たべもののある風景

本の中で食事するひとびとのメモ帳2代目

『山女日記』(4) マネをしたと思われないように...

名物らしいと耳にし、「マネをしたと思われないように」ソフトクリームを買いに行く主人公。
別にいいじゃんね、堂々とマネすれば。むしろマネアピールをしたい。
お店とか街中で「あなたが食べてるそれ、何?」「どこで買ったの?」って聞かれるの嬉しくない?

ハワイのチキン店にガンボをピックアップしに行ったら、レジに並んでいる人たちから「それは何?」と聞かれてなんだか得意になってしまったよ。

実際、人に聞くときも相手に喜ばれていると感じる。
ここでは日本みたいな写真入りのメニューやサンプルがあまりないので特にそういう機会が多いかも。

こないだは中華レストランで隣りの親子にテーブルの上のサラダのことを聞いたら、すごく誇らしげに「クックしたエビが入っていてグーだ」と教えてくれた。ありがたくマネして頼んだら本当にアタリだった。

ボストンのコモンを一人で歩いているとき、なんとなく人恋しくなって別に食べたくないのにチョコレートケーキを食べ歩きしているおっさんに「それどこで買ったんですか?」と聞いたこともある。おっさん、すごく得意げに答えてくれた。

これは聞かれたわけじゃないが、スシィ店で私たちが茶碗蒸しを食べているのをチラチラ見ていた隣席の人が茶碗蒸しを追加していたのも微笑ましかった。

バイト先のレストランでも、同じエリアの人たちがぞろぞろと同じものを追加注文してくると笑みを誘われる。最初にうまそうに食べたお客さんグッジョブ。

「グミ食べる?」
七花がリュックのポケットからおやつ用の巾着袋を取り出した。
「おっ、これのマンゴー味を買うとはお目が高い。なっちゃんをおやつ大臣の後継者に任命しよう」
(中略)
「山ガールのお嬢ちゃんもどうぞ」
おじさんはこちらにやってきて、七花の前に箱を差し出した。ありがとうございます、とお礼を言って七花はキャラメルを1つつまみ上げた。

息を吐くと、膝からくずれ落ちそうで、顔を上げ、ゆっくりと呼吸を整える。水を飲み、アーモンドチョコレートをふた粒食べた。それでも、足は1ミリも動かない。

こんなところでも電波は届くのか。ポケットから取り出して確認する。
夫からだ。メッセージはなく、目玉焼きの写真が1枚だけ添付されている。私がいなくても大丈夫なことをアピールしているのか。私がいなければやはりダメだと伝えたいのか。白身のふちは黒くこげているのに黄身は生のままの、おそろしくまずそうな目玉焼きは後者を意味していると思いたい。

餃子の全国チェーン店「餃子天国」のお持ち帰りパックを持って、私の部屋に来てくれた大輔に、延々と愚痴をこぼしていたのだ。餃子と一緒に飲んでいるのはウーロン茶だというのに、安い立ち飲み屋でくだを巻いているおっさんのように、富士山は日本一であることを繰り返し、東京タワーの10倍以上の高さなのだと力説し、挙句の果てには、富士山の歌までうたった。熱唱した直後だ。

——スタミナたっぷり、できたて、アツアツだよ〜。
一人で訪れる私に、いつもそう言いながら、満面に笑みを浮かべて餃子とチャーハンのセットを運んできてくれる、きれいな顔をした男の子だった。一人で来ている女性客に、そんな大きな声を出さなくてもいいのに、と恥ずかしくなり、目も合わせずに箸をとっていた。

私の胸の内などおかまいなしに、大輔はリュックのポケットから個包装されたアーモンドチョコレートの袋を出して、2つ、私に差し出した。
ありがとう、と受け取り、2つ同時に口に入れたものの、生ぬるくてあまりおいしくない。疲れたときのチョコレートは元気を回復する起爆剤になってくれるけど、今はただ、喉に張り付いて気持ち悪いとしか思えない。洗い流すように水をがぶ飲みした。多分、これで、この後、無駄にしんどくなるはずだ。
そもそも、疲れていても暑いところでは、チョコレートをからだが受け付けない。
(中略)
——山頂で食べた「うさぎ堂」のいちご大福、最高だったな。
由美はとろけそうな表情でそう言っていた。

仕事で遅くなって、と訊かれてもいないうえに嘘の言い訳をしながら、ドアから一番近いカウンター席につき、お腹もすいていないのに、いつもと同じ餃子とチャーハンのセットを注文した。
——はいお待たせ。スタミナたっぷり、できたて、アツアツだよ〜。
大輔がカウンターに皿を置きながら、いつものように声をかけてくれた。ちらりとだけ笑顔を確認してから、早く本題に入らなければと、口の中を火傷しそうな勢いで料理をかきこんでいると、時間、気にしなくていいですよ、と大輔がコップに冷水を注ぎ足してくれた。

大輔が両手に一つずつ持ったどんぶりをテーブルに置いた。暖かい湯気と一緒に味噌のまろやかな香りが漂ってくる。茶屋の名物、キノコ汁だという。それから、と大輔はリュックを開けてナイロンバッグを取り出した。「餃子天国」の持ち帰り用バッグだ。中から使い捨ての紙の容器を2つ出して、テーブルの真ん中に並べた。
「特製チャーハンおにぎりと、冷めてもおいしいパリパリ揚げ餃子」
バイト中のような口ぶりで、蓋をあける。嗅ぎ慣れたごま油の香りがパッと広がった。慣れてはいても、この香りを嗅ぐと私のお腹は鳴ってしまう。(中略)いただきます、と両手を合わせて割り箸を取り、まずは具だくさんのキノコ汁から味わった。
「おいしい」
当たり前の言葉が考える前に口から飛び出す。餃子もチャーハンも、何もかもがおいしい。それはよかった、と大輔もおにぎりにかぶりついた。大輔と「餃子天国」のお持ち帰りセットを一緒に食べるのは初めてではない。それなのに、青空のもとで食べると、この人はこんなにおいしそうにごはんを食べる人だったのか、と新しい表情に気付くことができる。

出発まで少し時間があるため、空港内のカフェで、自己紹介を兼ねて皆でお茶をすることになった。
成り行きでカウンターの先頭に並んだ私が注文したカプチーノが大きなカップに注がれるのを見て、後ろから、同じのにしよう、という声が続けて上がった。

ロッジは朝食のサービスのみだったが、ご主人が鹿の肉を食べられるというレストランを紹介してくれ、ぶらぶらと歩いて丘を下り、歩いて1周できる程度の街中へと向かった。
ラズベリーソースのかかった柔らかい鹿肉のステーキとニュージーランドワインを堪能した。

昼食用のサンドウィッチと500ミリリットルのペットボトルを2本、行動食が入った紙袋をロブから配られた。
「いたれり尽くせりだなあ」
神崎さんのご主人が行動食の紙袋の中身を物色しながら言った。本当にその通りだ。りんご、シリアルバー、クッキー、チョコレート。おやつを他人から用意してもらったのは、小学校の遠足以来じゃないだろうか。

休憩を取るとロブから言われ、朝配られた行動食の袋からキャラメル味のシリアルバーを取り出し、かぶりついた。軽量で栄養価も高く、味も悪くない行動食は、今ほど種類が多くないにしても、当時も簡単に手にいれることができた。それなのに、吉田くんはそんな子どもの朝飯を固めたものではパワーが出ないと、リュックにいつもバナナを入れていた。食べ終えた後の皮を持ち歩かなければならないし、ビニル袋の口を堅く閉めていても発酵したようなにおいはリュックの中に広がるので、買い出しの際に吉田くんがバナナに手を伸ばすごとに私は止めてくれと頼んでいた。が、バナナに関しては譲れない、とゴリラ顔に言われると、折れるしかない。結局、私のおやつもバナナになる。

各自、水を飲んだり、ビスケットを食べたりしながら休憩を取る中、あっ、とアラサー女子の片割れ、永久子さんが声を上げた。

ロッジで用意してもらった、レタスとハム、チーズ、トマト、ゆで卵のスライスが大きなコッペパンに挟まったサンドウィッチだ。私はトマトがあまり好きではないが、いちいち外さなければ食べられないというわけではない。全体に大きくかぶりつき、なるべくトマトの部分は咀嚼しないようにしながら、水と一緒に飲み込んだ。
ふと見ると、吉田くんがチーズを外して、パンの紙袋に入れていた。
「吉田くんって、何でも食べそうなのに、意外と好き嫌い多いよね。マッシュルームとか半熟卵とか。しかも、平気で残すし」
「まあ、それでここまで成長できたんだから、好きなもんだけ食べればいいじゃん」

「ここでお昼ごはんにしましょう」
石田さんに言われて、他のトレッカーたちの邪魔にならない場所に皆でかたまり、湖の方を向いて座った。巨大なサンドウィッチを取り出す。ニュージーランドのサンドウィッチはこれが定番なのかと笑ってしまうくらい、15年前とはさまっているものは同じだ。トマトは昔ほど嫌いではなくなった。ゆっくりとかぶりつく。
吉田くんはまだ、好き嫌いが多いままだろうか。

相手を探せばいいじゃないか。旅行は好きだが山には興味のない父親は、夕飯時、土産に買って帰った野沢菜をポリポリとかじりながら、いともあっさりと言った。

売店から漂うだしの香りに誘われ、おでんの盛り合わせを買った。
お腹を満たし、また歩き出す。

ホテルと山小屋が併設されているという建物の1階の端はカフェになっていて、そこでコーヒーを飲むことにした。混み合っていれば相席をさせてもらい、そこから、今日はどちらまで? と話しかけることができるのだろうが、生憎そこまでは混雑してなく、テーブル席に1人で着くことができた。隣のテーブルは男女混合の4人グループで、コーヒーを飲み終えた後に、皆でソフトクリームを注文した。ここの名物だと会話の端から読み取れて、マネをしたと思われないように、彼らのテーブルから視線を逸らしてソフトクリームを買いに行った。

「ワイン、どっちもらいます?」
山にいるのに、初めて東京駅に降りた時のように人の多さにうろたえている私に、女の子は親切に声をかけてくれる。開会式で乾杯をするらしい。山でワインなど飲んだことがなかった。
「あ、赤で」
答えると同時に、透明のプラスティックカップに入った赤ワインを手渡された。
「やっぱりワインは赤ですよね。あ、あそこがよさそう」
(中略)
涸沢ヒュッテはおでんが名物らしく、クマゴロウと私はオープンテラスの片隅で温かいおでんを頬張りながら、互いのことを話した。
(中略)
だけど、それもクマゴロウと山頂の小屋でコーヒーを飲みながら、板チョコを挟んだフランスパンを頬張っていると、まあいいや、と思えてくる。フランスパンは私が持参したものだが、クマゴロウはすっかり気に入ったようで、何を挟むのがベストだろうと、はんぺんだの、きゅうりの浅漬けだのと、パンに合いそうもないものを次々と挙げていった。それが全部、私の好物なのだから、今度一緒に試してみようかと楽しい約束ができ上がる。

湊かなえ著『山女日記』より