たべもののある風景

本の中で食事するひとびとのメモ帳2代目

夜食のたのしみ『巴里の空の下オムレツのにおいは流れる』(6)

おとなって楽しいよね〜〜〜〜

リヨンは絹の産地として知られているほか、ブルゴーニュ産ブドー酒がおいしいし、食事のおいしいところといわれるだけに、楽屋ではそれこそ食べものの話ばかりだった。

皆、自分がいったレストランが一番おいしくて安いとがんばりたいのだから大変だ。

「絶対××の方がおいしいわよ」

「そう、そんなら明日のランチは××で待ち合せましょう。でも私は私の行っている×××のほうがおいしいにきまってると思うけどね」

フランス人は強情だから、食べものの話にまで自我をだす。

夕食をすませて楽屋入りをしても、十二時の休憩までにはお腹がすいてしまう。それを承知で、衣裳係のイヴォンヌは自分で作って持ってきたサンドイッチを私たちに売っていた。ハム、サラミ、チーズ、それにときどきはサーディンやパテ(肝のペースト)などもまぜて。

「イヴォンヌって実際がっちりしてるわね。こんなサンドイッチ五十フランで出来上るのに、百フランで売りつけるんだから」

仲間の歌手リュシエンヌはいつも怒っていた。

「怒るなら買わなきゃよいのに」

といったら、

「外へ出るのがめんどくさいもの」

といっていたが、だんだんイヴォンヌのサンドイッチにあきてくると、ビガール広場のホットドッグ屋まで、目新しいサンドイッチを買いに出るようになった。立食風に表に向った店兼台所で、二人の女の人がホットドッグ、ハンバーガー、クロックムシュ等、目の前で作って売っていた。

イヴォンヌのサンドイッチと違って、その店のは、パンも焼きたてのパチッと音のするパンで、温かいソーセージやハンバーグが入っているのだから、おいしかった。

クロックムシュというのは、食パンの間にハムとチーズをはさんで、パンの両面を油でごんがり狐色に焼いたもので、やきたてはフーフーいわないとたべられぬほど熱くて、中のチーズがとけて、ちょっと糸をひいておいしいサンドイッチだ。

ビガール広場に面したキャフェは、朝の五時まではあけていたから、簡単な食事をしたいときは、キャフェの窓ぎわで、着飾ってナイトクラブから出てくる人々や、街の兄ちゃんたち、花売り、娼婦たちのゆきかうのを眺めながら、冬は湯気が立って、チーズをたっぷりかけるオニオンスープをたべたり、夏はサラダや冷肉を小瓶のブドー酒と一緒にたべて帰ったものだ。

また気分をかえたい時は、フォンテーヌ通りまで歩いて、高級レストランといわれる「クロッシュ・ドール」や「アルザス」に行った。

クロッシュ・ドールの重い扉をおして席につくと、「疲れたから巣テークタルタルを食べよう」、リュシエンヌはかならず生の牛肉を食べた。それは生卵の黄味1コ、サラダ油、お酢、カープの実、玉ねぎやパセリのみじん切りをまぜあわせ、塩コショーで味つけをしたソースを、ひき肉の生肉にまぜあわせたもので、生肉を食べるなんて動物みたいだと思っていた私も、ひとくちもらってたべたら意外においしいので、ひどく疲れているときはステークタルタルを食べるようになった。

まぐろのとろより、むしろあっさりしている。栄養価は高い上、胃にもたれないのだそうだ。

(中略)

パントマイムのマルセル・マルソーとは親しくしていたので、よく夜食にも一緒にでかけたが、彼のあつらえるものはステーキとサラダにきまっていた。

ステーキにしても、フランス人は生焼きの血のしたたるようなステーキを好きだから、生肉ファンは多い。生肉のひき肉を食べるのは気味がわるいと思う日本人は多いけれど、カーナヴァルなら食べやすいと思う。

ブラッセルで働いていたとき、カーナヴァルというオープンサンドイッチをたのんだら、トーストの上にこの味つけをしたステークタルタルがうすく塗ってあったが、ペースとなどよりずっとおいしいと思った。だいたいフランスから北欧にかけて、といっても北欧は知らないけれど、ドイツやオランダ、デンマークでは夜食にオープンサンドイッチをよく食べる。

珍しいのでは、オランダにいたとき食べたあなごのオープンサンドだ。あなごは軽くスモークしてあったので、トーストと味があって、おいしかった。

スイスでたべたオープンサンドは、白パンの上にきゅうり、トマト、卵の固ゆで、ハムを切ったのをゼリーで固めたものがのっていたが、口あたりが柔かく、つめたくておいしかった。

「アルザス」は名前の通りアルザス料理が得意だったが、この店は何の料理もひどく値段が高かった。ところが、私たちのようにモンマルトルで働いている人たちには、お客を連れてきてもらう場合も考えて、お礼の意味か、四割引きで食べさせた。

白いテーブルクロスをかけたテーブルのならんだうす暗いレストランの横はバーで、私たちはバーの止り木に坐って簡単な食事をした。

リュシエンヌはビールを飲みながらシュークルートをたべる。シュークルートはドイツではたしかザウエル・クラウツとかいい、酢づけのうす切りキャベツにソーセージ、ベーコン、ハム等をつけあわせた温かい料理だ。私はブドー酒をのみながらステーキや焼いた鳥の足などたべたが、高級レストランだけあって、味は品がよく、もりつけは適当で、夜食むきだった。

石井好子著『巴里の空の下オムレツのにおいは流れる』より