たべもののある風景

本の中で食事するひとびとのメモ帳2代目

腹が減っては...『顔に降りかかる雨』

この人たち、893から差し迫ったタスクを与えられてるのに、全体的にのんびりしてるんだよな。食事とか、寝る前の読書とか...。

中には、ローストビーフサンドイッチとサラダ、フルーツやケーキまで入っていた。意外に気が利く。なんだか嫌なことになったと思いながら、私は冷蔵庫から自分の分の缶ビールを取り出した。

「これ持っていって」
耀子はこっそりと私に、あらかじめ包装してある天丼と、かき揚げを数枚入れた袋を渡した。
「いいわよ、こんなに」
「いいって、いいって」
鷹揚に手を振って耀子は笑い、私はなんだか楽しくなって別れたのだった。それからしばらくして、また天麩羅の店に行ってみたのだが、耀子はもういなかった。

時々、耀子と行った近くのイタリアンレストランに入った。にんにくとオリーブオイルの匂いを嗅いだ途端、急激に空腹を感じる。食事は君島が買ってきたサンドイッチ以来だった。すでに時間は八時をまわっている。
「おなかすいたでしょう」
「ええ」
「ビールでも飲みますか。それともワインでも? ここはパスタがおいしいですよ。ああ、あなたも知ってるんだ」

「朝飯を食いましょう」
私たちは伊勢丹デパートの中の、食器売り場にあるコーヒーショップで、ボリュームのある食事をした。
(中略)
私はサラダ菜の上にたっぷりのゆでエビとタルタルソースを載せたパンを食べた。うまく口に入らずに、エビがぽろぽろと落ちる。成瀬は無様な私の食べ方をじっと見ていた。

「あっ」
ゆかりが驚いたように、デスクの上に広げたサンドイッチを隠すような仕草をした。
「ごめんね、食事中に」

私は部屋を片付け、洗濯し、冷凍ピザを食べ、のんびり風呂に入った。疲れたので、早めにベッドに入り、本を読んだ。

シンシアが、私にコーラの入ったグラスを持ってきてくれた。まだ昼食も摂っていないことを思い出し、急激に喉が渇いた。ひといきに飲み干すと、テーブルの上のポップコーンを勧められ、悪びれずに食べた。

奥へ案内してくれる。キャッシャーの横に、アンティークらしい小さなテーブルと、椅子が二脚置いてあった。そこに座るように勧めて、下に置いてあったジャーポットからホットコーヒーをブルーミントンのカップアンドソーサーに注いでくれた。

成瀬が温くなったシンハービールをグラスに注いだ。私は泡がたたなくなった琥珀色の液体を見た。

昼食をとろうと、私は目の前の出雲そばの老舗に入った。

私は電話を切ると、朝食を取るために起き上がった。ものすごく空腹を感じる。ラジオをつけてJ-WAVEの交通情報を聞きながら、冷凍してあったイングリッシュマフィンを暖めた。冷蔵庫の中を見ると、買い置きのカマンベールが残っているので、間を開け、レタスを洗う。オレンジを見つけてナイフを入れると、爽やかな香りに包まれ、急に力がわいてくるのを感じた。自分は生きるのだ。なぜかそんな言葉が浮かんだ。
コーヒーを飲んでゆっくりと朝食をとりながら、耀子の部屋から持ってきたビデオのことを思い出した。食べながら見ようと、セットした。

私はグラスに、冷凍庫にいれておいたズブロッカを注いだ。とろりとした透明の液体。これで何杯目かわからない。
(中略)
成瀬は、ズブロッカの冷たさにたちまち白く曇ったグラスを、人差し指でつつーと触った。太い跡がつく。そして、つまみに作ったシャンピニオンサラダをつまんだ。

父は、適当に肴を注文すると、私のグラスにも田酒という酒を注いだ。

そこに、ビールと腸詰めやしじみの炒め物などが運ばれてきた。多和田は子供っぽい仕草で、香菜を苦手そうにより分けている。
「それじゃ、いただきます」
多和田は形式的にグラスをあげただけで、喉が渇いていたらしく、すぐひとくち飲んだ。

桐野夏生著『新装版 顔に降りかかる雨』より