たべもののある風景

本の中で食事するひとびとのメモ帳2代目

富士日記(32)オレンジジュースの素

50年前。この家族が食べているものを見る限り、ごく最近。

先日『ライ麦畑でつかまえて』と『ナルニア国物語』が1950/1951年刊と知って、最近すぎてビックリした。私の両親よりバイデンよりトランプより若いのか...と思って。C・S・ルイス、トールキンが会っていたパブの古さの印象のせいか、同時代人だと思っていなかった。

昭和44年

S農園には3台の車がとまり、3組の客。1組の男女は卵丼、1組の男は定食(ごはん、味噌汁、のり、卵、漬物)をとっている。月見そば200円(私、主人)、山芋そば100円(花子)、おばさんは鳴沢菜の漬物をサービスしてくれた。
(中略)
昼 持ってきて鯖ずし、ごはん、清し汁(主人)、パン、牛乳(百合子、花)。
(中略)
夜 じゃがいもの味噌汁、ごはん、はんぺんを煮る。ささみフライ、すぐきの漬物。

中央道の売店で。すし二折、ホットドッグ。
(中略)
夜 ごはん、めかじき煮付、けんちん汁。

4月8日(火)くもりのち風雨強くなる
朝 ごはん、あぶらげとじゃがいも味噌汁、ハンバーグステーキ、キャベツ千切り。
(中略)
昨日、リスの椅子にのせておいた、いなりずし、のりまきの残りは、きれいになくなっている。和食も好きらしい。
昼 ごはん、のり、生鮭照り焼(主人)、油揚げつけやき(花、私)、サラダ、とろろ昆布のおつゆ。
(中略)
夜 ごはん、シューマイ、はんぺんとみつばの清し汁、しらす、大根おろし。
(中略)
台所の引出しに「オレンジジュースの素」があった。お湯で薄めて飲んだら気持がわるくなった。3年位前のお中元のだから腐っていたのかしら。

4月9日(水)晴
朝 味つけ御飯、味噌汁、うに、のり。
残りをおにぎりにする。
(中略)
談合坂の売店で、山菜釜めしを1個、花子に土産を買う。車の中は汗ばむほどだ。

中央道、藤野で駐車。
売店で。いなりずし(主人)、シューマイ弁当(村松さん、私)、アメリカンホットドッグ2本(村松さん、私)。
(中略)
スモークチキン、きゅうり油酢漬、かまぼこ、うすやきせんべい、ウイスキーとビールで一休み。
(中略)
昼 チーズトースト、仔牛肉のクリームスープ。
(中略)
スタンドには生椎茸を一杯入れた大ざるが置いてあるので、「この辺で採れるの?」と訊くと、子守りのおじいさんは、「この辺の椎茸は焼いて食べると何よりもうまい。これは干してから市場へ出すのだ」と言った。「少しゆずってくれ」と頼む。
(中略)
管理所へ長靴を返しに行く。雪かきの御礼に、鴨の罐詰と桃の罐詰を置く。
(中略)
夜 ごはん、味噌汁(豆腐、みつば)、かれい煮付、さつまいも甘煮、生椎茸酢醤油つけ焼。
椎茸は、うまいのか、うまくないのか、よく判らない。ただくんにゃりとした味であった。

4月20日(日)快晴 風全くなし
朝 ごはん、桜海老入り中華風オムレツ。
昼 いもがゆ、焼きはんぺん、かれい煮付。
夜 ごはん、鯖味噌煮、千六本汁(大根、人参、椎茸、ねぎ、ベーコン)。
(中略)
四十雀は駅弁の残りのフライ(ウインナソーセージのフライ)をつついている。

談合坂売店で、チキンカツ山菜弁当(200円)と、とりめし弁当(200円)を買う。チキン弁当は車の中で食べる(百合子)。「俺はいらない。これは花子の土産」といって買ったが、八王子あたりまで来ると、主人はとりめし弁当を食べてしまった。

談合坂売店で、チキンカツ弁当200円、富士納豆6個入り200円。富士納豆は10日もつから小人数の家でも大丈夫だとすすめられる。チキンカツ弁当をすぐ食べてみたが、この前のより御飯もカツも味が落ちる。その上、ソースの瓶が入っていなかったので、カツの味は紙を食べているようだった。若い男は少ししなびてきているみかんの袋を平気で買っている。
(中略)
昼 パン、クリームチキンスープ、果物サラダ。

夜 ごはん、さば干物(主人)、鮭(私)、大根おろし、きゅうりのあんかけ(とりの罐詰の中のスープをつかってみた)。
(中略)
3人ずつといっても、菜の植えどきや祝い事や用のある人も出来て、今日は私一人だ。にぎりめしを持ってやってきている。
(中略)
あげざるに伏せてある汁碗を二つクリクリと拭いて、鍋の中から湯気のたっている団子を残らずお碗に盛る。ポリ袋の砂糖を団子が埋まるほどうんとかけ、次に紙袋を逆さにして中の黄な粉をその上にかけて出してくれる。おいしそうな草餅!! 小母さんが作って持ってきていたものらしい。「小母さんのは?」と訊くと、「さっきもう食べたから、みんな食べてしまっておくれ」と言う。「砂糖が足りなかったら、もっとかけてくれ。もっともっとかけろ」と、袋ごと砂糖と黄な粉をこたつ台の上に置いてくれる。私はまたたくまに食べてしまった。私が黄な粉と砂糖も舐めてしまうと、小母さんは隅に置いてある水色のナップザックをごそごそやってりんごを1個とりだした。サッサッサッサッと素早く剥いて割り、お碗に入れて水がめの水をひしゃくでかけ、入口へ立っていって水をこぼす。一寸塩をかけて出してくれる。
(中略)
夜 パン、ベーコンエッグ、チキンスープ、夏みかんに蜂蜜をかけて食べた。

5月2日(金)快晴 風あり
花子は学校の遠足で奥多摩に行く。7時前に家を出た。遠足の弁当に作った五目ずしの残りを昼飯代りに持って、私たちは10時、赤坂を出る。
(中略)
S農園で。とろろめし(主人)150円。私は持参の五目ずしをひらいて食べる。おじさんがプラスチックの容器に入れた「きび餅」を御馳走してくれる。帰るとき、じゃがいもを5つばかり掴んでくれた。
(中略)
「今日は招魂祭だから」といって、いなりずしを出してくれるが、さっき五目ずしを食べたばかりでお腹一杯だ。アイスクリームや清涼飲料水の卸屋が掛取りにきている。
(中略)
夜 ごはん、むろあじ干物、大根おろし、おから、のりの吸物。
テレビで。長野県の話らしい。りんごが余ってしまって豚の餌にしている。豚もりんごに飽きてしまって食べなくなったという話。豚が、ごろごろと転がっているりんごを、気がなさそうにカリカリと音をさせて、まずそうに食べている。

武田百合子著『富士日記』より