たべもののある風景

本の中で食事するひとびとのメモ帳2代目

富士日記(11)牛魔大王、松茸めしを喰って嵐おさまる

私は1日1食にして久しいので、毎日(少なくとも山小屋では)きっちり3度3食の日記を見ていると、世の家庭料理人がことごとく言うように「献立考えるのめんどくせえ」ってなるよなと思う。すごすぎるよ。こっち(米西海岸の青い街)にはキッチンに包丁ない、という人ざらにいるけど、今の日本はどうなんだろう。

朝 さんまかばやき、納豆、ごはん。
昼 ごはん、オムレツ(主人)、ひき肉いり卵丼(私、花)。
夜 手製クッキー、玉ねぎスープ、サラダ、バナナ。

8月26日 晴うすぐもり、夕方より雨
朝 ごはん、納豆、厚揚げ、のり、うに。
昼 トースト、スープ(トマト、玉ねぎ)、肉味噌漬(和田金の味噌漬の味噌をとっておいてヒレ肉をつけてみた)。
夜 ごはん、マグロのコロッケ、キャベツ、トマト。
御飯を食べているときにいつも見える、隣りとの境の高い松の木に、山ぶどうがてっぺんまで絡まって、その大きなハート形の葉が毎日毎日少しずつ紅くなってゆく。

8月27日 うすぐもり、時々晴
朝 ごはん、味噌汁、卵、コロッケ。
昼 トースト、牛乳、果物のかんづめ。
夜 チキンライス、サラダ、アスパラガス。
(中略)
スタンドに寄ると、とうもろこしとアイスクリームをくれる。車の中に3人いるのを、のぞいてから、3人にもくれる。
(中略)
夜、洋服を縫っていると、かなりの人数の足音がして、昼間の青年たちのほかにも2人ほど、ぞろぞろと勝手口にくる。廿世紀を3個。「明日、先輩が御礼に上りますが、ぼくたちだけで先にきました」と言う。花子と廿世紀を1個半ずつ食べた。
ヒレ肉を味噌漬にする。

朝 味噌汁、ごはん、卵焼、貝柱バター焼、漬物、わかめ酢のもの。
(中略)
昼 お好み焼(桜えび、ベーコン、ねぎ)、スープ。
ひる過ぎ、花子と西瓜を持って山中湖へ。
(中略)
スタンドに読み終えた週刊誌を届けると、とうもろこしの焼いたのを3本くれる。帰ると、留守の間に、花が篭にさしてあった。その日光キスゲが丁度花を開いたところだった。
夜 ギョーザ、スープ、野菜炒め。
(中略)
スタンドでは、おじさんとノブさんと親類のおじさんが焼酎を飲んで、つまみに豆腐とカボチャを食べているところだった。

精養軒のマドレーヌ1箱を土産にくれる。
昼 とり手羽のフライ、パン、サラダ、いかときゅうり三杯酢。
(中略)
風穴の前の茶店に入って、ジュースを飲む。修は「ねえちゃん、そばとるか。俺がおごるよ」などと殊勝に言うが、断わると自分だけ、そばをとって食べていた。
(中略)
酒屋のおばさんは、皆にアイスクリームを1個ずつくれた。
河口湖駅に寄って、夕方の汽車を調べると、とても混んでいるようだ。「一晩泊っていってもいいよ」というと、夫婦は、しばらく向うの方へいって相談してから「とめて頂くことにする」といいにくる。
(中略)
夜 ごはん、冷やっこ、精進揚げ、コンビーフ、サラダ、漬物。
そのあと、主人、修と酒を飲み、早く休む。
(中略)
修にポーカーを教わり、私と花子、修夫婦でする。私は花子に630円とられる。修は奥さんから130円(?)とった。西瓜を切って半分食べて、12時にねた。
(中略)
朝 トースト、コンビーフ、スープ、サラダ。残りの西瓜を食べる。
くみちゃんに、西瓜の大きい一切れを大人と同じように皿に入れてやると、ゆっくりと食べていたが、早く食べてしまった修が「よこせ」というと、大へんな顔をして、ウワウワと泣き出してとまらない。いつもいつも、こういった仕打ちをされてきて、私は我慢してきたが、もう我慢は出来ない、といった感じの泣きかたであった。
(中略)
昼 ごはん、さんま、いかときゅうり三杯酢、わかめのおひたし、大根おろし沢山。
さんまを焼いていると、外川さんが下りてきて「すぐ来ただ」と笑う。ビールを出し、残りのかき揚げと味噌漬の豚肉を出す。これはおいしいから食べろ、と主人がすすめると「吉田で脳炎が発生したが、原因を調べた結果、大体のところ、豚肉からかかるそうだ」と言って、なかなか食べなかったが、しまいに、みんな食べた。

8月31日(水)晴、時々うすぐもり
朝 トースト、とり手羽フライ、サラダ、味噌汁、果物。
10時半、克ちゃんをいれて4人、五胡めぐりに下る。
本栖湖で昼食、克ちゃん、やきめし170円。花子百合子、ラーメン2杯160円。泰淳ビール1本200円。ハイライト70円。
(中略)
夜 チャーハン(花子、百合子)、中華がゆ(泰淳)。
(中略)
明日の荷造りと、あとしまつ。車の中で食べるおにぎりを焼く。

大きな松茸をくれる。スバルラインの上の方まで行って採ったらしい。3本採って、1本は乗せて行ってくれた車の運転手にやり、1本は松茸めしにして皆で沢山食べたのだ、とおばさんは言う。松茸は裂いて食べるのがおいしい、とおじさんは言う。昨日東京で買った、おじさんへのお土産の焼き豚のかたまりを渡す。おばさんは「うちは肉が大好きだ」と言う。大松茸の大きさと、焼き豚の大きさと丁度同じ位で、色も同じようなので、交換した感じだった。
仕事部屋と土間だけ掃除して、すぐ松茸めしを炊く。
昼(朝食兼ねる) 松茸めし(松茸半分を使う)、かき玉汁(みょうが入り)、まな鰹西京漬。
松茸は虫ひとつ喰っていなくて、硬くてしこしこしている。ただ、香りが少ない。それでも包丁を入れたり、裂いたりすると香りがたってくる。おいしくて私は4膳食べる。4膳めの松茸めしを食べている私をつくづくと見て「牛魔大王、松茸めしを喰って嵐おさまる」と主人ふき出す。
片づけてから、ゆっくり昼寝をした。
(中略)
夜 松茸フライ、黒パン、玉ねぎスープ、精進あげ(さつまいも、桜えび、ピーマン)。

今日は主人食欲なし。何となく、いい加減のものを、少しずつ食べる。私もそうする。
夜 ごはん、大根の味噌汁、かつおぶし、のり、梅干、さんまかんづめ、いり卵。
今日のおやつは、やきそばを作って、鍛冶屋さんたちと一緒に食べた。

武田百合子著『富士日記』