たべもののある風景

本の中で食事するひとびとのメモ帳2代目

『そして、バトンは渡された』(4) 手作り餃子

餃子は数多ある大人になってから好きになった食べ物のひとつだ。
ただ、これに関しては「実家のしか知らなかったときはとくに興味がなかったが、外のを食べてみて美味のポテンシャルがあることを知った」料理である。
実家のはニラがやたら多かったんだよね。今食べたらそれも好きだと思うけど、今日は餃子だから包むの手伝え、と言われるたび憂鬱であった。

「本当に今日の夕飯も餃子なの?」
またしても食卓に並んだ大量の餃子に、私は悲鳴にも近い声を上げた。
「そうだよ。昨日言ったじゃん。まだまだ優子ちゃん、パワー付けないといけないからな」
森宮さんは食卓をてきぱき整えながら、当然だという顔をした。
「えー。さすがに2日連続餃子はきついな」
「優子ちゃん、餃子が続くだけでへこたれててどうするの? そんなことじゃ、何1つ、乗り越えられないよ」
「はいはい。食べるけどさ」
餃子でえらくおおげさだ。
(中略)
「いただきます。......、あれ? 中身、餃子じゃない」
餃子をほおばった私は、首をかしげた。今日はにんにくとにらのにおいもしないと思っていたら、中からはしそとチーズとささみが出てきた。
「そう。今日はさっぱり餃子にしてみたんだ」
森宮さんは得意げに言った。
「なるほど。あ、これはポテトサラダだ」
私は2つ目の餃子をかじって中を見てみた。
「楽しいだろ? 3種類あるんだ。もう1つは海老とほうれん草」
「道理で今日は台所が臭くなかったんだね。でも、ささみに海老にポテトサラダが具って、これって餃子になるの?」
私は次に海老の餃子を口にした。プリッとした海老はおいしいけど、昨日の餃子みたいにパンチは利いていない。
「餃子の皮で包んでるんだから、餃子だよ」
「へえ。だけど、にんにくが入ってなくてもスタミナ付くのかな」
まさかにんにくを食べたいわけではないけれど、単純に疑問に思って私は聞いた。
「付くよ。見た目が餃子なんだもん。食べ物も人も、見た目が9割だから」
森宮さんはそう言いながら、餃子を口に入れた。ただ、本物の餃子じゃないからか、今日はビールを飲みたくはなさそうだ。
「ふうん。もしかして、森宮さん、会社でにんにく臭いって言われたんでしょう?」
海老やささみの餃子もおいしいけれど、定番の餃子の食欲をそそる感じにはかなわない。2日目にして森宮さんが餃子をやめるだなんて、どうもおかしい。私がそう聞くと、
「ばれた?」
と森宮さんは首をすくめた。
「私にはスタミナが必要だとか、偉そうなこと言って、森宮さんはすぐにダメージ受けるんだね」
みんなに臭いと言われ、慌てふためいている森宮さんの姿は想像できる。そのくせ、餃子を作ると私に宣言した手前、アレンジ餃子で乗り切ろうとする姑息さがいかにも森宮さんらしい。
(中略)
「で、少しは餃子の効果出た?」
「別に出てないよ」
私は海老の餃子を皿に取った。ポテトサラダはもごもごするし、ささみは味気なくて飽きてしまう。アレンジ餃子では海老が一番おいしい。
「そっかー。じゃあ、明日はスタミナ餃子を復活させるしかないな」
(中略)
「ねえ、ポテトサラダの優子ちゃん食べてよ」
と、森宮さんが私の皿に、同じ形の餃子ばかりを入れてきた。
「どうしてよ」
「なんか、ポテトサラダって餃子に合わないんだよな。もごもごするし、温かくなったサラダって俺苦手なんだ」
森宮さんは顔をしかめて見せた。
「それ、私もだよ」
「でも、女子ってポテトサラダ好きだろう。よろしく」
(中略)
私はもはや反論する気力もなくなって、お茶を飲みながら、ポテトサラダの餃子を食べきった。

その後、無臭にんにくを入れた餃子を食べ、土曜だからとにんにくたっぷりの餃子を食べ、胃が重たくなってきたと餃子の皮で野菜やチーズを包んだものを食べた。
(中略)
今では、森宮さんは私にスタミナを付けるという本来の目的をすっかり忘れ、餃子の皮に何を包むとおいしいかと試行錯誤している。さすがに本来の餃子にもアレンジ餃子にも飽きてきた。

我が家では、森宮さんがまた餃子を作っているはずだ。昨日、「もう大丈夫だから終了にしよう」と言ったのに、森宮さんは「まだまだ餃子の可能性を追求するんだ」とはりきっていた。
ところが、家に入ると、餃子ではなくカレーの香ばしいかおりが漂っていた。
「あれ? 餃子じゃないの?」
台所では、森宮さんが野菜やひき肉を炒めている。
「うん、ドライカレーだよ」
「どうして?」
餃子から解放されてほっとはしたけれど、あんなにはまっていた森宮さんが違うメニューを作っているなんて驚きだ。
(中略)
夕飯はトマトと玉ねぎがたっぷり入ったドライカレーだった。カレーとは少し違う、あっさりとした香辛料のにおいに食欲がそそられる。
「ドライカレーって煮込まなくていいのがいいよね。さあ、どうぞ」
食卓に着くと森宮さんが言った。
「そうなんだ。じゃあ、いただきます」
久しぶりの皮に包まれていない料理を、私はすぐさまほおばった。中身が何か考えずに口に入れられるのはいい。
「あ、おいしい。なんかあっさりしてるようで複雑な味がする」
「だろ。ケチャップにカレー粉にウスターソースにコンソメに醤油。ガンガン入れたからな」
森宮さんもおいしそうに口にしている。
(中略)
以前の学校生活が戻ってきたせいか、久しぶりの餃子以外の献立のせいか、私はお腹が本当にすいて、ドライカレーを次々と口に入れた。
「もう5年は餃子いらないな。あ、でもまた優子ちゃんがばててたらちゃんと作るからね」
(中略)
調子いい森宮さんの発言を聞き流しながら、私はドライカレーを食べた。
程よい辛さのドライカレー。中には、玉ねぎだけじゃなく、しいたけににんじんにほうれん草にピーマンになす。細かく刻まれたたくさんの野菜が入っている。
「森宮さん、手間暇かけるの好きなのにね」
私が言うと、「どういうこと?」と森宮さんはきょとんとした。
「このカレー、すごくおいしいってこと」
「だろう。餃子は空気感が大事だけど、逆にドライカレーはいかに具同士が密着しているかっていう......」
また始まった。餃子だけじゃなくカレーでも語るんだ。森宮さんの理屈を聴きながら、私はカレーを口いっぱいにほおばった。カレーは辛いのに、玉ねぎもにんじんも甘くておいしい。きっとしっかり炒めたからだ。塞いでいるときも元気なときも、ごはんを作ってくれる人がいる。それは、どんな献立よりも力を与えてくれてくれることかもしれない。

夕飯はきのこご飯と鮭のホイル焼きと味噌汁だ。秋の食材はいい香りがするものが多い。私は大きく息を吸ってから、「いただきます」と手を合わせた。
(中略)
森宮さんはきのこご飯に細かく刻んだねぎを振りかけながら言った。
(中略)
私はねぎが入った器を受け取りながら言った。森宮さんは何にでも薬味をかけるのが好きで、我が家には小口切りにしたねぎが常備されている。
(中略)
森宮さんは顔をしかめると、またきのこご飯にねぎを載せた。
きのことあげとひじきが入ったご飯。具材全部に優しいだしの味が染みて、米粒からもきのこの香りが漂う。そんな中にねぎのシャキシャキとした新鮮な歯触りが、いいアクセントになっている。私もねぎをたっぷりとご飯に載せた。
「ねぎをかけると、いくらでもご飯食べられそう。よし。さっさと食べて、寝る前にもう少しピアノ練習しよっと」

まだ、8月に入ったところで、スープにハンバーグと贅沢な夕飯を食べていたから、木も大きくなっていたのかもしれない。
「ピアノ?」
梨花さんはスープをすくっていたスプーンを止めて聴き返した。

しばらくすると、さっき案内してくれたおばさんが、紅茶を持ってやってきた。花が描かれた華奢なカップ。お皿にはクッキーが載っている。

今までは、朝はパンを焼いて適当に食べていたのに、みんなで食卓を囲み、吉見さんが作ってくれた、ご飯に味噌汁に焼き魚にお浸しなどの、バランスのいい食事をとるようになった。

その日の夕飯。
アジフライにソースをかけた梨花さんに、
「あ、フライ、そのままで食べてくださいね」
と吉見さんが言った。
梨花さんは聞こえなかったかのように、ソースをたっぷりかけると、「やっぱりだめだわ」とぼそりとつぶやいた。

瀬尾まいこ著『そして、バトンは渡された』より