たべもののある風景

本の中で食事するひとびとのメモ帳2代目

皿鉢料理『旅は靴ずれ、夜は寝酒』(2)

中国旅行の「すべてのセッティングは中国政府にまかされている」の記述に佐藤優のソ連旅行記『十五の夏』を思い出す。

横浜山の手の高級住宅地の中、サンディスという古いお邸を改造したお店があった。窓には白いレースのカーテンが揺れている。このあいだ行ってきたばかりの、カナダのプリンス·エドワード島を思い出した。
「さ、ワインでもとって乾杯してください」
とモリヤマさんは言うのだが、厄年の女が二人、グラスを合わせているのはどうもしまらない。いかにもふてくされているようだ。
しかし、モリヤマさんはものすごくはりこんでくれた。ナイフとフォークが5本ずつも並ぶディナーなんて、このあいだの聖子ちゃんの披露宴以来だ。
まず真鯛と帆立てのテリーヌ、そして次はフォアグラのソテー、自家製のスモークサーモン、真鯛とオマールエビのゼリー寄せ·キャビア添え、その後が口直しの白ワインのシャーベット。さっぱりしたところでフィレステーキが出た。可愛いインテリアなのに、出てくるものは本物の味だ。
「すっごいご馳走ね。さっそくお大師さまの特別コースが効いたのよ。これからはいいことがじゃんじゃん起こるわ」
とトミちゃん。
「もうオトコなんかよりどりみどりよね!」
と私もステーキを頬ばりながら叫んだ。

まず、運転手さんに連れていってもらったところは「あずま寿司」。
いちばんおいしいところだと、運転手さんは太鼓判を押す。夜は行列ができるほどの混みようだということだが、午後の3時すぎの店内は、ひっそりしている。
さっそくビールの栓を抜いてもらう。同じビンでも東京のそれとはあきらかに違う。喉の奥までつつうと入っていくようだ。そのくせ独特の香りがする。 
「北海道のビールって、おいしいですねえ」

今は〝ぼたんエビ〟と言って、特産のエビのシーズンだ。ぽってりと身が大きく、とろりと甘い。いってみれば成熟した、つまり私のようなエビだ。
「これは〝ナキ漬け〟です」
と、板前さんが塩辛のようなものを出してくれた。これは生きたままの極上のイカを、醤油につけ込んだものだそうだ。もちろんイカは苦しくて身をもがく。だからその分、醤油がよくしみ込むことになる。同時にスミを吐くから独特の風味が出る。
「なんか残酷ですねえ」
いかにも坊ちゃん育ちらしいヤキタ青年は、悲しげに眉をひそめた。
「あーら、おいしけりゃいいじゃない」
と私。ついでに水死しなかった方のイカも切ってもらう。茶色のは耳の部分で、これがコリコリして素晴らしくおいしい。鮭も実はいまがいちばんおいしいそうで、握ってもらった紅鮭などは、とろりと脂が舌にのる。

皿鉢料理は、龍馬も愛した土佐の名物である。言ってみればご馳走 を一皿に山盛りにした、宴会用のメニューなのであるが、見ているだけで唾がたまってくる。単に刺身の大盛りではなくて、ところどころきめ細やかに調理されているのだ。
車エビの塩焼きと天ぷら、とこぶし、ゆでたタコの足、マイゴとよばれる小さな貝、エガニ(このどちらも高知でしか獲れないものだ)、アサヒガニ(ワタリガニのこと)、そしてイカと貝柱の 握り寿司、青梅の甘煮など、書き出すだけでも腕が疲れるが、そのボリュームたるやひととおりのものではない。
これ以外にも、膳にはお通しが置かれていて、クジラの軟骨、カツオのたたきと、もう涙が出てきそう。私はおいしいものを見ると異常に興奮するタチなので、
「カツオのたたき、本場もんのたたき……」
とうわ言のように繰り返す。
「さ、さ、どんどんやってください。カツオはそこにあるニンニクの薄切りをのせて食べるのがこちらのやり方ですき」
と館長さんがおっしゃる前に、もうひと切れ口の中に入れていた。何といっても厚さが違う。このぶ厚さはただごとではない。中のジューシーな部分を逃さないように、大きく切ってあるので、ニンニクの刺激を加えないとその豊かさに口の方が負けてしまいそうだ。ものも言わず、ひたすら食べ続ける。あれこれ手をつけるのだが、その順序をどうしようかと、あきらかに頭の中が混乱してくるのだ。
「カツオをいま口の中に入れたから、次はエビと行こう。いや、これは油で揚げてあるからすぐにお腹がいっぱいになりそう。じゃ、カニの方に手をのばそうかなあ」
選択が「カニ、エビ、カツオ」と、はなはだ贅沢だ。いくら大喰らいで有名な私でも、お腹の方は限界がある。残りの胃の体積を、カニで埋めるか、エビで埋めるかという心境は、初めて味わうリッチさだ。
お酒は銘酒「司牡丹」。冷やでぐいぐいやるが、地元の方にはかなわない。館長さんの前には、ハイピッチでとっくりが何本も並ぶ。それなのに顔色ひとつ変えないのはさすが。
[中略]
それにしても、いくら頑張っても大皿はなかなか減らない。私は途中から方針を変え、タタキを重点的に口に入れていたのが、それも半分以上残るありさまだ。
「残念ですわあ。ここが東京ならパックにして持って帰るのに」
私がお腹を撫でながら言ったとたん、館長とS氏が心から驚いたように目を丸くした。
「あの、東京じゃみんなそうしてるんですか」
「え、その……。私が特別かもしれませんけど、余ったものは、いつも包んでもらって帰りますねえ。中華なんかだと取り合いになるな……」
私は何か悪いことを言ったかしらんと、しどろもどろになった。
「高知じゃ考えられません」
館長さんはきりっとした感じで言った。
「余ったものを持って帰るなんて。皿鉢料理は残ったら残ったでそれまでのこと。みんなそのまま帰ります」
「家でもよく皿鉢料理を出しますがね、近所の人にも分けたりしない。まあ、よっぽど気のおけない親戚だったら詰めて持たすこともあるかもしれませんがね……」
私は思わずうつむいてしまった。誇り高くいさぎよい高知の人々に比べ、自分はなんと意地汚ないのだろうと大いに恥入ったのである。

私はさっそく、ふかしたお芋と、〝地とうもろこし〟というのを買う。地とうもろこしは、むかし祖母がおやつにくれたあのトウモロコシだ。固くて、粒が不揃いだけれど、濃い黄色をしている。
さて、帰りの飛行機も、私はひどく神経質になっていた。ちょっとでも揺れると、心臓がドキッと音をたてる。
そんな時、一本のふかし芋とトウモロコシは、どれほど私の恐怖を静めてくれたことであろうか。隣りのおじさんの視線などいっさい気にせず、私はこの二つを食べ続けたのだ。別れを告げた後も、おいしい、おいしい、高知の旅であった。

中国旅行というのは、私たちのように個人でしていても、すべてのセッティングは中国政府にまかされている。食事も3食付きだ。私たちはこれを2回キャンセルして、1回は北京ダック、1回は宮廷料理としゃれこんだものの、後はホテルでとることになった。
これが今ひとつスムーズにいかないのだ。なにしろ何十人という人がいっぺんにコースで食べるのだから間違えるのも無理ないと思うのだが、昼食は4人で7皿出たものが、夜は3皿になっていたりする。あきらかに出し忘れだ。

あまり世間に知られていないことであるが、私は魚が大好物である。
山梨の片田舎に育った私が幼ない時、口にするのはせいぜい塩ジャケかミリン干しであった。今でも私は、カニとかエビと聞くと冷静ではいられない。

何もかもが想像以上で、K子さんも私も大満足なのであるが、ただひとつ残念だったのはシーズンが終っていて、イカソーメンがもうひとつということであろう。私たちの食べ残しを見て、カジハラさんは何か考えていたようであった。
「わかりました。こうしましょう」
突然言う。
「僕の先輩がやっている水産会社があるんです。明日、そこで朝ごはんをご馳走になりましょう」
次の日、朝の7時にカジハラさんは迎えに来てくださった。9時半の帰りの便に乗る前に、カニをどっさり食べさせてくださるという。
[中略]
「魚長食品」というのは、日本で5本の指に入る水産会社だそうで、そこの社長さんは函館の有名人だそうだ。魚長さんは朝が早いというのに、荷物の積み出しをする男の人はもちろん、女性の事務員の方までもう働いている。その中の一人が次々とメニューを運んでくださった。
イクラごはん、イカのお刺身、 金目鯛のおみおつけ、大きなカニが社長室のテーブルに並ぶ。イクラごはんは大部分がイクラだ。新鮮でぷりぷりしている。あつあつのおみおつけは、たっぷりと鯛のあぶらがしみ込んでいた。まさに夢ごこちでいただく。ごはんはおかわりし、食べきれなかったカニはお土産にいただいた。

さて、浅草コースの最後の締めくくりは、柳橋「小安」のアンコウ鍋。すみだ川をのぞむ座敷でいただく。
「私にまでご馳走してくださって、本当にすいません」
と比較的礼儀正しいイハラは、モリヤマさんに何度もお礼を言う。

(林真理子著『旅は靴ずれ、夜は寝酒』より)

あなご鮨『旅は靴ずれ、夜は寝酒』(1)

底本は平成元年に出た文庫。古いし(中国・韓国事情なんか特にいにしえ)、「外人」表記など引っかかる箇所も多いが、当時の雑誌記事を見返したときのような時代遅れ感は感じないのがさすが。

先日一緒に旅行をした人が、メニューを見るたびに「あぁぁ、多そう」「そんなに頼むの?」としきりに不安そうな顔をするので興醒めだった。旅の友は金銭感覚もだが、食への意欲も共通点がないとね...。

夕食は予想していたとおり、やはりまずかった。私は食べ物につられて長野に来たのに冷たい天ぷらとグラタンじゃ、悲しいわ。

次の日もとにかく忙しく、お昼はテレビ局前の喫茶店で焼きうどんを食べた。
「もう少しゆっくりしてくれれば、いろんなおいしいところを案内できたのに」
と宮西さんはまたまた残念そうに言う。しかし彼女は非常に親切な人で、私に栗かのこのおみやげをくださったのだ。
やっと長野らしい味にありついたのは、帰りに構内で食べた立ち喰いソバであった。山菜ソバを頼んだら、ワラビを山盛りにしてくれてうれしかった。

例の小田さんのセッティングで、近くのうなぎ屋さんで会食。タイの刺身に宮崎産の旭エビ、フグ白子、ホヤなどをガツガツと食べる。酒は大分のイモ焼酎「玲瓏(れいろう)」。みんなが有名人で客である私に遠慮しているのをいいことに、ガツガツと皿のほとんどを食べる。仕上げはウナギの茶漬けだ。独特のやり方で脂を抜いてあるそうだが、ウナギの甘みと茶の渋さだけが溶けあって、美味、美味、美味。
「いやあ、これでたんのうしました」
といったら、みんなホッとしたように顔をほころばせた。しかし、私の食に関する好奇心はとどまるところを知らないのだ。
「ところで、もうちょっとしたら長浜のラーメンを食べたいんですけどねえ……」
と言ったら、さすがに驚いたようだった。
「お腹をこわすから……。明日、ラーメン屋に小田を案内させますから、今日はもう食べない方がいいんじゃないですか」
という上司のとりなしで、その日はおとなしく帰る。ホテルに行く前に小田(もう呼び捨てだ)と軽く飲んだ。干しがれいをせんべいのようにパリパリ噛みながら、地酒を冷やで飲む。外に出たとたん、南国独特のなまめかしい風が首すじに吹きぬけて、私は一瞬、小田の顔を見てしまいました。
次の日、小田が連れていってくれたのは、大丸の地下にある「赤のれん」というラーメン屋だった。なんでもここがピカ一だそうな。11時すぎだというのに長い行列ができている。やっと座れた私は「味噌ワンタンチャーシューメン」というのを頼んだ。出来あがるのを待っている間、ふと見ると壁には色紙が何枚か貼ってある。私はがっくりと首をうなだれた。どんなに有名人とエバっていても、こういうところに来て色紙を頼まれたことが一度もないのだ。この間行った札幌のラーメン屋でもそうだった。大泉滉とか、藤田美保子とかのはあったのに……。ところが信じられないことが起こったのだ。めん玉をゆでていたおばさんが、ひそひそ耳うちをしていたかと思うと、
「確かこのあいだクイズ番組に出ていた人だよねえ。サインしてちょうだい」
と言ったのである。ラーメン屋でサインを頼まれたら、もう本物の有名人ではないだろうか。

次に行った明太子の店では、おばさんがウナギの干したのを一袋まけてくれた。
帰りの便では、隣りの赤ん坊にあげたゾーさんのおもちゃを、スチュワーデスが私にもくれた。小田はなごり惜しげに、泣きそうにしていた。

「あれぇー、お好み焼き屋どこへいっちゃったのかな。確かこのへんにあるって聞いたのにな」
私たちは露地から露地へ歩き出した。そうしているうちに、私は無性に腹が立ってきた。大のおとなが3人、お好み焼きを求めてさまよっている事実にである。
「どこでもいいじゃないですか」
私は言った。
「お好み焼きが食べれれば」
「そりゃ、そうですね」
男2人はおとなしくうなずいて、さっきからのれんがいちばん目立ったお好み焼き屋の戸をあけた。ウナギの寝床のような店で、年増のちょっとハクい女が鉄板の前に立っていた。外に客は誰もいない。
「僕、ミックス」「僕は牛玉」男たちは私の見幕におされてか、ほそぼそと注文した。私は「豚玉」というのを頼む。なんか共食いみたい。 情夫が刑務所に入り、その留守を守りながらお好み焼き屋をやっているようなその女は、ずうっと無言だった。ちょっと素人っぽい手つきで、ネタを流し玉子を割る。大阪は東京と違って、店の人が焼いてくれるのだ。
誰も声を出さず、しらじらとした空気が室(へや)に流れた。
「あのうー、写真撮っていいですか」
私はおそるおそる 尋ねた。
「エーッ!」
女の人はのけぞるほど驚いた。
「あの、このお好み焼きを……」
「あ、お好み焼きね」
彼女はホッとしたように言った。
「また私のことを写すと思っちゃった。お好み焼きならいいですよ。どうぞ」

次に行ったところは、通称アメリカ村にあるロータスバーというところだった。中はハイテックで、流れる曲もジャズだ。さすが門上さん、店長なんかと親しげに話をしている。
スモークサーモン550円、エビや貝がいっぱい入った海の幸サラダが670円、ジントニック600円ととても安い。こういうところが非常に大阪的のような気がする。

ヒロシちゃんはここのはずれにある、小料理屋さんに連れていってくれた。
「先斗町なんかよりも、こういうとこの方が気取らなくて好きなんだ。それにおいしいし」
という彼の言葉どおり、ここはメニューも多くて、つくりたてのものをカウンターごしに出してくれる。私はさっそくハモを注文した。ハモは東京ではめったに食べられないが、関西、ことに京都では夏の風物詩といっていい。シャコを肉厚にしたらこんな風になるのではないかと思う淡白な味で、梅酢につけて食べる。ビールによく合って、いくらでも食べられる。
「このホタルイカの塩幸もおいしいよ。それと野菜の炊いたものをもらおうか」
ヒロシちゃんはこまめにめんどうをみてくれる。それにしても、京都のビールグラスというのは、どうしてこれほど小さいのであろうか。ついでもついでもひと口で飲んでしまう。ヒロシちゃんは車を運転しているので軽く口をつけるだけだが、私はまたたくまに6杯も飲んでしまった。

そう思いつつも、私はシソごはんと、アサリの白味噌椀まで、すっかりたいらげてしまった。
お食事の後、また市内に帰る。ヒロシちゃんの友人を混じえて、しゃれたカウンターバーでカクテルを飲む。

レジを出たところにはおはぎとタイヤキが売られていて、隅の方にはラーメンのコーナーがある。そこでカツ丼を頼んで、タクアンをかじりながら「夏は鰻」というポスターを眺めていると、ここがシンガポールだということがにわかには信じ難い。
それではシンガポールというのは、まるっきり異国情緒を味わえないつまんないところなの?! と問いつめられそうだが、 全くそんなことはない。この国にはいろいろなコースがあって、英国、マレー、アラブ、中国、インドと、さまざまな国を楽しむことができるのだ。たとえば飲茶を食べて中国の小物なんかを買った次の日は、アラブ街へ行って安物の宝石などを探す。

タケシちゃんがシカせんべいを買ってくれた。彼が後ろを向いたスキに一口食べてみる。ウエハースのようでなかなかおいしい。しかしこんなものがたった5枚で100円とはかなり高価ではないか。それは私の前をどたどたと歩いていく中年のおばさんたちも同じ意見だったらしい。
「どっかでカッパえびせん売ってないかねえ」
大きな声でいう。
「あっちの方が安くてずっとがさがあるじゃんねえ」
カッパえびせんをポリポリかじる鹿というのを想像するだにおかしくて、はゲラゲラ笑ってしまった。しかし後で看板を見たら、鹿に刺激物はいけないのだそうだ。

横をふり返ると、彼はやや元気のない顔をして黙っている。
「ああ、お腹が空いたのね。どこかで何かを食べましょうか」
あいかわらずタケシちゃんは無口な人だ。近くの和風レストランで松花堂弁当を食べた。

「六本木の『和田門』のステーキ」
私がその名前をあげたのは、やはり神戸での写真の失敗が尾をひいているせいだろう。
「ステーキ、いいですねぇ血のしたたるようなのを食べよう」
と、北方さんはいかにもハードボイルドにふさわしい発言をした。
彼はやはり甲州の緑の中より、六本木のネオンの方がよく似合う──。私がはっきりそう思ったのは、実際、北方さんをその中に立たせた時だ。
私たちはうんと大きいフィレを焼いてもらい、1本3万円もするワインを、赤白2本飲んだ。

 「普茶料理の店を用意しときました」
普茶料理というのは一度だけ食べたことがある。江戸初期に中国から伝わった精進料理で、禅宗の流れをくんでいる。以前赤坂で食べた時は、非常に格調高いもてなしで、食事の前にお茶のお点前をうけた。

車を白山の方に走らす。バイパスの近くにある典雅な日本家屋が目ざす「梵」である。枯山水の庭が見わたせるお茶室に通された。
ほんのちょっぴりずつの料理が盆にのって出てくる。私はこういうのは一口で食べてしまう。4つ料理があると、合計4口だ。だから味わいもあったもんではない。しかし好奇心だけは強くて、
「今のゆべしは、柚子の中にさまざまな木の実と味噌を詰めまして、軽井沢でひと冬干したものでございます」
「このたくあんは、沢庵和尚の製法どおり再現したものでございます」
などと聞くと、もう一度確認したくて、ユミの皿から奪ったりする。しかし炭火のしゅんしゅんという音が聞こえる静かな部屋で、こういうものをいただくのはなかなか優雅なものである。
やがて作務衣に身をつつんだご主人が挨拶にいらした。あわてて正座する。
「お口に合いましたでしょうか。ひとつひとつが全部手づくりでございますので、いろいろと大変でございますが……」
と話し方もきまっている。ご主人がモリヤマさんに話しかけている隙に、私はさっきから手こずっていた姫大根の煮つけをパクッと口に入れた。かために煮てあるので箸でちぎれなかったのだ。

しかしここの方々は、いつもネクタイをしていて、しかもきびきびとよく働く。私たちが着くやいなや、ワイシャツの腕をまくって、鍋などをつくってくださるではないか。 
「いいです、私も手伝います」
と、一応言いかけてみたものの、
「お客さまは座っていてください」
などと全部やってくださる。本当にいい気分だ。
 「私、サンドウィッチをつくってきたわ」
と、日頃から気がきくダテさんが箱を出した。私も久々の遠足気分で、近くのスーパーでおせんべいに、ビスケット、かりん糖などをいっぱい買ってきたのだ。
お鍋は、カキや海老、白身の魚がいっぱい入っていて非常においしかった。先生に言わせると熱海といってもそうバカにしたものではなく、地元の魚屋にはなかなかいいものが置いてあるそうだ。
食事の後始末まで、所員の方々がやってくれて、本当に 極楽、極楽。

その原田さんが言うには、青辰のあなご鮨はやはりおいしく、いっぺんは食べてみる価値があるとのこと。
「だけどおっかない店でっせえ。店の中がぴりぴりしてましてな。煙草なんか吸ったら怒られまんのや」
こう言って肩をすくめたのは笑児さんだ。
[中略]
ここがあなご鮨の「青辰」なのだ。そのおいしさは、たくさんの作家や食通たちが絶賛している。おまけに私は寿司ネタの中でも、あなごがいちばんの好物なのだ。よだれをたらすような思いで、ここの暖簾をくぐったのはいうまでもない。
「いらっしゃーい」
何人かのおじさんが口々に迎えてくれた。
「2階の座敷があいてますよ。ゆっくりとどうぞ」
などとすごく感じがいい。
[中略]
まずビールで乾杯した後、あなごちらしと、あなご鮨が運ばれてきた。私のために、原田さんが2人前頼んでくれたのだ。どちらにもあなごがぎっしりと入っている。けれど東京のようにタレが甘くなく、ただ身のやわらかさと、かすかに甘い風味が舌に残る。とても上品な味だ。  「林さん、折詰めも頼んどいたから、帰りの新幹線の中で召しあがって」
「ま、どうも」

コテージの横にレストランがあった。大きなガラス窓からは、暮れようとする雑木林が見えた。新緑というにはちょっと早い。
その日のメニューは、特製クリームコーンスープ 
サーロイン·ステーキ
リンゴとラズベリーのサラダ
である。特にサラダはすばらしくおいしく、柚子風味のドレッシングをかけてもらうと、リンゴのさわやかさとラズベリーの甘さが口の中でほどよく混ざり合った。

(林真理子著『旅は靴ずれ、夜は寝酒』より)

48人分のバースデーケーキ『嘆きの美女』(5)

「お取り寄せ」もサムいが、「マイブーム」も同レベルのサムさだと思うぞ。

1月26日(木)
最近のはまりものメモ。 
べーメ「ロイヤルミントボール」
ソニープラザで500円くらい? ちょっと高いけど、袋菓子と思えないくらいのクオリティ。なにより名前が超クール! ミントクリームをチョコカプセルに閉じ込めた大きめサイズのチョコレート。チョコミント好きとして納得の味。薄荷がスースーしすぎなくてドイツ菓子ならではの品格を感じるのだ。たまに歯磨き粉みたいなのがあるからな。あ、ピノのチョコミント味は復活しないんだろうか。ハロウィンの時にサーティーワンがやる「マジカルミントナイト」も好き。
[中略]
マルエス「ミニいかごろも 北海道チーズ味」(105円)
とりあえず、旨すぎる。いかフライをチーズとオニオンで味つけした駄菓子なんだけど、香ばしさといい、イカとチーズの濃厚さのマッチングといい、マジで止まらんくなる。危険な旨さ。
サッポロ一番 × 上州太田のコラボ「焼きそば のれん会」
食べ応えのある太麺、ソースのコクが申し分なし。「ペヤング」びいきの私のハートがぐらぐら揺らいでるよ。季節商品なんだろうか。頼む、レギュラー化してくれ! 近日中に、ピーコックにあるだけ買い占めねば。

最後は、島田製菓株式会社「シマダのラムネ菓子」
玲子さんがよく口にする「お取り寄せ」なんてのはサムい言葉だけど、これはなかなか見つからないから、さすがの私も取り寄せている。こんなにクールな菓子を他に知らないな。500ミリリットルペットボトル大のガラス瓶に、ガサッと白いラムネが詰まっている。ただそれだけさ。シンプルで強い味。原材料名は「砂糖、澱粉、酸味料、香料」だけっていう潔さに痺れるぜ! 『三月のライオン』5巻で雫くんがラムネを手作りする回(神回。マジ泣ける)を読みながら、コリコリ食べるのがマイブーム。

1月27日(金)
朝    玄米、味噌汁、ほっけ、納豆、おひたし、林檎、ヤクルト(担当は玲子さん)。 
昼    浅草の大黒家の天丼(うまかった!)。 
夜    トマトクリームパスタ、サラダ、豆乳ベーコンスープ(珍しくユリエ担当)。

1月28日(土)
やばい。富士そばのカツ丼が旨すぎる。肉やわらか! これで460円はすごい。

2月2日(木)
朝    正月の残りの餅をおろしで(いい加減、餅も飽きた)、クノールのコーンポタージュ。
昼    「カシュカシュ」まかないのオムライス、カプチーノ、ガトーショコラ。
夜    ドネルケバブ、トルコビール(それだけじゃお腹が減るので、夜は永谷園のお茶漬け)。

オープニングパーティーはせっかくバレンタイン当日だし、店中にあつあつのチョコレートの川を張り巡らす計画なんだ。そう、『チャーリーとチョコレート工場』のウォンカの工場にヒントをもらったんだ。イベント会社から、流しそうめんの機械を安く借りられたおかげで、なんとか採算は合いそう。可愛いピックに刺した焼いたマシュマロやフルーツを、好きなだけ熱いチョコレートに浸して食べられたら最高だもんね。テーマは「大人のキャンプ」。店員さんの出で立ちもガールスカウトの制服をイメージしている。あとはいろんなフレーバーを楽しめるホットチョコレートが目玉商品だよ。

ま、仕事帰りは、ヒガシのワゴン屋台まで歩いて行って、莫迦話しながらケバブを食べるから、ガス抜きはできてる。いやー、完全にはまったよ、ケバブ。トルコビールがまた合うんだな。ヒガシは面白いよ。宗佑さんとエイジよりもさらに気楽にしゃべる。
「パンもいいけど、ケバブってご飯にも合うんじゃない?」
って提案したら、翌日には「ケバブ丼」なる商品を売り出したんでウケた(笑)。柴漬けが添えてあった(笑)。

ヒガシはエンゼルパイが大好きらしくて、ロッテの「チョコパイ」に押されて最近ではミニサイズでしか見かけなくなったことを嘆いていた。洗面器くらいのエンゼルパイを食べるのが夢なんだって。
あの系統のチョココーティングの半生菓子だと、「シルベーヌ」推し(おお、あの優雅なフォルム……)なんだけど、今度エンゼルパイも食べてみようっと。

2月4日(土)
最近はまってる輸入菓子が、「Trolli(トローリ)」の「スパゲティサワーコーラ」っていうグミ。原宿の雑貨屋で見付けたんだ。パンチのある味はもちろん、見た目がグロくてキモくて最高。その名の通りコーラ味のグミをスパゲティ状にしたもので、どす黒い糸ミミズみたいな外見なんだ。
[中略]
ヒガシにグミを見せてやったら、アイツがはまっているっていう輸入物のガム「ビッグリーグガム」っていうのを見せてくれた。あのセンスにまいった! 野球選手の迫力あるイラストが書かれた紙のパッケージがいいよ。フレーク状のちょっと粉っぽいグレープガムがガサッと詰まっているんだけど、懐かしい体に悪そうな味がするんだよ。昔、日本でもあったらしいね。カバヤ「ビッグリーグガム」って。ヒガシはいつかメジャーリーグを観戦するのが夢なんだってさ。スタンドで食べるホットドッグは旨いだろうって。
どうでもいいけど、キリの「ハーブ&ガーリック」味のクリームチーズが美味しくて仕方ない。

2月6日(月)
朝    フレンチトースト、苺、林檎、パイナップル、ヨーグルト(担当はなんとボインの優子。不味かないけれど、フレンチトーストが分厚過ぎて厚揚げみたいだった)。
昼    コストコでホットドッグ&コーラ(すごい安かった。合わせて200円くらい)。
夜    コストコのバースデーケーキ(2000円くらい。ありえん)、「おーいお茶」。

すごいよ、絵本に出てくるみたいな鶏の丸焼きとかさ、でっかいマフィンが袋にぎゅう詰めされていたりさ、48人分のバースデーケーキって! AKBも腹いっぱいじゃんか! 『ギルバート・グレイプ』でジョニー・デップが買おうとしたような、とにかくものすごい大きさの長方形のケーキで、しっかりした原色のクリームで虹と「HAPPY BIRTHDAY」って書かれていて、思わず見入っちゃった。で、気がついたら買っちゃった……。
[中略]
〈48人分のバースデーケーキを衝動で購入。しかし、誕生日の予定はなし〉
玲子さんも宗佑さんも呆れていて、まーちゃんだけは食べるのをちょっと手伝ってくれたけど、当然のことながらまったく減らない。味は予想を裏切ってけっこう美味しかった。スポンジもクリームもしっかり甘くてなんというか、ダイナーの味。

古いこたつや掛け時計があるのも落ち着いたな。石油ストーブが懐かしい匂いで、幼稚園の頃を思い出したよ。あの上にお弁当のっけてあっためたんだよな。話変わるけど、ポテトサラダやデザートの林檎まであったまっちゃって、あれは今考えるとちょっと嫌だった。
こたつの上にケーキを載せて、テレビを見ながら、二人でひたすら食べたよ。先に音をあげたのは口惜しいことに私だった。

2月8日(水)
朝    寝坊して食べられず。ヒガシのくれたビッグリーグガムのみ。
昼    「カシュカシュ」まかないでオニオングラタンスープ、タコライス。
夜    生肉の刺身、ホルモン、牛肉の赤ワイン煮、ステーキなどなど。

中野駅からかなり離れたところにある、肉料理専門店に連れて行かれた。一見普通の居酒屋風なんだけど、予約が取れなくて有名な人気店らしい。お通しがぶつ切りにした生キャベツってとこが気取らなくていい。モツ煮、串焼き、煮込みハンバーグ、もも肉の赤ワインソース……。どれもびっくりするほど美味しいけど、驚いたのが生肉の刺身。レバーはともかく、ハツやガツ、センマイにロースを生で食べるのなんて初めての経験だった。歯で繊維が切れるさくっとした食感、ひんやりと口に広がる脂肪と甘みが信じられない美味しさだったよ。霜降り部分なんて刺身のトロを食べているみたいなの。内澤旬子の『世界屠畜紀行』を読んでいるせいか、よけい楽しめた。

「リッツクラッカー保存缶」「チューブ入りチョコ」「塩熱飴」「尾西の梅わかめご飯」などなど。組み立て簡易トイレに懐中電灯、サバイバルナイフも揃えて、気分は無敵。そうそう帰りに「東横のれん街」の「とらや」で奮発して高級羊羹「おもかげ」も買った。有名な登山家が何かのインタビューで言ってたけど、羊羹って水がなくても食べられるし腹もちもよくて非常食にぴったりなんだよな~。

2月11日(土)
朝    おむすび、たくわん、蜜柑、ほうじ茶。
昼    なし(忙しくて食べる暇なし)。
夜    フライドポテト、ビール、ラーメンサラダ。

〈ちょっと面白いことに付き合ってくれねえ? 二子玉川に着いたら、駅前のケンタッキーとマクドナルドで、フライドポテトを二人分ずつ買って、ダッシュでうちまで来いよ〉
なんだろ。なんのゲームだろ。わくわくして疲れが吹っ飛んだよ。言われた通りに乗り換えの二子玉川で店をはしごしてポテトを買い、ヒガシの家へと急いんだんだ。部屋に入るとこたつの上には、すでにポテトが山になっていた。あれっ、と首を傾げていると、
「ファーストキッチン、モス、ロッテリアのポテトだよ。5大ファストフードで、どのポテトが一番旨いか食べ比べてみよーぜ」
[中略]
ヒガシの名案に膝を打つ思いで、夢中で冷えた缶ビールのプルトップを開け、ひたすらポテトを食べたよ。熱々でカリカリでほくほくで、冷たいビールによく合って、どれも美味しかった。でも、うん、予想通りやっぱりマクドナルドがダントツだったな。なんでだろう。じゃがいものホクホク感という意味ではモスがトップなのに……。むしろ、マックはへなっとしたチープな味わいなのにさ!

気を取り直したのか、締めにヒガシが「サッポロ一番」の麺を使って作ってくれたラーメンサラダっていうのがすごく美味しかった。札幌の名物なんだって。ヒガシは北海道で育ったんだ。野菜もとれたし、つるつるいけたよ。

何を作ったかって? もーちーろーん、エンゼルパイだよ。そう、洗面器大のね!! 苦労した~~。2時間もかかった。直径30センチの花形のケーキ型を使って、ココア味のビスキュイを2枚焼き、間に溶かしたマシュマロを塗りつけ、テンパリングしたチョコレートでコーティング。チョコとマシュマロまみれになって、ようやく完成。

(柚木麻子著『嘆きの美女』より)

まんが肉『嘆きの美女』(4)

日本に行くと必ず無印のレトルトや調味料を買って帰るが、アメリカは肉、肉エキス類を持ち込めないのが残念。カレーもコンソメ系もいろいろ種類があるのにね。

ケバブはちょっと流行っていたころにフードトラックではなく神戸のレストランで食べたのを覚えているが、叔父が「あれはキケンだ...目の前で刀振り回すんやもん」と言っていてウケた。

1月16日(月) 
朝    最近、玲子さんが朝食を出すタイミングと合わないときは、ケロッグのチョコワと牛乳が多いけど、眠くてそれさえ用意できず。昼と兼ねるってことで。
昼    チヂミ、シャーピン、おやき(野沢菜)、じゃがバター、チュロス、代官餅(あんこ、きなこ、大根おろし=フレーバーはとりあえず全部試すのが俺ルール)、甘酒、ケバブ、チェリージュース(マジDEハラいっぱい)。
夜    蛸の炊き込みご飯ナンプラー風味、豆乳キムチ鍋、明太子、アボカドサラダ、大根ナムル、パクチー豆腐(今夜の担当は玲子さん。キムチと明太子はボロ市で購入)、柚子寒天。

人でいっぱいのボロ市通りに連なる屋台を見たら眠気なんて吹っ飛んだね! すごいよ。壮観だった。あちこちで、何かをじゅうじゅう焼く音だの、蒸し器から舞い上がる真っ白な湯気だの、甘酒の甘い香りが立ちこめててさ、お腹が減るのなんのって。まーちゃんはひとまずユリエに任せ、あとで盆栽市で合流することにして、とにかく食べて食べて食べまくったよ。収穫だったのは、シャーピンっていう名前の中国のおやき。外はぱりぱりで中には餃子の具みたいなやつがむっちり詰まっていて超美味しかった。自分でも作れるかな。もしや『美味しんぼ』で山岡士郎が雪山の別荘に閉じ込められた時に、小麦粉だのネギだのでパパッと作ったやつ? って一瞬思ったんだけど、あれは「ローピン」だったね。帰宅後、12巻を読み返したらわかった。雁屋哲先生、失礼。

ほっとして、怒鳴りながら駆け寄っても、まーちゃんは平気な顔だった。口の周りに何やらべたべたした茶色いソースをつけて、白い包みに鼻をうずめている。スパイスと焼いた肉のいいにおいが漂ってきた。買い食いは玲子さんに禁止されているはずだけど、正直怒っている場合じゃない。
[中略]
まーちゃんの突き出した、肉をはさんだらしいピタパンと、屋台の前にある「ドネルケバブ」と書かれたのぼりを見比べた。
「だめだよ。ほら、お金払わなきゃ。申し訳ありません。おいくらですか?」
「あー、いっすよ、いっすよ。俺もこの子と話せて楽しかったし」

カウンターでゆっくりと回転する、グリラーに刺さった巨大な牛肉の塊に視線が吸い寄せられた。だって、じゅうじゅうと肉汁を滲ませ褐色に焼き色をつけ、とんでもなく香ばしいにおいを辺り一面に放っているんだもの。思わず、
「まんが肉みたい……」
と、つぶやいたら、EXILEは海賊みたいに豪快に笑った。
「『はじめ人間ギャートルズ』っすか?」
「はあ……」
「あ~、ウケる。よければ一つどうですか? うちのケバブ、おすすめっすよ」
こちらが返事するより早く、男は器用な手つきで肉の表面をこそぎ、ソースで味付けし、素早く野菜と一緒にピタパンにはさんでくれた。パラフィン紙に包んで鼻先に突きつけるものだから、食べないわけにもいかない。
一口かじるなりカリカリに焼けた肉の表面が裂けて肉汁が溢れ、パンを柔らかくしっとりさせる。たっぷりの瑞々しいキャベツ、何種類ものスパイスが心地良く口内を刺激した。硬すぎず柔らかすぎず、絶妙な加減に焼けた肉の繊維はどんどんほぐれ、やがて野性味溢れる旨味でいっぱいになった。甘めのソースの食欲をそそることといったら。ドネルケバブなんて、リア充バカ学生のチャラチャラした食べ物だって思っていたけど、こんなに美味しいだなんて。

1月18日(水)
朝・昼    歌舞伎揚げとかポテロングとかアルフォートとかお腹にたまる系の菓子を適当に。大好物のアレも。
夜    具だくさんおでん(牛すじとちくわぶ多めで)、鮭とおかかのおむすび、市販のポテトサラダ(夕食の担当は私)。

料理なんてやる気ないから、久しぶりに大好物のアレにした。
日清焼きそばの袋タイプを柔らかめに炒めたやつに鰹節をどっさり入れたものと、前の日の残りの冷やご飯。いろいろためしたけど、日清の甘くふにゃふにゃの焼きそばが、きりっと引き締まった冷やご飯に一番合うんだよな。炭水化物ON炭水化物で、玲子さんに見つかったらこっぴどく叱られるって知ってるから、このコソ食い、楽しくて美味しくて仕方がない。最後ごはんと麺をちょっとだけ残してマヨネーズかけるのがキモ。
一応、みんながお腹を空かしてきた時に備えて、おでんだけ用意して、あとはだらだら過ごした。「徹子の部屋」久しぶりにリアルタイムで見れてよかったよ。おでんの卵の黄身をおつゆに溶いて、ごはんにかけてかっこむのは「深夜食堂」流。

1月24日(火)
朝    寝坊。正月の残りの餅をチーズ+しょうゆで磯辺焼き、蜜柑、林檎。
昼(遅め) 葉月んとこでサルヴァトーレのピザ、サラダ、ワイン、栗のアイス。
夜    玄米、豚汁、鮭の西京漬け、柚子なます、イカと大根の煮物、白菜とベーコンの煮浸し。デザートは洋なしの赤ワイン煮(夕食担当は玲子さん)。

「やだ、なにこれ、全部無印良品のレトルトじゃない!」
優子が真っ先に大声をあげ、みんなの視線が集まった。  からすみ、うにクリーム、いかすみ、たらこ、などのあえるだけの各種パスタソース。野菜と一緒に煮込めばいいだけの、タイカレーのグリーンとレッド。炊き込みごはんの素シリーズ。ナン、シシカバブ、スープやドリア、カスレのキットまで揃えてある。これで5千円以内に収まるんだから、無印良品というのはやっぱりすごいところだと思うよ。あのワールドワイドな料理名がずらり並んだフードキットのコーナーは、壮観だよな。ちなみに私が好きな無印の菓子は、絞るのは難しいけど、ブールドネージュ(白)とミニラーメン、あと、のし梅。
「ぜーんぶ、袋の裏に書いてある説明の通りにやれば、作れるから! こんだけいろんな料理を頑張らなくても作れるなんて、自信つくでしょ? 特にタイカレーのグリーンなんか激ウマだよ。ご飯じゃなくて、冷たいそうめんのつけダレとしても合うから。砂糖多めにして牛乳をちょい足しすると、辛いの駄目な人でも食べやすいよ」
呆気に取られたように、玲子さんが口を開いた。
「信じられない。あなた、本当にフードコーディネーター? 無印良品のキットなんて誰が作っても同じ味じゃないの!?」
「だからいいんじゃないですか」
得意満面に言い返してやった。
「思い立ったらいつでも買いにいけるんですから。困った時は無印に駆け込めばいいって思えばいいんですよ。レトルトって言っても、ちゃんと調理が必要で、野菜だの肉だの切って入れないと駄目なやつだし、立派なご飯じゃん。ていうか、二人で美味しく食べられればなんだっていいんですよ、新婚なんだから! 料理が作れないことで思い悩むのなんか、ナンセンスです」
[中略]
さっき葉月からメールが届いたんだよ。「グリーンカレー大成功! 切って煮るだけなのに本格的ね、彼も大喜びです」。添付の写真には、イケメンの旦那と幸せそうに食卓を囲む葉月の笑顔があった。あ、グリーンカレー食べたくなってきた。もう深夜2時だけど、作るか。

(柚木麻子著『嘆きの美女』より)

ラピュタのシチュー『嘆きの美女』(3)

その上を歩けるほどの巨大ゼリーといえば『おひめさま がっこうへいく』である。しかもこちらはプールどころか海!オレンジ味!
おひめさまは裸足だったけど、追いかけてきた先生たちはヒールをはいていたので首まで沈んでしまい、振り返るとつぶつぶゼリーさながら...という描写が子どもの目にはリアルであった。

「葛粉入りミルクの残り、てんさい糖で甘みをつけて冷蔵庫で固めておく! 2時間もすれば美味しいブラマンジェになっているから、気が向いたら食べて! ちゃんと食事しないと、そのうち倒れるぞ!」
[中略]
ブラマンジェにはユリエの大好きなブルーベリーのソースをたっぷりとかけてやろう。そう考えて、飛び上がりそうになる。
──なんで思いつかなかったんだろう!
今の今まですっかり忘れていた。ユリエの大好物。「パティスリー・セシル」のブルーベリータルトだ。あれなら、どんなに食欲がなく気持ちが荒んでいても、口にせずにはいられないだろう。

「それ、お湯を注いだら1分でいいんだよ……。麺の歯ごたえを楽しむやきそばだから」
窓際の望遠鏡にへばりついていた升本雄介は不機嫌な顔でテーブルに向き直り、お湯を注いでしばらく経つ「マルちゃん 俺の塩」のカップに目を留めると、たちまち椅子を蹴飛ばした。

そこまで考えた時、テーブルの上の「マルちゃん 俺の塩」が目に入った。
結局、雄介は湯切りしたものの、まったく口をつけていない。もったいない。耶居子はため息をつく。冷めてしまっては、もはや調味料が麺にからまないだろう。もうずっと、カップやきそばを食べていないことに気付いたら、やみくもなまでの食欲を感じた。からからだった口の中が、じわりと唾で潤っていく。
あの麺のにおい、均一な歯ごたえ、脳がしびれるような強い味。なにより、好きな時に作って食べられる手軽さと自由さ。こちらに何かを強制したり、だらしなさや貧しさを責めたりしない。引きこもりだった頃、どれほどああした食べ物に救われてきたことか。手の込んだ玲子の料理は確かに素晴らしいけれど、耶居子にとってのソウルフードは「俺の塩」と「ペヤング」だ。そう思った瞬間、堰を切ったようにむくむくと力が湧いてきた。

一番初めにカップ麺の味を教えてくれたのは亡くなった父だったっけ。母に見つかると怒られるからと夜の台所でこっそり「明星 一平ちゃん夜店の焼そば」を作ってくれた。マジシャンのような手つきで湯切りする父に、小学生の耶居子は羨望のまなざしを向けたものだ。もし、無事に帰ることができたら、母に会いにいこう。今度は自分が父の代わりになって、あの家を支えてみせる。そして、もしなれるのであればカップやきそばのような人間になろう。どんな相手も緊張させない懐の深い人間に。

「ベイクドポテトに手作りソーセージ、卵料理、パンケーキ。絞り立てオレンジジュースのアメリカンブレックファーストよ」
[中略]
「玲ちゃん、別に僕に合わせて、高カロリーにしなくたっていいんだよ。パブリックイメージもあるんだから、薬膳でも油ぬき蒸し野菜でも、僕は喜んで付き合うつもりだよ」
バーベキューセットの前に番人のごとく佇み、トングでソーセージをひっくり返しながら、兄は玲子にいたわるような視線を向けた。

テーブルにつき、パンケーキの塔にメープルシロップと溶かしバターをたっぷりと回しかけていると、ようやく優子が姿を現した。
[中略]
「それじゃ、久しぶりに皆が揃ったところで、いただきまーす!」
バターとシロップをしっとり吸い込んだパンケーキに、ソーセージの塩気がたまらない。
夢中になって頰ばっていると、ふいに玲子が一同の顔を見回した。

彼に誘われて、狭い階段を下り、通路を辿る。トマトとチーズと肉が溶け合う美味しそうな匂いがして、ユリエは思わず目を細めた。
「今日の打ち上げメニューは、『天空の城ラピュタ』のシータが作ったシチューなんですよ。『洗獣』名物の打ち上げ料理、俺たち、毎回楽しみにしてるんすよ」
鏡を張り巡らした広い部屋に案内されると、長いテーブルを取り囲んで、30名ほどの劇団員やスタッフらが缶ビールをぶつけ合っているところだった。 「千秋楽お疲れさま! 座長、お疲れさま。かんぱーい」
中央のカセットコンロでぐつぐつと煮える鍋が、どうやらラピュタのシチューらしい。劇団員たちは奪い合うようにして発泡スチロールの容器にシチューをよそい、ふうふうと夢中で息を吹きかけている。
「おお、まさに想像していた通りのコクととろみだ!」
「バルス、バルス」

「もちろん、プールをアルコール消毒してからゼリー液を固めましたから、安全に召し上がれます。スタッフがお配りしております、スプーンでどうぞ。他にも、到着したばかりのフードメニューが豊富にございます。ただいま盛り付けしております、アスピック、チーズのテリーヌ、フルーツのババロア、パプリカのムース……。口当たりがぷるんとした、見た目も艶やかな涼しいお料理をご用意致しました。そう、メニューのテーマは『美女の涙』、この家の美女たちがこれまで流して来た涙を、ゼラチンで固めたイメージでございます」

(柚木麻子著『嘆きの美女』より)

手作りハピ粉『嘆きの美女』(2)

高校生のときはカロリーメイトを旨いと思ったし、今はなきキオスク(最寄り2駅のプラットフォームからいつの間にか消えてしまった)でしょっちゅう買っていたけど、その頃の嫌な思い出もいろいろまとわりついているので多分自ら買うことはもうない。ホームメイドのハピ粉はぜひ味わってみたい。

自分の不器用さが心底うらめしい。全神経を集中して、コアラ形の小さなクッキーにチョコペンシルで目や鼻や楽器を描き入れようとするが、どうしても指先が震えてしまうのだ。コアラの鼻がまたもや大きくにじみ、耶居子は低く呻いた。失敗作のクッキーの小山を見つめ、肩を落とす。幼稚園のハロウィンパーティーまであと3日だというのに。
──もう十分、美味しいわ。初心者にしては上出来。これでいいじゃない。
さすがの玲子も耶居子の熱心さにあきれていた。
[中略]
無理を言って鍵を借り、耶居子は事故以来初めて電車に乗り、一人でここにやってきたのだ。どうしても満足ができない。コアラのマーチの美味しさの肝は、あのかすかに塩気のある軽いクッキー、空気を閉じ込めた膨らみのある形状、チョコレートの絶妙な分量だ。さらに、描かれた楽器も一つ一つ違う。
スタジオに通い始めてもう10日が経つ。玲子にレシピやコツを教えてもらったり、ネット検索したりしながら、手探りでお菓子を作り続けている。これほどのめり込んでいるのは、予想以上に早く成果が現れたからだ。ハッピーターンにスニッカーズ。餅を揚げ、複数の調味料をまぶしたせんべいと、キャラメルやヌガーを重ねてコーティングしたチョコバー。どちらも形は不格好だが、味はかなり正確といってもいい。レシピはしっかり記録してある。残るはコアラのマーチだけなのだ。

鶏の脂が焦げる香ばしさにお腹が鳴りそうになる。
若い女性店員が踊るような足取りでやってきて、雫の光る中ジョッキとお通しの鶏ささみの和え物をどんと置いた。乾杯、と宗佑が叫ぶ。彼が勢いよくぶつけようとするジョッキから身を守るべく、耶居子は慌てて自分のジョッキを胸の前に突き出す。恐る恐る口をつけてみると、よく冷えた黄金色の液体が体中を駆け巡った。目を見張るほどの豊かな香りと深い苦み。いつの間にか、ごくごく、と夢中で喉を鳴らしていた。
[中略]
経験したことがないほどの高揚感でジョッキのおかわりを頼み、メニューに載っている焼き鳥を片っ端から注文する。気付けば、ネギマを嚙み締めながら、この一週間の成果を報告していた。
「あのハッピーターンの魔法の粉が作れるなんて! 一体どうやったんだよ?」
「粉末鶏ガラスープ、ほんだしに味の素、塩と砂糖をたっぷり。配合は秘密です」
甘いネギと柔らかな鶏肉をビールで流し込む爽快感ときたら。玲子の料理も悪くないが、こちらの気楽さの方が耶居子には合っている。

「カロリーメイトを手作り? そんなことできるの?」
「うん、だってアレってイギリスのクッキー、ショートブレッドが原型でしょ。材料が違うだけで、同じ作り方でいけるんじゃないのかな」
玲子が、おや、という表情を浮かべた。
2日前、初めてアシスタントとして参加した玲子の教室を思い出したのだ。「秋の英国風ティーパーティー」なるスカしたレッスン名には辟易したが、できあがったきゅうりのサンドイッチやスコーン、ショートブレッドを様々な紅茶で楽しむのはピクニックのようで、楽しかった。
[中略]
引きこもり時代、ほぼ毎日のようにお世話になっていた、あの黄色いパッケージの原材料を思い浮かべようとする。
「バターの代わりに食用油脂を使えば、かなりいい線まで再現できるんじゃないのかな。あとは脱脂粉乳、大豆タンパクを加えれば、あのモサッとした独特の味わいは再現できるはず!」
「つまり、マーガリン、スキムミルク、きな粉で代用可能ね」
玲子がさっと腰を浮かし、手早くエプロンを身につけ、キッチンへと入っていく。
「なに、ボケッとしているのよ。さっさと支度して。あなたは私のアシスタントでしょう。まずは小麦粉を量って! ユリエちゃんのために栄養たっぷりの自家製カロリーメイトを作るわよっ」
耶居子は弾かれたように、優子の腕をとって立ち上がる。美容オタクのバツ2整形女であることに変わりはないが、上司として玲子はなかなか面白い人間だった。冷蔵庫からグレープフルーツを取り出した玲子は、まな板に載せ、包丁でスパンとまっぷたつにした。さわやかで胸のすくような瑞々しい香りが、キッチンいっぱいに溢れ出す。

「やっぱり、フルーツ味にして正解でしたね。食欲ない時でも、さくさく食べられるもの。グレープフルーツ果汁だけじゃなく、皮も擦って入れることで、あの独特の苦みが生まれるんですね」
傍らのまーちゃんのつるつるした髪をもてあそびながら、耶居子は満ち足りた気分で言った。まーちゃんは頰に白い粉をつけて、にこにことこちらを見上げている。クッキー生地に竹串でぽつぽつと穴をあけたり、味見係として意見を求められたりして、すっかりお姉さん気分なのだ。夕食代わりにお菓子を食べるというのも刺激的な経験なのだろう。
「レモンピールやアーモンドまで入っているなんて、なかなか 贅沢 なのね、カロリーメイトって。味のバランスもいい。私、市販のお菓子のこと、見くびっていたかもしれないわ」
玲子が感じ入ったように、皿に山盛りになった試作品に手を伸ばし、さくりと白い歯を立てる。まーちゃんが嬉しそうに叫んだ。
「わあ、ママ! これから、お外でお菓子買ってくれる?」
「駄目よ。ま、耶居子さんが作ったものならいいけどね。彼女なら安心して任せられるわ」

「フルーツ味のカロリーメイトといえばジブリ映画の『耳をすませば』だよね。ヒロインが小説を書く時に、もそもそ食べてるの。あれ以来、カロリーメイトといえば、断然フルーツ味」
「え、あれ、フルーツ味だっけ? よく見てるのね、さすが耶居子さん! ていうか、耶居子さんがジブリ見るとか意外~~」

「『プリンセスと魔法のキス』に出てきた、ガンボっていうスープも作れるよ。ベニエっていうドーナツをデザートに揚げてやろうか? それとも『くもりときどきミートボール』で空から降ってきた、でっかいミートボールとか?」
最近一緒に見たアニメ映画を口にしただけで、みるみるうちにまーちゃんの顔が輝き出した。うっかり屋の発明家、フリントの実験で、空から巨大な食べ物が降ってくるようになるこの物語はまーちゃんの大のお気に入りだ。

とりわけ、フリントが恋人を喜ばせようと、ゼリーで作った家に招待する場面はDVDで繰り返し見ている。
「ミートボール! 絶対にミートボール! デザートはゼリーがいい。フリントたちが遊んでたゼリーのおうちみたいにプルンプルンのやつ!」
「よっしゃ、ちょっと待ってな。まーちゃんもお手伝いしてくれるよね」
「うん!!」
耶居子はにっこり笑うとまーちゃんの手をとって、キッチンへと誘う。冷蔵庫を開けると、ひき肉がほんの少し残っていて、安心した。豆腐があるから、これを潰してよく混ぜ、ふんわり大きく仕上げよう。残り野菜のピーマンや椎茸も細かく刻み込んで、冷凍してあるトマトソースで軽く煮込めば完璧だ。ゼリーの材料は、カロリーメイトの時にも使ったグレープフルーツがある。果肉をくり抜いて、皮を器にしたら見栄えもいい。時間がないから、ゼラチンの代わりにすぐに固まる寒天を使おう。
「まーちゃん、グレープフルーツ絞ってくれないかな」
「わかった!」
フードプロセッサーに豆腐やひき肉、野菜を入れ、スイッチを押す。半分に切ったグレープフルーツと絞り器を手渡すと、リビングのテーブルでまーちゃんはせっせと果汁を絞り始めた。

冷蔵庫の中の寒天液もすっかり固まり、ぐつぐつと煮える鍋にオレガノを振りかける頃、優子がコートを脱ぎながらリビングに飛び込んできた。
[中略]
「優子ちゃん、話はあとあと! お腹空いてない? ご飯にしようよ」
「ゼリーは、まーちゃんがお手伝いしたんだよ!」
恐縮しきった顔つきの優子を無理矢理テーブルにつかせ、ミートボールにパスタを添えた皿と簡単なサラダを並べる。まーちゃんが口の周りを真っ赤にして、旺盛な食欲を発揮したので、耶居子はほっとした。デザートの寒天ゼリーが、はかない口溶けで美味しい、と優子は目を丸くして褒めてくれた。 
「ゼリー大好き。この家のプールがゼリーだったら、いいのになあ」

(柚木麻子著『嘆きの美女』より)

手作りマック『嘆きの美女』(1)

最近電子版が出てようやく読む。まだスマホは普及しておらず折りたたみ携帯が登場する。いかにもドラマ化されそうな内容。
「明星 一平ちゃん夜店の焼そば」は米国でも手に入りやすいので時々買う。でもほんとに食べたいのはUFO。

コーンポタージュ味のカールと、ネット通販で購入したプラスチックケース入りのソースカツを交互に口に押し込み、ぬるくなったファンタグレープで流し込む。

店名は伏せられていたがすぐにピンときた。ケーキといえばコンビニのものが一番口に合う耶居子でも、名前と場所くらいは知っている有名店だ。
〈近所の大好きなケーキ屋さん。ここのブルーベリータルトは私の大好物。次回のオフ会もこのお店でできたらいいですね♪〉

水木優子が山盛りのフルーツを、プールサイドのパラソル付きのテーブルへと運んできた。

「今朝は、薬膳八宝粥よー。耶居子さん、パクチーは大丈夫かしら?」
よく通る高い声をあげ、土鍋を手にやってきたのは沢山玲子だ。

うんざりした気持ちで、テーブルに並んだ皿を見下ろす。見るからに美味しくなさそうな灰色の粥。中央に飾られたダリアが邪魔臭い。玲子の作る薬膳料理が大嫌いだ。驚くほど薄味で油っ気がない。今日のお粥には、ナツメだのクコだの白きくらげだの、口当たりの悪いボソボソしたものが山のように入っている。どろっとした舌触り。ショウガの味がきつくて、喉がひりひりする。
隣の優子が、木のスプーンで一さじ一さじすくっては、覗き込むようにして口に運んでくるので、飲み込まないわけにはいかない。
[中略]
ここで出される食事は、万事こんな調子だ。タジン鍋で蒸した野菜と鶏ササミ、雑穀入り玄米、豆腐料理、海草サラダ。この季節に、飲み物は常に熱い中国茶だ。もう嫌だ。カップラーメンやスナック菓子が心底恋しい。マヨネーズをたっぷりかけた「明星 一平ちゃん夜店の焼そば」、きりっと冷えたペプシコーラ、ガリガリ君ソーダ味、マクドナルドのフライドポテト……。舌のしびれるような化学調味料やぶどう糖の味わいを思い浮かべるだけで、唾が湧いてくる。

買ってきて欲しいものなら、山のようにある。二代目「ラ王」も発売されたことだし──。国友やすゆき『新・幸せの時間』最新巻、ファンタグレープ、「あらびき団」のDVD、パイの実、サッポロポテトのバーベQあじ。いずれも口にしづらく、耶居子はぼそぼそと言った。
「……お菓子っぽいようなものとか。気軽に見れるコメディのDVDとか」
「あら、お菓子なら、玲子さんの用意してくれた、豆乳ババロアの黒蜜ソースがあるわ。ちょうどいいわ。おやつにしましょうか。美味しいそば茶もあるのよ」
[中略]
この家で出されるお菓子は、お菓子とは到底呼べない。ドライフルーツに、寒天ゼリー、おからのケーキ。食べた気がまるでしない、はかない甘味ばかり。

山盛りのサラダを運んできた玲子が不思議そうに首を傾げる。優子が共犯めいた目配せをしてくるのが、うっとうしくて仕方ない。
「まあ、いいわ。先に始めましょ。今日のメニューはパクチー尽くしです。ジャスミンライスのピラフ、生春巻き、サラダ、ビーフン。この間、耶居子さんが美味しいって言ってくれたから、張り切っちゃったわ」
食欲をそそるつんとした青い香りに、お腹 がぐーっと鳴った。認めたくはないが、玲子の野菜料理がだんだんと美味しくなり始めている。最初は味も香りもないと思っていたのに、複雑な風味や旨味がくっきりと感じられてきたのだ。きっかけはこのパクチーだ。最初は口にする度に顔をしかめていたが、独特の香りとエグ味が眠っていた何かを呼び覚まし、ある瞬間から食欲が止まらなくなった。恥ずかしいのも忘れて、この葉っぱは一体なんなのですか? と玲子に質問してしまったくらいだ。
「すごいわねえ、パクチーにこんなにすぐ慣れるなんて。耶居子さんって舌が鋭いのかも。私なんてこの味がわかるようになるまで随分かかったもの。今では好物だけどね」
ジャスミンライスを夢中で頰張っていると、傍らの葉月が感心したように言った。舌が鋭いなんてことあるわけがない。生春巻きの皿を引き寄せながら、耶居子は苦笑いを浮かべた。
「ここに来る前は三食スナックで過ごしていたくらいで……」

カリット──。葉月の言葉に、喉がごくりと鳴った。軽い歯触りのリング形のコーンスナック。20年以上のロングセラーだ。もちろん大好物で、引きこもっていた頃は、塩バター味も醬油味も袋ごと口に流し込んでいたっけ。
[中略]
ユリエにうまく頼めば、カリット一年分ぐらいもらえるかもしれない。考えただけで涎がこぼれそうだ。玲子の味に慣らされたとはいえ、うまい棒やすっぱムーチョの素晴らしさを忘れたわけではない。

「ねえ、ベトナム風にライム味やナンプラー味なんてどうかしら?」
「わあ、エスニックね。お洒落。私はドリトスみたいに何かディップをつけて食べられるようなヘルシーなスナックだと嬉しいなあ。アボカドのワカレモ、大好きなの」
優子は手を叩かんばかりだ。
「わあ、それいい! カリットに合うディップのレシピをおまけすればいいわね。ねえねえ、最近流行りの米粉を使って、低カロリー化してみたら?」
「へえ、面白いわね。エスニック味にディップ案、米粉でヘルシー、ね」

夕食に、サムゲタンなる鶏の煮物が鍋ごと現れた。
玲子がカラフルな鍋つかみで蓋を取ると、ショウガの香りのする湯気が噴き上がり、食卓は歓声で包まれる。丸のままの鶏は、栗、クコ、朝鮮人参、もち米がお腹にたっぷり詰め込まれ、骨から肉がはがれ落ちるほど柔らかく煮込まれていた。白濁したスープには素材の美味しさが凝縮されている。午前中からひたすら眠り続けていたせいで、耶居子のお腹はぺこぺこだ。ギプス包帯が外れ、久しぶりに体が伸び伸びと心地よい。
[中略]
恥ずかしくなって背中を丸め、スープを吸ったもち米をがつがつ搔き込んだ。

「でもぉ、幼稚園のハロウィンでは皆、ハッピーターンとかコアラのマーチとかスニッカーズを持ってくるんだよ」
いずれも、まーちゃんが友達の家で口にしてから忘れられなくなったお菓子である。特別な日くらい、食べさせてやればいいのに。自分も大好きな味だけに、耶居子は不憫でならない。

まったく、牛肉のかたまりときたら。いつまでたってもミンチにならない。よく研がれたペティナイフをやみくもに赤身肉に振り下ろし、耶居子は舌打ちをこらえている。椅子に座ったままの調理とはいえ、病み上がりの体にこの重労働はこたえる。
「肉を完全に叩いたらナツメグを入れて。つなぎの入らないぶん、ねばりが出るまでよく練るのよ」

──マクドナルドのクォーターパウンダー・チーズが食べたいです!
助手席で、初めてといっていいほどはっきり意志表示したら、玲子はアクセルを踏みながら、興味深そうに尋ねてきたのだ。
──へえ。それ美味しいの? クォーターパウンダーってなあに?
いつもは偉そうな玲子が教えを乞う様子に満足して、説明してやった。クォーターパウンダーとは4分の1ポンドの重さを意味する。肉厚なビーフパティを引き立てるのは、ケチャップ、マスタードにピクルス、刻んだタマネギという、シンプルさだ。唾を飛ばしてしゃべりまくっていたせいで、目黒通りを抜けたことさえ気が付かなかった。広尾駅すぐそばの駐車場に車を停めるなり、玲子は突然こう言った。
「ねえ、そのクォーターパウンダーなんとか、ぜひ、私にも作ってもらえないかしら」
訳のわからないまま、このビル3階のスタジオまで連れてこられたのだった。
「ここにあるものはすべて自由に使っていいわ。調べものにはパソコンを貸すし、料理本も好きに見ていいのよ。さあ、美味しいハンバーガーを二人分作ってちょうだい。確か冷蔵庫に美味しい赤身肉があったから叩いて使うといいわ」 
啞然 としていると、丸めたエプロンが飛んできた。
こんなことなら来るんじゃなかった。赤身肉と格闘している耶居子に目もくれず、玲子はキーを叩きながら、ぺらぺらしゃべっている。
「料理の腕を短期間で上げるコツはね、その時自分が一番食べたいと思うものを最高の材料で作ることなの。これは教室の生徒さんやアシスタントにもよく言っていることなんだけどね」

西洋料理専門書を参考に、ハンバーグだねを二つにまとめ、お手玉のように両手に交互に行き交わせ空気を抜いた。そうそう、確かこうやって作るのだったっけ。フライパンで肉を蒸し焼きにしている間に、冷蔵庫からタマネギ、ピクルス、ケチャップ、チェダーチーズのかたまりを見つけ出した。パンは何種類か買い置きがあった。セサミをちりばめたイングリッシュマフィンがハンバーガーのバンズに一番近い。軽くトーストして使うことにする。牛肉の焼けるにおいがキッチンいっぱいに漂う頃には、ちょっぴり楽しくなり始めていた。見よう見真似で肉をマフィンに挟み、皿に載せ、うやうやしく玲子のもとまで運んだ。
「あら、できたのね。形は悪いけど、今にもはみ出しそうなハンバーグが美味しそうじゃない。写真を撮る前にお化粧しましょうか」  彼女は立ち上がり、冷蔵庫からハーブやラディッシュなどを取り出し戻ってきた。玲子がほんの少し色をあしらい形を整えただけで、不格好なハンバーガーが料理雑誌のグラビアを飾れそうな一皿へと変身した。これがプロの仕事なのか。我を忘れて、見入ってしまう。
[中略]
テーブルの前に座り、いただきます、とつぶやいて、両手で摑んでかぶりつく。やや焦げているものの、ジューシーな肉汁と奥行きのある旨味が口いっぱいに広がる。自分が作ったものとはとても思えない。もしかして私、料理の天才かもしれない──。こちらの気持ちを見透かすように、玲子はナイフとフォークでハンバーガーを品よく切り分けながら、
「この赤身肉、いくらすると思っているのよ。このイングリッシュマフィンも有名なベーカリーのものよ。美味しく作れて当然なんだからね」

(柚木麻子著『嘆きの美女』より)