たべもののある風景

本の中で食事するひとびとのメモ帳2代目

餅の食べ方『BUTTER』(4)

こないだ日本で切り餅をたくさん買ってきた。もちろん、バター醤油で食べている。ただし、砂糖は家にないのでハチミツを使用。

さらに今年はサウスベイの人の心尽くしのおせちもいただくことができた。栗きんとんが入っていなかった。

飲み過ぎで足取りのおぼつかない里佳にテレビを見ていた母があきれて笑い、柚子の皮をちょこんとのせた軽めの量の年越し蕎麦を振る舞ってくれた。

過去のブログによれば彼女は毎年暮れを迎えると、妹と二人、おせち料理を手作りしている。出身地の新潟に伝わるのっぺ、氷頭なますと呼ばれる郷土料理も作る。お雑煮は鮭といくらの入った、だしが効いていて根菜たっぷりの祖母仕込みのものらしい。あの白くむっちりとした小さな手で丁寧に作られていく煮物や焼き物を思い浮かべるだけで、むくむくと食欲が湧いてきた。

「焼く? 近所の和菓子屋さんで予約した、つきたてのやつだって」

祖父は祖母には何かと気を遣うのに、一人娘の母には昔から容赦がない。離婚をしてからなおさらだ。確かに、祖母は亡くなる数年前まで、黒豆から伊達巻きまですべて手作りしていた。母と正反対の料理上手だったが、里佳は当時その有り難さがよくわからず、ただ単に習慣として口にしていただけだった。祖母のおせちは褐色を中心とした、くすんだ色合いだった。

母の作る鴨せいろが気に入らなかったためだ。甘やかされて育ち、大学で英文学を教えていた父は食べ物にうるさく、おおざっぱな母の作るものを何かにつけてなじるところがあった。

「そういえば、えっちゃんのバート仲間の大学生は、おもちに砂糖醤油かけてバター載せてるんだって。気持ち悪いよね。若い子に流行ってる食べ方らしいけど」

「へえ、バターかあ」

「えっちゃんがくれたバター、まだ開けたばっかりだよ」

里佳は頬の内側がくぼみ、じわりと唾が湧くのがわかった。炭水化物にバターを合わせると、えもいわれぬふくよかな味わいになるのだから、餅にも合わないわけがない。里佳は手を洗うと、粉で化粧されたなめらかな切り餅をトースターに並べた。

(中略)

小岩井の瓶入りバターを見つける。開封したばかりらしいそれは蓋を開けるなり、清涼な甘さが漂う。かつて大好きだった祖父が梶井真奈子の被害者に重なる気がして、少し哀しくなった。

赤色に照らされたトースターの中でじんわりと角を丸くしていく切り餅を見つめながら、いつの間にか母娘は無口になっていく。

(中略)

餅は次第に色づき、ぶっくりと膨らみ始める。こんがりとした焼き目を突き破り、白く輝く中身を覗かせた餅をトースターから取り出す。小岩井のバターをたっぷり載せ、砂糖醤油を小皿に用意する。焦げ目と白く柔らかい部分の両方にバターが優しく流れていくのを見つめていたら、お腹が鳴った。行儀が悪いと思いつつも、里佳は立ったまま餅を頬張る。

鼻に抜けるような香ばしさとぱりぱりと壊れていく表面の歯触り、そして口の中の肉という肉をぺたんととらえて離さない餅のなめらかさ。熱いバターが砂糖と醤油を溶け合わせ、ほの甘く柔らかく形のない塊に絡みついて、輪郭を得ようと泳ぎ出す。バターの脂っこさと砂糖のしゃりしゃりとした食感、醤油の強い味が一つになる。餅をかみきった歯の付け根が快感で大きく震えた。里佳はため息まじりにつぶやく。

「確かにこれはやみつきになるかもなあ。もうちょっと焼こうか、4つ、6つ?」

参拝客でごったがえす寺で初詣をし、温かい甘酒を飲み、おみくじをひく頃には、すっかり緊張感は消えていた。

注文したパスタとサラダが並べられた。

「ふうん、お餅にバター、それはすごく美味しそうね。バターの芳醇な味わいは、どんな素材も受け止めて、柔らかく伸びていく温かいお餅と、すんなりとつないでくれるでしょうからね」

(中略)

元旦に出たおせち料理は彼女の舌をそれなりに満足させたものであったらしく、その味わいを聞いてみるなり、煮しめの出来が悪い、きんとんはまあ悪くない、などと語り出した。自然と梶井家の正月料理について話を持って行くことができた。

「お餅の何が美味しいって、あのなめらかなどこまでも続くようなもっちりした柔肌の中で、かすかに形を留めたもち米が舌にざらついて主張してくるところよ。実家できりたんぽをあぶって、バター醤油で食べたことを思い出すわ。きりたんぽって、お米の粒がわざと残してあって、もっちりとざらりの交互の舌触りがドキドキするようなの。そこにバターのとろみが絡むとああ、もう」

柚木麻子著『BUTTER』より