学生時代、半年ほどだがウエディングプランニングの会社でバイトをしていたときのことをいろいろ思い出していた。それから、日本各地で出席したウェディングのことも。
で、この小説は、15組近くのカップルをさばいたらしい日に行った神戸メリケンパークオリエンタルホテルの式場を重ねながら読んでいた。
初めての結婚式出席の記憶は叔母の玉姫殿のやつ。よくネタとして出されるゴンドラをマジでやっていた。テーブルの上に冷たい鯛の尾頭と黄色いジュースが置いてあった。
で、「大人になったらこんなに人を集めて茶番を演じないといけないのか...めんどくさいよぅ...」と泣きたくなった。
結婚式も結婚もしなくても生きていけることを知ったのは随分あとのことである。万難のりこえて披露宴をホストしているカップルたちには頭が下がる。
桃は、貴和子の大好物だった。以前は週末のたび、産地まで桃狩りに出かけたものだ。走り屋、と周囲から皮肉られる俺の愛車で高速を飛ばして。取れたての桃は、別の食べ物のようにシャリッと歯ごたえがあって硬いのに、もうきちんと甘く、俺を驚かせた。
「これを食べさせたかったの」
貴和子が言った。父方の祖父が山梨で農家をやっていて、幼い頃から食べていたらしい。滴る果汁を照れたようにハンカチでそっと拭きながら、「1日か、2日なの。この硬さが楽しめるのは。産地じゃないと、絶対に食べられない」と笑っていた。テレビの部屋で杏を乾燥させたお菓子を食べながら、まるでワイドショーについて話すような感じで喋ってる。
杏は、うちのおばあちゃんやお母さんの大好物だ。東京にある『あかつき』っていうお店のもので、家族の誰かが東京に行くと、大きさや味が違うもの3種類をまとめて買ってくる。お店が遠いせいで滅多に食べられないんだけど、オレも大好きなお菓子だ。
砂糖がけした小さい杏を1つ、口に放り込んでお母さんが言う。披露宴の料理は、和・洋・中から選ぶ形式だが、多くの場合、通常は洋食のプランを薦める。3種のキノコのパイ包みグラタン、というのがアールマティの秋の名物料理だった。オーブンが使えなければ、それが出せない。
パーティーが始まるまで、何でも好きな飲み物を頼んでいいって言われてもらったコーラを座って飲む。
運ばれてきた料理は、全然、食べられなかった。
おいしそうな匂いがしたけど、これを食べたらおしまいだと思った。食べたが最後、オレはここの一員になって、東さんの仲間の一人になってしまう気がした。
「どうした、真空。食べないのか? スープはあったかいうちに飲まないとおいしくないぞ」
「そうよ。グラタンも好きだったでしょ?」
お父さんとお母さんが交互に話しかけてくる。一口食べただけでスプーンとフォークを沈めたままになった皿を見る。お母さんが「グラタン」と呼んだ皿は、全然、グラタンじゃない。マカロニが入ってないし、ミックスベジタブルの色も見えない。キノコばっかりたくさん入ってて、かりっとした部分がなくてベタついている。うちで食べるあの「グラタン」じゃない。
「あら、でも確かに真空のグラタン、ちょっと生っぽい色ね。子供用のだからかしら」
お母さんがオレの皿を見て言う。
「もともとこういう味なんじゃないか? 俺のもちょっと生っぽい。高級な味は、悲しいことにうちみたいな庶民の舌には合わないのかもな。でも、どうした? 真空。具合悪いのか?」「東京にね、『あかつき』っていうお菓子の店があるんだけど」
急にこんなことを話し始めたオレを、東さんの方でも、ちょっとずれてるって思うかもしれない。だけど、東さんは「うん」と応えてくれた。
「そこの生杏が、うちのお母さんとおばあちゃん、大好きなんだ。だけど、東京まではなかなか行けないからって、行ったら、絶対にたくさん買って帰ってくる。普通の、生杏っていうのと、砂糖で白く固めてあるヴァージョンのやつと、あとは、小さい粒だけで作ったのの、3点セット」
この3点セットという言い方は、おばあちゃんたちがよく使っている。りえちゃんも、あそこの杏は大好きだったはずだ。
「今度、うちに来る時は、それをお土産にしなよ」
辻村深月著『本日は大安なり』