たべもののある風景

本の中で食事するひとびとのメモ帳2代目

職員室で朝食を 芦沢央『汚れた手をそこで拭かない』

家庭科室の醤油、とはなかなか不潔そうである。
今は学校が食品を置きっ放しにすることはないだろうな。
ていうか、英語もプログラミングも必修になった小学校課程に家庭科はまだあるのか?

調理実習のことは小中高ともに不思議といろいろ思い出せるな。
お酢から作ったフレンチドレッシングがめちゃ美味しかったこと。
ルーから仕込んだクリームシチューがブラウンソースになったこと。
「好きなものを作っていい」と言われた回でカナッペ案にNGが出たこと、デザートに出来合いのアイスを付けてズルーイと言われまくった男子グループ。
油をどっぷり吸い込んだパンの耳かりんとうを食べ過ぎて保健室送りになった子。
中学の「青菜の炒め物」の調理実習がイヤすぎて、学校を休んだこと(この1日のために、私は皆勤賞を逃した)。

「俺はさあ、奥さんに離婚するって言われて家追い出されたから朝飯食いっぱぐれちゃって」
両手で卵を2つ掲げてみせ、顎で飼育小屋を示した。
「トサの卵をいただこうかと」
「え」
秀則は目を見開く。
「それ、大丈夫なのか?」
「生じゃなきゃ平気でしょ」
やっぱり目玉焼きがいいかねえ、と呑気な口調で続ける五木田に、「いや、そっちじゃなくて」と脱力した。
(中略)
五木田は職員室の端にあるコンロの前に立つと、フライパンにサラダ油をさっと回しかける。左手でフライパンを動かしながら、右手だけで卵を割った。
(中略)
五木田はあっさりうなずいて菜箸を手に取った。フライパンの上で卵をかき混ぜてから、あ、目玉焼きにするんだった、と大仰なほどに顔をしかめる。
(中略)
「千葉センセイ」
五木田がフライパンを揺すりながら呼びかけてきた。秀則はぎくりと立ち止まる。
「......何」
「千葉センセイもスクランブルエッグ食べる?」
五木田は火を止めてフライパンを片手に振り向いた。
(中略)
「やっぱり塩コショウだけだと味が物足んないなあ」とつぶやきながら醤油のボトルを手に取る。
一体何なんだ、と考えた瞬間、
「嘘でしょ」
五木田がスクランブルエッグに醤油を回しかけて言った。
(中略)
五木田は「これ」と言って醤油のボトルを掲げる。
「俺、ほんとは卵は醤油派なのよ。ここにはないからさっき20分くらい前に家庭科室にないか見に行ったんだよね。だけど、水なんか特に流れてなかったんだよなあ」

「私、笹井さんと一緒にスーパーの特売に並んだことがあるのよ」
アパートの住人の1人が、ごま豆腐を頬張りながら言った。

隣を向くと、かぼちゃの煮物を小さくして口に運んでいた妻が顔を上げる。
武雄は咄嗟に前に向き直り、泡の消えたビールを一気に呷った。
ぬるまったビールは、ひどく苦味が強く感じた。

そこに、『うわ、めっちゃ旨い!』という声が入り、カメラが慌ただしく動くと、小島郁人が唐突に肉まんを頬張っていた。
『何でいきなり食ってんだよ!』
すかさずツッコミを入れた菅野に対し、小島が『いや、これめっちゃ旨いって!』と繰り返す。
『うちの名物なんですよ』と説明しながら現れたのは、旅館の女将だった。
『うちの人が皮から作っているんですけどね、宿泊されるお客様でなくてもお買い求めいただけるんで、わzわざこの肉まんのためにお越しくださる方もいるんですよ」
(中略)
『こちらの肉まんにもカツオが入っているんですよ』
女将が流れるようなタイミングで言葉を挟み、小島が『あ、このクセになる味はそれか!』と手にした肉まんを再び頬張る。

ウーロン茶で乾杯をすると、瀬部さんは、ここ、旨いんだよ、と言って次々に料理を勧めてきた。だし巻き卵、じゃこと大根のサラダ、山芋のわさび和え、手羽先の唐揚げ---どれも、どこの居酒屋にでもあるような何気ないメニューなのに、本当に、へえ、と声を上げてしまうほど美味しい。

瀬部さんは、いつも奥さんを褒めていた。
この店のも旨いけど、あの人が作る炒飯もなかなかのものなんだよ、パラパラっとしてて味加減も良くてさ---他の話題と何ら変わらない、むしろより饒舌なほどの口調で言う瀬部さんに、だったらどうして、と思ったのは一度や二度ではない。

キッチンへ移動し、冷蔵庫から鶏むね肉とネギと生姜を取り出した。エプロンをかけ、できるだけ音を立てないように気をつけながら調理していく。包丁から伝わってくる規則的なリズムに、少しずつ気持ちが落ち着いてくる。

「疲れてるなら生姜焼きでも作るけど」
「いいね」
夫はタオルで荒々しく顔を拭く。
(中略)
私はたれの材料を混ぜ合わせ、豚ロースに薄力粉をふって火にかけてから、こっそりスマートフォンを取り出した。

芦沢央著『汚れた手をそこで拭かない』より

 肉まんって、結局コンビニで蒸してあるヤマザキ製のが一番美味しい気がする。

(Little Tokyoのヤマザキ店舗にも置いてある)
タケノコが入って具が美味しいやつは多いけど、皮と具の間に隙間ができていないのはなかなかないので。

「お母さん食堂問題」の背景 唯川恵『瑠璃でもなく、玻璃でもなく』

こうしてみると、ひたすら女性が男性の顔色を窺いながら飯炊きに徹している話だ。disgusting.
たとえ袋ラーメンであっても私が作ることにこだわった過去の男性たちを思い出してしまった。
でも2008年刊。結構最近だなぁ。。。

料理教室といっても自分たちで作るのではなく、先生の作業を見学し、メモを取るだけだ。最後に試食として、皿に少しずつ盛られた料理を口にする。それがいちばんの楽しみであはるのだが、ただ、中途半端においしいものを食べるせいで、帰りは妙にお腹が空いてしまう。それは他の生徒たちも同じらしく、教室の帰り、そこで知り合った同年代の主婦たちと、駅近くのカフェでカプチーノにスウィーツ、というのがここのところ習慣になっていた。そして、それもまた楽しみのひとつでもあった。
「今日の鴨肉のハーブロースト、今夜、早速作ってみようかしら」
「私、前に習ったマルセイユ風ブイヤベースを作ったんだけど、主人もおいしいってすごく喜んでくれたわ」

 

買い物を済ませて、マンションに着いたのは夕方4時を少し回ったところだった。どうせなら習ったばかりの鴨のハーブローストを作りたいところだが、夫の朔也は今夜も帰りは遅い。どうせひとりの夕食だ。冷蔵庫の中にあったベーコンと葱を使ってチャーハンを作った。

 

電話を切って、英利子は息を吐いた。いつも残業で帰りが遅い朔也は、あまり家で夕食をとらない。だから仕事から解放される週末に張り切って作っている。「おいしい?」と聞けば「おいしい」と答えるが、いまいち反応が薄い。そんな朔也に鴨のハーブローストを振舞っても正直なところ張り合いがない。前に習った鱈のポワレ・サフラン風味も、結局、披露したのは遊びに来た悦子だった。

数日後、渋谷のデパートに買い物に行き、帰りに地下の食料品売り場に寄った。総菜コーナーでサラダを注文しようとして、思わず声を詰まらせた。
(中略)
「何にしましょう」
「このハムとレタスのサラダを300グラム」
彼女がケースの中からサラダをプラスチックの容器に入れる。
「うちのサラダはおいしいわよ。あの料理教室で先生が作るお洒落なサラダよりずっと」
(中略)
その夜、めずらしく早めに帰宅した朔也と夕食を共にした。冷凍してあった上質の牛肉をソテーして、胡麻風味の凝ったソースを添えたのに、朔也が褒めたのはそれではなかった。
「このサラダ、うまいなあ」
英利子はどうにも割りに合わない気持ちで、牛肉を口にした。

パクチーたっぷりのサラダを口に運びながら、マリが小さく息を吐いた。
「彼の会社から住宅手当は?」
美月は生春巻を手にして尋ねた。テーブルには、他にも海老とカシューナッツの炒めもの、タイ風ビーフシチュー、それとグラスワインが並んでいる。

 

英利子はテーブルに食事を用意した。夜が遅いのでいつも簡単なものだ。今夜は玉子雑炊を作った。
(中略)
「これ、うまいな。まだある?」
朔也が茶碗を差し出した。
「あるわよ」
英利子は受け取り、そんな想像をした自分に苦笑しながらキッチンに立った。

 

その夜、友章は待ち合わせに便利なコーヒーショップの場所を指定し「今日はうまい焼鳥を食べよう」と言って電話を切った。
(中略)
「ここはね、比内鶏を使っていてすごくうまいんだ。飲み物は何にする?」
「じゃあ、ビール」
友章が店の人にそれを注文し、メニューを広げる。
「食べるのは何がいい?」
「そうね……うーん、任せてもいい?」
「もちろん。嫌いなものは?」
「何でも大丈夫」
「よし。じゃあ、ももに手羽につくね―――」

 

朝食は、いつものようにトーストと目玉焼きとサラダを用意したが、朔也はコーヒーに口をつけただけで、キッチンに立つ英利子には声も掛けずに出勤して行った。

 

2本目の冷酒を注文した。加茂茄子の田楽や鰊の甘露煮など、気の利いた京都のおばんざい風の料理を、ゆっくり味わってゆく。

 

美月は白ワインを口にした。
今日、結婚祝いを渡しがてら、ふたりでパスタを食べに南青山にやって来た。
「新婚旅行、本当はタヒチにする予定だったのに、あちらの両親がちょっと贅沢すぎるんじゃない、なんて言い出して、ハワイになりそうなの」
マリは口を尖らせて、ボンゴレスパゲティをフォークに巻きつけた。

いつも行く外苑前のカウンター・バーで、朔也はスコッチウイスキーの水割りを、美月はココナッツのカクテルを飲んでいる。もうお互いに3杯目だ。

「秘書?」
朔也が、夜食のそうめんの箸を止めた。

 

テーブルには、母の得意のロールキャベツが並んでいる。父はテレビのサッカー中継に見入っている。弟の浩は今夜も出掛けている。やれクラブの合宿だ、ミーティングだ、アルバイトだと、最近の浩はまともに食卓についたことがない。
「美月はどうなの」
ほら、来た。と、美月は肩をすくめてロールキャベツに箸を伸ばした。

週末、久しぶりに朔也と食卓を共にした。
英利子は張り切って料理を作った。クリームソースをからませたニョッキ、イベリコ豚のグリル、サラミとチーズを加えたグリーンサラダ、そしてワイン。
「どうしたの?」
朔也が驚いたように食卓についた。
「ここのところ簡単に済ませてたから、今日は凝ってみたかったの。それとね、ひとつ仕事がうまくいって、このワイン、先生からいただいちゃった」
(中略)
「この間、雑誌で見たんだけど、4年目は花婚式っていうんですって。そろそろ花開く頃ってことらしい」
「ふうん」
それから、ニョッキを口に運び、「うまいよ、これ」と褒め言葉を続けた。

 

朔也がウエイターに水割りを注文するため片手を上げる。美月は1杯目のカクテルも喉を通らず、まだ半分以上が残っている。
「もう、飲まないの?」
「いらない」
「何か食べる? チョコレートでももらおうか?」
「ううん、それもいい」

「だから、奇襲作戦に出たんだ。うまいワインとタンシチューを出す店を見つけた。7時に表参道、大丈夫だよね」

「今日は私が奢るから、ちょっと贅沢しない?」
と、ランチが2,500円もするレストランに連れて行かれた。順子はやけに機嫌がいい。
「何かあった?」
前菜の魚介類のテリーヌを口に運びながら、美月は尋ねた。
(中略)
メインディッシュの皿が出された。子羊のローストだ。でも、食欲はいっぺんに失せていた。

ふたりで旧軽井沢に出て、手をつないで古くて由緒ある別荘地を回ったり、落葉松林が連なる小道を歩いたり、カフェでお茶を飲んだり、ジャムの店で試食したりと、夕方まで子供のようにはしゃぎながら過ごした。
(中略)
夕食はホテルのレストランで、フレンチだ。
「ここは、信州ならではの野菜や肉を使っていて、新鮮で、斬新で、すごくうまいんだ」
と、友章が言った通り、料理はどれも素晴らしくおいしい。

昼食後、仕事が始まる前に今夜のメニューを考えた。
久しぶりに和食にするつもりだった。少し手間だけれど、朔也の好きな茶碗蒸しを作って、鰈の煮付けに、茄子の揚げ浸し、それから里芋のそぼろ煮も。

 

「コーヒーを淹れましょうか、それともハーブティーになさいますか」
「じゃあ、ハーブティーをもらおうかしら」

 

朔也はきっとまだ寝ているだろう。アパートに着いたら、すぐにコーヒーを淹れてあげよう。朝食は生ハムとクリームチーズのオープンサンド、それにヨーグルト。それを窓の下を流れる川を眺めながら食べる。

美月は朔也と夕食を共にしていた。
メニューはバジリコパスタとチキンサラダ。ワインはオーストラリアの若いもの。デザートにはチョコレートムースを用意してある。料理は得意な方ではないが、朔也のためだと思うと一生懸命さが違ってくる。いつもはレトルトで済ますソースも、にんにくを刻むところから始めた。
「おいしい?」
美月はテーブル越しに朔也の顔を覗き込んだ。
「うん、おいしいよ」
「よかった」
(中略)
「今度は何を作ろうかな。ニョッキなんかどう? グラタンという手もあるけど」
すると意外な返事があった。
「和食がいいな」
美月は顔を向けた。
「煮魚や筑前煮や茶椀蒸し、家ではやっぱりそういうものが食べたいな」
驚いた。朔也と食事をする時はイタリアンかフレンチが多い。だからずっと、洋食党なのだろうと思っていた。
「和食なんだ……」
もしかしたら、朔也は無理して私に合わせてくれていたのだろうか。正直言って、和食に自信はない。すきやきとかしゃぶしゃぶとか、親子丼とか肉じゃがとか、作れるのはそれくらいだ。そんな美月の思いを察したかのように、朔也は慌てて付け加えた。
「ニョッキもいいね。食べてみたいよ」
「無理しなくてもいいの」

 

「じゃあ今夜、飯でもどうですか。燻製のおいしい店を見つけたんです。いつもお世話になっている森津さんを案内したいなって」
「ありがとう。でも、ちょっと用事があるの」
「えー、残念だなぁ」

 

その夜は、朔也の母親の手料理でもてなされた。凝った料理ではないのだが、焼き物も煮物もどれもおいしい。朔也の和食好きがわかるような気がした。
「今度、味付けを教えてください」
美月の言葉に、姑となる人は嬉しそうに笑った。
「ええ、もちろんよ。嬉しいわ、そんな可愛いこと言ってもらえるなんて。だって、前の嫁の英利子さんなんか、有名な料理学校に通ってるとかで、私が作るものなんて田舎料理だってバカにして……」

 

美月は毎朝6時に起きて、幼稚園に持ってゆくお弁当を作る。小さなおにぎりに、海苔やゴマでキティちゃんやドラミちゃんをこしらえ、ウインナーや茹で卵に細工をし、グリンピースやニンジンやコーンを使って、とにかく可愛らしいお弁当を作る。
もちろん、璃音においしく食べてもらうためだが、それだけではない。璃音から、「今日の○○ちゃんのお弁当、かわいかった」と聞かされると、何だか負けられない気になってしまうのだ。

 

せっかくなのでグラスワインで乾杯した。すぐに、彩りも美しいオードブルが運ばれて来た。
(中略)
料理はメインに移った。鴨肉とオレンジソースの匂いが香ばしい。でも、どういうわけか美月はあまり食が進まない。マリが2杯目のワインを口にした。

 

テーブルには、鴨のたたき、みょうがの土佐酢あえ、京野菜のグリル、湯葉の茶碗蒸しが並んでいる。この店は、アラカルトも充実している。

 

『……今日、デコポン送ったけん食べんさいね。皮は捨てんとお風呂に入れんさい。お腹を冷やさんようにね。それじゃ』

 

「そうそう、紀州のおいしい梅干を見つけたから、送っておいたわ」
「サンキュ」

 

インターネットを使って、マリが勤め始めた貿易会社から中国茶を取り寄せた。じっくり時間をかけて淹れた鉄観音は、バニラに似た香りがして、優しく身体を満たしていった。

唯川恵著『瑠璃でもなく、玻璃でもなく』より

いろいろな家メシのかたち 柳美里『人生にはやらなくていいことがある』

私の世代は小学校で全員で料理、裁縫などをするのに、中学・高校では男女別だった。私は意識が低かったので、それについて疑問を持ったことは一度もなかった。
田舎のことで、40人の教室内に特別変わった家庭もなかったように思う。
知る限り、ひとり親ゼロ、一人っ子は1人だけ、親が共働きの子は5人ほど(ほぼ学童保育に通っていてちょっと珍しい子扱い)。なんと社会は変わったことか。
ほんで、海外にも出て、そもそも家で食べることさえ必ずしも普通ではないことが分かった。
家で料理をする習慣がない家庭(一切キッチンを使ったことがないとか)、家で食べる習慣さえない家庭(共働き & 屋台で食べる)。すると、次の世代もそれが当たり前になる。
日本の「家庭」はその意味では圧が強すぎると思う。適当でいいのよ。

料理についても、そう。東由多加は、料理をするのが大好きな人でした。料理番組や雑誌のレシピをノートに書き写し、それが10冊はあったと思います。
わたしが夜遅く芝居の稽古から帰って、「今日はもう駅前のラーメン屋にしよう」と言うと、「よせよせ、ラーメンだったから、オレが作った方がうまいよ」と、すぐに作ってくれる人でした。
息子も料理好きです。東のように料理番組を観るのが好きで、休みの日はブイヤベースやビーフシチューなどを作ってくれます。
けれどもムラカミくんは———、うちに来た19歳の時は、お米も炊けなかった。味噌汁も、出汁を取ることすら知らなかった。これではイカンと思い、料理学校に通ってもらいました。料理の基礎を学ぶコースです。
それでも、彼は、いまだに料理には興味が湧かないようです。
「料理は家庭内の一番重要な文化だよ。料理は、レシピ通り作ればまずくなるはずがない。美味しくしようと思って手間暇かければ絶対美味しくなるから」と何度も話しているのですが———。
ああ、でも、昨夜の中華丼は美味しかった。うずらの卵が入っていなかったのが、惜しかったけど。

柳美里著『人生にはやらなくていいことがある』より

ネコとの食事 山本文緒『眠れるラプンツェル』

そういえば、気温が下がってからアパートの住人が餌をやっていた野良猫を見なくなった。どこかのおうちに引き取られたのだったらいいのだけど。
この小説を最初に読んだのはたぶん20年以上前。何も覚えていなかったので初読と同じ。
団地しんどいな。
同じ空間で誰かが昼寝しているのは豊かな気持ちになるよね。ネコでもいいけど、人間だったらなおさら。
アップルチーズケーキ食べたい...そんなイケてる種はチーズケーキファクトリーにはない(同じ名前のがあっても「おもてたのとちがう!」と思う)。

散らかった新聞紙と漫画雑誌を拾って押入れに突っこみ、冷蔵庫を開けてみた。お肉よし、魚よし、卵よし。あ、ご飯を炊かなくては、と慌ててお米を研いで炊飯器のスイッチを入れる。

「いや、もう仕事に戻らないと」
「え? お夕飯も食べないの?」
「無理言って抜け出して来たんだ。このままじゃまた何週間も汐美の顔が見られないと思ってさ」
ご飯炊いたのに。3合も炊いたのに。夕飯と明日の朝ご飯の分。そう口にしたかったけれど、私は黙っていた。

開店の10時から店に入り、私はお昼前に大当たりをした。その台が3連チャンをして、この前の若い店員がサービスにヤクルトを1本くれた。その台は無制限台だったし、元ヤンキー君が「まだこの台は出ますよ」とこっそり教えてくれたので、私は食事中の札を出してもらいハンバーガーでも食べることにした。

「知らない。おなか空いちゃった。何か食べる?」
「知らないって、何だよそれ」
「知らないんだもん。しょうがないじゃない。スパでも食べる?」
「何スパ?」
「タラコとアサリ」
「俺、貝は嫌い」
「じゃあイカは?」
「イカは好き」
私は肩をすくめて、キッチンへお湯を沸かしに行った。
(中略)
冷蔵庫から出したタラコをほぐしながら、そうか彼はまだ12年ぐらいしか生きていないのだなと改めて思った。

私は猫にもキャットフードの入ったお皿を与えた。
「タビもここで食べよう」
床に置いた猫の食器をルフィオはテーブルの上に置き直し、猫をひょいとつまんでテーブルの上に乗せた。
私は一瞬、注意しようかどうしようか迷った。けれど叱ろうとしたとたん、どうして動物を食卓の上に乗せたらいけないのか自分でも分からなくなって、そのままにしておいた。
私もルフィオも猫も、しばらく黙々と食事をした。
「おばさん、これ、うまいよ」
「そう」
「どうやって作るのか教えて。俺もうちで作るから」
「お母さんに教えてもらいな」
「うちのババア、料理なんかしねえもん」

私は差し出されたタッパーを仕方なく受け取った。中身はひじきの煮物のようだ。これで柳田さんの作るおかずがおいしければ、少しは許してやろうかという気にもなるのだが、これがまたお世辞にも料理上手とは言えない味なのだ。
「入れ物、洗ってお返ししますから。すぐだから、ちょっと待ってて下さい」

私はコーヒーを淹れて、リビングに持って行く。ルフィオは借りてきたビデオを勝手にデッキに入れているところだった。
「お砂糖とミルクいる?」
「あ、俺、ブラックでいい」
「生意気だねえ」
「母ちゃんもそう言うよ」

桜沢では、ルフィオが食べたいと言うので、駅ビルのレストラン街でカレーライスを食べた。
(中略)
「もう少し先に、去年まで行ってた塾があんの。そこの先生がたまに連れて来てくれたんだよ。アップルチーズケーキっていうのがすごくおいしいんだ。食べようよ」

「あー、腹減った」
ビデオが終わったとたん、ルフィオは伸びをしながら言った。
「何か食おうよ」
「食えば?」
私は絨毯の上にだらっと寝そべったままだ。
「作ってくんないの」
「私まだ、おなか空いてないもん」
ルフィオは唇を尖らせたまま立ち上がり、すたすたと歩いて行って冷蔵庫を開けた。
「焼きそば、食いたい。食っていい?」
「いいけど、作れるの?」
「作れない」
私は仕方なく起き上がった。ルフィオは冷蔵庫から勝手にヨーグルトを取り出し、蓋を開けている。
「汐美ちゃんちの冷蔵庫って、何でも入ってるよなあ」
私が冷蔵庫から焼きそばとキャベツと豚肉を取り出していると、ヨーグルトのスプーンをくわえたままルフィオが言った。私は返事をせずキャベツを洗う。
(中略)
私は焼きそばの袋を開けながら息を吐いた。
「他人事みたいに言うじゃない」
彼は答えずヨーグルトをせっせと口に入れている。
(中略)
おなかいっぱい焼きそばを食べて、私達はファミコンに向かう。そのうち、ルフィオがこっくりと首を垂れる。私も彼の発するネムイネムイ光線にやられて瞼が重くなる。

試食会、というのがあるのだ。生協の共同購入をやっていると。
(中略)
「このお粥、あんまりおいしくないわねえ」
「お粥なんてこんなものじゃない」
「井上さん、適当に書いておいてくれる?」
「はーい」
(中略)
何とかするのはパパなのにねえ、と私はお茶請けの甘納豆に手を出しながら思った。

私達は午後の3時という半端な時間に、駅裏の商店街にある焼き肉屋に入った。
私は朝ご飯を食べたきりだったのでおなかが空いていた。ダニーもそんな様子で、私達は4人前ぐらいの肉と野菜をビールとともにがんがん食べた。
(中略)
私がどんどんコップのビールを空けるので、彼はどんどんビールを注ぎ足してくる。注がれるとまた飲んでしまい、またキリンのコップは黄色い発砲水で満たされる。
(中略)
そこで話が途切れた。ダニーは焦げたタマネギを鉄板から拾い上げてぼそぼそと食べている。その姿が妙に可愛らしい。ぬいぐるみが焼き肉を食べているみたいだ。
(中略)
右手に割り箸、左手にビビンバのどんぶりを持って、ダニーはぽかんと私を見た。

久しぶりに目標ができた私は、朝もちゃんと起きるように努力した。夫がいない時はポテトチップスとケーキなんていう夕飯を食べていたのに、ちゃんと煮物やおひたしなんかも作って規則正しい生活を心がけてみた。

缶詰を開けて食器に移し、私はタビの鼻先にそれを置いてやった。ふんふんと匂いを嗅いだかと思うとタビはふっと横を向く。最近同じ缶詰が続くと、こうやって食べないことがあるのだ。
私は冷蔵庫を開けて、しらすを取り出しそれを混ぜてやった。ついでに鰹節もかけてやる。今度はしぶしぶながらもそれを食べはじめた。

冷蔵庫を開けながら私は言った。買ってあったうどんの賞味期限を確かめると、もう4日も前に切れていた。私は冷凍庫の方を開ける。小海老が冷凍してあったはずだから、それでチャーハンでも作ろうか。
私がタマネギを刻んでいると、テレビの音が聞こえてきた。
(中略)
冷凍してあったご飯を電子レンジで戻している時、そうだ、ロケで箕輪さんと娘がいないのなら、ルフィオはひとりで家にいることになると気がついた。
もう夕飯は食べただろうか。呼んであげたい。いっしょにご飯を食べたい。
(中略)
私はルフィオのことを頭から追い出すように、中華鍋でがしがしとご飯を炒めた。チャーハンといっしょに手早く猫のご飯も用意する。
「できましたよ」
(中略)
「豪勢だなあ」
テーブルの前に座ると、彼はそう言った。
「ただのチャーハンですけど」
「いや、猫のメシ」
彼は手にしたスプーンで、猫のお皿を指した。
「ああ、なんかこの子贅沢で」
最近私は猫用の缶詰に、イカやエビやどうかすると牛肉まで混ぜてあげる時があるのだ。どうせ冷蔵庫にいっぱい入っていて、余らせて捨ててしまうことが多いのだから。
(中略)
そんな話をしながら、私とダニーはチャーハンを食べた。先日のパチンコ屋でのことがまるで1年も前の出来事のように遠く感じられた。とても気持ちが落ちついて、くつろいだ気分だった。
目の前でチャーハンをぱくついている中年男を、私はほとんど知らない。

「おそーい」
私が玄関の扉を開けたとたん、中からルフィオの声がした。
「肉まん買うのに、どこまで行ってんだよ」
私はダウンジャケットを脱いで、肉まんの袋をルフィオに手渡した。
(中略)
「知らね。何だよ、冷めちゃってんじゃん」
ルフィオはぶつぶつ文句を言いながら、肉まんを電子レンジに入れている。
(中略)
私が中華饅頭を買いに出たのは、実は3人でやっていた“水道管ゲーム”に負けた罰ゲームだったのだ。
(中略)
「もう1回、水道管ゲームやろうよ」
電子レンジで温めなおした肉まんを食べながら、ダニーが嬉しそうに言った。

「汐美ちゃん、俺、ココアが飲みたいな。この前作ってくれたインスタントじゃないやつ」
(中略)
私はキッチンでやかんを火にかけた。時計を見上げると、夕方の4時になるところだった。
「ところで、君達は夕ご飯を食べて行く気なの?」
テレビの前のルフィオと、絨毯の上で新聞をめくっていたダニーの背中が、それぞれぎくりと震えた。
「……ん-」
「……まあ、どっちでも」
ふたりはもごもごと口ごもる。私は笑いを堪えた。
「じゃあ食べてってよ。鶏肉、今日中に食べないとあぶないから」
「汐美ちゃんはさあ、賞味期限ぎりぎりのもんばっか食べさせてくれるよね」
ルフィオが憎たらしくもそう言った。けれど、私にご飯を食べて行けと言ってもらえて2人ともほっとした様子だった。

「お帰り。かぼちゃのプリンが来たのよ。帰って食べましょう」

まずファミコンのソフトを買って、それからデパートですき焼き用の牛肉を買って、予約してあったケーキを受け取って帰ろう。
(中略)
真っ昼間からものすごい量のすき焼きと巨大なバースデーケーキを食べた私は、食べすぎで苦しくて床に寝ころがっていた。
(中略)
お肉もケーキも、ルフィオが一番量を食べた。なのに彼はけろんとしている。あの細いからだのどこに、あの大量の食料が入っていったのだろうと私は不思議に思った。

冷蔵庫を開け、蒲鉾とソーセージとしらすを出して細かく切った。それを缶詰の中身と混ぜて、鰹節をたっぷりトッピングしてあげた。私は擦り寄ってくるタビを抱き上げ、キッチンテーブルの上に乗せた。タビはもらったお皿に顔を突っこむようにして、それを食べはじめた。
猫が食事をしている様子を見ていたら、何だか私もむらむらと食欲が湧いてきた。昨日の晩、何か食べたかどうかも思い出せなかった。
私はスプーンを取って来て、タビの首を捕まえ食事を中断させた。私は猫のお皿からそれを食べてみた。見た目よりずっとおいしくて、私は不満気なタビをテーブルから追い払って、無心に口を動かした。
全部食べて息をつくと、足元でタビがうらめしそうに私を見上げていた。
「牛乳、飲む?」
慌ててご機嫌を取るように言うと、タビはふいと横を向き、いつもの食器棚の上に上がってしまった。

冷凍してあったご飯で作ったチャーハンは、私が作るのとまた違う味がした。レタスとコンビーフが入っているのが新鮮だった。
食後のコーヒーを飲みながら、私達はテレビのクイズ番組を見て笑った。

『お弁当作ったから食べて下さい。タッパーは返しに来てね。柳田』
(中略)
彼女がいつも持って来る薄ピンクのタッパーの中身は、鶏そぼろと卵とでんぶの三色弁当だった。添えられたソーセージはカニの形に切り込みが入り、プチトマトがいかにも少女趣味だった。
「ナイス。柳田さん」
私はご機嫌でお弁当をテーブルの上に置いた。お風呂に入ってさっぱりしたら、お茶を淹れてこれを食べよう。

私はルームサービスで取ったフルーツ盛り合わせを食べながら適当に頷いた。

「ルフィオ、何か飲む?」
「何があるの?」
「缶コーヒーかトマトジュースかビール」
「じゃあ、ビール」
私は冷蔵庫に突っこんでいた顔を上げた。
「あんた、お酒飲めるの?」
「俺、甘いコーヒーは死ぬほど嫌いだし、トマトジュースもゲロしちゃうぐらい嫌い」
私は「あ、そう」と呟いて、缶ビールとピクルスを取りだした。
(中略)
「そっすね。汐美ちゃんさあ、食いもんピクルスしかねえの? 俺、昼食ってないから腹ぺこ」
私は笑って立ち上がった。確か戸棚にコンビーフとコーンの缶詰があった。それを開けて、ありったけのビールを飲もう。
山本文緒著『眠れるラプンツェル』から

 ネコの缶詰、ほんとに味見したくなるようないい匂いなんだよね~。それが必要なのかどうかは分からないけどカレー味とかもあったし。
ただ、缶詰は高価。
人間が食べるのと同じご飯をやると良くない、と言うけど、親戚宅でまさに人間の食べ残しで作成したネコまんま(ご飯に一部おかずと「愛犬の友」を数粒混ぜる)を与えていた犬は普通に長生きした。

音威子府へ 酒井順子・ほしよりこ著『来ちゃった』

青春18きっぷであちこち廻ったのが懐かしい。時刻表の読み方が分からなくて、覚える気もなくて、路線図だけをたよりに乗り継ぎ、何もない駅で2時間待たされたりなんてこともしばしば。
私もきしめんのためだけに名古屋で下車したりした。

動物を愛でたその足でジンギスカンなど賞味した私は翌日、旭川駅から宗谷本線車中の人となりました。何せ長い線ですので、全て鈍行で行くと、6時間かかります。その手の旅も嫌いではないのですが、今回は途中駅の音威子府で、美味しいと噂の駅ソバを食べる、という陰の目的もあった。
(中略)
早速、駅構内にある「音威子府そば」の暖簾がかかったお店へ。既にお腹もすいていたので、ちょっと贅沢にてんぷら蕎麦を注文すれば、さすが駅ソバ、すぐに丼が出てきます。中を見ると蕎麦が黒く、
「渋皮も入れて製粉しているんだよね」
とは、ご主人のお話。
店の前に設置されている駅のベンチで、蕎麦をすすりつつご主人に話をうかがっていると、音威子府駅は1989年までは天北線という線も走る交通の要所だったこと、今は人口約900人(2007年当時)の北海道一小さな村であることなど、教えて下さいました。

酒井順子・ほしよりこ著『来ちゃった』より

音威子府の人口、住民基本台帳によると、13年後の今は700人まで減っているようだ。

酒井順子著『震災と独身』#東京五輪の中止を求めます

AERAの記事同様、「陽子さん(仮名)」というのは実在の人物じゃないんだろうな...と思われるエッセイが多い酒井氏の著作。本作はさすがに真の声が聞こえてくる。
震災が起きた日、私はサンフランシスコで聖パトリックデーの緑一色のパレードに浮かれていたが、レストランで「日本人か、家族は無事か」と声をかけられたり、立ち寄った教会で日本のために祈るコングリゲーションに混ざったりした。
ホテルでつけっぱなしにしていたCNNは1日目は同情的な報道が多かったが、2日目にはこっちにフクイチの放射能流れてこねえだろうな、という切り口一色に変わった。
もう10年前の出来事だが、いまだに復興半ば。#東京五輪の中止を求めます

午前中の打ち合わせを終えて、携帯の不具合を直してもらうためにドコモショップに寄り、パン屋さんでパンを買ってうちに戻って昼食。

その後、知人から「とりあえず風呂に水を溜め、これから何があるかわからないからご飯を炊いておいた方がいい」との指示を受け、「なるほど」とおもむろに米を5合、研ぎはじめました。いつ停電になるかわからないし、ということで、1人炊き出し状態です。
普段は米を5合も炊くことがないため、大量の米を研ぐというその感覚に、非常事態感はますます強まってきます。
(中略)
5合のご飯が炊きあがり、おむすびを作ったりしながらも、私はひたすらテレビを眺めていました。

会社にいる人で手分けして食べ物を買ってきたのですが、おにぎりなどは既に売り切れていたので、なぜか鶏の丸焼きのようなものが供され、図らずもパーティーのような様相に。ビールなども飲みながら、皆でテレビを見ていました。会社の総務の人がなぜかハイテンションで、後から考えるとお祭り感覚だったのかも。

「1人ですごく怖がっていた友達がいたので、土曜日はケーキをたくさん買って彼女の家に泊まりに行って、ひたすら食べました。こんな時、結婚している人なら家族で一緒にいるのだろうなぁと思って羨ましかったけれど、友情は深まりました」

「でも、地震の翌週の一番食べ物がなかった時も、会社には行かなくてはならないわけですよ。スーパーに並ぶ時間は、我々には無い。だからあの1週間は、とりあえず乾麺のうどんとパスタばかり食べていましたね。以来、お米を少しは備蓄するようになりました」
(中略)
遠くのスーパーまで自転車で行ってみると、全てのレジには長蛇の列。もちろん、お米やパンの棚はすっからかんです。肉と野菜は豊富に売られていたため、普段は滅多に買うことの無い牛肉をなぜか夢中で買ってしまい、夜はステーキを食べたりしていたのでした。

久慈に泊った翌日は、早朝から三鉄に乗りました。三鉄の久慈駅にある立ち食いソバ屋さんで売っているうに弁当は美味しくて有名なのであり、朝からそれを食べて乗り込んだのは、昨日見た「てをつな号」。久慈から田野畑まで、通学の高校生とともに揺られました。地元の人にとって、三鉄がいかに大切であるか実感できる光景です。

被災後、避難所暮らしをしたある方にお話をうかがうと、避難所暮らしが始まって1週間以上してから、ボランティアの人達がいれた温かいコーヒーを飲んだ時に、ものすごく嬉しい気持ちになったのだそうです。
「コーヒーを飲まなくても生きてはいけるけれど、おにぎりやパンが続く生活の中で、それはとてもほっとできる瞬間だった。1杯のコーヒーを、大切に飲んだ」
とおっしゃっていました。
また、被災地からそう遠くない場所にあったとある和菓子屋さんは、震災時、翌日に開かれる予定だった行事のために、大量の大福を作っていたのだそうです。しかし、震災によって翌日の行事は中止に。既にできていた大福を「さほど腹の足しにはならないけれど」と避難所で配ったところ、皆さんにものすごく喜ばれたのだそう。「こういうものが欲しかった」、と。

2011年の仕事納めの日、美雪さんの新聞社では「卵めん」を、皆で食べたのだそうです。岩手奥州市の名産である卵めんは、震災の翌々日にお父さんである社長と美雪さんが買い出しに行き、その後は日々、炊き出しとして出されていたのだそう。
「あの時の気持ちを忘れないようにと、皆で食べたんですよ」
と美雪さん。きっとこれからも、仕事納めの日には卵めんを皆で食べて、「あの時の気持ち」を胸に、地元の人達のための新聞がつくられていくに違いありません。

でも一番の夢は、いつか両親に南相馬で、また商売を始めさせてあげたいということ。もう一度、父が作ったケーキやパンを食べたいんですよ。こちらにももちろん、ケーキもパンもありますけど、食べる度に『父の味と違う』って思うんです。

インタビューを終えて、私はほど近くにあった「おらが大槌復興食堂」(現在は閉店中)にてランチ。地元の野菜と大槌地味噌を使ってじっくり煮込んだ「ぜぇーごかれー」はとても美味しくて、ペロリと完食。皆さんもぜひ、三陸へ!

「最近は離乳食も始まってますし。地元の野菜は全部線量を測ってますから、安全なものを食べさせてますけど、『本当にこれ大丈夫?』って、1個1個測りたくなるような不安が日々積み重なっている感じはします。お魚は、県外から離乳食用のものを取り寄せて……。外部被曝については、これくらいなら大丈夫と思ってますけど、食べ物にはやっぱり気をつけています」
と。そして、
「地元の新鮮なものの美味しさを知ってますから、山菜の季節とか、すごくつらいんですよ。春のほろ苦い味を食べられないのが、思いの外ストレスで。食べ物では、私はそれが一番つらい」
とも言うのでした。

 南相馬といえば、柳美里氏が書店を開いているところですね。
現地に行ってみたいのはもちろん、質問に答えると、柳氏が本を選んで送ってくれるというサービスがあって、今後日本に長期滞在することがあったらぜひ申し込みたい。

印税はすべて東日本大震災の被害に遭われた方々への義捐金として全額寄付される由。

酒井順子著『震災と独身』より

ポケベルが鳴らなくて 山本文緒『ブラック・ティー』

ポケベルや固定電話の留守電の使い方について知りたい人はこの短編集を読もう。

ちょうどやかんのお湯が沸いたようなので、僕は台所へコーヒーを淹れに行った。彼女はブラックが好きなのだ。ミルクと砂糖をたっぷり入れないと飲めないと僕は違う。
ゆっくりとドリップでコーヒーを淹れると、僕は彼女のお気に入りのペンギン柄のカップにそれを入れて持って行った。

「お腹空いたよ。ハンバーガーでいいから食べさせて」
私はマクドナルドの明かりを指して言った。母はこっくりと頷くと、私と肩を並べて歩きだした。いつの間にか、母の肩は私よりも低いところにあった。
母と私は口もきかずに、もそもそとハンバーガーを食べ、薄いコーヒーをすすった。

「お帰り。夕飯、食った?」
彼が言う。私は上着を脱ぎながら、そっと頷いた。
「軽く食べてきたわ」
「ケーキ、買ってあるんだけど」
「ありがとう。お茶淹れるわ。いっしょに食べましょう」
彼は立ち上がり、「俺が淹れてくるよ」と言ってキッチンに向かった。私はその背中を黙って見送る。暴力をふるった次の日は、別人のように優しかった。
彼はイタリアンフルーツ模様のカップにミルクティーを淹れて持って来た。ケーキはミルフィーユ。私の好きなものばかりだ。カップは1度割れてしまったので、同じものを彼が捜して買ってきたのだ。
リビングのソファに並んで座り、私と彼はケーキを食べた。

「ほら、ご飯だぞ」
ぼくは缶詰と、カレイの煮物の入ったタッパーを鞄から出した。
「どうしたの、その魚」
「缶切りを取りに家に帰ったら、お鍋の中にあったんだ。たぶん今晩のおかずなんだろうけど、ネコって魚が好きなんだろう。かわいそうだから、せめておいしいもん食べさせてやろうと思って」
ルミはぼくの言葉に「ふうん」と呟いた。ぼくは煮魚がきらいだ。このにおいがいやなのだ。本当はぼくが食べたくないから持って来たのだけれど、ネコはそれが気に入ったらしく、ぺろりと平らげた。
「よしよし、おいしいか」
ぼくはネコの頭を撫でてそう言った。
(中略)
ぼくはテーブルの上の夕飯が、コロッケだということに気がついた。ネコに持っていった魚の煮物は1匹で、まだ鍋の中に余っていたのに。
「今日、お魚じゃないの?」
「え?」
「あのお鍋の中にあったじゃない」
ぼくはレンジの上の鍋を指さした。
「ああ、あれは先週煮たやつよ。もう悪くなってるから捨てなきゃ」
それを聞いて、ぼくは立ち上がった。
「悪く、なってるの?」
「勝也、まさか食べたの? だってひどいにおいよ。どうして気がつかないの」
「腐ったもんをいつまでも取っとくなよ!」
ぼくは大きな声を出した。お母さんの驚いた顔を後にして、ぼくは家を飛びだした。

「おばちゃん、ボク、アイス食べていい?」
屈託なく、その子は私に聞いた。
「......君んちのアイスだもん。どうぞ、食べて」
「あの中」
その子は冷蔵庫の前に立って、上のほうを指さした。そうか。冷蔵庫の上部にある冷凍庫に、彼は手が届かないのだ。私はちょっと笑って、冷凍庫からアイスキャンディーを取り出してあげた。
(中略)
「おばちゃん? 誰かに苛められたの?」
私は手の甲で涙をぬぐい、首を振った。
「おばさんね、風邪なの。それで鼻がぐずぐずするの」
ふうん、と彼は納得したように呟いた。そして、半分溶けてべとべとになったアイスキャンディーを私に出し出す。
「くれるの?」
彼はこっくり頷いた。子供の食べかけのアイスなんて、普段だったら私は絶対口にしないだろう。けれど、こんな子供が私を慰めようとしているのが分かって、何だか胸が詰まった。私はその小さな手からアイスを受け取って口に入れた。
(中略)
「澄子。悪いけど、私そろそろ帰るわ」
「え? お夕飯食べて行ってよ。スキヤキしようと思って用意したのよ」
「ごめんね。やっぱり具合が悪くて」

そして駅前のクリーニング屋に寄って妹のワンピースを受け取り、彼女が好きなチョコレートパイを買った。
(中略)
「......ワンピース、取って来たよ。すぐ返さないで本当にごめんね。もうあんたに洋服借りないから。あんたの好きなチョコレートパイ買ってあるから食べてね」

「あなた、何でこんな店で働いてんの?」
店の開店前、社長の弟が作ってくれた賄いの食事を調理場で食べていると、ふらっと現れたミファさんがそのハスキーな声で聞いたのだ。
「食事付きだし」
今まさにキムチ入りのいやにおいしいチャーハンを飲み込んだところだったので、私はそう答えた。
(中略)
私は正午から夕方の4時まで、歌舞伎町の中にある焼鳥屋で仕込みのバイトをしている。鶏肉やネギを串に刺す仕事だ。開店前の薄暗い焼鳥屋で、私は自分の母親ほどの年齢であろうおばさんと2人で、黙々と焼鳥の串を作る。
山本文緒著『ブラック・ティー』