たべもののある風景

本の中で食事するひとびとのメモ帳2代目

茎わかめラーメン『武道館』

人間は、何らかのアイコンを推す人と推さない人に分けられると思う。私のある友人は推す人であり、常にライブ通いとファンクラブ入会をする程度に芸能人にはまって課金している。他方私は推さない人である。これからはわからないけれど、彼女と同じレベルでキャッキャできるとはどうしても思えない。

ケーキやタルト類の「台」があまり好きではない派なのだが、大阪の行列ができるモンブランの台は薄いメレンゲでできていて感激した。

家に帰ったらケーキがある。だけど、それを食べ終えてしまえば、夏休みが完全に終わってしまう。
(中略)
「あいこはねえ、モンブラン! 大地は?」
「おれはチョコのやつ。あとで一口こうかんしようぜ」
(中略)
誕生日の夜は、ショッピングモールの中の一番広いレストランで夜ご飯を食べる。
(中略)
レストランでプレゼントをもらい、お店の人に写真を撮ってもらい、そのあとショッピングモールの一階にある洋菓子店でケーキを買って、どちらかの家に集まって食べる。
(中略)
「愛子ちゃんがモンブランで、大地がチョコレートムースだったよね」
大地の母親が、白い箱に入ったケーキを小皿に取り分けてくれる。この作業は、愛子も大地も自分ではやらない。買ったばかりのケーキは、まるで生まれたてのヒナのように、ほんの少しの衝撃で壊れてしまいそうに見える。もし、そんなケーキを自分の手で壊したなんてときは、きっと立ち直れないほど落ち込んでしまうから、大人にやってもらう。
「キャー、おいしそー!」
「あいこ、テーブルゆすんなって」
大地は、真剣な表情でケーキの周りのセロファンを取り外している。帰り道にふたりであんなに動いたのに、レストランで食べたハンバーグでぱんぱんにふくらんだお腹は全く萎んでいない。それでも、いま目の前にあるケーキならば、いくらでも食べられそうだ。
「ほら、おれきれいに取れたー」
セロファンについたクリームをうれしそうに舐める大地に向かって、大地の母親が言った。
「大地、食べすぎちゃダメだからね」
剣道が上手な大地は、「変なもので体が重く」ならないように、市販のお菓子やジュースを好きなように食べることができない、らしい。
(中略)
「よし、食おうぜえ!」
歌が終わったとたん、大地は、待ってましたとばかりにチョコレートケーキにフォークを突き刺した。スポンジとムースが何層も重なり合っているケーキ、その中をぐんぐんと進んでいくフォークの先、その尖った銀色はやがて、一番下に敷かれているビスケットの層を突き破り、白い皿まで辿り着く。

真由は、もごもごと口を動かしている。きっと、今のうちにできるだけ梅の味を堪能しているのだろう。いざ噛み始めてしまえば、ひとかけらの茎わかめなんてあっという間になくなってしまう。
今日はもともと仕事の予定がなかったので、学校の授業を終えたらまっすぐ家に帰るつもりだった。数日前からなんとなく食べたいと思っていた冷やし中華を、父の分もまとめて作るつもりだった。

事務所の会議室で食べたふたつのサンドウィッチが、お腹の底のほうにずっと残っている。改めて夕飯をきちんと食べる必要はなさそうだったので、愛子は冷やし中華をあきらめ、冷蔵庫の中から麦茶を取り出した。グラスの中に茶色い液体を注ぎながら、ちらりと時計を見る。

折りたたまれたタオルに、ぽすんと携帯が着地する。そしてその横に、口をつけていないドーナツを置いた。
真由はいつも、梅味の茎わかめばかり食べている。だけど、茎わかめと撮った写真をブログにアップすることは、絶対にしない。

茎わかめ、ノンフライ昆布、ねり梅、プルーン。コンビニのレジの近くにある棚には、小さな袋に入った低カロリーのおやつが揃っている。
「茎わかめ買うなら、梅味じゃなくてプレーンなやつにしようよ。塩味のやつ」
碧はそう言うと、真由がぼんやり握っていた梅味の茎わかめを取り上げた。その代わり、隣にある塩味の茎わかめをふたつ、手に取る。
「私の分と一緒に買っちゃうね」

「私が誘ったし、おごるから」
テーブルにはすでに、塩ラーメン、と書かれている小さなチケットが置かれている。(中略)
「券売機の一番左上のやつがその店のイチオシだって、よく言うよね」愛子は、券売機の一番右端が塩ラーメンだったことを思い出してそう言ったが、当の碧は、
「あ、そうなんだ?」
とどうでもよさそうだ。水のおかわりを受け取り、早速箸を割っている。早く食べたくて仕方がないらしい。
(中略)
夕飯時を過ぎても、店内はかなり混んでいる。カウンターの向こう側では、まるで生まれたての命のように、様々な具材がほかほかと輝いている。
(中略)
碧はそう言いながら、自由に食べてもいいもやしのナムルを、引き寄せた小皿に山盛りにした。
「は、はげ?」
真由の眉間にしわが寄る。
「そう、ハゲてきちゃって」碧が、しゃきしゃきと音を立ててもやしを噛み砕く。
(中略)
碧は、からになった小皿にもう一度もやしを盛り付ける。まだ食べるのか、と、思うと、「食べる?」と、その皿を愛子に差し出してきた。愛子は思わず、自分の箸を手に取る。
(中略)
「お待たせしましたー!」
カウンターの向こう側から突然、赤い器が三つ現れた。具材の少ないシンプルな塩ラーメンは、バツがひとつもないテストの答案用紙みたいだ。
「おいしそー!」
「いいにおい!」
愛子が感激しているうちに、碧はもうスープにれんげを沈めている。表面に浮かぶあぶらの輪が、シャボン玉みたいにきらきら光る。
(中略)
濃すぎなくておいしい、と冷静に評する碧に続いて、愛子もスープを一口飲む。口の中ぜんぶに染み渡る旨味が、思わず湧きでてきたよだれときれいに混ざり合う。
「おいしい!」
「ね、さすが検索トップの店」
(中略)
制止する真由を無視して、碧は、店員の目を気にしながらもその茎わかめの袋をさかさまにした。
「あっ」
落ちていく茎わかめを、やわらかい麺がやさしく受けとめる。
「ラーメンに入れるともっとおいしいんだよ、茎わかめって」
碧が器の中に突っ込んだ割り箸が、ぐるぐると円を描く。円がひとつ増えていくたび、乾燥していた茎わかめが瑞々しく波打ち始める。
「スープの中で、乾燥わかめが元のわかめに戻るの。普通のわかめよりこっちのほうが味がついてて最高」
碧はあっさり自分の席に戻ると、自分の分の茎わかめの袋を開けた。そして、そのうちの半分を愛子に差し出してくる。
「どうしても茎わかめしか食べないって決めてるんだったら、むりやり食べさせたりなんかしないけど」
碧は、自分の器の中でもくるくると箸をまわしている。
「だけど、たまに味変えたり食べ方変えたりしたら、気分転換にはなるんじゃないの」
愛子は、碧から半分もらった茎わかめを、自分のてのひらで転がしてみる。そしてそのまま、湯気の立ち上るスープの中に落とした。あつあつのスープを吸い込み、やわらかくふくらみはじめたわかめを、箸でそっとつまむ。
コンビニで勝手に買った、塩味の茎わかめ。券売機の中から勝手に選んでいた、塩ラーメンのチケット。
(中略)
「うん」
そう頷いた真由の持つれんげには、ぴかぴか光るわかめとスープ、そして、湯気に包まれた麺がきれいに収まっていた。

猫のようにむむむと睨み合うるりかと真由を制しながら、波奈がボウルの中の菜箸をくるくるとかき混ぜる。
「絶対食べものをこぼさないでよ、こたつぶとん洗濯したばっかなんだから」
990円で買った真っ赤なたこ焼き器を中心に据えたコタツテーブルには、さまざまな具材が並べられている。ここに来る前、みんなでカートを押し合いながらスーパーを隅々まで練り歩いた。5人合わせたところでそんなにお金があるわけではないので、食べたい具材を選ぶときはちょっとしたケンカも起きた。
(中略)
銀のボウルの中で混ぜられている、たこ焼き粉と牛乳。買ってきた紙皿それぞれに盛られた、タコ、ソーセージのかけらたち。年少コンビがとりあえずザクザク切ったため、具材はすべて不恰好なブツ切りだ。パックに入ったままのキムチ、袋に入ったままの一口チョコレート、発泡スチロールに乗ったままの明太子、カンヅメに入ったままのスパム、そして碧がどうしてもゆずらなかった、ひき肉を塩コショウでさっと炒めたものと、めんつゆ。
「めんつゆつけると、明石焼きってやつになるんだよ、超おいしいんだから」
スーパーの中でも先頭をひた走っていた碧は、材料選びでも実際の調理でも、やけにたこ焼きについて詳しかった。
(中略)
お玉でボウルの中のタネをすくいながら、碧がこちらに向かって顎をくいと動かした。たっぷりのあぶらが溜まった穴のひとつひとつに、きれいなクリーム色のタネが注がれていく。
(中略)
「はい、できてますよー」
ふとたこ焼き器に視線を戻すと、そこには、つるんとした小さな球体が並んでいた。形も色もきれいなので、まるで入学式に臨む新入生みたいに行儀よく見える。碧は、テレビを観ながらも華麗なつまようじさばきを繰り出し続けていたらしい。
「いい感じに食べごろ食べごろ。焦げるからスイッチ切って」
「やば、上手!」
るりが身を乗りだし、たこ焼き器のスイッチを切る。
(中略)
「あーもーなんかドキドキしたー! 食べよ食べよ!」
ど真ん中にあるたこ焼きに、真由が割り箸をぶすりと突き刺す。
「これ中身なに?」
「このへんは確かノーマルにタコかな」
(中略)
たこ焼きをふたつ同時に頬張ってみている真由、キムチをそのまま食べているるりか、結局一人でめんつゆを消費し続けている碧。
(中略)
「あれっ、そういえばチーズは!?」
るりかが突然、大きな声を出す。寝ていた真由が「うるさいなあ」とのっそり目を開けた。
「具、チョコとチーズで、チーズにしようって決まったじゃん! いま気づいたけど、なんでチョコ買ってんの!? チーズは!?」
るりかはどうやら、みんなで行った買い出しのことを話しているらしい。

木の棒に刺さったアイスは、外側をチョコレートでコーティングされており、その上には小さなナッツがまぶされている。
(中略)
頷くと、愛子は最後のアイスのかけらを頬張った。口の中の熱で甘いかたまりを溶かしながら、声に出さずに、ありがとう、とも言ってみた。
チョコレートとバニラの味が、熱くなった舌のまわりで混ざり合う。

真由は、パーキングエリアの自動販売機で買うフライドポテトが大好きだ。紙の箱に染み出ている油、揚げてからかなり時間が経ったことでくたくたになってしまったポテト、どちらもマイナスに働きそうな要素だけれど、真由に言わせると「そこがいい!」らしい。

一瞬、フルーツ牛乳やコーヒー牛乳に視線が泳ぐけれど、お腹まわりのぷにぷにした部分を手で触り、冷水でガマンすることを決める。
車での長距離移動の楽しみは、くたくたになったポテトだけではない。帰りに寄るパーキングエリアで入る温泉こそ、メンバー皆が心待ちにしているオアシスだ。

俺、ガキのころ、ばあちゃんちで初めて湯豆腐食べたとき、母ちゃんの料理みたいに味薄いって言ってみたら、なんかそれから母ちゃんの自然派が笑い話みたいになったことがあってさ。

余った弁当をひとつもらってきていたので、愛子はそれを夕食にする。付け合せのトマトも一緒に温めてしまったけれど、もうしかたない。
冷えた麦茶に、いつものグラス。チンしてもまだまだ固いごはんを割り箸でほぐして、一口、食べる。

朝井リョウ著『武道館』より

林屋!『野ばら』

昨今の宝塚のあれやこれやに触れて思い出したので再読し、なんだか感動してしまった。ダラダラと飴をしゃぶるような快楽を味わえるサービス満載の一級レジャー小説。斜陽を前にした桜の木の下のシーンなんて「細雪」だし...。
自分のメモによると実に17年ぶりに読んだらしい。信じられない。すごくいろんな場面を覚えていた。当時、日常的に宝塚線に乗り、京都へもしょっちゅう行っていたので、舞台をイメージしやすかったこともあるだろう。不倫相手のおっさんの「シャツの趣味が萌から見て微妙」というのが直接的な言葉を使わずに書き込んである2か所など「林屋!」と声をかけたくなる。京都のゴハンも実に美味しそうなのがこの小説家の矜持。

ところで京都に行くたび、花見小路を車が爆走するのをいかがなものかと思っていた。この小説の発表から20年以上たち事情は随分変わっただろうけど、こういうセレブがいる限り、地下道でも作らない限り、自動車進入禁止にはできないんだね。個人的には、こんど日本に行ったら宝塚ホテルを再訪したいなーと思った。

半蔵門のダイヤモンドホテルといえば、古くて地味なホテル、といった印象であったのだが、しばらく来ない間にリニューアルしていたらしい。いたるところに金をかけ、都会の洗練された隠れ家のようになった。コーヒーハウスも大層贅沢なつくりになり、インテリアも凝っている。高いけれども紅茶も大層おいしい。新井萌は紅茶党であったが、外でおいしい紅茶を飲むことをほぼあきらめていた。カフェや喫茶店はもちろん、どこのホテルのコーヒーラウンジもコーヒーと比べて紅茶はおざなりになっている。千円近くとるラウンジで、ポットにティーバッグを放り込んで平気で持ってくるのだ。
けれどもここの紅茶はいい葉を選び、丁寧に淹れてある。紅茶がこんなにおいしいのならばケーキもきっとかなりの水準のはずだけれども、少々苛立っている萌は、とても注文する気にはなれない。

「ねえ、その後のお食事はどうなってるの」
「『クランツ』の石山さんが、中国飯店の上海蟹にしようか、それともどこかイタリアンを予約しようかだって」
「そうねえ、久しぶりにイタリアンがいいかも。関西ってイタリアンは悲惨なんだもの」

小言を口にしながらも、娘のために手間をかけた朝食をつくってくれる。普段ひとり暮らしでは、ろくなものを食べていないだろうと言って、出てくるものは"旅館ごはん"と千花が呼ぶ和食だ。
丁寧にだしをとった味噌汁にだし巻き玉子、煮物に焼き魚といったものに、佃煮、海苔が食べきれないほど並べられる。佃煮、海苔の類いは、開業医の父親のところにきたものだ。
人にはあまり言ったことがないけれど、洋酒やビール、茶や佃煮などは、店で買うものではないと母の悠子も千花も思っている。それらはちょっとした貢ぎ物として、父の診察室の片隅に堆く積まれるものなのだ。
(中略)
「急に失くなっちゃって、このあいだ初めてお茶っ葉を買ったのよ」
と悠子がおかしそうに言う。けれども食後、これまた医者の貰い物の定番であるメロンを、大ぶりに切って置いた。

もう既にテーブルの上には、大きな重箱が三つ重ねられていた。サングラスをしたまま梨香は後輩たちに言う。
「これ、手の空いた時に食べて高杉さんが持ってきてくださったの」
「ありがとうございます」
高杉というのは、美容整形医の妻ではない。ファンクラブのひとりで、今日の梨香の、「お弁当をつくらせていただく」当番なのである。
出番の多いトップはたいていの場合、公演の前に食べ物を口にしない。だから豪華な弁当は、下級生たちに下げ渡されることになっている。外に食べ物を買いに行く余裕などない研究生たちにとって、これは本当に有難い。
最初はやや抵抗があったものの、気がつくと下がってきた弁当や菓子、果物をすごい早さで咀嚼する自分がいた。時々はずれることもあるが、弁当はたいていおいしい。憧れのスターに食べてもらおうと、徹夜して何十人分もの弁当をつくってくるのだ。手巻き寿司にひと口カツ、煮物、だし巻き玉子などが彩りよく並べられていた。
すっかり化粧を終えた千花は、夏帆と一緒に寿司を食べ始めた。かなり凝っていて、中にキャビアが入っていた。

二人の男はしばらくしゃれ合った後、運ばれてきた刺身に手を伸ばした。
インテリアだけ凝って、味はそこいらの居酒屋並みの和食屋が増えていく中、この店は有名料亭で修行を積んだ主人が包丁を握っていた。
ここの自慢料理はトロの氷盛りで、かき氷の鉢の上に、トロが紅白の脂肪の網を見せている。トロによほど自信がなければ、これは出せないだろう。
「こりゃうまいな」
この店は初めてだという森下が、感嘆の声をあげた。その声でかなりの食道楽だとわかる。

「(中略)ママがね、おかずを三品並べようもんならガミガミ言うのよ。考えても欲しいわ、あの綺麗な顔をした男が、高いタラコをどうしてこんなに無造作に切って出すんだって、本気で怒るんだから......」

「夏山先生が、ロマネ・コンティを飲む会をするんですって。といっても、全部ロマネで通すととんでもないことになるから、ロマネは二本ぐらいで、後はラ・ターシュかマルゴーにするらしいけど、とにかくすっごいものが出るらしいわよ」
(中略)
やがてこれまら夏山とっておきのシャトー・ディケムが出てディナーは終わった。
その前によく熟したチーズと、三種類のデザートを人々は口にしていた。
「本当にいっぱい食べちゃったわ。チカ、もうお腹がパンパンに張ってる......」

東銀座の方へ向かって、歌舞伎座横の文明堂に入った。ちょうど芝居の真最中で、客はほとんどいなかった。
萌はミルクティーを頼み、三ツ岡はコーヒーとカステラのセットを頼んだ。萌は彼から「問題外」と言い渡されたような気がする。多少気のある女の前で、男は甘いものなど絶対に食べない。(中略)
「三ツ岡さんって、甘いもの、お好きなんですか」
やや皮肉を込めて問うてみた。
「好きだねぇ......。前は、そんなでもなかったけど、この頃年のせいか、午後になると甘いものが欲しくってたまらない。羊かんでも、饅頭でも、ケーキでもむしゃむしゃやるね」
(中略)
やがてカステラが運ばれてきた。これをフォークでちまちま食べる三ツ岡の姿など、見たくないと思った。が、彼は三切れに切り、大きく頬ばる。三十秒ほどで食べてしまった。
「三ツ岡さんって、食べるの、早いんですね」

彼のロールスロイスは、京都の狭い路地をぎくしゃくと走っていく。そして止まったところは一軒の町屋である。
「あんたら、どこに連れてこと悩んだけど、若い人らに懐石もなあ......。あんなもんはほんまに若い人がおいしいかって言ったら、違うような気がするわ。ここは京都一、いや日本一うまい肉を食べさせるとこやからな」
(中略)
「ここのステーキは不思議なステーキやで。こげ目っていうものが、まるっきりあらへん。ぬるい温度で肉の旨味を閉じ込めるっちゅうことをしてはる。ふつうだったらまずくなるはずやけど、どういうわけかごっつううまいんや。いったいどういうわけやろと、いつも考えとるんやけど......」
(中略)
やがてワインとバカラのグラスが三つ置かれた。年代もののペトリュスである。町中の小さなステーキ屋の奥から、まるで手品のように高価なワインが出てきたのだ。
「ここは結構いいワイン出してくれるんやけど、デキャンタもテイスティングもなしという、滅法愛想のないとこでなあ......」
「仕方ありませんよ。全部ひとりでやっているんですから」
やがて白い布をかぶせたトレイが運ばれてきた。布をとると大きな肉の塊が、白と赤のマーブル模様の切り口を見せている。
「ヒレもありますけど、今日はやっぱりサーロインでしょうなあ」
「じゃ、それにしよ」
「お嬢さん方、焼き加減は......」
「私、ミディアム・レア......」
言いかけた萌を、亀岡が制した。
「そんなん言わんと、この大将にまかせとき。そりゃあうまく焼いてくれるわ」
三つに切られた肉が鉄板の上に置かれた。ジュウジュウと音をたてるわけでもない。ただ置いた、という感じである。その間に三人はワインを飲み始めた。
「ペトリュス、大好き」
千花がペロッと舌で、唇についたしずくをなめた。
(中略)
二人がそんな軽口を叩いているうちに、温野菜をのせた大皿が並べられ、その上にシェフは焼き上がったステーキをのせる。萌はこんな不思議なステーキを食べたことがなかった。焼き目というものがまるでない。熱によって赤黒く変色した肉塊だ。ひとくち口に入れる。
「おいしいわ」
先に言葉を発したのは千花だ。
「肉のジュースが、しっかり中に閉じ込められてて、それがブチュッと出てくるの。うんと焼いたステーキよりも、お肉がどこまでもやわらかいっていう感じ......」
「そうやろ、そうやろ」
亀岡は頷く。気に入った答案を目にする教師のようだ。
「ここは肉を焼く常識と全部反対のことをしとる。だけどこんなにうまい。誰かちゃんと研究せえへんかと思うけど、ここの大将は変わり者やさかい、テレビにも雑誌にもいっさい出えへんのや」
「勘弁してくださいよ。年寄りがひとりコツコツやってる店ですよ。マスコミなんか出たらえらいことになりますわ」
その後量は少ないけれども、ドレッシングが凝ったサラダが出、メロン、コーヒーという順で食事が終わった。
店を出ると、どこかで内部を見張っていたかのように、ロールスロイスがするすると近づいてきた。
(中略)
「お食事、どこへ行かはったん」
「『桃山』でステーキ食べてきた」
「いやあ、『桃山』やて。あんな高いとこ、私よう行かへんわァ」
「よう言うわ。あんただったら、どこ行きたい、あそこで食べたい、ってねだれば、みんな大喜びや」
「この不景気で、そないなお客はん、いてはりまへん。あ、社長さん、焼酎でよろしおすか」
「そうや、ここでワイン飲んだら、いくらふんだくられるかわからん」

三ツ岡が案内してくれたのは、北白川の通りにあるおばんざい料理の店だった。
「昨日はすごいご馳走を食べたそうだから、今日はこんなところでいいでしょう」
カウンターの上の大鉢に、何品かの料理が並んでいるが、それ以外にもいろいろと注文することが出来る。まず萌は大鉢から蛸と海老芋の煮つけ、三ツ岡は刺身と白和えを頼み、ビールで乾杯した。
(中略)
しかしそのために二人の会話は少なくなり、最後の松茸御飯を萌は黙って咀嚼したぐらいだ。

「(中略)あのさ、花見小路にものすごくおいしい店が出来たらしいよ。『喜蝶』の花板が独立して店持ったんだって」
子どもの時から一流の店の味を知っている彼は、食べものにとてもうるさい。一食でもまずいものにあたると、すぐに不機嫌になる。歌舞伎座や南座の楽屋を訪ねる時、千花はどれほど差し入れの品に心を砕いたことだろう。鮨だったら青山の紀ノ国屋スーパーの中に入っている「すし萬」。ここの大阪鮨は値段が倍ぐらいするが味がまるで違う。あなご鮨が路之介の好物なので大箱を持っていく。サンドウィッチならば、帝国ホテルの売店のものと決めていた。
それ以外にも、自分でせっせと菓子を焼いた。高校を中退して宝塚に入った千花は、他の同級生たちのように料理教室へ通った経験がない。だから本を見ての独学であったが、これが案外うまくいった。特にクルミとバナナの入ったパウンドケーキは、売り物にしてもいいぐらいだと食べた人は必ず言う。路之介もこれが気に入っていて、そんな細い体のどこに入るのだろうという勢いで、三切れ、四切れすぐ口に入れる。
けれどもそんな差し入れが出来るのも、自分が東京にいる時のことだ。宝塚にいて公演中ならば、手づくりのものはつくれないし、小遣いをねだる母もいない。

八時になった。千花は空腹のああり、ルームサービスを頼むことにした。この後どこかで食べるにしても、軽いサンドウィッチぐらいは支障ないだろう。運ばれてきたサンドウィッチをゆっくりと食べ、時間をかけて口紅を直した。テレビでは「ニュースステーション」が始まろうとしていた。

稽古場にある団員専用の「スミレ・キッチン」で、千花は甘めのカレーを食べていた。真向かいに座って「トリの唐揚げ」を食べているのは、今度のバウホール公演で主役をつとめる、男役の立風あまんである。

二人で和光のティールームに座っている。ここはよく萌が母と一緒に入るところだ。とても紅茶一杯とは思えない値段だが仕方ない。銀座といえばここしか知らないのだ。ケーキを勧めたけれども、映美は注文しなかった。ダイエット中と笑ったが、たぶん値段を見たからだろう。萌に払わせるのを気にしているのだ。本当によい子だと萌はますます映美が好きになる。

二人はいかにも父娘らしい会話をかわしながら、ビールを飲み干す。映美も父に似て、かなりいけるクチらしい。
前菜の盛り合わせの後、おつくりはフグであった。ほんの少量、美しい青磁の小皿に盛られている。
「私、これって初フグよ」
「よし、よし、学生らしい生活をおくってるみたいだな」

そんな他愛ないことを喋っているうちに、塗りの折敷の上に向付が置かれた。白磁の小鉢の中に入っているのは、伊勢海老の湯引きである。彩りにほんの少しキャビアがまかれている。
「僕はもうちょっとビールを飲むけど、君はどうする? ワインも置いてあるけど」
「日本酒をいただきます」
この店では小さなワイングラスに日本酒を注ぐ。「菊姫」が、ほんの少し黄色味を帯びて見える。

「シャンパンを抜いて。今日はこの人の誕生日パーティーだから」
「ほう、そりゃ、そりゃ」
隣りに座っていた初老の男が、それを聞いたからには声を発してもいいだろうといわんばかりに頷いた。
彼の前には、伊勢海老らしい刺身の皿が置かれている。
(中略)
「シャンパンは、ヴーヴ・クリコと、ドン・ペリニヨンしか置いておりませんが、どちらにしましょうか」
「クリコにして。ドンペリって、なんかオヤジっぽいじゃん」
路之介は千花の方を向き、ねえと笑いかけた。

デザートの菓子は、ふかしてたの薯蕷饅頭とプリンであった。染付の皿に盛られ、かすかに震えるプリンは黄色がとても濃い。
「和食のお店で、プリンが出るなんて珍しいわ」
「このお店の名物だよ。昔のやり方でつくってるんだそうだ」
三ツ岡は皿を萌の前に置いた。
「よかったら、僕の分も食べないか」
「三ツ岡さん、プリン嫌いなの」
「うーん、何て言えばいいのかなあ。プリンは大のおとなが、嬉々として食べるもんじゃないっていう気がするんだ。人前で食べるのは、ちょっと引いてしまうね」

差し入れの「しろたえ」のシュークリームや「千疋屋」のフルーツゼリーは、それこそ山のようにテーブルの上に置かれている。「キハチ」のクッキーを、ばりばり齧りながらメールを打ち続ける団員もいるし、ゲームに夢中になっている団員もいる。

後半まで千花の出番はない。化粧台前に座って、千花は「ウエスト」のクッキーをがりりと噛んだ。ありきたりだ、との声もあるが、千花はこの店の癖のない味が好きだ。幼い頃から、よくおやつに食べていたせいもある。

映美は前菜の仔豚のハムに半熟玉子をからめながら言った。
(中略)
「そんなこと、誰が言ったの」
驚きのあまり、息が荒くなった萌の前に、ウェイターが仔羊のソースをからめたラビオリの皿を置いていった。

最近の金持ちの例に漏れず、白石は大変なワイン好きである。中年までは下戸だったのが、ある日突然飲めるようになったのだ。
「それも高いワインほど、ぐいぐいいけるから困るで」
と笑う。今もぼんに頼んで、店の奥からとっておきを何本か出させたばかりである。
「よう、ラトゥールの九〇年なんかあったなあ。ぼんの好みやろ、さすがやな」
「おおきに。そら、白石はんみたいな人にお出しするんどすから、九〇年のラトゥールぐらい揃えておきまへんとなア」

二人で会場につくられた飲食のコーナーへ行き、カナッペをつまんだ。こうしたパーティーの定石どおり、料理は簡単なものばかりであるが、シャンパンとワインはかなり張り込んだ銘柄だ。

夏らしく前菜は茄子とキャビアを使った小さなサラダだ。やや神経質に茄子のマリネをナイフで切りながら、拓也が尋ねた。

ワインを四人で三本空け、長い食事が終わった。この店は絵里奈の父親の名前で予約してもらったため、彼女が誰だかわかっていたのだろう。店長がサービスで食後酒を何種類か運んできた。中に北イタリアの修道院でつくっているというリンゴの酒があった。
「ちょっと香りがきついですが、ぜひおためしください」
小さなアンティックのグラスで二杯ずつ飲んだら、みんなすっかり酔いがまわってしまった。

それを聞いたとたん、自分がとても空腹なことに千花は気づいた。午後すぐの新幹線の中で、サンドウィッチをつまんだだけだ。
路之介は慣れた様子で、店の奥にある小座敷に上がっていった。既に二人分の箸やコップが用意されている。
「はい、ビール。アサヒでしたわね」
(中略)
「おかみさん、熱燗頂戴」
やはりさっきの女は、妻だったのだ。鱧の皿を持ってきた女に、路之介はそう声をかけた。
「そうよね。今日みたいな日は熱燗よね」

ファンから差し入れられたシュークリームを食べながら女性雑誌をぱらぱらとめくっていた。この雑誌もまたファンからの差し入れである。

最近萌が気に入っているのは、一ノ橋に近いイタリアンレストランだ。地下に下りていくと、大きなワインセラーがあり、その陰にテーブルが置かれている。ここは上階の客たちには気づかれない席で、化粧を落とした女優が、女友だちとにぎやかにパスタを食べたりしていることもある。
(中略)
何を食べてもうまいが、特別に注文すると、焼き野菜たっぷりの皿や、豆の入ったリゾットをつくってくれる。つき合うようになってわかったことであるが、意外にも三ツ岡は大層肉が好きで、特に仔羊には目がない。この店の仔羊は香りが濃くてよいと、骨をしゃぶるようにして食べる。
(中略)
前菜のガスパッチョも半分も飲めず、すぐに皿を下げさせた。

ちょっと座ろうよと、千花はソファに誘った。その際シャンパングラスとチョコレートを持ってくることは忘れない。パーティーのために、洋服やバッグと同じロゴマークが入ったチョコレートが、ピラミッド型に積まれていたのだ。
(中略)
千花はチョコレートを口の中に入れた。ここで何か死者を悼む言葉を口にすることは、いかにも嘘っぽい感じがした。なにしろ一度も会ったことのない女なのだ。
けれどもこげ茶色のチョコひとかけらを口にしたとたん、苦く重々しいものが胸にこみあげてきた。
(中略)
二人は黙ってシャンパンとチョコレートをかわるがわる口にほうり込んだ。

「(中略)コーヒー淹れるけど飲む?」
「ありがとう」
二人分のコーヒーを淹れ、小皿には麹町にある老舗のクッキーを盛った。新井の祖父母の家は昔からこの店の会員になっている。由緒ある家だけが入会出来、会員になるとこの店のクッキーを買えるというシステムだ。ここの繊細なクッキーは萌の大好物で、それを知っている祖母が定期的に送ってくれているのである。
特に萌が目がないのが、薄緑色をしたチップだ。舌にのせると静かに溶けていく。このクッキーには紅茶が合うのだが、わざわざ湯を沸かすのはめんどうくさい。コーヒーメーカーはセットさえしておけばいいのでずっと簡単だ。
桂子は萌の差し出したコーヒーに、のろのろと砂糖とミルクを入れる。

寒気はまだ続き、心は別のところにあるのに、千花はいつもの習慣で冷蔵庫を開ける。牛乳に粉末を混ぜる手順も、手が勝手に動いていく。この粉末は、キナコに昆布の粉を混ぜた母の悠子のお手製だ。肌と健康にいいと聞いて、自分でつくり宅配便で送ってくる。
(中略)
あまりおいしくもないドリンクを飲み、次は先輩から勧められたサプリメントを四粒飲んだ。その後はインスタントコーヒーにミルクを入れ、昨日買ってきたあまり甘くない菓子パンを食べた。
そして自分がきちんと咀嚼していることに、千花はとても満足している。
「ほらね、私はあんまり傷ついていないのよ」

「ねえ、高級割烹店で食事っていうのもオジさんっぽいから、いっそのことイタリアンにしようよ」
「えー、京都に来てまでイタリアンかぁ」
謙一郎はあきらかに不満気な顔をした。
「あのね、京野菜を使ったイタリアンなの、水菜のサラダとか出てね。すっごくおいしかったの憶えてる」
幸い席が空いていて、タクシーで向かった。祇園町北側のこのあたりは、飲み屋街といってもビルが多く、京都の風情は薄い。レストランは、小さなビルの地下にあった。まずは京茄子とキャビアを冷菜仕立てにしたものが出され、二人は白いワインで乾杯した。
(中略)
彼の饒舌を封じ込めるかのように、松茸を使ったパスタが運ばれてきた。バターと松茸のにおいが混ざり合って、なんともいえぬこうばしさだ。
「これ、めちゃうま」
謙一郎は盛大にフォークに巻きつけ口に運んだが、全く音をたてない食べ方をした。

「本当にバッカみたい......」
思わず声に出して言い、隣りでパンを齧っていた女が、目を大きく見開いて萌の方を見た。

林真理子著『野ばら』より

最終回『巴里の空の下オムレツのにおいは流れる』(24)

もう20年前だが、ドイツは、ペットボトル大国から出かけていくと、大都市でさえ手軽に買える飲み物が全然売られていなくてちょっと困った。もちろん、わかっていれば対策できることなので、今もエコ先進国であってほしい。

二度とも仕事で、ヴィスバーデン、デュッセルドルフ、ケルンと西ドイツの劇場に出演したのだが、合理的なドイツ人は、外国からきた芸能人に下宿の世話をしてくれ、無駄なお金をつかわせないように取りはからってくれる。(中略)
私がはじめに下宿した家は肉屋さんだった。肉屋さんが家の一室を貸したというのではなく、一階はそうとう大きな肉屋で、二階はアパートふうになっている肉屋兼下宿屋さんだった。
下宿第一日目の朝、太ったマダムが部屋にきて「何をたべるか」ときいているらしい。「卵とパン」と英語でいったが、パンはわかったが卵が通じない。仕方がないから指で丸いかっこうをしたら、「シンケ、シンケ」ときくので、めんどうだから「ヤーヤー」と答えておいたら、ソーセージが出てきた。
それからは毎朝ソーセージで、ことわりたくても、どうせ通じないと思えばめんどうなので、出されるままに朝から大形のソーセージをたべるはめとなった。相手は肉屋なのだから、店のものを喜んでたべるよい下宿人と思っていたことだろう。
店には、生肉のほかに、今日まで見たこともないようないろいろな種類の腸詰が、ところせましとならべてあった。ホットドッグにつかう細いソーセージはフランクフルトといい、ハンブルグふうというのは、長さは同じぐらいで、直径が五センチほどある太いソーセージだ。
このような柔かいソーセージは、中火でゆでて、ゆでたてにからしをつけて食べるのが一番おいしいたべ方で、バタや油でいためてはクドクなり、味もおちる。
(中略)
燻製になっているソーセージにも、いろいろ種類はあったが、サラミのようにかたく燻製にしたものより、半なまの燻製がおいしかった。シュヴァイン・ヴルストの端を切りおとし、サジでソーセージの中をすくい出して、黒パンにすりつけてたべる味は忘れられない。
半なまの燻製だから、みはうすい桃色で、あぶらみの白とまざって霜ふりだ。口あたりもやわらかい。押麦の入った黒パンはボソボソしているから、この柔かいあぶらみの多いソーセージをこってり塗ってたべれば、よくあうのだ。
ビールをのみながらこのオープンサンドをもう一度たべてみたいものだ。
そうそう、それときゅうりの酢づけ。
ピクルスも、小さいきゅうりの甘く漬けたのではなく、大きいきゅうりがあっさりと辛口につけてあり、かじるとガリガリかたい、家庭で作ったピクルスだ。お皿に品よく小口に切って盛ってあるなどというのではなく、一本ゴロッとのってるのを先の方からかじるのだ。
じゃがいも料理もいろいろあるが、よく食卓にのったのは、ゆでさましのじゃがいもをナイフでそぐようにうすく切り、玉ねぎのうす切りといっしょに、たっぷりのラードか油で、表面が狐色になるまでいため、塩コショーをした、フランス式にいえばリヨネーズふうのじゃがいも料理だった。これは中がやわらかく外側はこんがりやけていて、とてもおいしく、毎日たべてもあきなかった。

ドイツ人の一番よくたべるものでは、ザウエル・クラウツ、それにオクセン・シュヴァイン・ズッペというスープだ。
前のはアルザス料理としてパリのレストランのメニューにものっているし、またパリのおかず屋さんにはかならずザウエル・クラウツ用のすっぱいキャベツが売られていた。
(中略)
出来上ったちょっとすっぱい、油でつやの出た、柔かいキャベツの湯気の立っているのに、ソーセージやハムや豚肉のいためたのをのせて、しばらくあたため、皿に大盛りにのせていただくのが、ザウエル・クラウツという料理だ。
オクセン・シュヴァイン・ズッペというスープは、オクステイル(牛のしっぽ)をよく煮出し、ポタージュにしたこげ茶色のドロッとしたスープで、こってりしているが、味が濃いのであまり油っこい感じが残らず、あきのこない家庭的なスープだ。
この他にも、グリンピースを煮て大まかにつぶし、スープでドロドロにのばし、中にソーセージやベーコンのいためたのをのせて出す豆のスープも、非常にドイツ的な料理だ。
豚の胸肉や骨つきの足を煮こんだ料理もドイツ的とおもうが、要するにドイツ料理というものは、しゃれた小いきさは全然ないが、たっぷりした重量感と、田園ふうな味がまた食欲をそそるといえるだろう。

イタリアでは、めん類は前菜として、肉料理や魚料理の前にたべるのだから、大した食欲だ。それも、ほんのちょっとなどというものではなく、大皿に山盛りたっぷりよそったのに、チーズの粉をいっぱいふりかけてたべる。
一般的に一番よくたべられるのはスパゲティで、それもトマトソースやミートソースなどかけず、かためにゆでた白いのに、バタとチーズをまぜあわせてたべる。くるくるっとフォークの先にまきつけて、手ぎわよく、まるでうのみにしているように、ツルリ、ツルリとたべる様子は、日本人がおそばをたべているのによく似ていた。
日本ではうどんを煮たらすぐ食べなくてはのびるというが、イタリアのスパゲティも同じで、ゆで上った熱いところを、すぐ食べなくては、おいしくない。

名古屋のきしめんによく似たのにイタリアのラザーニがある。きしめんは花がつおをふりかけ、うすいだし汁であっさりたべたり、みそで煮こんでたべるが、このラザーニは、チーズ、バタ、トマトソースであえて、こってりしたグラタンにしてたべ、もとは似ていても、たべ方がずいぶん違ってしまう。
コンソメのスープに入れる細いヴェルミセルは、そうめんそのものだから、私はパリにいたころ、日本の方が訪ねてくると、ヴェルミセルで日本的な冷やむぎを作ったものだが、日本のそうめんだと思って食べるひとが多かった。
(中略)
ヨーロッパの諸国では食べないいかやたこもたべるし、スカンビという芝えびの揚げものは天ぷらと変らないし、リゾットというのはごはん料理で、お米もなかなかおいしいのがとれる。しかし、私たちの食欲では及びもつかぬ食欲を持った国民だから、すべてこってりした味だ。

イタリア人の前菜は、必ずしもめん類だけとはいい切れない。やはり、スープの場合もあるし、サラダ的な野菜や、ハムなどの場合もあり、またピツァ・パイの場合もある。
このピツァ・パイは、日本のイタリア料理店でもボツボツ出しているが、アメリカでも、またパリでも、ピツァ・ハウスと名乗り、ピツァを売りものにしているイタリア料理店がある。丸いお盆のようにひらたいパイの上に、トマト、ピーマン、マッシュルームなどの小ぶりに切ったのをのせ、油づけのちょっとすっぱいアンチョビー(ひしこいわしのカンづめ)を飾って、チーズの粉をかぶせるようにたっぷりふりかけて、天火でこんがり焼いたピツァ・パイは、とてもおいしい。
焼きたてを食べなくては駄目で、丸いのを六つか八つ切りにし、チーズがトロッととけてくるのを、たらさないように口でうけ、手づかみでたべる。
スープにももちろん、いろいろな種類はあるが、有名なのは「ミネストローネ」だ。玉ねぎ、人参、セロリの小さく切ったのに、いんげん豆などを入れて、ごとごと煮こんだ、ちょっとにごったスープだ。これにたっぷりのチーズ粉をふってたべると、そうとう胃にこたえるから、これも私たちにとっては、夜食むきであって、前菜としては荷が重い。
パリの劇場やナイトクラブで働いていたころは、夜食として、よく近所のレストランにこのミネストローネを食べに行ったものだった。
さて、私たちは、このスープなり、スパゲティまたはラザーニのようなめん類をたべたらもうお腹はいっぱいになり、後がつづかない。大皿のスパゲティを大いに楽しんでたべたあと、ゴッテリした肉料理が出てくるとギョッとしてしまって、ひとくち手をつけたら、もうもてあましてしまうのが常だ。だからといって、値段の安いめん類だけたべて止めたら、なんというケチな日本人かと、給仕にけいべつされるにきまっているから、そこが辛いところで、がまんして、めん類のほかに一皿たのむ。
オッソ・ブコなどという骨付き肉の煮こみや、エスカロピーノなどという犢のうす切りをトマトソースで煮こんだり、シャンピニオンと共にホワイトソースで煮こんだ料理など、しゃれた料理とはいえないが、なにか家庭的な匂いがして、おいしい料理だ。
パンもなかなかおいしいし、キャンティとよばれるこもかぶりの瓶に入ったブドー酒も、値段は安い上に口あたりがよい。チーズだって、パリのものにひけはとらない上に、安い。

私はつき合いのよい性質なので、一日二回山もりのスパゲティにチーズをたっぷりふりかけて食べたあげく、ケチな日本人とあなどられないため、愛国心を出して肉までたべたから、たった三週間のあいだに、二貫目も太ってしまったわけだ。

石井好子著『巴里の空の下オムレツのにおいは流れる』より

ザ・名物『巴里の空の下オムレツのにおいは流れる』(23)

名物が自分の口には合わないことはままある。これは地元の人は食べない典型的な作られた名物だが、ローテンブルクで食べたシュネーバルは泣きたいくらい美味しくなかった。当時ミスドで売っていた生地の切り屑を集めたドーナツと比べると全然ダメだった。

だいたいスペイン料理というものは大しておいしいものはない。ご馳走としては、生れて間もない子豚を焼いたもの、一般的料理としてはパエリア・ヴァレンシアーナの他に、ガスパチョというつめたいスープ、ぞうもつの煮こみ料理などあるが、ちょっと変っているのはアペリティフ(食前の酒)をのみにゆくと、かならずつき出しの出ることだった。

お酒はヘレスとよばれるシェリーが地酒でよく飲まれるが、オペラのカルメンが歌うマンツァニーアというのもアペリティフの酒だ。

アペリティフを注文すると、かならずイワシの酢づけや、えびのゆでたのが出るが、中でも一番おいしいおつまみは、ガンバ・プランチャという車えびの炭やきだ。塩をふっただけで焼かれたこのえびは、スペイン人の好物でもあるらしく、居酒屋のスタンドの床はえびのむき殻がうず高く山をなしている。

このえびは日本人の口にもあうおいしさで、こげ目のついた焼きたての熱いのを、やけどしそうになりながら、殻をむいてヘレスを飲みながらたべると、いくらでもほしくなり、小沢さんは食事どきになると「ガンバ、ガンバ」と叫び、ガンバがないと、とってもなさけない顔をした。それとおいしかったのはナランハ、これはオレンジで、スペイン旅行はナランハとガンバの食べつづけだった。

またガンバ以上においしくて今も目にうかび、ああもう一度たべてみたいと思わずにいられないのは、やはり前菜でたべたざりがにで、これはドン・キホーテの出生地といわれるマドリッドの郊外の宿でたべた。塩ゆでの小つぶで赤いざりがにが山とつまれてきたのを、かじっては身をはがして食べるおいしさは、何とも忘れられない。

 

セヴィリアに行ったときは、見物につかれて、小さい広場へお茶をのみに行った。キョロキョロと広場をみまわしていたら、魚屋さんの店があって、名も知れぬ貝やえび、かになどを店頭にならべ、テラスでたべさせている。小沢さんの息子の協ちゃんが、私同様、なんでもたべようという人物なので、そのテラスに坐りこみ、

「何でもよいから皆出してほしい」

とたのんだら、ガンバ・プランチャの他に、あさりふうの貝や、さざえや、つぶのゆでたのが出て、そのほかに、かにのはさみばかり一皿盛りにしたのが出てきた。

(中略)

「しみじみと味わうと乙だよ」

なんていって、バリバリつめをかじって、ひからびたような身をたべた。こんなのは珍しかったというだけで、決しておいしいものとはいえなかったが、そんなものを食べるというのも、スペインが貧しい国のせいだろうと考えたりした。

 

セヴィリアで小沢父子と別れ、ポルトガルに行ったが、ポルトガルでも、かにや貝はよくたべた。

ポルトガルの首都リスボンは、海に向った急な坂道にできたピトレスクな美しい街で、郷土色のこいスペインからリスボンにくると、ひらけた港街という感じがした。

リスボンの名物料理はたらとかにだ。

サバティーナという大きなかには、甲羅がこどもの頭ほどもある大きなかにで、一人に一つずつ、大きな甲羅も皿にのって出てくる。

白ブドー酒の入ったソースを甲羅に入れて、どろどろの子をスプーンですくってたべる味は忘れられない。越前がには、東京へ送られてくるときは、足ばかり送られてくるが、一度新潟で、そのかにの甲羅についている子を食べたら、ポルトガルのかにと同じく、どろどろのところが舌もとけそうにおいしかった。

かにの好きな人は多いとみえて、アメリカでも、海岸べりには、かに専門の店があり、丸ごとの手のひら大のかにを、とうがらしを入れたスープでゆでて食べさせた。

まずエプロンがはこばれ、小さいこん棒とまな板が各自に渡されて、立派な大人がオママゴトをして遊ぶこどもよろしく、山とつまれたかにととり組む。好きな人は一人で一ダースもたべているのをみたものだ。

パリでもかには売っているし、料理にはよく使うが、レストランなどでゆでたままを出すのは、むしろ、えびかざりがにだった。これも水でゆでるのではなく、玉ねぎ、人参のうす切りを入れ、とうがらしをきかしたスープでゆでてあった。

(中略)

北海道の毛がにもおいしいし、もちろん、越前がにもおいしいが、一番おいしいのはコウバクがにだ。

このかには、私はまだ二度しかたべたことがないが、はじめ金沢でたべたときはコウバクがにと教わり、次に福井でたべた時はセイコがにと教わった。背中にいっぱい子がつまっているから俗にセイコというのかもしれない。これは小ぶりで、足などは身も細く大してたべるところもないのだが、甲羅にいっぱいオレンジ色の子がついていて、その子をたべる。

 

チェレスタ・ロドリゲスはポルトガルの歌手として国際的なスター、アマリア・ロドリゲスのお姉さんか妹で、リスボンに料理店をだしていた。

(中略)

古めかしいあまり広くないその店のテーブルに着くと、もうヴァイオリンひきが三人、マルシャをにぎやかにかなでていた。ポルトガルの歌は、明るいマルシャ(マーチ)と、宿命の歌といわれる暗い苦しい人生をうたったファドの二つにわかれる。

名物のたらのお料理をたのしんだが、塩がきつくて、あまりおいしくはなかった。たらのことはバカリャオというのだそうで、魚屋へ買物に出た日本人が、あまり言葉が通じないので、「バカヤロー」とどなったら、「バカリャオ」をくれたなどという笑い話もあるということだった。

石井好子著『巴里の空の下オムレツのにおいは流れる』より

家の献立『巴里の空の下オムレツのにおいは流れる』(22)

私の世代でも、「家で食事を用意してくれるのは家族以外の人」という子はたまにいた。商売をやっている家の子とか。

たべものに淡白で、クッキーにバタをぬって、
「こんなおいしいものはない」
といってるのだから、簡単なものだ。
姉も私も下の弟も甘いお菓子はあまりたべないのに、彼は甘党で、こどものころは、さつまいものキントンふうに煮たのがお膳にのると、ぴょんぴょんはねて喜んだ。
いわゆる食通の好むものはダメで、鯛の目玉にゾッとなり、塩からもいや、生かきもいや、スッポンは目をつむってのみこむというふうだ。
それにひきかえ、下の弟は、
「スッポンが食いたいな」
とふたこと目にはいい、このあいだ風邪気で寝ているので見舞いにいったら、枕もとには食べものの本を山とつみ、
「金沢のごり汁っていうのが一度たべてみたいんだ」
「北陸に行ってみようかな」
などとニコニコ顔で話す。

肉類はあまりたべなかったし、たべればトリくらいのもので、母がビフテキをたべたなどというのは見たこともなく、すき焼きをしても、野菜やおとうふだけ食べていた。
また「函館に行ってみたいわね」とときどき言うけれど、函館でたべた生いかの糸作り、とうもろこし、枝まめの味は忘れられないらしい。おすしをたべに行っても、父はまぐろの大とろが好きだが、母はとろはきらいで、白身の魚をたべる。しかし、姉のように日本食一点ばりではなく、西洋料理も好きだ。
お菓子はあずきのものが大の好物で、ゆであずき、氷あずきなど食べるときは、とてもうれしそうな顔をする。
(中略)
母は料理を好きという方ではないようだったが、母の作るカレーライスはとてもおいしかったことをおぼえている。たいてい献立はたてても、女中さんが作っていたようだ。

温泉に入って、手作りののいしいご馳走をたべて、熱海銀座をぶらついて帰ってくれば、長火鉢の坐ったおばあちゃんがかきもちを焼いてくれたり、あられをいってくれたりした。
祖母は自分が好きで、習いもしないのに工夫して上手な料理をする人だったから、すべて目分量の味つけらしく、教えたりするのはめんどくさがった上、人の味つけには満足せず、女中さんにさせるのをいやがった。

そのころ、本郷に「ひさご亭」というのがあって、メニューはスープとビフテキとライスカレーだった。お座敷で、ビフテキのやき上りにさっとうす味のしょう油をかけた日本的ビフテキだった。そんなこどものころ食べたメニューも思い出せるのは、いつもお墓参りイコール「ひさご亭」ときめていたからだった。
考えてみると、祖母は日本料理しか料理はしなかったが、年をとってから食べおぼえた牛肉やライスカレーなど西洋料理の味も好きで、私たちとたべに出かけることは楽しみだったのだろう。

マカロニかスパゲティがたべたいというので、私はホワイトソースに、いためた(バタは無塩バタまたはサラダ油を使うこと)トリのひき肉と玉ねぎのみじん切りを入れて、スパゲティとあえ、平たいグラタン皿にのせて上にじゅうぶんにパン粉をふりかけ、天火でキツネ色に焼いて出した。塩気ぬきのホワイトソースなど食べられた味ではないから、こげ味でたべてもらったわけだ。
しかしホワイトソースよりは、トマトの味の方がおいしいらしい。

「クーランデール」というのは、通り風とでもいうか、窓をあけていて反対側の戸をあけるとひゅーっと風がふきぬける、その風をいう。風の通るところに長く立っていたらリューマチになる。
「クーランデールのおかげで風邪をひいた」
そんな言葉はよく耳にするし、窓のあけたてにも大へん気をつかう。
「マル・オ・フワ」、これは「肝臓が悪い」という言葉で、ブドー酒入りのホワイトソースがかかった魚料理などパクパク食べていたら、
「マル・オ・フワになるよ」
という。

パエリア・ヴァレンシアーナは、サフラン入りの黄色いごはんで、貝やエビを入れてたき込み、トリや豚肉、ピーマンなどでかざりつけた、なかなか豪華なごはん料理だ。
高級レストランでは、炭火に鉄なべをのせ、目の前でたいてくれるが、このパエリァ・ヴァレンシアーナは、粗末な労働者専用の食堂でももちろんメニューにのっている。スペイン人のだれもがたべる料理なのだ。
しかしスペインではオリーブ油をいやというほど使うので、お米はギラギラ油でひかり、オリーブ油の匂いが鼻につく、しつっこい味つけだから、胃の弱い人などは一口たべただけでこりてしまう。
「油を少なくしてくれたらおいしいのにね」
とたいていの日本人が残念がる。
(中略)
バレンシア風のごはん料理は、その上にトリのももを焼いてのせ、えびも油で焼いてかざり、ピーマンもたて半分に切って、たねをぬいてから油でいためて盛りあわせる。黄色いつやつやとたきあがった貝ごはんの上に、赤いえび、茶色に焼きあがったトリ、緑のピーマンがのると、じつに美しいいろどりで食卓に花が咲いたようだ。お客さまに出すときは、大きな皿に一盛りにしてパセリのみじん切りをふりかけ、食卓の中央に出し、好きなように自分の皿にとりわけていただくとよい。
色どりの美しさだけではなく、内容も豊富だから、ヴァレンシア風のごはんの場合は、これにレタスのサラダでも作れば、ディナーとしてじゅうぶんだ。
日本では、黄色いいためご飯を作るときは、たいていカレー粉をつかう。カレー粉の入ったごはんも香りが高くておいしいが、サフランのほうが色が鮮明だし、香りもほのかでデリケートだ。

私たちも幸いケガはしなかったが、頭からおかずや水をあびて、小沢さんはマヨネーズだらけ、母も私も髪の毛にはグリンピースがのっていたり、とんできたシュークリームが服にぺたっとはりついたりで、髪も服もベチャベチャになった。

石井好子著『巴里の空の下オムレツのにおいは流れる』より

一番高級なおいしいアイスクリームの作り方『巴里の空の下オムレツのにおいは流れる』(21)

コルドンブルーで作り方を教えている「一番高級なおいしいアイスクリーム」は向田邦子のエッセイに描かれた昭和の一般家庭での作り方と同じやぞ。材料も今よりはるかにいいだろうし、そりゃ美味しいにきまってる。

一番高級なおいしいアイスクリームの作り方は、実際すごい労力のいる仕事なのだ。

むかし、私がこどもだったころ、アイスクリームの機械が売られていた。小さい桶のようなものの真中に取手のついた筒が入っている、その桶のなかに荒塩を一杯きかせた氷のブッカキを入れ、筒状のいれものにはクリームを入れて、ガラガラガラガラ取手をまわすのだ。「こんどはお姉さんの番」「次は私」などと、こどもどうし、何十回かずつまわしたものだ。「できた、できた」とよろこんで食べたあのアイスクリームの作り方を、コルドン・ブルーで教わるとは思わなかった。

「なんて原始的なんだろう」とあきれていたら、その出来上りは出来上りではなく、そのアイスクリームのなかに、干し果物のこまかく切ったのを入れてまぜたあと、こんどは銅でできた筒のなかにギュウギュウつめこんで密封してから氷のなかに入れ、またグルグルガラガラ氷と塩のなかで冷やすのだ。

(中略)

そのアイスクリームは、かたいのにもかかわらず、口に入れると実にきめのこまかい、とろっと舌にとける、いままで食べたこともないほどのおいしさに驚いた。

二度にわたって氷でかためたのだから、その上に生クリームや干した色とりどりのものを飾っても、なかなかとけない。手数がかかっているだけに、この豪華なアイスクリームはアメリカの街角で売られているものとはぜんぜん格がちがう、シャンデリアの輝く広間の正式ディナーにふさわしいアイスクリームだった。しかし、いくら食いしん坊の私でも、髪の毛をふりみだし、汗をかいて、てのひらに豆をつくってまでそのアイスクリームを作り、そしてたべる気にはちょっとなれない。

 

どんなお弁当かなと隣席の四人の方をなにげなく見ていたら、駅売りのふつうの弁当だった。鳥栖駅をすぎた後だったので、かしわ弁当にしたらよかったのにとおせっかいなことを考えたが、それほど私は鳥栖のかしわ弁当ファンなのだ。

それはさておき、お弁当を開いた隣席の高校生のたべっぷりは、なんとも見事なものだった。あまり多くもなく、あまりおいしそうでもないおかずの少しを口に入れては、お箸いっぱいに盛りあげたご飯を、パッと口のなかにほうりこんで、モリモリたべる。

若いひとのたべ方はなんと気持のよいものだろうと感心してながめていたら、そのうちの一人が、ごそごそとカバンの中からフタのあいたカンづめをとり出した。他の三人にもすすめ、自分もお弁当の横に———のりのつくだ煮だか、とうがらしの甘辛煮だか———なにやら黒いものをとりわけた。

二人の高校生はおかずが足りなくなっていたから、これ幸いとおすそ分けにあずかっていたが、もう一人は食べ終っておかずだけ少々残していた。

 

父は大食いでくいしん坊だけれど、たべものをしみじみじと味わうほうではない。日本料理独特の小ぶりにしゃれた味を吟味したつき出しなど、あまり好きではない。大ぶりにたっぷりと、胃のなかに充実感をあたえるものでないと満足しないらしく、シチューなども、とけそうに煮えた大きなじゃがいもが入っていなければ、ご機嫌がわるい。

母と私は、じゃがいもは入れず、シチューの汁がうす茶色に澄んで、それでいて野菜がトロッと煮えているのを好むが、父と弟たちは、むしろブラウンソースを流しこんだ、そして、じゃがいもの煮てとけたとろとろもまじっている、どろっとしたシチューが好きだ。

うどんにしたって、うす味の関西ふうは好まず、なべ焼きの、しょう油も濃く、てんぷらやおとし卵のはいった、しつこ目なのがすきだ。

スパゲティを作るときだって、いつも私は考えてしまう。私としては、スパゲティがゆであがったら、すばやく深皿にとりあげて、バタをまぜあわせ、その上にミートソースをかけチーズの粉をふり、各自でまぜあわせながら食べてほしいのだが、父や上の弟は、それよりも、ミートソースのなかにスパゲティをいれていためた、味の濃いスパゲティをよろこぶからだ。

(中略)

山女魚の味などわからぬ人も多いのに、父や山女魚は好物だし、フグやスッポンも好きだし、フランスで最高の料理といわれるフワグラなど、人によっては賞味できない人もあるがキャビアとともに父の好物である。

(中略)

お酒を飲むのに甘いものも好きで、おはぎなどはその上にお砂糖をかけてたべる。糖尿の気があるので母に叱られるくせに、母がいないと、甘いものをたべてしまう。

「石やきいもオー」

と売りにくる声がきこえると、ちょっと照れたような顔をして、

「買っておいでよ」

という。

石焼き芋を半分に切って、バタをのせ、スプーンですくってたべれば、スイートポテトよりおいしいから、その点はみとめてあげるが、ドライヴをしていても露店の「アイスクリン」というのを買いたがる。物心のつかぬ前に父母に死に別れた父は、おばあさんの手一つで育てられ、貧しかった。だから、食べものの好き嫌いがないのかもしれない。

 

久留米に行ったとき、父の仕事をしている青年が、屋台のラーメン屋さんの横を通ったとき、

「先生はここを通ると、車をとめさせて、私たちといっしょに、よくラーメンを召上るんですよ」

といった。

「昔はアメ湯というのを売っていたのだそうです。先生はアメ湯の屋台はないのかねっていわれるので、ずいぶんさがしましたけど、今はありませんね。アメ湯の話からこどものころのお話や、亡くなったおばあさんの思い出話をされたので、私どもも目がしらがあつくなりました」

 

父は状況してから下宿住いで、友だちと自炊をしていたらしい。

「大きななべに野菜や肉を入れたみそ汁を作っておいて、前日のが残るとそれにまた足しては食べるんだ、だんだん味が濃くなっておいしかったよ」

などと思い出話をすると、衛生家の母は、

「まあいやだ」

と顔をしかめる。

 

とろろ昆布にこったときは、三度三度とろろ昆布のおつゆを二、三カ月たべつづけたし、苺ジャムにこったときは、

「もう好い加減にやめなさい」

と母にいわれて泣いた。

 

夫の朝食はパンにバタにコーヒー、その横で姉はおみおつけにタクアンでご飯をたべていた。この主人がまた食い道楽で、自分で買い出しにゆくのを趣味とし、おいしい料理をつくって一人でしみじみと味わって食べたりしている。

その義兄が三年前にパリのユネスコに勤めることになって、家族もパリゆきときまったとき、姉は大あわてで、三年分の味噌のカンづめを買って、船便でフランスへ送った。

前年パリへ行ったとき、姉夫婦のアパートに滞在したら、あんなおいしいフランスパンがあるのに、相変らず姉は椅子の上にちょんと坐り、カンづめのおみそ汁でご飯をたべていたのには恐れいった。

石井好子著『巴里の空の下オムレツのにおいは流れる』より

コルドンブルー体験記『巴里の空の下オムレツのにおいは流れる』(20)

『BUTTER』の個人宅料理教室の場面に続き、本場のコルドンブルーの授業風景は大変興味深い。うちの近所にも大手の学校があって「見てくれ」とばかりに窓が大きいのでそばを通るときはめっちゃのぞく。たぶん生徒は100人以上いる。独学で玄人はだしになって成功する人も多いのに、学費と材料費をかけて大変よの...と思う。

おこがましくも料理のことを書くのなら、料理学校へ行ってみようと思い、フォーブルサントノーレ129番地の「コルドン・ブルー」へ行ってみた。

(中略)

ちょうど僧衣をまとったカトリックの坊さんが料理を買っているところで、小柄な売子が、

「今朝つくったばかりです」

といいながら、なにやら包んでいた。

その坊さんは、今日中のメニューの書きこまれたパンフレットをながめながら、

「明日はタルト(パイ菓子)を作るんだね」

と、ひとりごとをいっていた。

 

「時間ですよ」の一声にぞろぞろと石の階段をおりてゆくと、ひろい調理場のすみの黒板に今日つくるメニューが書きだされてあった。

「これを写すの」

と江上先輩が教えてくれたので、手帳を出して私も書きとり始めた。

 crêpes aux épinaroles(ほうれん草のクレープまき)

 roti du porc pomme de terres(焼豚にじゃがいものつけあわせ)

 œuf à la neige(雪卵)

写しをとっているところへ、真白なエプロン、真白なコック帽をかぶり、でっぷり太った、あから顔のシェフがあらわれた。

(中略)

三組にわける組合せはシェフの頭痛のタネだった。なぜなら、ヘレンとトニーがぜんぜんフランス語がわからないからだ。けっきょく、私とピラールが豚とじゃがいも係、フランス語のわかるアメリカ青年ダニーがトニーとヘレンと三人組になってほうれん草のクレープまき、マリーと江上、高森さんがくんでデザートの雪卵をつくることにきまる。

(中略)

ピラールはサンセバスチャンのホテルのおかみさんで、来月シェフの試験をうけると話すだけあって手際よく立ちはたらくので、私は彼女の後をついて歩いて、彼女のおおせ通り、じゃがいもを切ったり、なべにバタをひいたりというやさしい仕事をさせてもらって、大助かりだった。

 

クレープをつくるヘレンとトニーは大変なさわぎをしていた。小さいフライパンに油をしき、粉をミルクでとかしたうすいどろどろを入れて、焼けたらくるっと空中回転をさせて裏がえすのだが、二人とも料理などあまりしたことのない人たちだから、なかなかうまくゆかない。シェフがいらいらして、

「なんだ、こんなやさしいもの」

というと、両手にフライパンをもって一度に二つひっくりかえして、得意げに笑った。

 

さて、十二時に三種類の料理が出来上ると、私たちはエプロンをはずして控室に上ってゆく。

控室のテーブルは、いつのまにか内弟子の手でテーブルクロスがかけられ、八人前の食器がおかれて、中央にはブドー酒まで出ている。内弟子たちのなれたサーヴィスで、私たち生徒は、自分たちのつくったものを食べるのだ。

くるくるとまかれたクレープの中には、ほうれん草を煮てうらごしにしたのが入っていてその上からホワイトソースがかかっていた。

つぎは私とピラールのつくった豚とじゃがいも、最後が雪卵で、おいしいなかなか立派な昼食だった。

「おいしいわね」

「うまくできてるわね」

「ありがとう」

皆おたがいにほめあって食事をしたが、

「このクリーム少しかたいのよ、このまえクレーム・ア・ラングレーズつくるとき、シェフは卵3コっていったのよ、それなのに今日は4コでしょう、ヘンよね」

と一人がいいだすと、

「シェフっていつも言うことが少しちがうわよ」

「自分でちがったこと言っといて怒るのよ」

と、がぜんシェフへの風あたりは強くなる。

(中略)

「このパイ、よくふくらんでないわね」

「シェフがすると、きれいにふくらむのにね」

「おなじように作ってるんだけどね」

私たちはよくくやしがったが、長年の経験によるシェフはコツをのみこんでいたから失敗というものがなかったし、いわれた通りやっても、こね方がちがうのか、まぜ方が下手なのか、シェフのようにパイ皮一枚一枚がパリパリに焼き上り、それでいてふっくらとおいしい出来上りにならなかった。

 

だから皆、なんとかかんとか怒りん坊のシェフの悪口はいったが、内心は敬服していた。

しかし学校に対しては、

「高い月謝とったうえ作ったもの売ってるんですものね」

と不平たらたらだった。朝のAクラスでも出来上りのよいものはショーウィンドーにならべられて売られたし、午後、シェフが生徒の前でつくるものは、もちろん、ショーウィンドーゆきだった。

私も一度シェフのつくったトリのコロッケがあまりにもおいしそうなので買ったら、小さいのりまきずしぐらいのが一コ八十円だったのには驚いてしまった。

石井好子著『巴里の空の下オムレツのにおいは流れる』より