たべもののある風景

本の中で食事するひとびとのメモ帳2代目

フライドチキンとからあげ『大草原の小さな町』(2)

フライドチキンと鳥のからあげは少なくとも日本人からしたら別もんだよな。ケンタはすでに大阪万博の年に日本上陸していて、本書は80年代に出た訳書だが、まだ一般用語としては使えなかったのかな。

とてもしあわせな毎日だった。野菜は順調に育っていたし、とうもろこしとからす麦はすくすくのびていた。子牛も乳ばなれしたので、クリームをとったあとの牛乳はカッテージチーズにまわせたし、クリームからはバターやバターミルクがつくれた。おまけに、なによりうれしいことには、父さんがたくさんお金をかせいでくる。

もし、にわとりと豚が手にはいれば、肉だって食べられるようになる。この土地はもう、ひらけてしまって、狩りで動物をしとめることはほとんど期待できないから、肉は、買うか、育てるかしなければならない。きっと、来年になれば、父さんも、にわとりや豚を買えるようになるだろう。移住者の中には、飼っている人もいるというから。
(中略)
もし、ひよこが飼えて、鷹やいたちやきつねに食べられなかったら、この夏には若鳥になる。一年後に、若鳥は卵を産みはじめ、卵をだかせられる。二年後には、おんどりは焼いて食べられるし、めんどりには、もっと家族をふやさせることもできる。それに、卵も食べられるし、めんどりが年とって卵を産まなくなったら、母さんのチキンパイだって食べられる。
「それで、もし、来年の春に父さんが子豚を買ったら、二年後にはハムエッグが食べられるわ。ラードやソーセージやスペアリブやヘッドチーズもよ!」
メアリーがいった。
「グレースには、豚のしっぽを焼いてやれるわね!」
キャリーがあいづちをうった。
「なあに?」グレースが、ふしぎそうにきいた。「ぶたのちっぽって、なあに?」
キャリーは、豚をしまつした日のことをおぼえていたが、グレースは、料理用ストーブの火格子の前においた、皮をむいた豚のしっぽが、ジュージューいいながら茶色く焼けるのを見たことがなかった。こんがり茶色にこげめがついて、ぐつぐつ煮えたっている汁けたっぷりのスペアリブが、あふれそうにはいったなべを、母さんが汁をたらしながらオーブンからとりだすのも見たことがない。いいにおいのソーセージを山ともったあい色の皿も見たことがないし、赤茶色の肉汁をスプーンですくって、パンケーキにかけたこともない。グレースが知っているのはダコタの居留地だけで、肉といえば、父さんがときどき飼ってくる、塩づけの、白くて、脂の多い豚肉だけだった。
けれども、そのうちには、おいしいものをなにもかも食べられる日がやってくるだろう。いい時代がすぐそこまできているのだから。

一日は、心からみちたりた思いのうちにおわろうとしていた。家じゅうのものがみんなここにいっしょにいる。夕食の皿あらいのほかの仕事は全部すませてしまって、あすまでなにもしなくていい。おいしいパンとバターと、じゃがいものバターいためとカッテージチーズと、酢と砂糖をふりかけたレタスを、みんな、心ゆくまで味わった。

三人があんまりかっかとおこっているので、なぐりあいになるのではないかと、おそろしくなるほどだった。ところが、クランシーさんが、「パンをとってくれ」とか、「お茶をついでくれ」というと、おくさんはいわれたとおりにして、そのあいだも、三人は悪口をいいあい、わめきあっている。子どもたちは、どこ吹く風という顔をしていた。ローラは、ひどくおちつかなくて、食べものがのどに通らず、ひたすらでていきたいとばかり思っていた。食事がおわるやいなや、ローラは仕事にもどった。
クランシーさんは、まるで、おいしい食事を、家族といっしょにしずかにすませてきた、というように、口笛を吹いてやってきた。

古くなったパイ皿に、母さんはこまかくひいたふすまのおかゆを入れてどろどろにかきまぜた。それを小屋の中に入れると、ひよこたちは皿にむらがって、ふすまのおかゆをむさぼるように食べた。あんまりがつがつしているので、うっかり自分たちのつま先まで食べようとするほどだった。

「いずれにせよ、今年はお弁当は用意できそうもありませんものね」母さんがうなずいた。「鳥のからあげがなくては、気分がでませんもの」
(中略)
「いいわ、チャールズ。3人で楽しんでらっしゃいな。キャリー、地下室に走っていってバターをとってきてちょうだい。着かえているあいだに、お弁当がわりにバターつきパンをつくってあげましょう」
きゅうに、7月4日らしくなった。母さんはサンドイッチをつくり、父さんはブーツにくつずみをぬり、ローラとキャリーは大いそぎでよそいきに着かえた。

「ごちそうがあるんだよ! にしんのくんせいだ。バターつきパンにはさんで食べよう! それから、まだあるぞ!」
父さんがとりだしたのは、爆竹の束だった。
(中略)
父さんは爆竹をポケットにしまい、にしんのくんせいをだした。そのあいだに、ローラはサンドイッチの包みをひらいた。にしんはとってもおいしかったので、すこし、母さんへもって帰ることにした。バターつきパンの最後のかけらまで食べてしまうと、井戸にいって、父さんがひきあげてくれた、水のしたたるおけのふちから、ごくごくと心ゆくまで水を飲んだ。

「こっちにおいで! レモネードの無料サービスだ!」
とよぶ声がきこえてきたからだ。
旗ざおの横の草地に、いくつもたるが立っていた。男たちが数人、金のひしゃくで飲む順番を待っている。飲みおわった人は、つぎの人にひしゃくをわたし、馬と馬車がいる競走トラックのほうへむかって、ぶらぶらと歩いていくのだった。
ローラとキャリーは、ちょっとしりごみしたが、ひしゃくをもっている人が二人を見て、父さんにひしゃくをわたした。父さんはたるからなみなみとくんで、キャリーにひしゃくをわたした。たるには、ふち近くまでレモネードがはいっていて、レモンの輪切りがたくさんういていた。
「レモンをたっぷろ使ってあるようだから、うまいだろうよ」
キャリーがゆっくりと飲んでいるあいだに父さんがいった。キャリーの目はうれしさでまんまるになっていった。レモネードを飲むのは、これがはじめてんあおだ。
「ちょうどつくったばかりでね」と、順番を待っていた男の一人が父さんにいった。「ホテルの井戸の、くみたての水だからつめたいんだよ」
順番を待っているべつの男がいった。
「それもそうだろうが、砂糖をどれだけ入れたかでもちがうんじゃないか」
父さんが、またひしゃくにくんで、ローラにわたした。ローラはミネソタにいた幼いころ、ネリー・オルソンのパーティーで、一度だけレモネードを飲んだことがある。このレモネードは、そのときのよりもっとおいしかった。ローラはひしゃくの最後の一しずくまで飲んで、父さんにありがとうといった。もう一ぱいほしいなんて、お行儀の悪いことはいえなかった。
(中略)
レモネードも、たるの底のほうにのこっているだけだった。ボーストさんが、ローラとキャリーにひしゃくに一ぱいもってきてくれたので、二人は半分ずつ飲んだ。さっきよりあまくなってはいたけれど、あんまりつめたくはなかった。

昼のごはんは、グリーンピースのはいった新じゃがいものクリーム煮に、さやいんげんと青いねぎ。そして、めいめいの皿のわきには、熟したトマトをきって山もりにした小皿がおいてあって、砂糖とクリームをそえて食べるようになっていた。
「うちにはうまいものがあるねえ。しかも、たっぷりある」
父さんが、じゃがいものクリーム煮のおかわりをとりながらいった。
「ええ」母さんも、しあわせそうにいった。「さあ、みんなどっさり食べて、去年の冬に食べられなかった分のうめあわせをしましょうね」
母さんは、野菜畑がご自慢だった。みんなとってもよく育っている。
「あすは、きゅうりの塩づけをはじめましょう。小さなきゅうりが、つるの下側にたくさんなっているのよ。じゃがいもなんて、歯がしげりすぎて、手でさぐってみても、どこに畝があるのか、なかなかわからなくてね」
「もし、なにごともなかったら、この冬は、たっぷりじゃがいもを食べられるぞ!」
父さんは、うれしそうだった。
「もうじき、焼きとうもろこしも食べられるわよ」母さんが、教えてくれた。「けさ、とうもろこしの毛が色づきはじめていましたからね」

「むくどりを食べたって人の話はきいたことないけど、この肉はうまくて、バターとおなじぐらい脂肪があるはずだぞ」
「ローラ、その鳥の羽根をういて、おなかをだしてちょうだい。お昼に、焼いてみましょう」と、母さんがいった。「大きな損をしたときには、かならず小さな得があるものだ、っていうでしょう」
ローラは、むくどりの羽根をむしって、おなかをだした。お昼になると、母さんはフライパンをあたためて、鳥の肉をその中にならべた。その肉は、肉からでてくる脂で焼けた。そして、お昼ごはんの席では、いままでこの家のテーブルにのった肉の中では、いちばんやわらかくておいしい肉だ、とみんなの意見が一致した。
昼ごはんがすむと、父さんはむくどりをもう一かかえと、とうもろこしを一かかえもってきた。
「とうもろこしもなくなったと思ったほうがよさそうだな」と、父さんはいった。「このとうもろこしは、まだすこし若いが、むくどりに全部やられるまえに、食べられるやつは食べてしまったほうがいいだろう」

「髪をとかしてテーブルについてくださいな、チャールズ」
母さんがいった。
母さんは、オーブンの戸をあけて、ブリキの牛乳なべをとりだした。なにかに厚くかぶせたビスケット皮が、なべいっぱいに、おいしそうなきつね色に焼きあがっている。母さんが、それを父さんの前におくと、父さんは目をまるくした。
「チキンパイだ!」
「『六ペンスの歌を、うたおうよ......』」
と、母さんがうたった。
ローラがあとをつづけると、キャリーとメアリーもうたいはじめ、グレースまで声をあわせた。

ポケットいっぱいのライ麦と
二十と四羽のむくどりで
パイをつくって焼いたとさ!
パイをきったら こりゃどうだ
むくどり 歌をうたいだす
王さまのご膳にのせるには
なんたる珍味じゃござらぬか

「こりゃあ、おどろいた!」
と、父さんはいった。そして、大きなスプーンでパイの皮をきりわけ、大きなかたまりを裏返しにして皿にとった。パイの外側は湯気が立ちのぼり、ふわふわしていた。父さんは、うすいとび色の肉汁をスプーンになみなみとすくって、パイの上にかけ、その横に、こんがり焼けて、骨がしぜんにぬけてしまうほどやわらかくなったむくどりの肉を、半羽分のせた。父さんは、その最初の皿を、テーブルのむこう側にすわっている母さんにわたした。
きりひらかれたパイから立ちのぼるおいしそうなにおいに、みんなの口にはつばがわいてきて、とりわけてもらうのを待っているあいだ、何回もつばを飲みこまなければならなかった。テーブルの下では、子ねこが足に体をすりよせて、ひもじそうにのどをならしていたが、そのうち、ものほしげにニャーニャーなきだした。
「おなべには、十二羽分入れたんですよ」と、母さんがいった。「一人二羽ずつですけど、グレースは一羽食べればたくさんでしょうから、チャールズ、あなたの分は三羽のこしておいてくださいな」
「一年たてば、ここでもチキンパイ用のにわとりが手にはいるけど、そのまえにつくるなんて、母さんでんかえれば考えつかないことだな」父さんは、一口食べるなりこういった。「こりゃあ、チキンパイは足もとにもおよばないよ」
むくどりのパイは、にわとりのパイよりずっとおいしい、とみんなの意見は一致した。おまけに、新じゃがとグリーンピースの煮ものや、きゅうりのうす切り、母さんが畑から間引いてきた新にんじんのゆでたの、それに、クリームのようなカッテージチーズもあった。こんなごちそうがあっても、きょうは日曜日ではない。むくどりがいつづけて、畑の野菜が元気なうちは、毎日こんなごちそうが食べられるのだ。
ローラは、「母さんのいうとおり、どんなときでも感謝しなければいけないんだ」と思ったが、それでも、心は重かった。
(中略)
父さんは、トマトの皿にのこった、砂糖のはいったピンクのクリームの、最後の一さじを食べ、お茶を飲んだ。お昼ごはんはこれでおわりだ。

ローラ・インガルス・ワイルダー著、こだまともこ・渡辺南都子訳『大草原の小さな町』より