たべもののある風景

本の中で食事するひとびとのメモ帳2代目

ありがたいなさけ飯 福島敦子『就職・無職・転職』

いわゆるメディアで話すアナウンサーというのは努力したからといってなれる職業ではないだろう。福島氏が就活をしていたネットなき時代ならなおさらだ。そういう中での極限までの努力に驚嘆した。脱帽。

最初は厳しかった先生もゼミが開講してしばらくすると、週末に何回か私達を世田谷の自宅に招いて夫人の手料理をふるまってくれるようになった。ジャガイモをつぶすところから作りあげたコロッケ、和風の野菜の煮込みといった、どれも心のこもったもので、学生食堂の味に慣れた胃袋には、この上ないおいしさだった。

寮の食堂といえば、どうしても味が単調になりがちなのが一般的だが、おじさんのつくるものは、どの品をとっても文句のつけようのないおいしさだった。
さばの味噌煮や芋の煮っころがしといった和風から、グラタンや鮭のムニエルといった洋風おかずまで、レパートリーは広く、味も天下一品である。
おじさんの優しい人柄と、心のこもった暖かい手料理のおかげで、うら若き乙女(?)のひとりぼっちの夜の食事の淋しさはまぎれ、疲れ切った身体もやがて蘇生してくる。

何せ無輸入の身なので、無駄遣いは絶対に禁物と、外食をすることはなかった。自炊にしても、できるだけ安くて、お腹がふくれるものということで、よくお世話になったのは「もやし」。一つのパックに結構たくさん詰まっていて、値段も20円から30円という安さは他にはない。

所持金が減る一方の私にとって「もやし」の存在は、なくてはならないありがたいものだった。
「もやし」をベースにした献立は、その日の気分で幾通りにもなった。基本的にはフライパンで炒めるのだが一緒に入れる材料は、ある日は豚肉、少しだけ気持ちに余裕のある日はふんぱつして牛肉、またある日はニンジンやナスといった野菜だけ、時には「もやし単品」といったシンプルこの上ないメニューの日もあった。
くいしんぼうの私にとって、それまでは考えられなかったわびしい食生活で、よく耐えられたものだと思う。

私がお金に困っていたことは、アカデミーの友人たちもよく知っていたので、近くに来た時は必ずといっていいほど、ホットドッグやおにぎり、はてはプリンといったデザートの類まで差し入れてくれた。

紹介した料理は、決して贅沢品ではなく、きらびやかでもない。その土地にしっかり根ざし、そこで生活する人の知恵から生まれた”土”の匂いのする料理ばかりだった。
三重県志摩の漁師さんが、生の鰹の切り身を御飯にまぶして船の上で食べる「手こね寿司」、岐阜県高山の「ほう葉味噌」や「栗きんとん」、そして名古屋名物の「みそ煮込みうどん」。
こうした郷土料理のルーツを訪ね、昔ながらの味を守り続けている人たちに話を聞くのは、「食」を通してその土地の歴史をひもといていくような興味があった。

福島敦子著『就職・無職・転職』

<おまけ>
↓日本政府、何も変わってないじゃん。これ20年前(1995年)に出た本だよ…最低すぎる...

私が親しくしていたのはやはり一緒にいる時間が長かったルームメイトのキムとエレーナ。特にキムは同じアジアから来たということで、日本と韓国の関係について、ざっくばらんに話をすることが多かった。
キムは日本の最先端のテクノロジーをはじめとする戦後の急成長に、敬意をはらっていたが、人間としての日本人は好きになれないと言っていた。18歳ではあるが、やはり日本と韓国の悲しい歴史を、祖父や親から聞かされて育ってきたからだという。
戦後補償にしろ教科書問題にしろ、日本政府の対応には誠実さが感じられないと言うのだ。

喫茶店のナポリタンと被災地のおにぎり『絶唱』

ハアタフビーチに着くと、「そろそろお昼にしようか」と言われた。トンガダブ島、西の端の海岸は真っ白い砂浜に青い海、青い空といいかんじにわたしの理想に近づいてきた。
白人夫婦の経営するオープンスタイルのカフェで、尚美さんはわたしのと二人分、ハンバーガーを注文した。プレートの上には、バカでかいハンバーガーに溢れんばかりのフライドポテトが添えられていた。これが一人分かと驚いたけれど、この国の人たちの体型を思い浮かべると納得できる。顔より大きなハンバーガーに思い切りかぶりついた。

タロイモの蒸し焼き、タロイモの葉とコンビーフのココナッツミルク煮、パパイア。物珍しさ込みでおいしいと思ったけれど、これが毎日だと少しきつい。

小屋の中にいるトンガ人のおばさんに、「マロエレレイ」と挨拶をして、厚手のクラッカーのようなものを指さした。「マーパクパク」とおばさんは言った。ビニール袋に20枚入って、60セント。セント? どうやら、いちいちパアンガと言わなくても、ドルで通用するみたいだ。缶コーラも指さした。日本で売っているのと同じだ。これは1パアンガ。おばさんは奥の冷蔵庫から冷たいのを出してくれた。

誰もいない砂浜に座って、コーラを飲み、マーパクパクを3枚食べた。意外とおいしい。ジャム、いや、ピーナッツバターを載せるともっとおいしいはずだ。

教会から帰ったあとは、朝から仕込んでいたごちそうを食べるらしい。
庭に出ると、こんもりと盛った土の上で乾燥した椰子の葉が燃えていた。たき火の匂いにココナッツミルクの匂いが混ざり、南の島の匂いが漂いはじめる。
普段着に着替えた男の子たちがスコップで火を消して、土を掘り起こすと、花恋の背丈より大きなバナナの葉が現れた。それをめくると、大きなイモとアルミホイルに包まれた料理が並べられていた。トンガの伝統料理「ウム」だ。イモはタロイモ、アルミホイルに包まれた料理はループル、尚美さんの部屋で食べたのと同じものだった。

できたてのループルは甘くて、しょっぱくて、南の島の味がした。裕太はココナッツミルクが苦手だけど、これなら、いや、ここで食べたらいけるかもしれない。花恋はおかわりをして食べている。

夕方からのパーティーにビーフカレーを100人分作ってほしいと頼まれたことがある。他のごちそうもあっての100人分だから、1人で作れない量ではない。

トンガ人たちだって、この牛を使ってもっと手のかかる料理を作らなければならないし、メインの豚の丸焼きだって準備しなければならない。が、勝負はここからなのだ。

メインに大きなロブスターがついてくるコースとニュージーランド産のワインを注文して、街中を散策したことを話した。

コンビニのおにぎりは好きじゃない。
米も海苔もほとんどの種類の具もおいしいけれど、その存在が好きとは言えない。だけど、世話にはなっている。多分、そこら辺の人の3倍くらいは、世話になっている。
テーブルに2個、おにぎりを置く。今日はシーチキンマヨネーズとおかかだ。
「花恋、おにぎり置いとくから、6時になったら食べるんやで。このあいだ、梅干しほじくりだして残しとったけど、今日は魚やから、絶対にやったらあかんで。子どもにはカルシウムが必要なんやからな」
5歳の子どもの夕飯に、おにぎり1つは少ないが、2つになると少し多いようだ。

「なんんか、コンビニ行くの面倒やし、1個はおやつにして、もう1個を晩ごはんにしてもええな。ポテチも残ってるし、今日の晩ごはんは、シュークリームとポテチに決定や。豪華やな」
「ヤッター」
花恋が両手をグーにして振り上げた。ガッツポーズとバンザイが合わさった、最強の喜びのポーズだ。
「シュークリームには卵と牛乳が入ってるから、カルシウムが十分にとれるし、ポテチはじゃがいもやから、野菜やし、栄養満点やな。そうや、一緒に牛乳も飲んどき。カルシウム祭や」

椰子の実にストローが刺さった飲み物を買う。ぬるくて、まずい。バナナケーキとミートパイを買う。まあまあ、おいしい。ボンゴというスナック菓子を買う。バーベキュー味。花恋はこれがお気に入りのようだ。

クジラは見られなかったが、シュノーケリングをして熱帯魚をたくさん見た。
おなかいっぱい、ロブスターを食べた。スイカとパイナップルも食べた。

セミシさんの写真が並ぶ部屋で、あたしは、セミシさんの奥さん、ナオミさんにセミシさんとの思い出を記憶の限り語った。
セミシさんの作ってくれる料理の中で、一番好きなのはやきそばだったこと。普通のソースやきそばのはずなのに、再現しようとすると、なかなかその味に辿りつけないこと。10歳だったあたしは子どもの中では年長のような気がして、おかわりはなるべくしないでおこうと遠慮していたのに、やきそばがおいしすぎて、つい、おかわりをしてしまったこと。どうぞ、と差し出されたおかわりのやきそばは、温かく、麺が少しこげておせんべいのようになっているところがあって、とてもおいしかったこと。
「あれはね、だしの素を入れていたのよ。かつおと昆布の合わせだし」
ナオミさんが種明かしをしてくれる。
「でも、スーパーに行ったけど、だしの素なんかありませんでしたよ」
「トンガにそんなもの、ないない。だしとか、うま味っていう概念はないはずよ。だからこそ、セミシはだしの味が大好きで、何にでも混ぜていたの」

パレードの最中に貧血を起こして倒れてしまったわたしを、尚美さんは背負って自宅に連れ帰り、洗い立てのシーツを敷いたベッドで寝かせてくれたあと、フレンチトーストとパイナップルジュースを作ってくれましたね。分厚く切った柔らかい食パンの中まで甘い卵牛乳がしみ込んで、おいしくてたまらなかったのに、わたしはフォークを置き、ごめんなさい、とだけ言って逃げ帰ってしまいました。

夕方、泰代が急に喫茶店のナポリタンを食べたいと言い出し、西宮駅前から商店街にかけてさんざん彷徨った末、商店街から自転車がぎりぎり通れるほどの路地に入り、なんとなく海側に向かってあみだくじのように歩き続けていると、営業しているかのかどうかもわからない、元は白だったと思われるグレーの壁に蔦のからまった喫茶店を見つけ、ダメ元でドアを開けて訊ねたところ、ナポリタンやってるよ、と仙人のようなおじいさんに言われ、作ってもらったのです。
おまえの職業は何なのだと、ボキャブラリーの貧弱さを笑われてしまうかもしれないけれど、美味しかった。すごく、美味しかった。

翌朝、3人でトーストとカップスープと魚肉ソーセージの朝食を取りました。テレビをつけると、死亡者の数が桁違いに増えていました。

背中に背負った大きなリュックにはまだ温かいおにぎりが数えきれないほど入っていて、アパートの他の部屋の子たちにも配りました。朝食は取っていたのに、しょうゆ味のよくきいたおかかのおにぎりは、胃袋にしみこむようなおいしさだった。
おいしいね、と涙を拭う人たちに、菊田さんは心から労るような目を向けたあと、わたしに言いました。

翌日は、夕方近くまで寝て過ごしました。何もしていないのにお腹はすき、すき焼きとちらし寿司をたらふく食べさせてもらいました。

 湊かなえ著『絶唱』

ナオミとカナコの飯

小田直美は、ヨーグルトとフルーツだけの朝食を手早く済ませ、出勤の身支度に取りかかった。

ダイニングテーブルで加奈子の作ったアスパラガスとベーコンのパスタを食べた。味付けは塩胡椒だけなのに、プロが作るようにおいしい。
「相変わらず料理がうまいこと」直美が褒めると、加奈子はそれには答えないで、「一人分だと面倒くさいだけだけど、二人分だと作る気になるね。直美が来てくれてよかった」と言って薄く笑った。

「食べなくてはいけません。中国では礼儀に反します」
盗人のくせに、言うに事欠いて—。直美は声を荒らげそうになるのを懸命に堪えた。
「明日は必ず返しますね。たから午後一時にまた来てください。そうでなかた場合は弁償します」
朱美がシューマイを頬張りながら言う。
「ちょっと上司に電話で相談します」
(中略)
朱美は呑気に小籠包を食べている。この図太さはいったい何なのか。
(中略)
「うん、わかりました。書く。ねえ小田さん、熱いうちに食べて。冷めるとおいしくないのことですよ」
用が済んだ以上同席したくないのだが、まったく箸を付けないわけにもいかないので、点心をいくつかつまんだ。不本意ながらおいしかった。直美は一度香港に行ったことがあるが、その時食べた料理を思い出した。この界隈の店は日本人向けの味付けはしていない様子だ。

晩御飯はすき焼きだった。帰省するとたいていそうだが、娘がいるときぐらいでないと食べられないからだろう。

湖畔の売店でスポーツドリンクを買って飲んだ。平日とあって人影はどこにもない。車も走っていない。
「おなか空かない? おにぎりあるけど」加奈子が言った。
「作ったの?」
「うん。直美ばかり働いてるから、わたしも少しは役に立たなきゃと思って」
「食べる、食べる」
直美は加奈子の気遣いがうれしかった。
加奈子がバッグから包みを取り出す。すぐ先に芝生があったので、そこに腰を下ろすことにした。太陽の光が降り注ぎ、湖面がキラキラと輝いている。山では鳥が鳴いていた。
包みを広げた。おにぎりだけではなく、唐揚げとポテトサラダもあった。鮭のおにぎりを頬張る。
「おいしい」
「空気が澄んでるね。遠足みたい」

「奥様、わたし、フォションのクッキーを持参して来たんですが、ご一緒に食べませんか? 紅茶も用意しますけど」
直美がバッグから袋を取り出し、提案する。
「あら、クッキーなんてうれしい。紅茶はわたしが淹れるわ。ちょっと待っててね」

「晩御飯はちゃんと食べたの?」
「ううん、実は昨日の昼にお蕎麦を食べたきり」
「じゃあ無理してでも食べようよ。これからも重労働が待ってるんだよ」
加奈子の言うことももっともなので、直美は差し出された玉子サンドを頬張った。手作りらしい。マヨネーズが多めでおいしかった。
テーブルにつき、ひとつつまんだら、なんとなく後を引いて、ハムサンドも食べた。これで充分だ。

トーストだと簡単なのだが、達郎は和食しか許さなかったので、ご飯を炊き、味噌汁を作り、魚を焼き、もう一品何かを用意した。ときどき手抜きをしてゆうべの残り物を出すと、「続けて同じ物を食わせるのかよ」と、朝から尖った声を浴びせられた。

直美は海老炒飯、加奈子は天津麺を注文し、半分食べたところで交換した。食後は甘いものが欲しくなり、デザートに胡麻団子と杏仁豆腐を追加オーダーした。二人とも食欲は旺盛だ。

夕食は部屋で食べた。豪勢な和食のフルコースだ。つきだしに始まり、お造り、焼き物、煮物、全部揃っている。地元の漁師料理、かぶす汁が胃に沁みた。お酒も飲んだ。
いつか直美が言っていたことを思い出した。あんな、おいしい水を飲みたくないの? 加奈子はその願いが叶ったと思った。もう水まで苦い日々とは永遠に別れられる。
いくらでも食べられそうなので、焼き牡蠣も追加注文した。簡易コンロの網の上で、蓋を開けられたばかりの牡蠣が身悶えしている。
「きゃーっ」「かわいそう」「でも食べるんだもんね」

そこへ寿司の出前が届いた。一目見て上等であることがすぐにわかった。お吸い物も、その場でポットからお椀に注いでいる。お茶は加奈子が淹れた。夫の実家だから、湯呑の場所ぐらいは知っている。
「食欲ない」と言う義母を、義父が「一貫でも二貫でもいいから」と説得し、みんなで食べ始めた。
いったい一人前いくらだと言いたくなるほど、寿司はおいしかった。鮪など北陸の旅館で出されたものより艶っぽい。雲丹は軍艦巻きの海苔から溢れている。

加奈子の知る限り、服部家は食通だった。米と味噌は産地から取り寄せたもので、野菜は有機野菜だった。家の奥にはワインセラーがあるし、供されるクッキーはいつも帝国ホテルのものだ。

達郎もまた食べ物にはうるさかった。ハンバーグやトンカツの皿に二品以外の付け合わせがないと、「手を抜くな」とすぐに怒った。親からの影響なのだろう。
そういえば結婚したとき、義母に実家に呼ばれて、服部家の味噌汁の作り方を教えられたことがあった。そこに嫁の味付けを尊重するという姿勢は微塵もなかった。あのときから、加奈子はいやな予感がしていたのだ。

「これはどういう調味料?」加奈子が聞く。
「これは蒜蓉豆鼓醤(ソンヨウトウチジャン)といって、豆鼓とニンニクを胡麻油で合わせたものです」従業員がレクチャーしてくれる。
「どういう料理に使うの?」
「蒸したアサリや貝柱にかけるとおいしいです」
「そう。じゃあこっちは?」
「これは沙茶醤(サーチャージャン)です。潮州料理でよく使います。串焼きのタレですね」
加奈子はメモを取り、ひとつひとつ日本語のポップを作っていった。

「何か注文ありますか?」壁のメニューを指して聞く。
「いらない…。あ、そうね、冷たい烏龍茶を3つちょうだい」と直美。
「わたしおなかが減てます。隣の食堂に潮州炒飯を頼んでもらえますか」
林竜輝がしれっと言った。
「あんたねえ、自分の立場わかってるの」直美が声を荒らげる。
「お詫びにわたしが御馳走します。あなたたちも食べませんか」
直美は怒鳴りつけそうになるのを堪え、加奈子を見た。「どうする?」
「食欲ないけど…。でも何か入れておいたほうがいいだろうし…。じゃあ二人で半分ずつ食べようか」
「それがいいですね。では同じ物をふたつ」
(中略)
そこへ出前の炒飯が届いた。大盛りかと思うほどの量で、二人で一人前にしてよかったと思った。
林竜輝が皿を手に持ち、むしゃむしゃと口の中にかき込んでいく。
「直美、先に食べて」
「わかった」
(中略)
林竜輝が黙り込み炒飯に口をつける。今度は静かに食べた。加奈子も食事に取りかかった。こんなときでもおいしいから中華料理は困る。

昨日は食欲がなくて、ほとんど食べていなかったせいもあるのだろう、加奈子は急いで御飯を炊き、ジャガイモと玉葱の味噌汁を作り、缶詰の鰯のかば焼きをおかずに二膳食べた。

「警察でお弁当食べたけど、味がしなかったから食べ直す」
加奈子が答えた。瑞々しい生野菜が食べたかった。冷えた飲み物も欲しい。
加奈子はサラダとチキン・カレーを注文した。直美はハンバーグ・セットだ。
(中略)
注文の品が届き、二人で食べた。瑞々しいレタスが口の中に気持ちいい。

奥田英朗著『ナオミとカナコ』

それぞれの最後の食事(無人島の備蓄から)Agatha Christie "And then there were none"

Rogers went round with the coffee tray. The coffee was good - really black and very hot.

They went into breakfast. There was a vast dish of eggs and bacon on the sideboard and tea and coffee.

'Let us start our breakfast. The eggs will be cold. Afterwards, there are several matters I want to discuss with you all.'
They took the hint. Plates were filled, coffee and tea was poured. The meal began.
Discussion of the island was, by mutual consent, tabooed.

'I hope lunch will be satifsctory. There is cold ham and cold tongue, and I've boiled some potatoes. And there's cheese and biscuits, and some tinned fruits.'
Lombard said:
'Sounds all right. Stores are holding out, then?'
'There is plenty of food, sir - of a tinned variety. The larder is very well stoced.

The eggs were in the frying-pan. Vera, toasting bread, thought to herself:

Emily Brent said shsarply:
'Vera, that toast is burning.'
'Oh sorry, Miss Brent, so it is. How stupid of me.'
Emily Brent lifted out the last egg from the sizzling fat.
Vera, putting a fresh piece of bread on the toasting fork, said curiously:
'You're wonderfully calm, Miss Brent.'

Breakfast was a curious meal. Every one was very polite.
'May I get you some more coffee, MissBrent?'
'Miss Claythorne, a slice of ham?'
'Another piece of toast?'
Six people, all outwardly self-possessed and normal.
And within? Thoughts that ran round in a circle like squirrels in a cage...

'Who'll have the last egg?'
'Marmalade?'
'Thanks, can I cut you some bread?'
Six people, behaving normally at breakafst...

All five of them had gone to the kitchen. In the larder they had found a great store of tinned foods. They had opened a tin of tongue and two tins of fruit. They had eaten standing round the kitchen table.

Once again they went into the kitchen. Again they opened a tin of tongue. They ate mecanically, almost without tasting.

Agatha Christie "And then there were none"

"You Won't Be Able To Put Down"な本は、人生の大きな楽しみ。 こういう本で洋書にチャレンジすると、間違いなく読了できる。

神様のいる食卓 坂直子『空が微笑むから』

京都教会牧師夫人、坂直子さんのメモワール。彼女は3年前に召天されている。縁あって本書を手に取った。教えとして印象に残ったのはヨンス牧師の口癖、「クリスチャンは日曜と水曜に教会に行くもの」。確かに日曜の礼拝を守るだけでは、霊の乾きが出てくる。水曜の祈祷会に時間を捧げようと決めた。

練炭をずらすタイミングをしくじった釜の飯は、底のほうが焦げている。冷めて
硬くなった飯を自分でよそい、おかずが置いたままになっている小さな膳の前で
、彼は片ひざを立て、食事を始めた。温め直した汁を彼の膳に置いてやると、母
は床に置いた大きなまな板の前に戻り、蒸した豚足の肉を大きな包丁で再び削ぎ
始めた。

先輩は、ヨンスの身の回りの細かいことにまで、実によく世話を焼いてくれた。
ヨンスの食事は、安東の田舎から持ってきた米を練炭で炊き、コチュジャン(唐
辛子味噌)を塗って食べるだけの粗末なものだった。
「ヨンス、いるか?」
田舎からキムチが送られてくると、先輩は、必ずヨンスに食べさせるのだった。
切れるような冷たい水を張ったたらいで洗濯していたヨンスは、真っ赤になった
手に「はぁはぁ」と息を吹きかけながら、先輩を迎えた。
「今日はスンドゥブチゲだ。魚の缶詰入れて、美味くして食べよう」
キムチに魚の缶詰、豆腐に野菜。ヨンスが何日も食べられるように、彼はわざと
たくさん作るのだ。
「先輩、今日のセーターきれいですね」
「ヨンスは、こういうの好きか」
「色もいいし、着やすそうに見えます」
「そうか、ちょっと着てみるか?」
「えっ?」
セーターをさっと脱いで、ヨンスに手渡す。
「おぉ、似合う、似合う。俺よりお前のほうが似合うみたいだ。やるよ」

学生時代、教会に導いてくれた姉妹を思い出す。
遊びで終電を逃した私が電話すると、巣鴨駅まで寒い中迎えに来てくれた。彼女の家までの道、彼女が自分の着けていたマフラーを外して私の首に巻いてくれた。そのチェックの青いマフラーの暖かかったこと。それはそのまま私のものになった。
なのに... 私は神様に背を向け、彼女とも離れてしまった。
今、私はクリスチャンである。あの夜から10年、場所は海外。時間も距離も遠く離れて、私はやっと救われた。きっとずっと祈ってくれていた彼女に一番知らせたいけれど、連絡先も何も知らない。どこかで神様が伝えてくださるだろうけど。

夜遅くに到着した私たちを、義父母と姉弟たちが温かく迎えてくれた。大きな膳の上には、ところ狭しと料理が並べられていた。魚料理に肉料理、色とりどりの野菜や数種類のキムチ、見たこともない料理が、数多く並べられてあった。辛い韓国料理だけでは大変だろうからと、日本人の私のために、ポテトサラダも準備されていた。どれほどの時間と思いを込めて準備されたか、その温かいもてなしに胸が熱くなった。

とりあえず、ここ西海岸の韓国焼肉屋では絶対ポテトサラダが出てくるんだけど。。。あれは韓国料理じゃなかったのか。。。

プログラムが終わると、どこからともなく男性たちがさっと来て、手際よく会堂を立食パーティの会場に作り替えた。どこにこんな素敵な食器があったのかと思うほど、綺麗なガラス食器にフルーツポンチが準備され、チキンの唐揚げやサンドイッチ、ばら寿司やケーキがすべて手作りで、ズラッとテーブルに並んだ。食前の祈りの後、ワッと一斉に子どもたちがテーブルに群がる。大人たちは微笑みながら、後ろから子どもたちの食欲を見守るのだった。パーティが終わった後、かなり疲れていた私は、ほとんど何もできなかったが、会場の整備から洗い物まで、みんなが協力してすっかり片づけてくれた。Y牧師が、教会始まって以来の素晴らしいクリスマスだったと言ってくださった。

ある日の夕食のこと、食卓にはご飯と味噌汁、いただいたキムチとししゃもが並んでいた。それを見てヨンスは「僕たちは裕福だね。こんなご馳走が食べられるなんて」と言った。思わず私は「今日の材料費は百円よ!」と笑いながら言った。すると彼はさらりと「ご馳走だと思って食べるほうが幸せだろう」と言うのだった。ししゃもがメインディッシュの食卓を、無理矢理でもオーバーでもなく、心からご馳走だと言ってくれる彼が誇らしかった。静かで豊かな幸せのひとときだった。
彼はなぜか、雨の日にスルメをあぶって食べるのが好きだった。そして決まってこう言うのだ。
「感謝だな。外はあんなに雨が降っているのに、屋根があって、ここはこんなに平和だ」

坂直子著『空が微笑むから がんとヨンスと神様と』より

イエスさまは食事するのが大好きなお方だ。彼が敵の前でそなえてくれる食卓に日々感謝して。

カニだ、肉だ、膜の張ったミルクだ<キライ 林真理子『断崖、その冬の』

食べることが好きな人なんだろうな。

「ちょっと」本を読む人、特に女性なら、一度は林真理子を読みまくる期間があるのではないだろうか。といっても、流行モンが書かれているだけに廃れるのも早く、描かれた女性も古くさく、これからはどうか分からない。御母堂のことを書かれた『本を読む女』や、「花子とアン」で知られるようになった『白蓮れんれん』なんかは少しは生きながらえるかもしれない。『葡萄が目にしみる』のラストとか共感したけどな。

とはいえ、私がいちばん面白いと思うのは「トレンディ」ギンギンの『星に願いを』。興味深い風俗小説。その魅力は、山田詠美による文庫版のあとがきで言い尽くされている。

エッセイは一時期文春、アンアンのを読んでいたけど、それらの雑誌卒業とともに縁が切れた。ときおり書籍化されているのを見るけど、だいぶ筆力は落ちている様子。

最近は、直接知り合いでもない事件の被害者を中傷したりして曾野綾子的ネオリベに走っていて、なかなか残念なことである。

「北燈亭」は、大正五年の創業という街でいちばんの老舗だ。昔繊維景気でこの街が沸いた頃は、芸者も入り窓から三味線の音が絶えなかったという。現在は高級割烹料理店として蟹が有名である。地元の者に言わせると、
「テレビのグルメ旅番組に出るようになってから、値段ばかり高くなった」
ということであるが、妙子はやはり蟹は北燈亭だと主張する。近くの港で水揚げされた蟹のうち、いちばんいいものは築地にいき、それ以下の二級品、三級品が街の店に出まわるという。ところが北燈亭だけは昔からの顔役であるのと金を惜しまないゆえに、築地と同レベルの蟹が運ばれてくるそうだ。
「だから高くても仕方ないのよ」
という妙子は、この年齢で働いている女がそうであるようにうまいものに目がない。毎年蟹の季節を待ちこがれているのだ。

この店では、蟹は黒い漆の高坏に盛られてくる。みずみずしい笹の葉を添えられ、越前蟹は優美な姿を横たえている。まるで盆景のように、すべてが過不足ない美しさだ。妙子にとっても「初蟹」だという。二人の女はしばらく箸をとらず、その黒と緑と赤の配色に見入っていた。仲居が声をかける。
「よかったら身をほぐしましょうか」
「違うのよ。見惚れてたのよ。今日は幾らとられるかなあっていう恐怖もあるし」
妙子が女を笑わせた。
「それに私は土地の者だから、蟹を食べるのは慣れてるわよ。もっとも私が子どもの頃は、蟹はしょっちゅう夕ごはんに茹でてくれるものだったけどね」
「え、お客さんの頃でそうですか。まだお若いんですもの、子ども時分は、もう高くなってたはずですよ」
「この店の人って、蟹ばっかりじゃなくて口もうまいんだから。それより冷酒、もう一本持ってきて」

(中略)
「西田さん、まずはこっちの方から片づけようよ。これはね『北光峰』の大吟醸でやるとたまらないよ」
妙子は高坏と一緒に運ばれてきた蟹味噌に手を伸ばした。綺麗にほぐしたそれは、切子のガラス鉢に盛られている。口にふくむと海胆のような甘みが舌に広がる。続いて蟹の方にも手を伸ばす。まだ少し早いのではないかと仲居は案じていたが、華奢な足をぽきりと折ると、中からよく締まった白い身が現れた。かすかに黄味をおびて濡れているそれを笛を吹くように口にくわえ、強く吸い出す。味噌よりもはるかに淡い甘みだ。
蟹を食べる人がそうであるように、二人の女はしばらく無言でしゃぶり続けた。この街の人たちは、蟹を食べる時に金属のスプーンを使ったりしない。唇と舌をうまく使えばいいのだ。もっと上級者になると、ハサミを使うことも邪道だという。まず前歯で殻をバリッと割り、舌で身のありかを確かめる。そうして唇をせり出すようにして、汁ごと吸い出すのだ……。
そんなことを教えてくれた男がいたが、もうあれきり会うことない。枝美子が、蟹から口を離すと、殻の赤と白の境いめあたりに、ピンク色の口紅がかすかについているのが見えた。自分はその男の肌にも、こんな風に、口紅を残したことがあるかもしれないとふと思った。
「ああ、おいしいわぁ……」
骨のような空の足を積み上げて妙子はうなった。
「今年は寮があんまりよくないなんて聞いてたけど、たいした蟹だったわよね」
「やっぱり、ここの蟹は高いだけあるわよねぇ……」
仲居が熱いおしぼりを替えに入ってきた。
「西田さん、この後お食事はどういたしますか。蟹鮨になさる方もいますし、蟹雑炊もあります。もちろん白いごはんもありますけど、西田さん、私はやっぱり蟹雑炊がおすすめだわ」
(中略)
もし自分がテレビに出ないようなことになると、あの色紙は即座にはずされるのであろうか。
そんなことを考えながら、枝美子はちりれんげを手にとり、蟹雑炊をすすった。妙子もそうだが、枝美子も食べるのが早い。取材に行った時など、とにかく食べられるものを大急ぎで腹の中に入れるという習慣がついているのだ。それに長い廊下を運んでくる間に、雑炊はちょうどほどよい熱さになっていて、吹いてさます必要はなかった。

何という馬鹿なことを考えたのだろうかと、枝美子はソファから立ち上がった。キッチンに向かう。寒いところからやってくる裕紀のために、コーヒーを淹れなければという余裕がやっと生まれてきていた。豆の缶に手を伸ばしかけたのだが、思い直して冷蔵庫を開ける。昨日、近くのスーパーに行ったばかりなので、大型の牛乳パックが封を切らないままで置いてあった。コーヒーよりもココアの方がいい。寒い夜に、女が二人しちめんどうくさい話をするのだ。コーヒーはすぐに冷めてしまう。それよりも、舌を火傷させるほどのココアは、人の心をどれほどなごませることだろう。戸棚を開けると、香辛料の奥に、ココアの缶は確かにあった。いつもそうだ。昨年の冬に買ったココアの缶が、使いきらずに残っている。だから次の冬の最初に、枝美子は少々風味の抜けたココアを飲むことになる。だが、ソーメンや、苺用のコンデンスミルクのように、たいていのものは季節の終わりに使いきることが出来ずに残るものだ。
(中略)
そして枝美子は牛乳を鍋に入れ、しばらく火にかけた。沸騰する直前まで温め、いったん火を止める。そして裕紀が現れたらもう一度吹きこぼれるほどに熱くする。その方が、冷たい牛乳を最初から温めるよりずっと早いだろう。
(中略)
「ちょっと待っててね。いまココアをつくるわ」
「あ、私、ココアはいいです。喉がエゴエゴしちゃって、昔から好きじゃないんです。それよりも日本茶をください」
「わかったわ」
レンジの前に立つと、わずかの間に牛乳はすっかり冷めていて、鍋の表面に白い膜をつくっていた。明日の朝、これにきっと砂糖を入れて飲むことになるだろうと思った瞬間、枝美子の手が勝手に動き、鍋の中身を流しにぶちまけていた。睡たげな甘いにおいが鼻をついた。

 

「コーヒーをお願いします」
ついでにモーニングサービスのトーストも付けて、といったら野田はやはり腹を立てるだろうか。目の前の野田はしきりに煙草を吸い始めた。確か最近禁煙に成功していたはずだが、そんなことは信じられないほど、次から次へとマイルドセブンに火をつける。まるで自分の怒りや苦悩を共有しようとしない枝美子に対するあてつけのようだ。この男の前で、焼きたてのトーストをがりりと噛み、ゆで玉子の殻をむいたらどれほど気分がいいことだろう。

 

「ところで何を食べますか」
メニューを広げる。
「ここってフライドチキンやピザが、なかなかいけるのよ。この後、何か食べに行ってもいいんだけど、このあたりは閉まるのが早いのよ。だからこの店で何か食べた方がいいと思うわ」


結婚披露宴も出来る、このあたりでは一流といわれている中華レストランだ。ランチも高い値段で、枝美子たちもそうしょっちゅう訪れているわけではない。しかし、ちょっと贅沢をしたかったり、込み入った話をする時はこの店は大層便利である。顔が知られたアナウンサーたちに気を遣って、個室に入れてくれたりするのだ。
エビのチリソース煮と、豚の角煮といったランチのメニューを選び、取り分けて食べた。真美は奇妙な箸の使い方をする。箸のあいだに中指を入れることなしに、ぎこちなくものをつまむのだ。番組の中で、時々ものを食べることがあるので、枝美子はそれとなく注意したことがある。
(中略)
真美は力を込めて、豚の角煮を切断し、それを自分の皿に運ぶ。夏から秋にかけてずうっと続けていたダイエットは、この雪の中、どうやらやる気を失っているらしい。自分で小さな櫃から飯をよそった。
(中略)
ここでデザートの杏仁豆腐が運ばれてきたので、真美は話を中断した。コンパクトを取り出すこともなく、口紅の具合を直した。親指の先で、半ば開けた唇をなぞっていく。いかにも女だけの寛いだ様子だ。
こんな風にして、北陽放送始まって以来のセクハラ事件は語られるのだと枝美子は思った。自分のように意識し、努力した気楽さとはまるで違う。真美にとっては、豚肉を食べる間に喋る程度のことなのだ。

毎日旅館の料理だけでは飽きる。すき焼を食べさせてくれと言ったのは男の方だ。
枝美子はスーパーに寄り、少々迷いながら牛肉を一キロと野菜を買った。ざっと部屋を片づけ、卓上コンロの用意をしようとしている時にチャイムが鳴った。

男の箸遣いは、真美よりも危なっかしいぐらいだ。長い菜箸だとするりとネギが逃げてしまう。それなのに男は自分で鍋を差配しようとする。だし汁に醤油と砂糖を加え、それを煮立てていくやり方は関東のものだ。
(中略)
腹立たしげに肉を鍋に散らしていく。上等な霜ふり肉だ。魚が美味いこの街では、どうしても肉はないがしろにされる。だからわざわざ遠くの大きなスーパーへ行って買った肉だ。
「この"上"のすき焼肉を一キロ」
と告げた時の店員の表情をまだ憶えている。若者と中年とのちょうど中間といった年齢の彼は、枝美子が誰だかすぐに気づいたようだ。一キロという数字に、彼は話しかけるきっかけをつくろうとする。
「パーティーか何かですか」
「ええ、そうなの。だから一キロね」
(中略)
ショッピングカートに肉の包みを入れると、四方から人々がそれを見ているような気さえした。男を部屋に入れるのも大変な気苦労があるが、大量の牛肉を運び入れるのもそれ相応の緊張感があったのだ。
「もうそろそろ、いいんじゃないかな」
男は菜箸で肉をつまみ上げ、それを枝美子の皿に入れた。
「オレは玉子使うの嫌だけど、あんたは好きなんだろ。テーブルの上に出てるよ」
男は思いのほか饒舌であった。大学の合宿所でとんでもない料理をつくった話をしては枝美子を笑わせる。
- なにしろ食い盛りのガキばっかりだぜ。合宿所の夕飯だけじゃとても足りないんだ。だから金を出し合って電気コンロ買ったんだ。お湯を沸かして、カップラーメンつくってるぐらいはよかったけど、お好み焼きやろうなんて言い出した馬鹿がいる。


男のために一昨日鍋を用意した。白身の魚の上に、どっさりと大根おろしを入れるこの地方の名物だ。しかし男は、こんな食事では食べた気がしないと不満そうに言う。
「肉を喰わせてくれよ、肉を。こんな白っぽい鍋はさ、六十過ぎてから喰うことにするよ」
今日は休みでもあるし、男のために少し凝った料理をつくらなくてはならないだろう。
猪鍋にしてみようかと枝美子は考える。この街にやってきた最初の冬、普通の食肉店に猪が下がっているのを見て、息が止まるのではないかと思うほど驚いたものだ。が、このあたりでは冬になると、ごく普通に食べるものだという。味噌仕立ての鍋にして何回か食べたが、独特の臭みも慣れるとなかなか旨い。やみつきになる、というほどでもなかったが、冬になると一度は食べてみようかと思い出す味だ。今晩男にあれを出してみよう。案外珍しがって喜んで食べるかもしれない。が、それならばいつも行くスーパーではなく、古い通りの食肉店に行かなくてはならないだろう。


「ここは魚がうまい替わりに、肉がいまひとつなんだよなあ。このあいだステーキを食べたら、味も焼き方もひどかったぜ」
「ここから歩いてすぐのところにいい焼肉屋さんがあるわ。韓国人が経営していてとってもおいしいの。あそこならあなたも満足すると思うけど」
「わかったよ。あんたのベロを信じるよ」
(中略)
大雪のせいか、焼肉屋は客がまばらだった。枝美子の顔を見た店員は、窓際の席へ案内してくれる。二重ガラスのこちら側はほかほかと暖いが、外の灰色はさらに濃くなるばかりだ。雪が結晶となって恨めし気に、二、三階ガラスにへばりついた。
男はビールの中瓶と、特上ロース、特上カルビをそれぞれ三人前ずつ注文した。
「そんなに食べきれるかしら」
「たぶんオレがひとりで食うよ」
「すごいわ……」
「そんな、たいしたことないよ。野球選手なんて、黙ってりゃひとり十人前ぐらいぺろりと食べるさ」
「本当」
「本当さあ。チームの奴らと焼肉を喰う時なんか、それこそ店員がひとりつきっきりで肉を運んでくれる」
「他の人たちもそうなの」
「そりゃあ、そうだ。オレたち、食うことにそりゃあ金を遣うよ。これが商売だからね」
(中略)
赤い花のようなかたちに盛られ、肉が運ばれてきた。枝美子はそのひと切れを箸でつまみ、網の上に載せた。
「さあ、秀才さん、召し上がれ」

枝美子は、女から無言で渡されたサンドウィッチを頬張る。パンの間からの冷気が歯に浸みた。最近になって枝美子が知ったことがある。それは世の中に、プロ野球ファンが実に多いこと、そして彼らの間で、志村が結構知られいていることであった。

林真理子『断崖、その冬の』より

私を支える言葉 吉田修一『悪人』

カレッジの日本映画講義で取り上げられたので、仕方なく電書で買って読む。
この手の映画化前提みたいなクラスタの作品を読むのは時間のムダである。

一点、物語とはそれつつ挿入されいているオッサンのモノローグが、昔、飲み会でクライアントから聞かされた話とすごく似ていてビックリした。このリアルさは作者にも同様の経験があるのだろうか。気持ちは私にもよく分かる。

… 男にとっては、そういう見え透いたお世辞でも、心のどっかにずっと残っとることがあるとですよ。もっと言えば、その一言のおかげで自信持っておられるとですよ。こんな昔話すると、気持ち悪く思われるかもしれんけど、大学生のころ、テニスサークルの先輩やった女性に、「林くんって、真っすぐに人のこと見るよね。だからかな、一緒にいるとなんか自分が見透かされてるような感じがする」って言われたことがあるんですよ。なんてことない言葉なんやけど、不思議なもんで、それがその後、自分の拠り所みたいになってるんですよね。

ちなみにクライアント版は「サークルの女の子に『○○君って、他の人と違う』って言われたんや」という地味〜な自慢だった。ほんとにその一言を大事に大事にしてるんだって分かった。

立ち上がって、「ねぇ、どこ行く?」と佳乃が尋ねると、「鉄鍋餃子は?」と、こういうとき滅多に意見を言わない眞子が言った。
「あ、餃子食べたいかも」
すぐに沙里が賛成して、同意を求めるような目を佳乃に向けてくる。

中州の鉄鍋餃子に入ってからも、増尾談義は続いた。テーブルには手羽煮やポテトサラダ、そしてメインの餃子が並び、3人とも生ビールを飲みながら、眞子は彼氏のできた佳乃を素直に羨ましがり、沙里は嫉妬半分、浮気されないようにと忠告していた。

最後に1人前だけ注文した餃子を、佳乃たちはあっという間に平らげた。すでに4人前を完食していたので、1人平均13個を食べたことになる。

伝票に書かれた金額をきちんと3等分すると、佳乃は2人にその金額を告げた。餃子が1人前470円、ポテトサラダが520円で、手羽先、いわし明太などに生ビールを加えて、合計7100円だった。1人、2366円。その数字を読み上げると、沙里と眞子が財布から1円も過不足なく自分の分をテーブルに出す。

沸騰しそうな鍋の火を消し、魚の血で汚れたまな板を水につけた。
風呂から出た祐一がすぐに食べられるように、ブリの刺身を盛りつけ、夕方のうちに揚げておいたすり身と一緒に食卓に並べた。炊飯器を開けると、米もふっくら炊きあがっており、肌寒い台所に濃い湯気が立つ。
勝治が病に臥す前は、朝3合、夕方5合の米を毎日炊いた。男2人の胃袋を満たすのに、この15年、ずっと米を研いでいたような気さえする。
子供のころから、祐一はよくごはんを食べた。沢庵一切れ与えれば、それで軽々と茶碗一杯のごはんを食べるほど、炊きたての米が好きだった。

「祐一はもうメシ食うたとか?」
時間をかけて寝返りを打った勝治が、這うように布団を出て、房枝が運んできた夕食の盆へ近づいていく。
「ブリの刺身、食べるなら持ってくるよ」
野菜の煮物とおかゆだけの食事に、勝治がため息をついたので、房枝は慌ててそう言った。

風呂上がりの祐一が椅子にあぐらをかいて、ごはんを搔き込んでいた。よほど腹が減っていたのか、みそ汁もつがずに、ブリの刺身一切れに対して、ごはんをささっと二、三口、搔き込む。
「大根のみそ汁があるとよ」
房江は声をかけながら、ひっくり返して置かれたままだったお椀に、みそ汁をついでやった。
渡せばすぐに手にとって、熱いながらも音を立てて旨そうに啜る。
「ばあちゃんも一緒に行ったほうがいいやろか?」
房枝は椅子に座ると、顎に米粒を一つつけた祐一に尋ねた。
「来んでいいよ。五階のナースステーションに連れてけばいいとやろ?」
九州特有の甘い刺身醤油に、祐一がねりわさびをといていく。

祐一はぶたまんの次にケーキを買ってきた。来るたびに何か食べ物を買ってきて、狭い個室で一緒に食べた。徐々に慣れてきた美保も、祐一が来ればまずシャワーでなく、冷たい紅茶か、珈琲を出してやるようになっていた。
祐一が手作りの弁当を持ってきたのは、たしか五回目か、六回目、休日の午後だったと思う。
またいつものように何か持ってきたのだろうと、差し出された紙袋を受け取ると、中にスヌーピーの絵柄がついた二段重ねの弁当箱が入っている。
「弁当?」
思わず声を上げた美保の前で、祐一が照れくさそうに蓋を開ける。
一段目には卵焼き、ソーセージ、鶏の唐揚げとポテトサラダが入っていた。下の段を開けると、びっしりと詰まったごはんに、丁寧に色分けされたふりかけがかけてあった。
弁当箱を渡されたとき、一瞬、祐一には彼女がいて、その彼女が祐一のために作った弁当を、自分に持ってきたのではないかと思った。しかし、「これ、どうしたと?」と美保が尋ねると、照れくさそうに俯いた祐一が、「あんまり、旨うないかもしれんとよ」と呟く。
「……まさか清水くんが作ったわけじゃないよね?」
思わず尋ねた美保の手に、祐一が割り箸を割って持たせてくれる。
「唐揚げとかは、昨日の晩、ばあちゃんが揚げた残りやけど……」
美保は呆然と祐一を見つめた。テストの結果を待つ子供のように、祐一は美保が食べるのを待っている。
祐一が祖父母と三人暮らしだということは、すでに聞いていた。客の素性などなるべく知りたくないと思っていたので、もちろんそれ以上は訊かなかった。
「ほんとに、これ、自分で作ったの?」
美保はふんわりと焼かれた卵焼きを箸でつまんだ。口に入れると、ほのかな甘さが広がる。
「俺、砂糖が入っとる卵焼きが好きやけん」
言い訳するような祐一に、「私も甘い卵焼きが好き」と美保は答えた。「そのポテトサラダも旨かよ」
春の公演にいるわけではなかった。そこは窓もなく、ティッシュ箱の積まれた、ファッションヘルスの個室だった。
その日から、祐一は店に来るたびに手作りの弁当を持ってきた。
美保のほうでもシフトを訊かれれば素直に教え、「九時ぐらいが一番おなかが減るかな」などと、知らず知らずのうちに、祐一の弁当を当てにするようになっていた。
「誰かに習ったわけじゃなかけど、いつの間にか作れるようになっとった。ばあちゃんが魚を下ろすのを眺めとるのも好きやったし、ただ、後片付けは面倒やけど……」
祐一は派手なネグリジェ姿で弁当を食べる美保を眺めながら、そんな話をした。
実際、祐一の弁当は美味しくて、「この前のヒジキ、また作ってきてよ」などと、美保がリクエストすることも多かった。

茄子が安かったので漬物にでもしようと十本も買ってきたが、考えてみれば茄子の漬物を祐一があまり好きでないことを、今になって思い出し、後悔していた。
千円くらいで済むだろうと思っていたところ、総額で1630円になった。30円はまけてくれたが、それでも来週まで郵便局に下ろしにいかなくていいと思っていた財布の中身が心細くなっている。

房枝は椅子に座ったまま、ガスレンジに手を伸ばし、あらかぶの煮付けを温め直した。
「おじゃましまーす」
明るい一二三の声が聞こえてきたのはそのときで、房枝は立ち上がると、「あら、一二三くんと一緒やったとね?」と声を返しながら廊下へ出た。
さっさと靴を脱いだ一二三が、祐一を押しのけるように上がってきて、「おばさん、なんか旨そうな匂いやねえぇ」と台所を覗き込んでくる。
「何も食べとらんと? すぐ用意してやるけん、祐一おt一緒に食べんね」
房枝の言葉に、一二三が嬉しそうに、「食べる、食べる」と何度も頷く。

キャベツが半玉、バラ豚肉が少しある。これらを炒めて、あとはうどんでも作ろうと決めて扉を閉めた。

「しかし、来年三十になる双子の姉妹が、こうやって美味しそうにうどんなんか啜っとって、いいわけ?」
とろろ昆布を麺に絡めながらそう呟いた珠代に、光代は七味をふりかけながら、「ちょっと茹で過ぎたかもしれんよ」と注意した。

佳男は座卓から目を逸らすと、来々軒に電話をかけて野菜ラーメンを二杯注文した。相手はいつもの親父だったが、「あ!石橋さん? はいはい、すぐに持っていくけん」と、対応はひどくぎこちなかった。

土曜日、朝食を済ませると、祐一はどこへ行くとも告げずに出かけた。どうせまたドライブにでも出かけ、夕食には戻ってくるのだろうと思っていた清水房枝は、祐一が好きな肉団子を作って待っていたのだが、祐一は戻って来ず、仕方なく一人で少し甘すぎた肉団子を食べた。

三万円を財布に入れて、光代はレジで温かいお茶を二本とおにぎりを三つ買った。

「そこって、イカ料理だけ?」
何かを吹っ切ったように祐一が明るい声で尋ねてくる。光代は、「ううん」と驚きながらも頷き、「最初が刺身で、脚はから揚げとか、天ぷらにしてくれて……」と説明した。

そのとき、とつぜん襖が開いて、割烹着姿のおばさんが、大きな皿を抱えて入ってくる。
「すいませんねぇ、お待たせして」
おばさんが重そうな皿をテーブルに置く。皿にはイカの活き造りが盛られている。
「そこの醤油、使うて下さいね」
白い皿には色鮮やかな海藻が盛られ、見事なイカが丸一匹のっている。イカの身は透明で、下に敷かれた海藻まで透かして見える。まるで金属のような銀色の目が、焦点を失って虚空を見つめている。まるで自分だけでも、この皿から逃れようと、何本もの脚だけが生々しくのた打っている。
「脚やら残ったところは、あとで天ぷらかから揚げにしますけんね」
おばさんはそれだけ言うと、テーブルをポンと叩いて立ち上がった。
そのまま姿を消すかと思えば、ふと振り返り、「あら、まだ飲み物ば訊いとらんやったねぇ」と愛嬌のある笑みを浮かべる。
「ビールか何か持ってきましょか?」

年越しそばもおせち料理も初詣でもなく、三が日が過ぎようとしている。博多の大学生が犯人ではないと知らされて以来、台所にも立たなくなってしまった妻、里子のために、石橋佳男は駅前のほか弁で幕の内弁当を二つ買ってきた。
湯を沸かして茶を入れて、里子の前に出してやると、力のない指先で箸を割りながら、「弁当屋は正月でも開いとるっちゃねぇ」と呟く。
「結構、客おったぞ」
里子は一瞬何か言葉を返そうとしたが、それも面倒なようで、人参の煮物に箸を突き刺した。

もちろん最初は、ぎこちなかったですよ。でもやっぱり親子やけん、会って話せばどこかで繋がるとですよ。あのとき、二人で食べたうどんの味は今でもはっきり覚えてますよ。祐一があんまりいっぱい七味をかけるもんやけん、驚いて理由ば訊いたら、「ばあちゃんの味付けがいつも薄かけん、七味も、カラシも、マヨネーズもケチャップも山ほど使う」って。その話を聞いたとき、なぜか、ああ、祐一はあの家で大切にされてるんだなぁって安心して。

吉田修一「悪人」