初の旅行中、たくさんおいしいものをいただいた。英国人家族が「日本の人にとっては物足りないだろうけど」と言うので「いやっっっ、すでに今年ベスト!な食事ばっかりだったよ!!!」と感激を伝えたら「それは...君がアメリカから来たからだよ...」と哀れまれた。
「パブで不味い食い物にあたらないようにするコツがある」と武藤君が言った。
「どういうコツだ」
「極力調理に手がかかっていない物を頼むことだ」
「どうして」
「コックの腕が悪いと、手をかければかけるほど不味くなる。それだから、できるだけ単純な物を頼むことだ。スターターはシュリンプ・カクテルにする」
確かに剥きエビをゆでてサウザンドアイランド・ドレッシングをかけただけだから、不味くなりようがない。
「僕は、以前ロンドンで武藤に勧められたエッグ・マヨネーズにする。固ゆで卵にマヨネーズをかけただけだから、失敗はまずないだろう」
「そう思う。問題はメインだ。僕はフィッシュ・アンド・チップスにする。不味くてもモルトビネガーと塩を振れば何とかなる。
「僕は少し冒険してみる。ラザニアにしよう」
「勧めないぞ」
「いや、試してみたい。不味ければ塩かケチャップをつけて食べればいい」
「そこまで言うのなら頼めばいい。後悔するよ。飲み物はどうする。ギネスを飲んでみないか。イギリスのパブは、食い物は不味くても飲み物は大丈夫だ。この店には生のギネスがある」
「試してみる」
武藤君がカウンターに行って、ウエイターにギネスを2パイント(1英パイントは568ミリリットル)、シュリンプ・カクテル、エッグ・マヨネーズ、フィッシュ・アンド・チップス、ラザニアを注文した。
(中略)
ウエイターがギネスビール、シュリンプ・カクテルとエッグ・マヨネーズを運んできた。ギネスはクリーム状の泡がビールに蓋をしているようだ。ほろ苦く、濃い、独特の味わいがある。なぜか瓶や缶のギネスビールでは、この味が出ない。エッグ・マヨネーズもまあまあだ。ピーターは「中途半端 なベジタリアン」とも自称している。どうして「中途半端」かと言うと、ピーターは卵を食べるからだ。卵を食べず、野菜と乳製品だけで生活する、即ち他の動物の命を奪わない食事に徹するようになると、ほんもののベジタリアンになるという。
そんな調子でしばらくじゃれてから、グレンの案内でプールサイドのカフェに行った。
グレンはエッグバーガーとチーズバーガー、私はチーズバーガーとコーンドッグ(アメリカンドッグ)を注文した。
私はコーンドッグにケチャップとイングリッシュマスタードをつけてかぶりついてみた。子供時代に食べたアメリカンドッグと比べると、少し衣が硬いような感じがする。
グレンが「コーンドッグは日本にもあるの」と尋ねた。
「あるよ。僕が小学校の低学年だった頃に普及し始めた。僕が育った大宮にはマンモスプールという屋内プールがあった」
(中略)
父に連れられて、マンモスプールによく行った。そこにもカフェがあって、コーンドッグを売っていた。そこでいつも父にコーンドッグをねだった。ただ、今食べているコーンドッグとはちょっと味が違う」
「どう違うの」
「まず、衣が柔らかく、甘かった。パンケーキに近い味がした。それに中に入っているソーセージが異なる。魚肉ソーセージだった」
「魚肉?」
「そうだ。僕が子供の頃、肉と比較して魚は圧倒的に安かった。それだから大衆用に魚肉ソーセージが普及していた。今は魚の値段が高くなったので、肉のソーセージとそれほど値段が変わらなくなった」
「どんな味がするの」
「魚独特の臭いがする。あまりおいしいものではないが、僕にとっては懐かしい味だ」
グレンは魚肉ソーセージについてイメージを膨らませているようだ。2人で話をしていると、グレンが右手をあげてあいさつをした。振り向くと、グレンと同じ年くらいの少年が3人、フレンチフライとポップコーンを食べ、コーラを飲んでいる。家には誰もいなかった。グレンが「何を飲む? 僕はドクターペッパーを飲むけれど」と尋ねた。私は、「冷たい飲み物ではなく、紅茶がいい」と言った。グレンは電気ポットで湯を沸かし、紅茶を入れてくれた。
居間のソファに座り、紅茶を飲みながら私はグレンに尋ねた。
佐藤優著『紳士協定―私のイギリス物語―』より