たべもののある風景

本の中で食事するひとびとのメモ帳2代目

大福『嵐の前の静けさ』

本巻のキーワードは私にとっては「風通し」。
経営や、経営に向かない人が働き続けることについての記述が印象に残った。
京大に通っていた友人たちのおかげで出町ふたばの大福とは3度ほど縁があったが、無感動に食べてしまったと後悔。父親なんか運転しながら片手で二口で食べてたからね。もちろん粉がめっちゃ落ちてた。今は10年前よりさらに長蛇の列なんだろうな...。

父がこの世にいた最後の冬、私が京都から車で直行してあの有名な「出町ふたば」の豆餅(賞味期限が当日)を届けたら、これはうまいなあと言って小さくちぎりながら二個も食べた。
人生最後の豆餅だったと思う。
私はあれからずっと、ふたばの職人さんたちがあんなにも美しく優しくお餅を扱うことに感謝し続けている。パックにつめるときのあの手つきは芸術的だ。

老舗なのに気さくで、お店は古いけれど清潔でていねい。
白めの二八蕎麦もとてもおいしく、つゆの甘すぎないところも好みでした。
十回くらいひとりで通った頃、ご主人が江戸っ子っぽい口調で言いました。
「食べ方を見りゃわかるんですよ、あなたはほんとうに蕎麦が好きな人だね!」

そんなにぎわう四つ角の近くの地味なカレーうどんやさんに、おじさんもお姉さんも若者もみんな並んでいた。
「カレーうどんでいいね?」
ほとんどの人がカレーうどんしか頼まないから、店の大将はいきなりそう聞いてくる。彼の手はもうほとんど自動的に動く、カレーうどんマシンみたいだった。
そしてとろみがあって、豚肉と分厚い油揚げが入った、ちょうどいい量で手打ちの麺が入った、シンプルなカレーうどんが出てきた。
締めはこれだよ、これだよね、と寒い中口々に白い息を吐きながら言い合っていた人たちが、みんなカウンターに座って、特にそれぞれ言葉を交わさなくてもなんとなく幸せを共有している様子を見ていたら、
いいなあ、いい街だなって思った。

そんなお店で、たったひとりその寒さの中冷やし山菜うどんを頼んだおじさんに、店の全員がちょっとざわついたのが、おかしかった。

吉本ばなな著『嵐の前の静けさ どくだみちゃんとふしばな4』より