たべもののある風景

本の中で食事するひとびとのメモ帳2代目

田舎の流行メニュー『巴里の空の下オムレツのにおいは流れる』(8)

私が田舎の高校生だったころ、ココスのオニオングラタンスープがめっちゃ流行った時期があった。最初にそのおいしさを教えてくれた友人宅に行ったら、大ブームで手に入りにくくなっていたナタデココが出された。「うちでは数年前からデザートにしていて常備している」と聞かされ驚いた。店の少ない地方でネット以前の世界だったことを思い起こし、驚きを新たにしている。

グラティネとはグラタンのことで、玉ねぎのグラタンスープの通称だ。夜中おそく仕事が終ってお化粧をおとして、厚い外套に頬をうずめ、木枯しの吹く表通りに出る。
「グラティネたべていかない」
誰か一人がそういえば、みんな賛成して、まだ灯のついている角のキャフェへぞろぞろと入ってゆく。パリの安キャフェのグラティネは、どんぶりのような瀬戸の焼きなべの中で、まだぐつぐついっているのを、テーブルまではこんでくる。
冷たくひえた白ブドー酒の一杯と、この熱い熱いグラティネ。スチームであたたまったキャフェの中は、人いきれと煙草の煙でむんむんしている。
仕事がすんでほっとくつろいで、気持も明るく、くだらないおしゃべりをしながら食べたグラティネの味は忘れられない。スープの上皮はグラタンになっているから、上からではスープはみえない。だからこれはフォークとスプーンをつかってたべる。まずフォークで上皮のパンとチーズのグラタンをたべる。パンについたとけたチーズはまるでチューインガムのように糸をひく、それをたべながら下のスープをのむというわけ。

フランスのスープ料理を書いていたらきりがないけれど、家庭で最も多く作られるのは、むしろこのグラティネより「ポトフ」だ。
これはスープともいえるし肉料理ともいえる。フランスでは大きなスープのポットにもって食卓に出すが、日本だったら、もちろんここで大きい上なべが出現するわけだ。
なべの中には一かたまりの肉と、皮だけむいた人参、ねぎ、キャベツ、玉ねぎ、セロリがやわらかく煮こまれている家庭料理だ。これを食卓に出すときは、スープ皿と肉皿と両方出しておいて、スープを飲んだり、別にとりわけた肉や野菜をたべたりするので、からしも出しておくほうがよい。
(中略)
この場合、肉はスープに味をとられて、いささかだしがら的な肉になっているので、残ってしまうことも多い。そのときは、たっぷりのしょうがじょう油に一晩つけておき、翌日うす切りにして出すと、さっぱりしたおいしいおかずになる。

8百グラムからの肉を入れるわけは、私はシチューをごはんにかけて食べるのが好きなので、じゃがいもを入れないためだが、もう一つは、シチューを作ったときは、それの一品料理で、ひたすらシチューのみをたべるために、少しぜいたくも許していただくことにしているわけだ。

またこの料理の変型に「プール・オ・リ」という料理がある。訳せば「トリとごはん」。
前に書いたのと同じように、大なべでトリと野菜を煮る。煮あがったらトリと野菜をとり出し、スープをこして、そのスープでごはんをたく。玉ねぎと人参は、こまかくきざんでご飯にたきこむ。そのとき、トリについてくるキモをバタでいため、みじんにきざんだものを、たき上ったご飯にまぜあわせれば、もっとおいしい。
(中略)
スープでたいた柔かめの野菜ごはんの上に、ゆだったトリがのって、ホワイトソースがかかっているのは、見た目にも美しく、味もさっぱりしているから万人向き。

メキシコに行ったときは、これに似たもので、「トリとごはんのトマトスープ煮」とでもいうようなのを食べたことがある。
(中略)
お米とトリとトマトの味、これもまたよくあっていて実においしかった。しつこい味の好きな人はこれにチーズを少しふりかけるとよいし、辛いのが好きな人はとうがらしの粉をふりかけたら、ますます満足すると思う。

石井好子著『巴里の空の下オムレツのにおいは流れる』より