トーストが食べたくなった。地元には最低限でもヤマザキレベルの美味しい食パンがないので、あまりトーストを食べない。
それから、東京の狭さ、怖さを思い出した。7年近く住んで当時は怖いと思ったことなどなかったのに。
本作は当然のように映画化されたようだが、キャスト一覧を見るだけでうんざりした。
その時、佐久間がチーズバーガーを頬張りながら訊いてきた。いくらやめろと言っても、佐久間は必ずレストランの椅子であぐらをかく。(中略)
佐久間は、「別にぃ」と答えると、頬張ったチーズバーガーを、甘いバニラシェイクで飲み込んだ。
食欲が失せたと言って、琴ちゃんはせっかく買ってきたカラス弁当をぼくにくれた。ちなみにカラス弁当というのは、駅前の弁当屋の目玉商品で、「カラ」は「から揚げ」、「ス」が少し訛って「しょうが焼き」、要するにその二つが入った580円のとてもお買い得な弁当のことだ。このしょうが焼きの味付けが絶妙で、午後8時を過ぎると、売り切れてしまうこともある。
「もう! なにがドラマよ! エンチラーダ、タコスのチーズとビーンズ、あとコロナのライムが切れてる」
貴和子さんは、コンビニの袋からsunkistのグレープフルーツジュースを取り出しながら、「言ってほしかった?」と意味ありげな視線を投げかけてきた。
見知らぬ若い男がそこでトーストにバターを塗っていた。(中略)ぼくは、目玉焼きを挟んだトーストを口に押し込む弟に、とりあえず頭を下げた。こちらが好意を示せば、相手もある程度の好意は示す。
自分でも何がなんだか訳が分からなくなってくるのは、このあとからだ。弟の横に座ったぼくは、貴和子さんが焼いてくれたトーストにたっぷりとバターを塗り、おまけに苺ジャムまで載せて口に運んだ。冷たいオレンジジュースを、渇いた喉に流し込んだ。目の前で貴和子さんが熱いコーヒーをゆっくりと啜り、横では弟が黙々とトーストを齧っていた。
(中略)
気持ちのいい朝、少し焦げたトーストにバターを塗って、熱いコーヒーが並ぶ食卓で、パンツ姿の若い男が、とつぜん意味もなく泣き出したのだ。
恵美子がおいしそうな若鶏の香草焼きを作っている。
あまりおいしくないカツ丼を二人並んで黙々と食べていると、店のおばさんの言った通り、相席を頼まれた。(中略)
良介くんも体は出ようとするのだけれど、楽しみに残していたらしい最後のカツの一切れが惜しいらしく、腕を引かれながらも箸の先がそのカツを放そうとしない。
「(中略)今、分かってんのはね、『やさしいトラックの運ちゃんに、パーキングエリアで、きつねうどん奢ってもらった』ってことだけなんだからね」
自分とその男の子のためにコーヒーを淹れ直すことにした。直輝きんが出勤前に飲んだらしいバナナプロテインのカップやなんかが、流し台に置かれたままだったので、ちゃっちゃっと先に洗い物を済ませ、軽い朝食でも作ってやろうとトーストと目玉焼きを用意した。
「(中略)そしたら、『二日酔いか? バナナジュース飲め、バナナジュース』って、ほら、あのシェイカーでガシャガシャ作ってくれるんだけど、二日酔いの朝にバナナジュースなんか飲んだら吐いちゃうっていうんだよ」
帰りにサトルくんと二人で、サーティワンのチョコミントを食べて、コンビニで丸山くんの記事がたまに出ている雑誌の新刊が出てないか点検していると、サトルくんが、「俺、そろそろ」と言い出したので、ここで逃げられたらまた夜まで一人になってしまうと思い、「ねぇ、部屋で『バイオハザード2』やろうよ」と無理やり部屋へ連れ帰った。
「起きたの? それとも起きてたの?」などと呑気なことを言いながら、ひじき、きんぴらごぼう、ゴマ豆腐と、やけに所帯じみた惣菜をテーブルに並べ始める。
二、三日前、珍しく休みが重なった直輝と二人で、駅前の焼肉屋へ言った。ユッケの黄身を混ぜながら、「俺さぁ、電車の中でウォークマンとか聴いてる女を見ると、妙に興奮しちゃうんだよね」
直輝が仕事から戻ってくるのを待って、みんなで焼肉屋へ行った。たらふく食べ、たらふく飲んで帰ってくると、良介がバイトから戻っていた。焼肉屋の帰りに買ってきた苺を抓みながら、1時頃までみんなでワインを飲み、順番にシャワーを浴びて、それぞれの寝床へ入った。
出かける前に、琴が手際よく作ってくれたサンドイッチは、正午を待たず、すでに良介と直輝が半分以上食べてしまっている。(中略)
直輝はそう言うと、ランチボックスからベーコンサンドを取り出した。口の周りをケチャップで汚しながら、おいしそうに頬張っている。
やっと眠らせてもらったのが夜明け前、それでも11時には目を覚まし、昼食にカロリーメイトを1本ご馳走になって部屋を出た。
コンビニでホットドッグと牛乳を買い、しばらくそのマンションの前で、ガードレールに腰を下ろして張っていると、入口から学生風の若い男が出てきた。(中略)
忍び込む前にコンビニで買ってきたホットドッグと牛乳をテーブルに出した。店の奴が電子レンジで温めすぎたらしく、袋の中でホットドッグが縮んでいる。齧りつくと、口の中に甘い脂が広がって、喉の奥をゆっくりと落ちる。
リビングのソファで毛布に包まり、琴ちゃんが焼いてくれたワッフルに苺ジャムを塗っていると、いつもより少し遅く起き出してきた直輝が、「サトル、お前、きょう、俺の社会でバイトする気ないか?」と訊いてきた。
もちろんなかったので、「ない」と答えて、熱いワッフルに齧りついた。すると、次のワッフルを焼き始めていた琴ちゃんが、「手伝ってあげなさいよ」と言うので、とりあえずどんな仕事なのか訊いてみた。
とつぜん直輝にそう訊かれ、おれは思わず食べていた海鮮チャーハンを喉に詰まらせた。(中略)
担々麺を啜る直輝を眺めながら、普段は友達感覚で付き合っているが、やはり28歳のおっさんなんだよなぁ、とおれは思った。
広い仮眠室の隅で寝ていた男の鼾で目を覚まし、サウナを出たのは昼前で、ロッテリアに入り、えびバーガーを注文した。(中略)
横で、初老の男性が二人、「こういうのを食べると、最近は1日中、胸焼けがしてねぇ」などと話しながら、テリヤキバーガーを頬張っていた。
美咲が注文していたのはパスティッチョという肉パイだった。肉汁したたるパイにナイフを突っ込み、丁寧に切り分けていると、「ねぇ、もしかして機嫌悪い?」と、とつぜん美咲に訊かれた。
石心亭のランチは、赤松鯛かフィレ肉のどちらかだった。社長が赤松鯛を注文したので、俺はフィレ肉を頼むことにした。
マスターが出してくれた苺を、白ワインで流し込みながらそう答えた。
千歳鳥山駅前のサーティワンでアイスクリームを買って帰った。(中略)
どこか表情の暗い琴ちゃんに、箱の中から好きなアイスクリームを選ばせ、切り子硝子の皿に移してやった。
俺は何も言わずにペパーミントチョコのアイスを舐めた。辛口のワインで痺れていた舌に、甘いアイスがまとわりついた。
吉田修一著『パレード』より