たべもののある風景

本の中で食事するひとびとのメモ帳2代目

富士日記(25)「私の金銭欲と物欲と性欲」

武田氏はよく行く某食堂のカレーが酸っぱくて最悪にまずいと大岡さんに言っていたのに、その後もいつも同じ場所でカレーを頼んでいる。どんだけ。

カレーライス(主人)150円、ハムサンド(私)180円。
トラック運送の仕事らしい4人が、朝定食をとり、そのあとでコーヒーを飲んでいる。「ユメのない人間なんてダメだな」と言っている。若い男4人のテーブルは全部カレーライス。男女一組が入って来る。その人たちもカレーライス。皆、ぼんやりと静かにしている。朝もやがおりて、夏休みの朝のようだ。
(中略)
そばの小屋では餌を作っている。餌係の二人のおじさんは大きなすり鉢をまたぐらに抱えこんでいる。時々ラードのようなものをまぜる。ゆで卵を作って黄身だけ入れている。「白身はやらないの?」「白身はサルにやる」。土間に尾長のヒナが5羽放されている。
(中略)
昼 ごはん、春巻、そらまめ塩ゆで、豆腐味噌汁、りんごサラダ。
(中略)
夜 トースト、オニオンスープ、サラダ、あゆ佃煮、サラミソーセージ。
日中は6月半ばの気候だった。クコを植えていると汗がにじんできた。
私は今朝、海老名の食堂でハムサンドのほかに、主人のカレーライスを半分食べ、野鳥園でそばを食べ、そのほか、正式に自分の分を食べたので、食べすぎたようだ。

5月22日(水)うすぐもり
朝 郭公が啼く。うぐいすが啼く。うすぐもり、昨日より寒い。
朝 ごはん、さんま干物、卵焼、大根おろし、野沢菜、わかめ味噌汁。
昼 パン、オニオンスープ、みかんゼリー。
(中略)
セントバーナード犬までいる。(中略)白菜を丸ごと煮たようなのを、スープごと、パクリとすぐ呑みこんでしまう。頭を撫でてやる。眼から涙のようなのが出ている。あまり大きくて憂鬱そうであった。餌係がりんごをやると、りんごは嫌いらしい。横眼で転がるのをみているだけで食べない。
(中略)
夜 ごはん、湯豆腐、いちご。

6月1日(土)くもり
5時半出発。海老名の食堂で朝食。主人、カレーライス150円、私、エビフライ定食500円。今日のカレーライスには、肉が一切れしか入っていない。その代り、二人前ほど御飯が盛ってある。定食はなかなか持ってこなかった。エビフライの衣が厚くて、エビは小さい小さいものだった。
山中湖半には白い花が今満開。桜ほどの大木がある。
(中略)
昼 チーズトースト、トマトスープ。
2時ごろ、大岡さんへ行く。晩にビールにお誘いする。
(中略)
6時、大岡夫妻と犬がみえる。奥様、ワラビのおひたしを作って持ってきて下さる。
夜 ビール、黒ビール、春巻、シュウマイ、ビーフシチュー、のりおむすび。
犬の名は、本名をアンドレ、愛称はデデちゃんという。この犬はおむすびが大好物らしく、とび上って食べてしまう。
(中略)
ワラビの作り方(大岡夫人に教わる)
◯アク水を作るのに、ここではワラがないから松葉をもして灰を作り、熱湯を灰にさしてウワズミをとって、それで茹でる。やわらかすぎると皮がずるずるむけるから、その一歩手前で火をとめる。そのあと1日位、流し水につけておく。そのあと、
◯しょうが醤油にからめて鰹節をかける。
◯お酢であえたりする。

6月3日(月)くもり
10時、赤坂を出る。有職のちまきずし30本注文して、出がけに寄って車にのせる。
(中略)
昼 主人、トースト、とりのスープ。私は朝の主人の炒飯の残りを食べる。
大岡さんにちまき半分届ける。
夜6時、2人、大岡家へおよばれ。
◯ビール
◯湯葉の煮たのの上に山椒の葉1枚のせたもの
◯ワラビの酢のもの
◯山ウドと椎茸の甘煮
◯かに、にんじん、椎茸の卵とじ
◯かにコロッケとトマト
大岡家の御馳走(ビール以外は、全部大岡夫人が作ったのだ)とてもおいしい。
デデは一昨日、うちでおむすびを食べすぎたらしい。今日はあまりもらえない。テーブルの下で私の足を噛んでいる。大岡さんに判らないように噛ませる。
大岡家のかにコロッケの中味のこと
◯ホワイトソースの中にゆで卵を入れると、固まり易くていい(奥様の話)。
昏れがた、松の芽がいっせいに空に向ってのびているのが、くっきりと目にたつ。花札の絵のようだ。心がざわざわする。私の金銭欲と物欲と性欲。

この締めくくり、文脈が全然わからないのになぜか同調してしまう。

武田百合子著『富士日記』より