これ読んで3人で特上寿司6人前いいなァと思っていたら、年明けに一貫18ドルのトロをごちそうになって魂飛んだ。
統一教会系の食品卸の余禄じゃなくて、知り合いが釣ってきたやつね。
おかずは里芋の煮物に鯖の味噌煮に切り干し大根。2人分より、たっぷり作ったほうがおいしいものばかりだ。
「山本さんが作るの、穏やかな味ばっかなんだよなあ。俺、たまにはがっつりパンチの利いた餃子とか食べたい」
森宮さん里芋をほおばりながら言った。
「ターゲットは退職後のお年寄りだからね。でも、体にいいんだよ。森宮さんももう42だしさ。食べ物にも気を使わないと」
(中略)
森宮さんは偉そうに言うと、「この味噌煮、少し唐辛子が入ってるからご飯に合う」とおいしそうに鯖をほおばった。それから、「夕飯を食べて行ってくれ」「そうだ、お寿司を取ろう」と泉ヶ原さんは大はりきりで、たくさんの食事を用意し、私や早瀬君にお酒を勧めては自分も飲んだ。
「私、泉ヶ原さんがお酒好きだって知りませんでした」
アルコールが得意ではない私は、2杯目のビールをちょこちょこと口にしながら言った。
(中略)
私は2人の会話を聞きながら、特上のお寿司をつまんだ。たっぷり載った軍艦巻きのウニは、粒がしっかりと見え、口に入れると濃厚な磯の香りが広がる。あまりにおいしくて、森宮さんに食べさせたくなった。
森宮さんは回転寿司に行くと、「こんなふうにどろっと溶けてない新鮮なのを食べたい」と言いつつ、ウニばかり食べている。きっとこのウニを食べたら大喜びするはずだ。
「優子ちゃん、お寿司好きだったんだな」
「普段はそれほどなんだけど、すごくおいしくて」
私がそう言うと、「そっか。そりゃよかった」と泉ヶ原さんはまたうれしそうな顔をした。
「でも、まだまだたくさんありますね。これ本当に3人分ですか?」
「いや、めでたい席だから6人前注文したんだ。よし、早瀬君、どんどん食べたまえ」
泉ヶ原さんは早瀬君のグラスにまたビールを注ぎ、自分もグラスを空にした。私はキャベツがたくさん入ったハンバーグを食べながら言った。ロールキャベツにするのは面倒だから、細かくしたキャベツをふんだんに入れたハンバーグ。キャベツと玉ねぎがひき肉を優しい甘さにしてくれている。
「ふうん。あの風来坊、ピアノを仕事にはしないの?」
「ピザとハンバーグの修行してたって話したでしょう? 早瀬君、音楽よりも食べ物に興味があるんだよね」
(中略)
森宮さんはそう言って、コンソメスープをごくりと飲んだ。5月に入り、暑い日も増え、スープや味噌汁もあっさりとしたものが欲しくなってくる。トマトと玉ねぎが浮かんだ透明のスープはすっきりとして飲みやすい。「えっと、飲み物たくさん用意したんだ。何がいいかな。りんごジュースにしよう」
梨花さんは小さな冷蔵庫から紙パックのジュースを取り出して私に渡すと、「よいしょ」とベッドに腰かけた。
私はベッド横の簡易椅子に座って、乾いた喉をジュースで潤した。
(中略)
梨花さんはそう言うと、ベッド横の棚からクッキーを出してきた。
「しげちゃんが優子ちゃんが来るって言って、あれこれ買い込んでさ。もう少しつまらない話は続くから、これでも食べて」
「ありがとう」
缶のふたを開けると、バターの香ばしいにおいがした。梨花さんは私を気遣ってか、「あ、チョコのおいしそう」と1つつまんでほおばった。本当に食欲があるのだろうか。おいしいと感じられているのだろうか。私は不安に思いながらも、梨花さんが明るくしているのに、沈んでいるわけにはいかないと、「本当、高級クッキーだね」と口に入れた。
「しげちゃん、自分は甘いもの嫌いなのにお菓子買うの好きだから」
梨花さんはそう言うと、お茶を一口飲んで話を続けた。「チヂミ?」
私はスーパーの袋からのぞく大量のにらを見て言った。
「そう。鋭いな」
「昨日お好み焼きだったのに」
「あの風来坊、ピザ作るだろ?」
「もしかして、早瀬君に対抗してるの?」早瀬君はそう言いながら、運ばれてきたナポリタンスパゲティに粉チーズを振りかけた。
(中略)
私はようやく運ばれてきたドリアをスプーンですくって、ため息をついた。
(中略)
「喫茶店のナポリタンって麺も柔らかいし、ケチャップの味ばかりでおいしくないけど、粉チーズには合うんだよな。こうすると、いくらでも食べられる」
とまたナポリタンにチーズをとっど振りかけた。
(中略)
先週末、山本食堂に夕飯を食べにきた早瀬君が、アジフライのしっぽまで食べるのを見て、
「娘って父親に似てる人を結婚相手に選ぶってよく聞くけど、本当なんだな」
と山本さんが言った。
「そうなんですか?」
誰のことを言っているのかピンとこずに聞き返した私に、山本さんは、
「このごはんの食べ方、森宮さんにそっくりじゃないか」
と笑っていた。
「ね、優子も早く食べないと、ドリア冷めるよ」
「そうだね」
「あ、かける? チーズは多いほうが絶対おいしいもんな」
「いい。もう十分載ってるから」
私の受験前、森宮さんはチーズたっぷりのドリアを1人で食べて胃が痛くなっていたっけ。粉チーズを勧める早瀬君に、その姿が思い浮かんで、笑わずにはいられなかった。「結局、ピザもハンバーグも俺が作るより、ピザーラとびっくりドンキーで食べたほうが断然おいしいんだよなあ。今日は無難なもの作るわ」
早瀬君は買ってきた鯛にハーブやいんにくを擦り込みながら言った。
「イタリアとアメリカと、ついでにフランス料理店で修行した人が作ったって聞くだけで、おいしく感じるから大丈夫だよ」
私は玉ねぎやにんじんを細かく刻んだ。たくさん野菜を入れたピラフを作るつもりだ。
(中略)
「ほら、できたよ。ややこしいこと言ってないで、熱いうちに食べよう」
私が焼き立ての鯛をテーブルの真ん中に置くと、早瀬君は「おお、おいしそう」と声を上げた。
鯛にオリーブオイルをかけてオーブンで焼いたものに、野菜がたくさんのピラフに、きのこのコンソメスープ。どれもいい匂いがするものばかりだ。
「仕事から帰って、夕飯用意されてたら、誰だって食べるだろう? これ食べたからって風来坊を認めるわけじゃないからな」
食欲をそそる香りに、森宮さんはそう言い訳してから、いただきますと手を合わせた。
「どうぞどうぞ。これ、意外と簡単なんですよ」
早瀬君は鯛をみんなの皿に取り分けた。料理店で働いていただけあって、鯛はきれいに身を分けられ盛り付けられている。
「意外とってなんだよ。見るからに簡単そうだ」
森宮さんはそう言って、ほおばった。私も続いて口にする。じっくり焼かれた鯛は水分を逃さずふっくらしているし、皮はぱりっと香ばしい。
(中略)
おいしい料理があれば、空気は滞らず流れてはくれる。和やかだとまではいかないけれど、みんなで全部きれいにたいらげた。食後、食卓を片付けると、私は冷たい紅茶を淹れた。吉見さんが淹れていたように、葉から濃い目に出した紅茶を、氷を入れたグラスに注ぐ。品のある柔らかい香りが心を落ち着けてくれる。
そうめんの夕飯を食べ終え、私はゼリーにシュークリームにチーズケーキにきなこのおはぎを食卓に並べた。
「うわ、多すぎじゃないか? 式の前日にこんなに食べて、優子ちゃんドレス入らなくなったらどうするの?」
「食べてすぐに太りはしないだろうから明日は乗り切れるはず。森宮さん、私が出て行ったらデザート食べなくなるってグチグチ言ってたでしょう。最後に、いろいろ食べようと思って」
「なんだよ。グチグチって。和菓子にゼリーか......。すべてに合う飲み物って難しいな。ま、日本茶でいっか」
森宮さんは文句を言いながらもお茶を淹れてくれた。
森宮さんが結婚を承諾してから、私たちは夕飯後にデザートを食べることが多くなった。甘いものを食べると、いくらでも話が続いていつまでも時間が過ぎない気がする。早瀬君との暮らしは待ち遠しい。それでも、ここにもう少しいられたらと思わずにはいられなかった。
「私がいなくなってもちゃんとごはん食べてね」
「わかってる。っていうか、俺、もともと一人暮らしで、一人でごはん食べてたんだから」
森宮さんはそう言うと、シュークリームを口に入れた。
「そっか。そうだよね」
私も同じようにシュークリームをほおばる。優しい甘さのカスタードクリームからバニラの香りが口に広がる。
(中略)
森宮さんはそう言うと、「次はそうだな、和菓子にしようっと」とおはぎにフォークを刺した。「ああ。朝サンドイッチ食べすぎたから、苦しい。森宮さんいつも必要以上にごはん作るんだから」
扉の前に立つと、優子ちゃんはお腹をさすった。
「優子ちゃんがお代わりするからだろう?」
今日の朝。結局俺はオムレツのサンドイッチを作った。ハムサンドもツナサンドも作ったのに、優子ちゃんはオムレツサンドばかりをいくつも食べた。
「なぜか森宮さんの作ったごはん、いつもたくさん食べちゃうんだよね」
「優子ちゃんはいつだって食欲旺盛だもんな」
「ありがとう。森宮さん」
瀬尾まいこ著『そして、バトンは渡された』より