たべもののある風景

本の中で食事するひとびとのメモ帳2代目

素敵な森ミールと屋台の焼きそば『英子の森』

ファーマーズマーケットなどに並ぶフードトラック好き。結構割高だが。最近だと、アムステルダムの屋台で食べたフライドポテトとコロッケドッグの芋尽くしが最高だった。

「アボカドのポテトサラダ用意してきたのよ。どこかのお店でサラダとしてできたのをアレンジしたの。どこだったかなあ。あと白ワインも冷やしてきたし」

高崎夫人は、森で採集したばかりのきのこのクリームスープを口に運んでいる娘の顔を見つめた。小さな口が小さな動物のように動く。
「今日はどうだった?」高崎夫人は、娘に問いかける。「まあ、いつも通りかな」。言うと高崎夫人お得意のローストビーフに大きな口でかぶりつく娘を見て、「そう」。高崎夫人はやさしく微笑んだ。「あなたは英語ができるんだから、優秀なんだから、それを活かさない手はないものね」セロリのサラダを娘の皿に取り分けると、「あの人のようになっちゃ駄目、なっちゃ駄目よ」。高崎夫人はいつものように話を締めくくった。

娘が2階に引き上げた後、高崎夫人は1人ダイニングルームのイスに座って、お気に入りの小花柄のカップでハーブティーを飲んだ。娘にもすすめたが、眠くなるからと言って断られた。なんてえらい子なんだろう。高崎夫人は、絶妙に微妙な色をしたハーブティーを見つめた。ふやけて浮かんでいるティーバッグの中に小さなハーブの森が閉じ込められていた。

「おもたせですけど」卵の黄身でつやつやと輝く母お得意のベリーパイとお茶の用意をのせたトレイを持った斉藤さんが部屋に戻ってきた。
「斉藤さん、あの窓」英子はおずおずと、ばらのふちどりがあるティーカップに細心の注意を払いながら紅茶を注いでいる斉藤さんに聞いた。紅茶に集中したまま、斉藤さんは、ああ、あれ、自分で描いたの、その向きに窓が欲しいなと思って、いいわよ、雨の日でもあの窓だけ晴れてて、と言うと、紅茶を注ぎおわったカップとソーサーを、英子の前にかちゃと置いた。英子はティーカップを持ち上げながら、ああ、やっぱり、なんか変だなと思ったんですよ。紅茶に口をつけると、味よりもまず鼻から流れ込んできたばらの香りにくらくらした。
斉藤さんは、絵の窓をちらっと見て少し恥ずかしそうな顔をしながら、英子の母が作ったベリーパイを口に運んだ。母が前日、森で摘んだ数種類のベリーのパイだ。
「全部が全部思い通りって言うわけにもね。やりくりしていかないとね。でもあれでしょ、最後の一葉みたいで結構いいでしょ」
「なんですか、それ?」英子も、母のパイを一口食べた。よく知っている、甘酸っぱい味がした。

あの子は、将来女子アナになりたい、英語しゃべれた方が有利だよねと昨日のお昼休み、用意された唐揚げ弁当を食べながら言っていた。その後、わたし、毎日唐揚げ弁当がいい、と満足気につぶやいた。

英子はスポーツドリンクを飲みながら、天井を見上げた。光がいっぱい入って明るいし、白い。音が反響する。かばんの中から昨日買った残りのグミを出して食べた。みずみずしい果物の絵が描かれた袋の端には、「写真はイメージです」と書いてある。みかんのかたちをしたグミをむさぼるように口にしていると、げ、グローバルと目が合った。

薄い水色の貝がら模様がパターンになったクリーム色の壁紙や窓際に飾られた帆船の模型を見ていると、昼ご飯を食べた、と久我さんが聞いた。まだですと英子が答えると、水色のタイルが貼られたキッチンで、久我さんが鱈のバターソテーとクラムチャウダーを用意してくれた。食後はショートブレッドと自家製レモネード。英子は久我さんの生活能力に魅了され、いいですね、素敵ですね、を連発した。

締め切りを無事終わらせた久我さんが、ポーチの揺り椅子でレモネード片手に本を読んでいて、英子を見ると笑顔になった。

金子さんは、大きな口を開けてかつ丼のかつを投入した。
「コンビニのおにぎり全力でうまいって言いそうな感じっていうか。だからそうじゃない男の人を見ると、ほら、お手製のレモネードとか飲ましてもらっちゃうと、すごく、すごく、いいなと思っちゃうんですよ(中略)」
金子さんが、まだ咀嚼しきれていないかつを噛みながら言った。「そうよ、またしれっと遊びに行けば何ともないわよ」三浦さんは、そば湯をすすりながら言うと、テーブルに設置されている商品紹介のプレートをなんとなく手にとった。デザートの抹茶プリンの紹介の下に抹茶の成分や効能がいろいろ書いてあり、その下に「上記の効能・成分は一般的なものであり、当店の抹茶プリンとは関係がありません」と小さく添えられている。英子は、親子丼の最後の一口をかっ込んだ。親子丼のやさしい味、泣ける。

2階の部屋からは何の物音も聞こえなかった。夕飯の最中、シェパーズパイを口に運ぶ娘の元気がないことはわかっていたが、(シェパーズパイは娘の大の好物であったのに)、(だからこそつくったのに)、最近ずっと娘の元気がないことはわかっていたが、高崎夫人はどうしていいのかわからなかった。デザートのプラムケーキもいらないと言った。そんなこと昔は一度もなかったのに。頬をふくらませてデザートがないと食べた気がしないとさえ言っていたのに。

お昼どき、有楽町のコンベンション・センターの広場は、屋台と屋台に並ぶ人たちの列でごった返す。英子は、一番短かった焼きそばの移動販売車の列に並ぶと、発砲スチロールに入った焼きそばを手に入れ(目玉焼きがのっている)、広場の端の方に空いている鉄のベンチを見つけて座った。
(中略)
グローバルは、当たり前みたいに英子の隣にどすっと座ると、英子が食べているものを見て非難の声を上げた。
「ちょっと、なに、焼きそば食べてるんですかぁ。駄目ですよ、水曜日はボナペティのローストチキンが一番人気なのに。ほら、これですよ、これ。運がよかったなあ、今日は。すぐ売り切れちゃうんですよ」
グローバルは、心底うれしそうに輪ゴムをはずすと、ローストチキンの蓋を開けた。英子は、プラスチックがたてるばりばりいう音にさえイライラしながら、へー、そうですか、と答えた。しかし、バジルライスが添えられたローストチキンは本当においしそうだった。いいにおいもする。焼きそばのマヨネーズとソースの味が、妙にやすっぽく感じられた。いつもの紺色のスーツのスカートに黄身のかけらが落ちているのに気付いて、英子は払い落した。
(中略)
言いながらグローバルは、油でてらてらしている焼きそばの残骸の端に、フライドポテトを一つのせてくれた。英子は小さな声でありがとうございますとお礼を言うと、フライドポテトをぱくっと口に入れた。

シャンデリアの下、斉藤さんとわたしは、ばらのジャムが溶けた、きれいな色のお茶を飲んだ。

今日は母のパートが終わる時間が遅いので、帰りにスーパーで総菜をいくつか見繕った。イカリングフライとか枝豆とか。この時間なら、スープぐらいは用意できそうだ。先週末に採集した木の実のサラダもつくろう。

もうすぐ焼きあがる、オーブンに収まりきらなくなったキャロットケーキのにおいが部屋には充満していた。

松田青子著『英子の森』より