中国旅行の「すべてのセッティングは中国政府にまかされている」の記述に佐藤優のソ連旅行記『十五の夏』を思い出す。
横浜山の手の高級住宅地の中、サンディスという古いお邸を改造したお店があった。窓には白いレースのカーテンが揺れている。このあいだ行ってきたばかりの、カナダのプリンス·エドワード島を思い出した。
「さ、ワインでもとって乾杯してください」
とモリヤマさんは言うのだが、厄年の女が二人、グラスを合わせているのはどうもしまらない。いかにもふてくされているようだ。
しかし、モリヤマさんはものすごくはりこんでくれた。ナイフとフォークが5本ずつも並ぶディナーなんて、このあいだの聖子ちゃんの披露宴以来だ。
まず真鯛と帆立てのテリーヌ、そして次はフォアグラのソテー、自家製のスモークサーモン、真鯛とオマールエビのゼリー寄せ·キャビア添え、その後が口直しの白ワインのシャーベット。さっぱりしたところでフィレステーキが出た。可愛いインテリアなのに、出てくるものは本物の味だ。
「すっごいご馳走ね。さっそくお大師さまの特別コースが効いたのよ。これからはいいことがじゃんじゃん起こるわ」
とトミちゃん。
「もうオトコなんかよりどりみどりよね!」
と私もステーキを頬ばりながら叫んだ。まず、運転手さんに連れていってもらったところは「あずま寿司」。
いちばんおいしいところだと、運転手さんは太鼓判を押す。夜は行列ができるほどの混みようだということだが、午後の3時すぎの店内は、ひっそりしている。
さっそくビールの栓を抜いてもらう。同じビンでも東京のそれとはあきらかに違う。喉の奥までつつうと入っていくようだ。そのくせ独特の香りがする。
「北海道のビールって、おいしいですねえ」今は〝ぼたんエビ〟と言って、特産のエビのシーズンだ。ぽってりと身が大きく、とろりと甘い。いってみれば成熟した、つまり私のようなエビだ。
「これは〝ナキ漬け〟です」
と、板前さんが塩辛のようなものを出してくれた。これは生きたままの極上のイカを、醤油につけ込んだものだそうだ。もちろんイカは苦しくて身をもがく。だからその分、醤油がよくしみ込むことになる。同時にスミを吐くから独特の風味が出る。
「なんか残酷ですねえ」
いかにも坊ちゃん育ちらしいヤキタ青年は、悲しげに眉をひそめた。
「あーら、おいしけりゃいいじゃない」
と私。ついでに水死しなかった方のイカも切ってもらう。茶色のは耳の部分で、これがコリコリして素晴らしくおいしい。鮭も実はいまがいちばんおいしいそうで、握ってもらった紅鮭などは、とろりと脂が舌にのる。皿鉢料理は、龍馬も愛した土佐の名物である。言ってみればご馳走 を一皿に山盛りにした、宴会用のメニューなのであるが、見ているだけで唾がたまってくる。単に刺身の大盛りではなくて、ところどころきめ細やかに調理されているのだ。
車エビの塩焼きと天ぷら、とこぶし、ゆでたタコの足、マイゴとよばれる小さな貝、エガニ(このどちらも高知でしか獲れないものだ)、アサヒガニ(ワタリガニのこと)、そしてイカと貝柱の 握り寿司、青梅の甘煮など、書き出すだけでも腕が疲れるが、そのボリュームたるやひととおりのものではない。
これ以外にも、膳にはお通しが置かれていて、クジラの軟骨、カツオのたたきと、もう涙が出てきそう。私はおいしいものを見ると異常に興奮するタチなので、
「カツオのたたき、本場もんのたたき……」
とうわ言のように繰り返す。
「さ、さ、どんどんやってください。カツオはそこにあるニンニクの薄切りをのせて食べるのがこちらのやり方ですき」
と館長さんがおっしゃる前に、もうひと切れ口の中に入れていた。何といっても厚さが違う。このぶ厚さはただごとではない。中のジューシーな部分を逃さないように、大きく切ってあるので、ニンニクの刺激を加えないとその豊かさに口の方が負けてしまいそうだ。ものも言わず、ひたすら食べ続ける。あれこれ手をつけるのだが、その順序をどうしようかと、あきらかに頭の中が混乱してくるのだ。
「カツオをいま口の中に入れたから、次はエビと行こう。いや、これは油で揚げてあるからすぐにお腹がいっぱいになりそう。じゃ、カニの方に手をのばそうかなあ」
選択が「カニ、エビ、カツオ」と、はなはだ贅沢だ。いくら大喰らいで有名な私でも、お腹の方は限界がある。残りの胃の体積を、カニで埋めるか、エビで埋めるかという心境は、初めて味わうリッチさだ。
お酒は銘酒「司牡丹」。冷やでぐいぐいやるが、地元の方にはかなわない。館長さんの前には、ハイピッチでとっくりが何本も並ぶ。それなのに顔色ひとつ変えないのはさすが。
[中略]
それにしても、いくら頑張っても大皿はなかなか減らない。私は途中から方針を変え、タタキを重点的に口に入れていたのが、それも半分以上残るありさまだ。
「残念ですわあ。ここが東京ならパックにして持って帰るのに」
私がお腹を撫でながら言ったとたん、館長とS氏が心から驚いたように目を丸くした。
「あの、東京じゃみんなそうしてるんですか」
「え、その……。私が特別かもしれませんけど、余ったものは、いつも包んでもらって帰りますねえ。中華なんかだと取り合いになるな……」
私は何か悪いことを言ったかしらんと、しどろもどろになった。
「高知じゃ考えられません」
館長さんはきりっとした感じで言った。
「余ったものを持って帰るなんて。皿鉢料理は残ったら残ったでそれまでのこと。みんなそのまま帰ります」
「家でもよく皿鉢料理を出しますがね、近所の人にも分けたりしない。まあ、よっぽど気のおけない親戚だったら詰めて持たすこともあるかもしれませんがね……」
私は思わずうつむいてしまった。誇り高くいさぎよい高知の人々に比べ、自分はなんと意地汚ないのだろうと大いに恥入ったのである。私はさっそく、ふかしたお芋と、〝地とうもろこし〟というのを買う。地とうもろこしは、むかし祖母がおやつにくれたあのトウモロコシだ。固くて、粒が不揃いだけれど、濃い黄色をしている。
さて、帰りの飛行機も、私はひどく神経質になっていた。ちょっとでも揺れると、心臓がドキッと音をたてる。
そんな時、一本のふかし芋とトウモロコシは、どれほど私の恐怖を静めてくれたことであろうか。隣りのおじさんの視線などいっさい気にせず、私はこの二つを食べ続けたのだ。別れを告げた後も、おいしい、おいしい、高知の旅であった。中国旅行というのは、私たちのように個人でしていても、すべてのセッティングは中国政府にまかされている。食事も3食付きだ。私たちはこれを2回キャンセルして、1回は北京ダック、1回は宮廷料理としゃれこんだものの、後はホテルでとることになった。
これが今ひとつスムーズにいかないのだ。なにしろ何十人という人がいっぺんにコースで食べるのだから間違えるのも無理ないと思うのだが、昼食は4人で7皿出たものが、夜は3皿になっていたりする。あきらかに出し忘れだ。あまり世間に知られていないことであるが、私は魚が大好物である。
山梨の片田舎に育った私が幼ない時、口にするのはせいぜい塩ジャケかミリン干しであった。今でも私は、カニとかエビと聞くと冷静ではいられない。何もかもが想像以上で、K子さんも私も大満足なのであるが、ただひとつ残念だったのはシーズンが終っていて、イカソーメンがもうひとつということであろう。私たちの食べ残しを見て、カジハラさんは何か考えていたようであった。
「わかりました。こうしましょう」
突然言う。
「僕の先輩がやっている水産会社があるんです。明日、そこで朝ごはんをご馳走になりましょう」
次の日、朝の7時にカジハラさんは迎えに来てくださった。9時半の帰りの便に乗る前に、カニをどっさり食べさせてくださるという。
[中略]
「魚長食品」というのは、日本で5本の指に入る水産会社だそうで、そこの社長さんは函館の有名人だそうだ。魚長さんは朝が早いというのに、荷物の積み出しをする男の人はもちろん、女性の事務員の方までもう働いている。その中の一人が次々とメニューを運んでくださった。
イクラごはん、イカのお刺身、 金目鯛のおみおつけ、大きなカニが社長室のテーブルに並ぶ。イクラごはんは大部分がイクラだ。新鮮でぷりぷりしている。あつあつのおみおつけは、たっぷりと鯛のあぶらがしみ込んでいた。まさに夢ごこちでいただく。ごはんはおかわりし、食べきれなかったカニはお土産にいただいた。さて、浅草コースの最後の締めくくりは、柳橋「小安」のアンコウ鍋。すみだ川をのぞむ座敷でいただく。
「私にまでご馳走してくださって、本当にすいません」
と比較的礼儀正しいイハラは、モリヤマさんに何度もお礼を言う。
(林真理子著『旅は靴ずれ、夜は寝酒』より)


