと匙口に運んでから、リキの視線を感じたのか顔を上げた。

昼休み、リキはいつものように休憩室に行き、テルと昼ご飯を食べた。リキの弁当は、昨夜コンビニで買ったおにぎりとカップ麺だ。テルは珍しく、スーパーで買ったという鶏挽肉のハンバーグ弁当だった。
「夜7時以降に買いに行くと、弁当が6割引きになってるの。いつも売り切れてるんだけど、昨日はあったからトンカツ弁当と、ハンバーグ弁当ふたつ買った。ねえねえ、ふたつで500円もしないんだよ。トンカツの方は昨日食べちゃった」
テルは嬉しそうに言って、割り箸を割った。ハンバーグは小さいけれど、シュウマイや野菜とがんもの煮物などが入っていて豪華だった。
「いいな、豪華じゃん」
「今度、リキにも買ってきてあげるよ」

毎朝6時に起床して、ストレッチをしてから、コーヒーとサラダやフルーツなど、簡単な朝食を摂る。
(中略)
日曜は2人で外食することもあるが、夕食はほとんど同じ時間に、あまり代わり映えのしないメニューを食べるのが2人とも好きだ。
今夜もそうだが、よく食卓に上るのは、イタリアンプレート風のメニューだ。野菜を茹でて彩りよく並べ、ついでに生ハムやチーズやキウイなども載せて、オリーブオイルと塩で食べる。体型維持に気を遣う基が好む適当な料理だ。いや、料理と言えるほどのものではないが、これだけでも結構、腹がくちくなる。
しかし、遅くまで仕事をして空腹だった悠子は、パスタでも足そうかと冷蔵庫を物色し始めた。冷凍エビとチーズを見つけたので、ペンネとからめようかと思案する。でも、基はパスタには手を付けないだろうから、自分が食べるためだけに、これから調理するのは、少し面倒に感じられた。

結局、悠子は、ペンネを茹でて、戻した冷凍エビとチーズで和えた料理を足した。滅多に炭水化物に手を出さない基も、腹が減ったのか半分以上食べた。
「うまいね、ペンネ。悠子の料理はセンスがいいよ」
(中略)
「あら、大石さんだって、料理上手かもしれないよ」
「まさか。北海道の田舎出身だって言ってたから、シャケやイクラの石狩鍋ばっかで、しゃれた料理なんて、食べたことないんじゃないの」

「とりあえず、生ビーでいい?」
「挨拶もなしで、いきなりくるね」
悠子は苦笑して、席に着いた。
「あとね、ラム肉の串焼きと、ラム肉のクミン炒め、ラム肉のおやき、干し豆腐の冷菜でいいかな?」
一人でメニューを見ながら、注文する料理を勝手に決めた後、りりこは初めて顔を上げた。
「悠子、ラムは大丈夫?」
「好きだよ。だけど、ラム料理多くない?」
「そうかな。このくらい食べられるよ」
(中略)
「いくら払うの?」
干し豆腐の冷菜の皿に、割り箸を突っ込みながらりりこが訊く。悠子は、答える代わりに指を1本立てた。
(中略)
悠子は香ばしいクミン炒めの肉を皿から取った。
「ハイボール飲むけど、悠子も飲む?」
「飲む」

悠子がそんなことを考えている間、りりこは頬杖を突いて、店の壁に貼られた写真付きメニューを眺めている。自家製チャーシュー、火鍋セット、豚バラ肉と白菜漬け煮、山椒辛チャーハン、りりこが唐突に言う。

しかし、その夜は久しぶりに帰ってきた娘を歓迎して、ジンギスカン鍋になった。

リキは、居酒屋のけばだった赤いカーペットを踏んで、狭い階段を2階に上がった。小さな個室に入ると、居並んだ面々よりも、まずテーブルの上の料理が目に飛び込んできた。ど真ん中の刺身を盛った大皿には、ツブ貝、マグロ、サーモン、トリワサ、タコ頭、〆サバ。その周囲に、ぎっしりと料理の皿が並んでいた。鶏の唐揚げ、メンチカツ、温玉を載せたシーザーサラダ、冷や奴、枝豆、玉ネギの丸焼き、キムチとチーズのチヂミ、そして特大ホッケの塩焼き。
「すごい、こんなに食べるの」

墓参りを済ませた後、母親が一緒にラーメンを食べようというので、街に戻って有名なラーメン店に入った。贅沢に、チャーシュー麺をふたつ頼んだ母親は、とても嬉しそうだった。
「なかなか外で食べることもしないから、今日はあんたとラーメン食べようと思って、楽しみにしてきたんだよ」
食べ終えた後、リキが料金を払おうとしたら、母親は頑として受け取らなかった。

食らい気持ちで、家に戻った。すると、ひと足先に帰っていた母親から、「これ、ダンナさんに持ってって」と、大きな紙袋を渡された。中を見ると、北見の土産物がいっぱい入っていた。カーリングのクッキーや、特産品のハッカ飴などだった。

「お土産だよ」
リキは、ハッカ飴を差し出した。他にもクッキーや和菓子があったが、ダイキは喜ばないように思った。
「え、俺にくれるの? マジ、嬉しいんだけど」
意外にも、ダイキはすごく喜んだ。
「飴、好きなの?」
「好きっていうか、人からお土産もらうと嬉しいじゃん。俺のこと考えててくれたんだな、と思って。それに、北海道なんて行ったことないからさ、ちょっとわくわくするじゃん。俺、離島の出身だからさ。北海道ってすごく遠く感じるんだよ。外国みたい」
(中略)
「それよっか、リキちゃんもウーロンハイでいい? 俺おごるから、適当に料理頼んでもいい?」
力が承知すると、ダイキは唐揚げやコロッケなど、揚げ物を中心に注文した。

「北海道に帰っていました。母からです」と、簡単なメモを付けた。鮭の形をした和菓子は、自分で食べてしまった」

千味子が鍋から白菜を取って、自分の取り鉢に入れた。白菜には春雨が数筋、纏わり付いている。春雨は基の好物だ。基は、春雨だけを箸ですくい取った。
白菜と豚肉のミルフィーユ鍋は、千味子に子供の頃からよく食べさせられた。バレエを生業とする草桶家のダイエット食である。しかし、悠子と結婚してからは食べたことがない。悠子は、鍋料理が嫌いだからだ。
そのせいか、やたらと旨く感じられて箸が進み、悠子と食事の好みが微妙に違っていたことに気付く。

りりこが、グラスに赤ワインを注いでくれた。つまみは、フランスパンとチーズだ。
(中略)
フランスパンにチーズを載せて、かぶりつこうとしていたりりこが、振り返った。

そして、土産に持参したシュークリームのカスタードクリームを、スプーンですくって口に運んだ。
「これ、うまい。悠子も食べてみなよ。ビヤンネールのだよ」
まだ気分の悪い悠子は、断った。
「まだ食べたくないから、跡で」
「じゃ、持って帰る」

食堂には、常に食べ物が用意されていて、いつでも好きな時間に、何かかにか食べることができた。冷蔵庫も勝手に開けて、中の食物を食べていいと言われている。遠慮しつつ開けてみると、缶ビールにアイスクリーム、フルーツ、そして冷凍食品に至るまで、ぎっしりと食品が詰まっているのには驚いたものだ。

リキは、納豆ご飯をかっ込むタカシの斜め前に腰掛けた。テーブルには、朝定食よろしく、卵焼き、豆腐とわかめの味噌汁に漬け物、海苔などが並んでいる。
「リキさんは何を食べるの? ご飯? トースト?」
杉本が炊飯ジャーの蓋を開けながら訊いた。
「今日はご飯にします」
「遠慮しないで、トーストでもいいのよ」
すでにしゃもじを手にした杉本が言うので、遠慮せざるを得ない。
「してないです」
応えながら、何と贅沢な環境に身を置いているのだろうと、リキは感激するのだった。食客とはよく言ったもので、三食すべて賄い付きである。りりこの仕事も思ったよりも面白く、楽しかったから、文句など、まったく生まれようがないのだった。
「ご飯が旨いよ。僕がもち麦を入れるように言ったからさ」
(中略)
「そうだよ。リキちゃん、納豆食べなよ。取ってやろうか」
タカシが手を伸ばして、テーブルの端から納豆パックをひとつ取って、手渡してくれた。礼を言って、納豆を受け取る。

りりこは滅多に食堂で朝食を摂らない。自分のアトリエでコーヒーを淹れ、シュークリームやモンブランなどの洋菓子を食べて済ませるのだ。

悠子はカットされたスイカの入っているバッグと、洋菓子の入っていそうな小さな箱をリキに手渡した。
「スイカは大石さんに。妊娠すると、スイカが美味しいらしいじゃない。こっちはババロアだから、みんなで」
リキはインターホンで、杉本に冷茶を運んでくれるように頼んだ。りりこは早速ババロアの箱を開けている。りりこは洋菓子に目がない。

「これ、どうぞ。千寿庵のどら焼きです。有名な店ですから、美味しいと思いますよ」
基が土産の手提げ袋を差し出すと、りりこは、「どうも」と素っ気ない返事をして袋を受け取った。気のない様子に、りりこはシュークリームが好き、と悠子が言っていたことを思いだしたが、後の祭りだ。

病室に戻ってくると、シュークリームの箱を持ったりりこが待っていた。
「リキちゃん、お疲れ。これさ、なかなかないんだよ。可愛いでしょう?」
りりこが箱を開けると、スワン形のシュークリームがふたつ入っていた。

シャインマスカットを見舞いに持ってきてくれたので、常に喉が渇いているリキは喜んだ。

桐野夏生著『燕は戻ってこない』