たべもののある風景

本の中で食事するひとびとのメモ帳2代目

『十五の夏』その10:旧ソ連

昨晩、あれこだけたくさん食事を取ったのでお腹は空いていない。コーヒーとクッキーを1枚取って、考え事をしていた。

さらに先を歩いていくと果物のコーナーになった。メロンとスイカが山のように積んである。特にメロンはバスケットボールくらいの大きさのものがいくつもある。また、楕円形のメロンもある。メロンを売っている男性が、1切れ勧めてくれた。あまり甘くはなかったがジューシーなおいしいメロンだった。代金を払おうとすると、男性は手を横に振って「いらない」と身振りで示す。どうも僕に渡してくれたのは試食用で、販売は1個単位で行っているようだ。
(中略)
気が付くと十数人に囲まれていた。マスカットや干し杏、干しブドウやナッツ類を勧めてくれる。
(中略)
その後、食肉売り場を見た。台の上に羊や牛の首が並べてある。横に大きな塊の肉が置いてある。客が注文すると大きな包丁で豪快に肉を切る。日本の精肉店のように肉を薄くスライスすることはないようだ。豚肉はまったく見かけない。鶏は丸ごと1羽で売っている。食肉売り場の隣では、乳製品と蜂蜜を売っていた。チーズが何十種類もある。また、蜂蜜もたくさん種類があるようだ。紙に蜂蜜を少しつけて、舐めてみろと客に勧める。蜂蜜の入っている瓶は、市販のピクルスやヨーグルトの広口瓶を使っている。どうもバザール用の瓶は作られていないようだ。それから、どの店にも包装紙がない。新聞紙を使っている。ハンガリーの商店には、さまざまな種類の包装紙があった。同じ社会主義国でもブダペシュトとブハラではまったく別の世界だ。
(中略)
乳製品売り場の隅に長い行列ができている。覗いてみるとアイスクリームの量り売りをしている。客がグラム数を言うと、天秤の片側に分銅をのせて、反対側にウエハースでできた皿を置く。冷凍ボックスに入ったアイスクリームをスプーンで皿にのせる。秤が水平になるまで皿にアイスクリームを追加する。アイスクリームが多すぎると、今度はスプーンでアイスクリームを皿から取って冷凍ボックスに戻す。その間に皿にのったアイスクリームが溶けていく。少ない場合は問題ではないが、少しくらい多いときは、サービスすればいいと思うのだが、ウズベク人の常識は異なるようだ。秤がピッタリ水平になるまで、アイスクリームの量を調整する。それを客たちが注意深く見守っている。
(中略)
アイスクリーム売り場の隣は、立ち食い食堂になっていた。シャシリクやプロフなどを売っている。せっかくの機会なので、これまでに食べたことのないものを食べてみることにした。こういうときは長い行列の後につくことがコツだ。どの国でも食べ物屋の前に行列ができるのは、そこの食べ物がおいしいからだ。いちばん長い行列ができているのは、大きな鍋で揚げた物を売っている店だった。横から覗いてみると大きな揚げ餃子だ。日本のカレーパンよりも一回り大きい。ただし、パン粉はついていない。恐らく夫婦と思われるウズベク人が2人で働いている。挽肉と野菜の餡をその場で大きな餃子の皮のようなものに包んで揚げている。そして揚げたての餃子を新聞紙に包んで渡す。客たちは、店の横でおいしそうに食べている。
ここでも30分くらい待たされた。僕の番になった。僕が「ドゥバー(2つ)」と言うと、餃子を2つ、目の前で揚げてくれた。衣がきつね色になったところで、網で引き上げる。油切りをした後で、新聞紙に餃子を包んで渡してくれた。僕が金を払おうとすると2人とも首を横に振って受け取らない。そして、男性が「ヤポニヤ、ハラショー(日本はよい)」と言って、右手の親指で上を指した。どうも日本人だからサービスしようということだ。遠慮なく厚意を受けることにした。揚げ餃子は羊肉と香草が素晴らしいハーモニーを作り出していた。味も、塩辛くもなければ、薄くもない。少しスパイスが効いている。実においしい。行列ができるのも当然だと思った。

ホテルに戻ると空腹を覚えた。バザールでアイスクリームと大きな揚げ餃子を食べた後だが、それでは腹が満たなかったようだ。レストランに行くとワロージャが1人でコーヒーを飲んでいた。

ウエイターが、サラミソーセージとチーズ、ハムの盛り合わせと、トマトとキュウリのサラダを持ってきた。ミネラルウォーターと一緒にリンゴの皮の煮汁を持ってきた。甘さが抑えられていておいしい。パンは黒パンと白パンを両方持ってきた。別の皿に無塩バターを大量に盛ってある。メインは、ケバブのようなハンバーグだった。デザートはアイスクリームとコーヒーだった。典型的なロシア風夕食だ。

インツーリストの職員は電話をして「チャイ」と言っている。空港のカフェに注文をしているのだろうか。5分くらいしてウエイトレスが紅茶とチョコレートケーキを持ってきた。
「プラハ風のケーキです。食べたことがありますか」
「モスクワで食べました。とても好きです」

ジェジュールナヤが「コーフェ、イリ、チャイ(コーヒーか紅茶か)?」と尋ねたので、僕は「コーフェ・パジャールスタ(コーヒーをください)」と答えた。
しばらくして、ジェジュールナヤや、コーヒーと袋に入ったビスケットを持ってきた。お金を払おうとしたが、受け取らない。コーヒーには。細長い角砂糖が添えられていた。コーヒーはかなり熱いにもかかわらず、角砂糖はなかなか溶けない。ソ連に来て驚いたことの一つが、砂糖がなかなか溶けないことだ。まるで氷砂糖のようだ。コーヒーは濃くておいしい。

レストランに行くと、もう閉店だという。レストランのフロアマネージャーが「地下のバーは12時まで開いているので、そこでオープンサンドイッチなら食べられるだろう」と言う。地下のバーに行って「食事をしたいのです」と頼むと、ウエイターは「ローストチキンと、チーズとサラミのオープンサンドイッチならばできます」と答えた。
(中略)
すぐにウエイターは、サラミソーセージとチーズのオープンサンドイッチとミネラルウォーターを持ってきた。それから10分くらいして、ローストチキンとコーヒーを持ってきた。ローストチキンにはキャベツの漬け物と茹でたグリーンピースが添えられていた。ローストチキンは、ニンニクのソースがかかっているようだったが、とてもおいしかった。お腹もいっぱいになって、コーヒーを飲んだので、店を出ようと席から立ったときに日本語で「君は日本から来たのか」と声をかけられた。

しばらくしてから、先ほどのインツーリストの職員が、紅茶とビスケットを持ってきた。

佐藤優著『十五の夏』より